Fraser (1957) は,従来の日本の各図鑑で採用されているトンボ科の分類と,1点だけ大きく違う考えを表明している.それはウミアカトンボ属 Macrodiplax の扱いで,彼はこれを科に昇格させて,ウミアカトンボ科 Macrodiplactidae とする考え方を採用している.Fraser (1957) の検索表によると,ウミアカトンボ科とトンボ科は以下のように分けられる.
- 弧脈から出ている分脈(径分脈 Rs と上三角室前縁脈)は,その起点から二またに分かれている.前翅の最も外側の結節前横脈は常に完全である.結節前横脈は広く隙間が空いて並んでいて数が少なく,通常前翅で6,7本,後翅で5本である.第1次結節前横脈が存在するが痕跡的で不明瞭である.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウミアカトンボ科 Macrodiplactidae
- 弧脈から出ている分脈(径分脈 Rs と上三角室前縁脈)は,その起点部分では融合している.前翅の最も外側の結節前横脈は完全なものと不完全なものがある.結節前横脈は数が様々である.第1次結節前横脈はない.・・・・・・・・・・・・・・・・・トンボ科 Libellulidae
さらに Fraser (1957) は,トンボ科各種の持つ形質が,新しい種になるにつれどのように変化していくかについて検討を加え,亜科に分ける基準を以下のようにまとめた.
- 弧脈 Arc の結節前横脈 Ans に対する位置関係は,新しくなるにつれて次第に基部よりに移行していく.ただし移行的な種においては不安定になる.具体的には,弧脈 Arc が結節前横脈の基部から数えて2,3番目の間に位置する(祖先的)か,1,2番目の間に位置する(進化的)か.
- 結節前横脈 Ans の一番外側の1本が完全(前縁脈 C から亜前縁脈 Sc と交わり第1径脈 R1 まで届く)(祖先的)か不完全(前縁脈 C から亜前縁脈 Sc までで終わる)(進化的)か.
- 前翅三角室 t の形状が正三角形に近い形(祖先的)か,前縁部の辺が他の2辺に比べて短く縦長(進化的)か.
- 肛絡室 al が発達していないあるいは発達が未熟なもの(つまり後翅基部幅が狭い)(祖先的)か,肛絡室 al が発達しているもの(つまり後翅基部幅が広い)(進化的)か.
- 橋横脈 Bq (Fraser (1957) は accessory cross-veins to the Bridge と書いている)がある(祖先的)かない(進化的)か.
- 三角室の弧脈に対する位置が遠い(祖先的)か近い(進化的)か.
続いて,日本のトンボ科各属を,Fraser (1957) が上記の基準を使って創設した12の亜科に当てはめてみよう.なお,亜科の番号は Fraser (1957) の付けた番号で,欠けているところは日本産の属がないものである.
- 02. ヨツボシトンボ亜科 Libellulinae
- ホソアカトンボ属 Agrionoptera
アジアアカトンボ属 Lathrecista
シマアカネ属 Boninthemis
ハラビロトンボ属 Lyriothemis
ヨツボシトンボ属 Libellula
シオカラトンボ属 Orthetrum - 04. アオビタイトンボ亜科 Brachydiplactinae
- ハッチョウトンボ属 Nannophya
アオビタイトンボ属 Brachydiplax - 05. アカトンボ亜科 Sympetrinae
- コシブトトンボ属 Acisoma
ヒメキトンボ属 Brachythemis
コフキトンボ属 Deielia
ショウジョウトンボ属 Crocothemis
ナンヨウベッコウトンボ属 Neurothemis
ヒメトンボ属 Diplacodes
アカネ属 Sympetrum - 06. カオジロトンボ亜科 Leucorrhininae
- カオジロトンボ属 Leucorrhinia
- 07. ベニトンボ亜科 Tritheminae
- ベニトンボ属 Trithemis
コシアキトンボ属 Pseudothemis - 10. チョウトンボ亜科 Rhyotheminae
- チョウトンボ属 Rhyothemis
- 11. オオメトンボ亜科 Zyxommatinae
- オオメトンボ属 Zyxomma
アメイロトンボ属 Tholymis - 12. ウスバキトンボ亜科 Pantaliinae
- オオキイロトンボ属 Hydrobasileus
ハネビロトンボ属 Tramea
ウスバキトンボ属 Pantala
さて,今回の改訂では,DNAを使った分子系統樹の結果を採用している.その結果によると,ウミアカトンボがやはりトンボ科の中でも最も早く分離したと考えられるようで(尾園ら,2012),上記の Fraser(1957) の考え方が,DNAの解析結果からも支持されていることが分かる.それ以後の種名順に関しては,上記の結果とはかなり異なっている.詳細については議論する資料を持ち合わせていないので,ここでは,その結果を採用するにとどめておきたい.