デジタルトンボ図鑑
イトトンボ科 Coenagrionidae Kirby, 1890
 日本国内には,イトトンボ科は11属27種が分布している.そのうち10種がレッドリストに掲載されており,減少傾向の著しい種や産地が限局される種を多く含んでいると言える.

 イトトンボ科の各種は一見よく似ており,同定は慎重に行う必要がある.また分布域も種によってさまざまであって,地域によって誤同定に導かれやすい種の組み合わせも,いろいろと異なっている.そこで,ある地域のイトトンボ科の種を同定しようとするとき,さまざまの情報を利用してその地域に分布する種のリストを作っておくことが有用である.もちろん分布情報は常に新しい種の発見によって更新されていくので参考情報にしかならないが,まずはそのリスト中のどれかであるという前提で同定を進めていく方が,初心者にとっては誤同定を避けやすい.

 例えば,筆者は兵庫県在住であるが,県内のイトトンボ科の種は全部で11種,その中で間違えやすいグループは,アオモンイトトンボ属+ホソミイトトンボ属の3種,クロイトトンボ属の4種であって,残りのヒヌマイトトンボ Mortonagrion hirosei,モートンイトトンボ Mortonagrion selenion,キイトトンボ Ceriagrion melanurum,ベニイトトンボ Ceriagrion nipponicum は,他と混同することはほとんどない種である.

 北海道にのみ分布する種は,マンシュウイトトンボ Ischnura elegans elegans,キタイトトンボ Coenagrion ecornutum,カラフトイトトンボ Coenagrion hylas,アカメイトトンボ Erythromma humerale の4種である.

 次に,極めて限られた離島にのみ分布する種類は,与那国島にのみ分布するアオナガイトトンボ Pseudagrion microcephalum,硫黄島にのみ分布するキバライトトンボ Ischnura aurora aurora (ただし,石垣島での採集例がある(杉村他,1999)),小笠原諸島(聟島,弟島,兄島,西島,父島,母島,向島,姪島(以上苅部(2004))にのみ分布するオガサワライトトンボ Ischnura ezoin の3種である.

 そして,南西諸島の複数の島々にのみ分布する種類は,ヒメイトトンボ Agriocnemis pygmaea pygmaea,アカナガイトトンボ Pseudagrion pilidorsum pilidorsum の2種である.


T.ヒメイトトンボ属 Agriocnemis,モートンイトトンボ属 Mortonagrion

 まず,イトトンボ科をいくつかのグループに分けてみたい.分類学上は「科」の下は「属」のレベルになるわけだが,形態のよく似たグループとなると必ずしも属のレベルと一致しない.井上(2005)では,まず翅脈によって大きく2つのグループに分け(図1).その後モートンイトトンボ属とヒメイトトンボ属とを分けている(図2).

図1.イトトンボ科をまず2つのグループに分ける.
図1.イトトンボ科をまず2つのグループに分ける.
図2.ヒメイトトンボ属とモートンイトトンボ属の翅脈.
図2.ヒメイトトンボ属とモートンイトトンボ属の翅脈.
  1. a.弧脈が第2結節前横脈より大きく外側から出ている[図1(a)].体長25mm以下.
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・モートンイトトンボ属・ヒメイトトンボ属 2.
    b.弧脈が第2結節前横脈付近から(やや外側の場合もある)出ている[図1(b)].
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その他の属U
  2. a.第1肛脈は横脈と直交するように交わる[図2(b)].・・・・・・モートンイトトンボ属
    b.第1肛脈は横脈と直交するように交わっていない[図2(a)].・・ヒメイトトンボ属


U.キイトトンボ属 Ceriagrion,カラカネイトトンボ属 Nehalennia

 次に体全体の色彩・斑紋でいくつかのグループを分けることができる.体が金緑色に輝くのはカラカネイトトンボ Nehalennia speciosa だけである.

図3.キイトトンボ属各種.
図3.キイトトンボ属各種.
  1. a.体全体が黄色,黄緑色,赤色,赤褐色,淡緑褐色をしており,胸側には黒条斑がなく,少なくとも腹部第1節〜第6節の背面に黒条斑が見られない.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・キイトトンボ属
    b.翅胸全面や腹部背面が金緑色をしている,体長25mm以下.・・・・・・・・・・・・・・・・
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カラカネイトトンボ属
    c.体色は様々で,胸側,腹部背面等に,様々の黒条・黒斑がある.または黒灰色の粉を吹いている.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その他の属V


V.ナガイトトンボ属 Pseudagrion,ホソミイトトンボ属 Aciagrion

 次は体型が非常に細長いイトトンボである.これには3種あって,ホソミイトトンボ Aciagrion migratum,アカナガイトトンボ Pseudagrion pilidorsum pilidorsum,およびアオナガイトトンボ Pseudagrion microcephalum である.アカナガイトトンボは沖縄本島以南の島々,アオナガイトトンボについては与那国島にしか分布していない.ホソミイトトンボの記録は石川県から栃木県を北限とする本州・四国・九州に分布し,南限は沖永良部島である.したがって,これら3種は,与那国島で前2種の分布が重なっているだけである.

図4.ホソミイトトンボとオオイトトンボの 前翅長/最大幅 比較.
図4.ホソミイトトンボとオオイトトンボの 前翅長/最大幅 比較.
  1. a.腹部や翅が細長い.翅はその最大幅の5.6倍以上はある[図4(a)].・・・・・・・・・・
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホソミイトトンボ属・ナガイトトンボ属 2.
    b.腹部はそれほど細長くなく,翅はその最大幅の5.4倍以下である[図4(b)].・・・・
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その他の属W
  2. a.本州・四国・九州から沖永良部島以北に分布する・・・・・・・・・・ホソミイトトンボ属
    b.沖縄本島以南に分布する.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ナガイトトンボ属
(注意)上の検索キーは,翅の長さと最大幅で表現しているが,ルリイトトンボ Enallagma circulatum がかなり細長く,5.35倍程度になる標本を持っている.野外にはさらにもっと幅の狭いものがあって,5.6倍を超えるものがあるかもしれない.



W.アカメイトトンボ属 Erythromma

 残りの16種のイトトンボ科のうち,アカメイトトンボ属(アカメイトトンボ Erythromma humerale 1種のみ)は,眼後紋も後頭条もなく,♂では複眼が赤く色づく.

図5.アカメイトトンボには眼後紋も後頭条もない.
図5.アカメイトトンボには眼後紋も後頭条もない.
  1. a.眼後紋も後頭条もない.♂の複眼が赤く色づく.北海道にのみ分布する・・・・・・・・
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アカメイトトンボ属 [アカメイトトンボ]
    b.眼後紋が見られる.後頭条が見られるものもある.・・・・・・・・・・・・・・その他の属X


X.クロイトトンボ属 Paracercion・エゾイトトンボ属 Coenagrion

 このあとはどれもよく似た一群で,さらに♂♀で色彩や斑紋が大きく異なるものばかりである.また個体変異があって必ずしも検索キーの通りにいかない場合がある.各種の形態や分布情報も参考にしながら試行錯誤して,同定の練習を積んでいくよりないであろう.
 まずは胸側の第1黒条の形態で,クロイトトンボ属とエゾイトトンボ属とを分ける.

図6.第1黒条の違い.
図6.第1黒条の違い.
図7.エゾイトトンボとクロイトトンボの翅脈.
図7.エゾイトトンボとクロイトトンボの翅脈.
  1. a.胸側の第1黒条は,その先端が円い感じで終わるか,膨らむか,または少し離れて円形の点になり,下端までは届かない.または黒灰色の粉に被われていて第1黒条が確認できない[図6(a)].・・・・・・・・クロイトトンボ属・エゾイトトンボ属.2.
    b.第1黒条は,見られなかったり,細い線で下端まで届かず途中で終わっていたり,太い線で下端に届く場合もある.胸側の第1黒条が途中で終わっている場合は,その先端は細く切れていて,膨らんだり少し離れた円形の点にならない[図6(b)].・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その他の属Y
  2. a.第2次肛横脈が肛横脈よりはるかに長い[図7(a)].・・・・・・・・・・クロイトトンボ属
    b.第2次肛横脈が肛横脈より短い[図7(b)].・・・・・・・・・・・・・・・・・・エゾイトトンボ属


Y.アオモンイトトンボ属 Ischnura(オガサワライトトンボを除く)

 オガサワライトトンボ Ischnura ezoin がアオモンイトトンボ属に含められ,この検索表は使えなくなった.ここでは暫定的に,オガサワライトトンボを除いて,旧来の検索表を用いている.アオモンイトトンボ属は♂と♀で色彩が顕著に異なる.ただしアオモンイトトンボ Ischnura senegalensis には♂と同じ色彩の♀がいる(アンドロモルフ).またマンシュウイトトンボ Ischnura elegans elegans には肩縫線上に黒条のある♀の個体がある(浜田・井上,1985)ので,下記の検索キーを使う場合に注意すること.

図8.アオモンイトトンボ.この属♂の縁紋は先が淡色になる.
図8.アオモンイトトンボ.この属♂の縁紋は先が淡色になる.
図9.アオモンイトトンボ属♀の第2側縫線上には明瞭な黒条がない.
図9.アオモンイトトンボ属♀の第2側縫線上には明瞭な黒条がない.
  1. a.♂の場合,前翅の縁紋の半分が淡色になっていて2色である[図8(a)].♀の場合,第2側縫線上の黒条が見られない[図9]か,またはあっても細い.・・・・・・
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アオモンイトトンボ属
    b.♂の場合,前翅の縁紋は全体が濃い色をしていて1色である[図8(b)].♂♀とも第2側縫線上の黒条が顕著である[図9参考].・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その他の属Z
(注意)X.のところでクロイトトンボ属・エゾイトトンボ属の第1黒条の形態が典型的でなく,こちらにやってきたときには,上記にどちらにも該当しない場合が多い.その場合は,クロイトトンボ属・エゾイトトンボ属を疑って,そちらの各種と照らし合わせてほしい.また♀については,状況によっては,アオモンイトトンボ属に落ちる場合がある.よく注意してほしい.



Z.ルリイトトンボ属 Enallagma・アオモンイトトンボ属 Ischnura
   /オガサワライトトンボ


 これら2種は分布域が全く異なるので,それで決定してよいであろう.ルリイトトンボは斑紋の変異が大きいので注意したい.
  1. a.小笠原諸島に分布する.体色は♂♀とも水色だが,♀は未熟なときに鮮やかなオレンジ色である.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オガサワライトトンボ
    b.本州の中部山岳地帯以北,北海道までに分布する.体色は,♂はルリ色,♀は,第1黒条が下端に届くまでにのびるような個体など様々な変異がある.・・・・・・・
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ルリイトトンボ属
(注意)X.のところでクロイトトンボ属・エゾイトトンボ属の第1黒条の形態が典型的でなく,こちらにやってきたときには,カラフトイトトンボがルリイトトンボ属に落ちる場合がある.カラフトイトトンボは北海道に分布するので,北海道における同定には注意してほしい.


Fraser, F. C., 1957. A Reclassification of the Order Odonata. Royal Zoological Society if New South Wales.
浜田康・井上清,1985.日本産トンボ大図鑑.講談社.























































ページリンク

イトトンボ科 Family Coenagrionidae

ヒメイトトンボ属
Genus Agriocnemis
048. ヒメイトトンボ
 Agriocnemis pygmaea pygmaea
NT 049. コフキヒメイトトンボ
 Agriocnemis femina oryzae

モートンイトトンボ属
Genus Mortonagrion
NT 050. モートンイトトンボ
 Mortonagrion selenion
CR
+EN
051. ヒヌマイトトンボ
 Mortonagrion hirosei







































ページリンク

カラカネイトトンボ属
Genus Nehalennia
032. カラカネイトトンボ
 Nehalennia speciosa

キイトトンボ属
Genus Ceriagrion
033. キイトトンボ
 Ceriagrion melanurum
VU 034. ベニイトトンボ
 Ceriagrion nipponicum





















































ページリンク

ナガイトトンボ属
Genus Pseudagrion
040. アカナガイトトンボ
 Pseudagrion p. pilidorsum
VU 041. アオナガイトトンボ
 Pseudagrion microcephalum

ホソミイトトンボ属
Genus Aciagrion
052. ホソミイトトンボ
 Aciagrion migratum



































ページリンク

アカメイトトンボ属
Genus Erythromma
042. アカメイトトンボ
 Erythromma humerale






























































ページリンク

エゾイトトンボ属
Genus Coenagrion
036. エゾイトトンボ
 Coenagrion lanceolatum
NT 037. カラフトイトトンボ
 Coenagrion hylas
038. オゼイトトンボ
 Coenagrion terue
039. キタイトトンボ
 Coenagrion ecornutum

クロイトトンボ属
Genus Paracercion
CR
+EN
043. オオセスジイトトンボ
 Paracercion plagiosum
044. クロイトトンボ
 Paracercion calamorum calamorum
045. セスジイトトンボ
 Paracercion hieroglyphicum
046. オオイトトンボ
 Paracercion sieboldii
047. ムスジイトトンボ
 Paracercion melanotum


























































ページリンク

アオモンイトトンボ属
Genus Ischnura
058. アオモンイトトンボ
 Ischnura senegalensis
055. マンシュウイトトンボ
 Ischnura elegans elegans
056. キバライトトンボ
 Ischnura aurora aurora
057. アジアイトトンボ
 Ischnura asiatica





















ページリンク

アオモンイトトンボ属
Genus Ischnura
058. オガサワライトトンボ
 Ischnura ezoin

ルリイトトンボ属
Genus Enallagma
053. ルリイトトンボ
 Enallagma circulatum