デジタルトンボ図鑑
オセアニアキバライトトンボ Ischnura aurora (Brauer, 1865)
キバライトトンボ
♂.東京都.2004.4.13.(左),♀,東京都.2004.4.13.(右)./ スケール:1.0cm. 100%, 300% on 150ppi.
<分類学的位置>
 トンボ目 Order Odonata
 イトトンボ科 Family Coenagrionidae
 アオモンイトトンボ属 Genus Ischnura

<分布> 
 国内では硫黄島にのみ分布する.石垣島で採集された個体(朝比奈,1964)は,台湾の個体群とともに,二橋・清(2022)によって,Ischnura rubilioとされた.これにより,2022年12月以降,日本で記録されたトンボは206種に増えている.和名については,従来キバライトトンボとされたものは台湾の個体群につけられていたということで,硫黄島産の個体群はオセアニアキバライトトンボと改称された.

<特記事項>
 日本国内の本種は,かつて Ischnura aurora aurora という学名が与えられいて,その分布域は,台湾,中国中・南部を経て,インドやスリランカ,またフィリピンからポリネシア,パプアニューギニアを経て,オーストラリアに至る地域,とされていた.最近,Lorenzo-Cerballa et al. (2022) は,分子系統学的手法および形態学的手法によって,種 Ischnura aurora について再検討を行った結果を発表した.検討された標品は,Ischnura aurora というラベルの付いた,中国,オーストラリア,フィジーのものと,Ischnura rubilio というラベルの付いたインドのものである(津田(2000)によると,種 rubilio はインドにしか分布していない).その結果,従来 I. aurora とされてきたもののうち,中国の標品は,I. rubilio と同じクレード(系統樹における同じ枝部分)に属し,オーストラリア−太平洋地域の標品はこれとは異なるクレードに属するいう結果を得た.また形態的にも,中国の標品はインドの I. rubilio に近いという.この結果から,従来 I. aurora とされてきたもののうち,アジア地域のものは I. rubilio とするべきではないかと述べている.ただし,まだ検討標本が限られているので,さらなる研究が必要だともしている.
 彼らは論文の中で,I. auroraI. rubilio の形態学的な検索表を作成している.一番わかりやすいオスの区別点は腹部第8節の水色部分の広がり方で,I. rubilio は腹部第8節全体が水色,I. aurora は腹部第8節の後半だけが水色という点である.それによると,上記の写真にある私の所有する硫黄島の標本は,I. aurora に一致する.また,杉村ら(1999)の,硫黄島の標本写真でも,腹部第8節の青色斑がその節の後半にしか広がっていないので,やはり I. aurora に一致している.他の図鑑類では,例えば喜多(2021)や尾園ら(2012)はグアム産の生態写真を使っているが,これもやはり I. aurora に一致しているのが分かる.さらに決定的なのは,この論文中のDNA解析に日本産キバライトトンボの解析結果が引用されているということで,これによって,硫黄島のものは I. aurora であることが確定している.
 以上にあわせて,World Odonata List によると,種 Ischnura aurora の唯一の亜種 Ischnura aurora viduata がシノニムになっているので,学名表記を Ischnura aurora と変更した.
 ところで,これらの検討から一つ問題になるのは,硫黄島以外で唯一採集されている石垣島産のキバライトトンボの記録である(朝比奈,1964).当時台湾まで分布することが知られていた本種は,台湾との関連が強いと考えられる.二橋・清(2022)は国立科学博物館に収蔵されている石垣島の♀標本を台湾の標本と形態的な比較をし,さらにHu & Futahashi(準備中)の論文でDNAの解析結果からも,台湾産のものとこの石垣島産のものは,Ischnura rubilio であるとしている.ただこの中で,台湾産のオス個体の腹部第8節は,その後半部だけが水色をしていることにも触れており,そうなると,上記の区別点は使えないことになる.「台湾的蜻蛉(汪良仲,2000)」というガイドブックで、台湾の Ischnura aurora の写真を見てみると,確かに腹部第8節の後半だけが水色をしている.準備中の論文が出てからこのあたりを整理したいと思っている.


朝比奈正二郎,1964.1963年度最終の琉球産蜻蛉類の記録.Kontyu, 32(4):529-534.
二橋亮・清拓哉,2022.石垣島におけるアジアキバライトトンボ(新称)Ischnura rubilio Selys, 1876 の記録.Tombo 65:40-43.
M. Olalla Lorenzo-Carballa, Iago Sanmartin-Villar, and Adolfo Cordero-Rivera, (2022). Molecular and Morphological Analyses Support Different Taxonomic Units for Asian and Australo-Pacific Forms of Ischnura aurora (Odonata, Coenagrionidae). Diversity (2022):14(8). Open Access: https://www.mdpi.com/1424-2818/14/8/606/htm.
喜多英人,2021.東京都のトンボ.257pp. いかだ社,東京.
汪良仲,2000.台湾的蜻蛉 Dragonflies of Taiwan. 人人月暦,台北縣.