このように,トンボは種類によって,羽化する時期がだいたい決まっています.池や川でヤゴをつかまえて羽化するまで飼育(しいく)しようとするとき,そのトンボがいつごろ羽化する種類かをたしかめないと,なかなか羽化しないといってこまることがあります.たとえばクロスジギンヤンマは春季種です.ヤゴの大きいものが夏にとれることがありますが,これを羽化させようとすると,次の年の春まで飼育しなければならないことになります.羽化の観察の成功のひけつは,トンボの羽化する時期を知って,その少し前に翅芽のふくらんだヤゴをつかまえてくることです.春季種,夏季種,秋季種,一年中見られる種にどんなものがあるかは,「
トンボをさがしに行こう」のページをごらんください.
トンボの羽化は,野外では,なかなかタイミングよくお目にかかることができません.でも,羽化したあとに残されるぬけがら(
羽化殻(うかかく)といいます)は,わりあいかんたんに見つけることができます.羽化殻をたんねんに集めると,トンボの羽化についてくわしく知ることができます.ただ羽化殻でトンボの種類名を決めるのはかなりむずかしいので,少し勉強がいります.下のグラフは,私が羽化殻を二日に一回あつめてしらべた,春季種のキイロサナエというトンボの羽化の状態を表すものです.
キイロサナエの羽化のようす(見つけた羽化殻の数と日付),篠山市.Aoki(1999)を改変.
キイロサナエは春季種で,成虫は初夏の短い間しか見ることができません.ですから,羽化が行われる期間もとても短く,5月17日に羽化が始まって6月7日に終わるまでの,わずか22日間で羽化が完了しています.
少し難しいですが,羽化が集中して起きる程度を表す数字に,
EM50というのがあります.EMというのは,羽化(英語で
EMERGENCE)のことで,50というのは50%を表します.つまりEM50とは,全羽化数の50%(半分)が羽化する日数のことです.これが短ければ短いほど,短期間でたくさんが羽化することになります.ちなみに上のキイロサナエでは,EM50=4 [日] となっています.1年間に羽化する個体数の半分がわずか4日間で羽化したことになります.ものすごい集中羽化ですね.
羽化がこんなに集中して起きるには,幼虫の成長が厳密(げんみつ)にコントロールされていなければなりません.実はキイロサナエの場合,羽化の前年の夏に,幼虫の成長がある段階に達したときに成長が止まり,速く成長した幼虫が成長の遅れている幼虫の成長を待つようなしくみがあるのです.ですから幼虫の成長はその段階でそろうことになります.その結果,羽化もほとんど同時に起きることになるのです.
このように,羽化などがある季節にきちんと配置されることを,
季節的制御(きせつてきせいぎょ)といいます.春季種,夏季種,秋季種など,特定の季節に出現する種には,こういったしくみが発達しているものが多いと考えられています.羽化も,ていねいに調べると,自然の不思議なしくみが見えてくるようですね.