トンボノート
No.788. 何もいない川は恐怖そのものだ.2021.6.8.

今日は朝からいい天気です.今日はトンボを見るというより,キイロサナエやキイロヤマトンボの過去の産地へでかけ,まだ見られるかどうかを調べることにしました.トンボ観察というよりトンボの状況調査です.

まずはキイロヤマトンボ.兵庫県のかつての有名生息地へでかけ,9:30から11:00まで飛ぶのをじっと待つという観察です.日射しがきつく結構つらかったです.結果は,10:00過ぎ,ヤマトンボ科のメスが下流から上流へ,そして少し後,上流から下流へ飛びました.次に10:20ごろ,ヤマトンボ科のオスが上流から下流へ飛び,目の前でUターンして上流へ飛び去りました.1時間30分でこれでおしまい.遠くて確認ができませんでしたので,コヤマトンボの可能性もありますが,飛び方はキイロヤマトンボのようでした.

かつては,10分とあけず,オスが往ったり来たりしていた川でした,本当に減ってしまいました.写真は撮れませんでした.他には,グンバイトンボのオス1頭が足下を飛んだのと,アオハダトンボのオス1頭が遠くの木の葉に止まっていたのと,シオカラトンボ1頭が通過しただけ.以上終わりです.まったくトンボがいないといってよい状態です.でもグンバイトンボとアオハダトンボがまだかろうじて生き残っていたのはよかったです.

次は気分を変えてムカシヤンマの産卵を見に行きました.しかしこれは全くの不発(想定内).昼食をとって,次はキイロサナエのかつての産地,私の研究フィールドだったところへ行きました.しかし,出会ったトンボは,田んぼに止まるシオカラトンボ1頭のみ,あとはまったくトンボの姿がありません.本当に何もいません.川岸を歩いてもトンボ1頭飛びません.幼虫をたくさんすくった素掘りの用水路も,U字溝に変えられていました.川の水はもやがかかったような濁りがあります.川面をのぞいてもトンボ1匹止まっていません.キイロサナエが何百といたあの時の姿が嘘のようです.見かけはそれなりなのですが….もう川が死んでいるような印象です.

▲景観としてはそれほど悪くはないが,本当に何もいない.

ここまでで14:00を過ぎました.結構歩き回って疲れましたので,アオサナエを見に行くことにしました.先日の工事が終わっていると観察がしやすくなりますので,状況の確認です.工事は終わっているようで,川にはアオサナエのオスが2頭,アオハダトンボが1オス2メス見つかりました.朝8:00頃家を出て,やっとトンボに接近遭遇できました.

▲アオハダトンボのメス.今年は数が非常に少ない.

▲アオサナエのオス.

今日最後は,サラサヤンマの産卵観察です.もう夕方になり,時刻的にはぴったり.移動し車を降りたときでした.空に黒い雲がかかり雷が鳴りました.そしてフロントガラスに水滴が….嫌な予感がし観察を中止.この判断は正解でした.数分後ものすごい夕立のような雨が降ってきました.天気予報通りです.ということで今日の観察は終わりにしました.

しかし,今日の二つの川で感じましたが,本当に恐ろしいくらいトンボがいません.いずれも1990年代のトンボの大産地でした.景観は今でもあまり変わっていません.小さな頃から虫に囲まれて育ってきた私にとって,穏やかな晴れの日に,植生豊かな川のそばを歩いて,何も飛ばないというのは,信じられない経験です.いつもトンボのいるところをねらって観察に出かけているので,まだトンボは生き残っているという印象が強いのですが,実態はまったく違っていました.今までこういった疲れるだけの調査は避けていました.しかし,今日,ちょっと本気を出して調査して,なんか,ゾッとしたものを感じました.

私は,仕事で,福島県第一原発事故のあった近くの南相馬市の小高区へ,事故後3年目に入ったことがあります.当時まだ避難指示解除準備区域で,住民の方々は避難して自宅には帰っていませんでした.そこを車で走ると,信号は点灯し,町並みはそのままの姿で残っているのですが,まったく人がいないのです.だれも歩いていません.町並みがあるのに人がいない…,今日の二つの川,特に二番目の川の印象が,このときの小高区に通じるものがありました.見かけの環境はほとんど変わらず残っているのにトンボがまったくいない,目に見えない恐ろしいものがそこに存在するような感覚です.小高区では線量計に示される放射能でしたが,ここに存在するものはいったい何なのだろう.やはりケミカルなのだろうか…,今こそ「沈黙の春」を思い起こすときかも知れません.

最後に,二番目の川の,昔日のキイロサナエの写真を掲載しておきたいと思います.

▲キイロサナエのタンデム.こんなのが,あちこちで見られた.