今日はアオハダトンボとグンバイトンボの観察に行ってきました.この2種は,毎年行く場所が決まっているのですが,今年はその場所が浚渫されてしまい,植生が全部剥ぎ取られてしまいました.まだアオハダトンボは飛んでいるようですけど,ちょっと嫌気が差したので,第二候補の地へ出かけることにしました.ここは5月20日の記事で紹介したところです.もう2週間ほど前になってしまいましたので,アオハダトンボもかなり消耗し始めているのではないかと,それが心配でした.この川はトンボの出現が半月ほど早い感じのする川です.アオハダトンボは普通,6月中旬が見ごろです.でもここのアオハダトンボは,ゴールデンウィークに羽化しているのを見たことさえあります.ということで,早速紹介を始めましょう.
▲アオハダトンボのメスの顔のアップ.直前まで摂食していたせいだろうか,顎が横に開いている.
まずはいきなりいかつい写真からです.今年は,何度も書いていますが,顔のアップで攻めることにしています.これはアオハダトンボのメスの顔のアップです.私もじっくり見るのは初めてです.かなり怖い顔をしていますね.さて,現地に着いたのは8:30ころでした.まだ草は露に濡れていました.アオハダトンボはもう水辺に出ています.2週間前に見たときより数が減っていると感じるのは気のせいでしょうか.結構探すのに歩き回らなければなりませんでした.オス・メスともすっかり成熟しています.
▲朝一番出会ったアオハダトンボのオス.
▲流れの中の石の上に止まるアオハダトンボのメス.透き通った翅が朝日に当たってきれい.
今日の目的は,アオハダトンボの求愛ディスプレイを記録することです.午前中はあまり繁殖活動をしないので,お昼近くまで待たなければなりません.でもこの間にいろいろなトンボたちの観察をしました.これはPart-2.で紹介します.11:30ころになると,オスの動きが活発になり始めました.しきりにメスに接近をしようとしています.しかし,メスは産卵意欲がないのか,交尾拒否の姿勢で対応しています.
▲交尾拒否姿勢を取るアオハダトンボのメス.翅を開いて腹部を上げる.オスは一気に交尾意欲を失う.
交尾拒否するときは,上の写真のように,オスが来たときに翅を開いて腹部を上に突き上げます.これが多分鍵刺激になっているのでしょう,通常オスはそれ以上メスに求愛をしようとはしません.アオハダトンボは,オスとメスが繁殖場所でいっしょに生活していますから,生理的に産卵準備ができていないメスは,こうやってオスにそのことを知らせているのだと考えられます.では,オスの交尾成功例を一連の写真で紹介しましょう.
▲オスの縄張り内にメスが入ってきて,水面の位置に止まる.オスは精一杯腹部を持ち上げアピールする.
▲オスの求愛ディスプレイに対し,メスは逃げずにそばを飛び回る.
▲メスは,オスを誘うように少し高いところに止まって,オスが来るのを待つ.
オスはメスが自分の縄張りに入ってくると,低い位置に止まり,腹部を大きく反らせてその先端部腹面の白い部分を目立たせます.メスはそれに反応して,近くに止まります.オスはそっとそのメスに近づきます.このとき交尾拒否姿勢を取らなかったら,しめたものです.メスはオスを誘うように,少し高いところへと移動します.オスは慎重にメスに近づきます.
▲オスが近づくとさらに高いところへ移動し,オスを引きつける.オスは慎重に近づく.
▲いよいよ大接近.メスは腹部を持ち上げることはなく,許容の姿勢でオスが上に乗るのを待つ.
上の写真のようにオスがうんとメスに接近しても,メスは腹部を上に突き上げません.翅を開いても閉じても,腹部はまっすぐ後ろに伸びたままです.そして,そのことを確かめたオスは,メスの背中に乗って,タンデム形成を行います.
▲翅のつけ根あたりにランディングする.時には縁紋のあたりにランディングし,下がっていくこともある.
▲前胸をつかんでタンデムになろうとしている.
▲少し場所を移動した.そして移精行動.タンデムになるとすぐに移精行動を行う.
▲そして交尾.翅を開閉させながら行うことが多い.なかなか交尾は難しそう.
タンデムになったらすぐに移精行動,そして交尾を行います.交尾は2,3分程度で終わります.メスはオスとの連結が解けたら,少し間を置いて産卵を始めます.
▲交尾したオスの縄張り内で産卵するメス.
▲オスは少し高いところからメスを警護している.
オスは近くでメスを見守ります.他のオスが産卵メスに近づいたら,激しく追飛して追い払います.くるくる旋回しながら,どこまでも,いつまでもやっていました.またかなり遠くまで追っていくこともあるようです.侵入オスは隙を見て産卵メスの前で腹部を持ち上げて求愛することもあります.しかし縄張りオスはそんなオスを激しく追い払います.下の写真は,この縄張りオス以外に,他の縄張りオスの追飛活動も合わせて,追飛行動として紹介しています.
▲オス同士の闘争.追飛行動.激しくくるくる旋回しながら飛び回る.
では,これ以外の,オスの成功例を紹介していきましょう.まずは12:30ころに見つけたペアから.
▲メスに接近するが,メスは許容の姿勢でオスを迎えている.
▲これだけ近づいてもメスは反応しない,いや許容姿勢のままで反応しているのか?.
▲翅のつけ根につかみかかり,タンデム形成を始める.相変わらずメスはされるがままを許している.
▲お酢は向きを変えて,上に乗るようにしてタンデム形成へ.
▲移精行動が終われば….
▲交尾に入る.
▲上の反対側から撮ったもの.
続いて,13:16ころに始まったペアです.この頃になると,暑さのせいもあって集中力が切れ,写真はかなりピントが甘くなりました.よってちょっと引いたアングルで紹介しましょう.
▲オスの縄張り内にメスが入ってきて止まった.腹部を下に曲げていて,産卵意欲はありそうだ.
▲オスは早速メスを追飛する.メスは誘うかのように飛ぶ.
▲例によって,メスは少し高い位置に止まる.
▲オスはすぐにはメスに近づかず,いったん水面の位置に止まる.目線は上を向いている.
▲腹部を持ち上げ,求愛信号を送る.メスは左上白矢印の位置.
▲求愛信号を送ったオスは,徐々にメスに近づいていく.
▲メスのすぐ後ろに止まって,メスの反応を見る.メスは交尾拒否の姿勢を示さない.
▲また例によってメスは一段高いところへ止まり場所を変える.オスはそれを追っていく.
▲オスの接近.やはりメスは許容の姿勢である.
▲オスはメスの上につかみかかるようにして乗る.
▲体の向きを変えて,タンデム形成に移る.相変わらずメスは動かずなされるがままである.
▲移精行動に移る.移精の瞬間はミスショット.
▲13:19’16″,交尾態を形成し,交尾開始.
▲13:20’42″,交尾継続中.
▲13:21’22″,交尾オスの縄張りで産卵開始.交尾継続時間は約2分程度であることが分かる.
実は,今日一番初めに産卵を見たのは,まったくオスの警護なしの単独で産卵するメスでした.川の中央で,コカナダモの組織に一人で卵を産み付けていました.翅は破れ,かなり日齢の経っているように見えるメスでした.川の中央で目立つように産卵しているのに,オスっていうのは気づかないんですね.
▲今日最初に見つけた,警護なしの単独産卵個体.11:30ころ.
最後にちょっと変わった事例を紹介して,グンバイトンボのPart-2.へ引き継ぐことにしましょう.あるオスが腹部を持ち上げてその白い部分を目だ立たせていました.周りにはメスはいません.どこか私の視界の外にメスが隠れているのかとも思いましたが,いくら探しても見つかりません.どうしたのだろうと,とりあえずいいアングルだったので,写真を一枚パチリ.
▲メスもいないのに求愛ディスプレイを開始した?.
そしてその後よく観察していると,このオス,産卵しているグンバイトンボのカップルに対して,求愛ディスプレイを行っていたのです.そう見えました.産卵ペアの方に向かって腹部を持ち上げ,何度も産卵ペアの方に向かってホバリング飛翔するのです.
▲産卵しているグンバイトンボの方に向かって定位ししている.
▲執拗に産卵しているグンバイトンボに近づいてホバリング飛翔を行う.
いや,これ,アオハダトンボオスの勘違いだったら,何が鍵刺激になっていたのでしょうね?
では最後に,今日の観察のまとめ,オスの求愛ディスプレイの典型的なシーケンスを記述しておきましょう.あくまで今日の観察にのみ基づいていますので,今後修正の余地があるかもしれません.
- オスの縄張り内にメスが入ってきて止まる.メスの止まる位置は様々だが,水面またはやや水面から離れた場所で,比較的低い位置である.
- オスは飛んでメスに近づくか,または静止したまま腹部先端を曲げて求愛信号を送る.飛びながら求愛信号を送る場合もある.このときメスに産卵意欲がなければ交尾拒否姿勢を取るか,または飛び去って,通常それで一連のシーケンスは終了する.
- メスに産卵意欲があれば,求愛信号やオスの接近に刺激されて,少し飛んで,水面から離れたやや高い位置に止まる.
- 求愛信号をまだ送っていないオスは,止まったメスの方向に定位し,求愛信号を送ってからそのメスに接近する.求愛信号をすでに送ったオスは,そのままメスに近づいていく.
- 交尾を受容する気のあるメスは,オスの接近に気づくと,さらにもう一段高いところへ飛んで止まる.
- オスは慎重にメスに近づいていく.このとき交尾拒否姿勢をとらず,腹部をまっすぐにしたままであれば,オスは交尾を受容しているとみて,メスの背中につかみかかってタンデムを形成する.
- すぐに移精行動に移る.時間は数秒程度.
- 移精行動が終われば,直ちに交尾に移行する.このときオスは翅を大きく開くことが多い.
- 交尾時間は2分程度.
- 交尾が完了すれば,オスはメスを放し,メスは十数秒間を開けてから,オスの縄張り内で産卵を始める.オスは少し離れた見通しのよいところでこのメスの産卵を警護する.
以上,仮説的ではありますが,だいたいこのようなシーケンスで交尾・産卵に至るようです.時に多少のバリエーションが見られることはあります.例えば,2.で交尾拒否姿勢を取られても,オスによっては執拗に求愛信号を送り続け,根負けしたのか,メスが3.の過程に入ることもあるようです.このあたりは,オスやメスの微妙な生理的状態の違いが左右しているのかもしれません.
このような一連のディスプレイが,トゲウオに見られるような,鍵刺激とその反応の連鎖による行動なのかどうかは,まだわかりません.でも,他の個体群の観察でも,ここの個体群の過去の観察でも,ほぼ同様の過程を経て交尾・産卵に至っていますので,かなり固定された連鎖行動であると考えられます.
(Part-2.へ続く)