トンボの産卵を観察しよう
トンボは種類によって決まった産卵の方法がある
 トンボの幼虫は水の中で過ごします.ですから,トンボは水辺に卵を産みます.種類によって,決まった方法で,決まった場所に卵を産みつけます.トンボは生まれつき持っているこの産卵方法を変えることができないため,池や川の環境がこれらの場所や方法が使えないような状態になると,卵が産めず,すがたを消していきます.

 トンボが卵を産みつける「もの」を,むずかしい言葉で産卵基質(さんらんきしつ)といいます.産卵基質には,生きた植物の体枯れた植物の体(落ち葉や枯れた枝・倒れてくさりはじめた木など),(コケの間などをふくむ)などがあります.

 つぎに卵を産むときのトンボの状態には,飛びながら産む止まって産むの2種類があります.またオスとメスが連結して(タンデムになって)卵を産む連結産卵と,メスが単独で産む単独産卵という区別もあります.

 さらに卵を産卵基質にどうやって置くかにも2種類あります.つまり,はなれたところからばらまく方法と,接触(せっしょく)して置く方法です.

 これらの組み合わせによって,トンボの産卵方法にはいろいろな形式があって,種類によって変化に富んだものになってきます.それではこの産卵方法を,産卵基質をもとに整理して,見ていくことにしましょう.


トンボの産卵を観察しよう
水に卵を産むトンボたち
 トンボは水の上に止まることはできませんから,水に卵を産むトンボたちは,ふつう飛びながら卵を産みます.一番よく見られるのが,メスが飛びながら,水面に腹部の先をチョンチョンとつけて産卵する方法です.これを打水産卵(だすいさんらん)といいます.打水産卵をするトンボは,トンボ科とよばれるグループに多く見られます.

オオキトンボの連結打水産卵 シオカラトンボの単独打水産卵
オオキトンボの連結打水産卵
飛びながら・連結して・水に接触して
シオカラトンボの単独打水産卵
飛びながら・単独で・水に接触して


 連結して産卵するか単独でするかは,だいたい種類によって決まっています.でも,ふつう連結産卵をするトンボが単独で産卵するのを見ることがあります.コノシメトンボはふつう連結打水産卵(れんけつだすいさんらん)をしますが,ときどき単独打水産卵(たんどくだすいさんらん)をすることもあります.これは多くの連結産卵をするトンボに見られます.ただこの逆の,ふつう単独産卵をするトンボが連結産卵することは,まずありません.

オオキトンボの連結打水産卵 シオカラトンボの単独打水産卵
コノシメトンボの連結打水産卵
ふつうはこのように連結打水産卵をする
コノシメトンボの単独打水産卵
ときどきこのような単独打水産卵が見られる
オナガサナエの停止飛翔産卵 アオサナエの停止飛翔産卵
オナガサナエの停止飛翔産卵
飛びながら・単独で・水からはなれて
白矢印の先のだいだい色のかたまりは落ちる卵
アオサナエの停止飛翔産卵
飛びながら・単独で・水からはなれて
白矢印の先のだいだい色のかたまりは落ちる卵


 さて,水に卵を産むもう一つの方法は,水面の上空から卵をばらまく方法です.これには特別な名前はありません.空中から産むので空中産卵(くうちゅうさんらん)とよんだり,卵を産むときに空中の一点で動かずに飛び続ける(これをホバリングまたは停止飛翔(ていしひしょう)とよぶ)ことが多いので,停止飛翔産卵(ていしひしょうさんらん)とよんだりすることがあります.ただしこのよび方は,水ではない産卵基質に卵を産むときにも使われます.このタイプの産卵は,サナエトンボ科というグループのトンボによく見られます.

 ところで,打水産卵には,水の中に卵を産むというのではなく,水といっしょに卵を前方の植物などの物体に飛ばしてはりつけるという,はなれわざをするものがいます.これを特に飛水産卵(ひすいさんらん)とよぶことがあります.オオシオカラトンボなど,いくつかのトンボがそれをおこなっています.

オオシオカラトンボの飛水産卵 オオシオカラトンボの飛水産卵
オオシオカラトンボの飛水産卵.左:打水のしゅん間.右:水てきが前方に飛ぶようす.
はじめはふつうの打水産卵のように見えるが,その後,水てきが前の方に向かって飛んでいる.


 さて,ここで紹介(しょうかい)した以外には,小川の石に止まって,腹部の先を水につけ,卵を水の中にぱらぱらとまきちらすという静止接水産卵という方法をとるトンボもいます.これはめずらしい方法で,ヒメクロサナエなどがおこなっています.また,水とも石の間ともいえない微妙(びみょう)なポイントに産卵するトンボたちもいます.オジロサナエやミナミヤンマなど,小さな石ころのすき間を流れている水に,飛びながら腹部の先を打ちつけて産卵します.これなどは打水産卵とも打泥産卵とも,どちらにも分類できそうな産卵方法です.

ヒメクロサナエの静止接水産卵 オジロサナエの打水産卵
ヒメクロサナエの静止接水産卵
岩に止まって腹端を水につけて産卵している.
オジロサナエの打水産卵
小石の間を流れる水に飛びながら腹端を打ちつけている.


 これらのトンボよりさらに変わり種の打水産卵をするトンボを紹介しておきましょう.それはトラフトンボです.このトンボは打水の前に大きな卵のかたまり(卵塊:らんかい)をつくります.そして十分大きくなってから,一度だけ打水して卵を水の中に産み落とします.産み落とされた卵は水を吸ってふくらみ,まるでカエルのようなゼリー状の物質につつまれた卵のかたまりとなります.

トラフトンボの卵塊つくり 産み落とされた水中の卵
トラフトンボの卵塊づくり
交尾のあと,静止して大きな卵のかたまりをつくる
トラフトンボの卵
水中で水を吸ってふくらみカエルの卵のようになる




トンボの産卵を観察しよう
生きた植物の体に卵を産むトンボたち
 水辺に生えている植物に卵を産むトンボはたくさんいます.これらのトンボたちの産卵方法について学ぶ前に,少し水辺に生える植物について学習しておきましょう.

 水辺に生える植物のことを水生植物といいます.これには,大きく分けて,抽水植物(ちゅうすいしょくぶつ)浮葉植物(ふようしょくぶつ)沈水植物(ちんすいしょくぶつ)の3種類があります.抽水植物とは,植物の体の一部が水面より上にでている植物のことをいいます.浮葉植物とは,葉が水面に浮かんでいるような植物のことです.沈水植物とは,体全体が水中に沈んでいるような植物のことで,藻(も)といわれることもあります.

抽水植物・浮葉植物・沈水植物
水生植物には,大きく分けて3つのグループがある
左:抽水植物のヒメガマ,中:浮葉植物のガガブタ,右:沈水植物のコカナダモ

 この中で抽水植物は葉や茎を水面より上に出していますので,水がにごっていても生えることができます.しかし沈水植物は,水の中で生活しているので,水がにごると,光がとどかなくなって枯れてしまいます.沈水植物が豊かな池や川は,水がきれいということになりますね.ただ最近は,コカナダモやオオカナダモのような外来の沈水植物がふえて,日本古来の沈水植物が減っています.

 それでは,これらの植物に卵を産むトンボについてお話しすることにしましょう.トンボが産卵基質として生きた水生植物を利用する方法には,大きく分けて2つあります.一つは植物の葉や茎の表面に卵をはりつける方法で,植物上産卵(しょくぶつじょうさんらん)とよばれています.もう一つは産卵管を使って植物体内に卵を産みつける方法で植物内産卵(しょくぶつないさんらん)とよばれています.

コフキトンボの植物上産卵 コバネアオイトトンボの植物内産卵
コフキトンボの単独植物上産卵
飛びながら・単独で・生きた植物に接触して
コバネアオイトトンボの連結植物内産卵
静止して・連結して・生きた植物に接触して


 植物上産卵をおこなうトンボは,写真のコフキトンボのように,ふつう飛びながら産卵します.植物内産卵をおこなうトンボは,ふつう止まった状態で卵を産みつけます.植物内産卵には,連結でおこなうものと単独でおこなうものとがあります.

 さて,植物内産卵をおこなうトンボについてもう少しくわしく見ておきましょう.植物内産卵をおこなうトンボにはおもしろい習性(しゅうせい)があって,水面からはなれた高い場所でおこなうもの,ちょうど水面上でおこなうもの,そして水面から下でおこなうものの3種類があって,これがトンボの種類によってだいたい決まっているのです.水面より高い場所で産卵するには,抽水植物が必要ですね.水面上・水面下の産卵では,浮葉植物や沈水植物が産卵基質になりますが,倒れた抽水植物も,特に浮葉植物や沈水植物がまだ育っていない早春には,ただ一つの産卵基質として使われています.ですから,トンボにとっては抽水植物が,産卵基質として重要な植物ということになります.さらに水辺に生えている陸上の植物も,産卵基質として使われることがあります.このように,植物とトンボの産卵方法には深い関係があります.

 ところで,水面下での産卵を特に潜水産卵(せんすいさんらん)とよぶことがあります.潜水産卵は,水面上で産卵おこなっているトンボが,産卵しながら少しずつもぐっていき,そのまま水面下で産卵を続けるという場合が多いようです.

水面からはなれた高い場所で産卵するアオイトトンボのむれ
水面からはなれた高い場所で連結植物内産卵するアオイトトンボのむれ
水面からはなれた高い位置に産卵するためには,抽水植物が必要である.

モノサシトンボの連結植物内産卵 アオモンイトトンボの単独植物内産卵
モノサシトンボの連結植物内産卵(水面上)
浮葉植物(ヒルムシロ)に産卵しているペア

アオモンイトトンボの単独植物内産卵(水面上)
枯れた抽水植物(ハス)の葉に産卵している

ギンヤンマの連結植物内産卵 クロイトトンボの潜水産卵
アオハダトンボの単独植物内産卵(潜水産卵)
沈水植物(エビモ)に卵を産みつけている
 
クロイトトンボの連結植物内産卵(潜水産卵)
水位が上がって水中に沈んだ陸上植物に産卵
メスがオスを引きずりこもうとしているしゅん間


トンボの産卵を観察しよう
枯れた植物の体に卵を産むトンボたち
 生きた植物の体に卵を産むトンボの多くは,枯れた植物の体にも卵を産みつけます.例えばギンヤンマ,アオモンイトトンボなどです.特にギンヤンマは,生きた植物,枯れた植物のほかに,土の中にまで産卵をすることがあります.

ギンヤンマの単独植物内産卵 ギンヤンマの連結植物内産卵
ギンヤンマの連結植物内産卵 ギンヤンマの連結植物内産卵
▲ギンヤンマのいろいろな産卵基質への産卵 上2枚:生きた植物体への産卵,下左:枯れた植物体への産卵,下右:土の中への産卵

 植物内産卵を行うトンボはいろいろな産卵基質に卵を産みつけることが多いが,ギンヤンマほど,いろいろな産卵基質に卵を産むトンボはめずらしい.時には水に浮かんだ発ぽうスチロールに卵を産むことさえある.またギンヤンマは,ふつう連結して卵を産むことが多いが,ときどき左下の写真のように,単独で産卵する.


 しかしトンボの中には,枯れた植物の体にしか卵を産まないものや,生きた植物の体にも卵を産むけれども枯れた植物の体をより好むものがいます.そこで,「枯れた植物の体に卵を産むトンボ」というのを分けて考えるようにしています.その多くはヤンマのなかまです.ただし,これらの産卵方法の名前は,やはり植物内産卵です.

ミルンヤンマの単独植物内産卵 コシボソヤンマの単独植物内産卵
ミルンヤンマの単独植物内産卵
静止して・単独で・枯れた植物に接触して
コシボソヤンマの単独植物内産卵
静止して・単独で・枯れた植物に接触して
ミルンヤンマやコシボソヤンマは,倒木などの枯れた植物の体にしか卵を産まない

ニホンカワトンボの単独植物内産卵 ミヤマカワトンボの単独植物内産卵
ニホンカワトンボの単独植物内産卵
静止して・単独で・枯れた植物に接触して
ミヤマカワトンボの単独植物内産卵
静止して・連結して・枯れた植物に接触して
ニホンカワトンボやミヤマカワトンボは,生きた植物の体に産卵するときもある


 枯れた植物の体に産卵する方法として,あと,枯れた木の枝などの表面に,植物上産卵をするトンボがいます.コシアキトンボがその代表です.これについては,最後のアニメーションをごらんください.


トンボの産卵を観察しよう
土に卵を産むトンボたち
 最後は土に卵を産むトンボです.ここでいう土とは,落ち葉などをふくんだものと考えてください.土に卵を産む方法には,静止して土に接触して産む土中産卵(どちゅうさんらん)と,飛びながら土に接触して産む打泥産卵(だでいさんらん)と,空中からばらまく打空産卵(だくうさんらん),または停止飛翔産卵(ていしひしょうさんらん)とがあります.土中産卵は,産卵管を持ったヤンマのなかまが中心におこないます.打泥産卵と打空産卵は,産卵するときに泥面や空を打つような動きをすることから名づけられていて,アカトンボのなかま,エゾトンボのなかま,サナエトンボのなかまなど,いくつかのトンボに見られます.停止飛翔産卵はほぼじっと空中に停止飛翔(ホバリング)したままパラパラと卵をばらまき,サナエトンボのなかまに見られます.

ヤブヤンマ土中産卵 ネアカヨシヤンマの土中産卵
ヤブヤンマの土中産卵
静止して・単独で・土の表面に接触して
 

オオキトンボの連結打泥産卵
飛びながら・連結して,土の表面に接触して
オオキトンボは打水産卵もふつうにおこなう

マダラナニワトンボの連結打空産卵 クロサナエの単独停止飛翔産卵
マダラナニワトンボの連結打空産卵
飛びながら・連結して・土の表面からはなれて
クロサナエの単独停止飛翔産卵
飛びながら・単独で・土の表面からはなれて
どちらも,たいがい水が引いた岸辺の土の上で放卵する.白矢印は卵である.


 土に卵を産むということは,水のないところに卵を産むということです.ふしぎなことにトンボたちは,いずれここに水がやってくることを知っているかのようです.このなぞはまだ解明されていません.トンボのふしぎの一つです.

 さて,以上お話した以外にも,オニヤンマのように,浅い流れの底に,飛びながら水面から垂直に腹部をつきさして産卵する方法(挿泥産卵(そうでいさんらん))や,ハネビロエゾトンボのように,流れの石の上についた泥に卵を貼り付ける打泥産卵など,変わりものがあります.ただ,ハネビロエゾトンボは,打泥産卵しているときにも浅い水面にも腹端を打ちつけるような産卵行動も同時にするので,正確には,水際の砂底やれき底に産卵するトンボといった方がいいかもしれませんね.

オニヤンマの挿泥産卵 ハネビロエゾトンボの打泥産卵
オニヤンマのの挿泥産卵
飛びながら・単独で・水底の土の中に接触して

ハネビロエゾトンボの打泥産卵
飛びながら・単独で,土(石)の表面に接触して



トンボの産卵を観察しよう
アニメーションで見る産卵の動き
 今までお話しした産卵のいろいろを,最後にアニメーションでお見せしましょう.トンボたちの動きがよく分かると思います.(×0.5)と書いてあるのは実際の速さの半分,(×1.0)と書いてあるのは実際の速さと同じ,という意味です.

▼▼ 水に産卵する方法 ▼▼
ヨツボシトンボの単独打水産卵 コノシメトンボの連結打水産卵
ヨツボシトンボの単独打水産卵 (×1.0)
岸辺の近くや抽水植物の間で打水する

コノシメトンボの連結打水産卵 (×0.5)
ただの水面で打水するのでプールでも産卵できる

アオサナエの停止飛翔産卵 オオシオカラトンボの飛水産卵
アオサナエの停止飛翔産卵 (×1.0)
水面上でホバリングして卵を落とす
オオシオカラトンボの飛水産卵 (×0.5)
前方に卵をふくんだ水を飛ばして卵を置く

▼▼ 生きた植物に産卵する方法 ▼▼
アオハダトンボの単独植物内産卵 コフキトンボの単独植物上産卵
アオハダトンボの単独植物内産卵 (×1.0)
水草につかまって植物の水中部分に産卵する
コフキトンボの単独植物上産卵 (×0.5)
ヨシの葉が水面に沈んでいる部分に産卵する

▼▼ 枯れた植物に産卵する方法 ▼▼
シコクトゲオトンボの単独植物内産卵 コシアキトンボの単独植物上産卵
シコクトゲオトンボの単独植物内産卵 (×0.5)
枯れた茎や落ち葉の中に産卵をする
コシアキトンボの単独植物上産卵 (×0.5)
枯れた茎や枝などの表面に卵をはりつける

▼▼ 土に産卵する方法 ▼▼
ヤブヤンマの土中産卵 マダラナニワトンボの連結打空産卵
ヤブヤンマの土中産卵 (×1.0)
翅を小きざみにふるわせながら産卵する

マダラナニワトンボの連結打空産卵 (×0.5)
空を打つような動きで卵をばらまく

キトンボの打泥産卵 オニヤンマの挿泥産卵
キトンボの打泥産卵 (×0.5)
いったん卵を水につけてから土にはりつける
オニヤンマの挿泥産卵 (×0.5)
水面上から直接底の土の中に卵を置く

 みなさんも,身近なトンボで産卵活動を観察したときには,ここでお話ししたどのタイプになるかを,よく観察して,答えをみつけていきましょう.