No. 911. 台湾のトンボたち:不均翅亜目.2023.5.27.

さて,台湾のトンボたちの最終回は,シオカラトンボ属を除く不均翅亜目です.今回の台湾旅行では,サナエトンボ科のすがたを見ることがほとんどなく,私が見たのは,5mぐらいの高さの樹木の葉の上に止まった正体不明のサナエトンボ1頭だけでした.同行した友人はカレンサナエ Asiagomphus pacificus を1頭確認しました.彼によると,もうちょっとたくさん見られるはずだと言っていましたが,今年は春先の天候がちょっと異常だったので,それが原因しているかもしれないとも言っていました.

サナエトンボ科 Gomphidae 以外にも,ヤマトンボ科 Macromiidae はタイワンコヤマトンボ数頭,ミナミヤンマ科 Chlorogomphidae は上空を飛ぶ個体を5頭ほど,オニヤンマ科 Cordulegastridae とエゾトンボ科 Corduliidae はゼロ,ヤンマ科 Aeshnidae はリュウキュウギンヤンマと友人が見たタイワンヤンマ Planaeschna taiwana と私が目撃したカトリヤンマ属 Gynacantha sp. の1頭だけで,トンボ科 Libellulidae 以外の不均翅亜目にはあまり出会うことができませんでした.

ということで,今日は主にトンボ科,そしてそれ以外に出会った一部のトンボたちを紹介します.ただこれらのトンボたちは十分に観察が出来ず,ほとんど止まっていたり飛んでいたりした個体を撮影したものです.

本論に入る前にひとつだけふれておきましょう.私には,時々メール交換をしている,台湾在住のトンボ研究者の知人がいます.彼に,台湾名の構造について教えてもらいました.台湾のトンボの種名は漢字4文字に統一されていて,そして最初の2文字が種名,後半の2文字が科名になっているそうです.種名は,学名の種小名から取ったもの,そのトンボの特徴から取ったものなど,特に決まりはありません.

例えば,アオナガイトトンボの台湾名「痩面細蟌」は,「細蟌」が科名のイトトンボ科(細蟌科)を示し,種名の「痩面」は小さな頭という意味です.これは学名の Pseudagrion microcephalum の種小名 microcephalum の意味するもの,つまり「micro=小さな,cephal=頭(接頭辞)」から名付けられているそうです.またタイワンハグロトンボの台湾名「白痣珈蟌」は,「珈蟌」がカワトンボ科(珈蟌科)を示し,種名の「白痣」は白い縁紋というメスの特徴からつけられているということです.

Nannophyopsis clara 台湾名:漆黑蜻蜓
台湾名は「真っ黒のトンボ」という意味です.


Nannophyopsis clara ハッチョウトンボほどの大きさだ(D),2023.5.18. ▲

日本名はアサケトンボと言います.日本には分布していません.ハッチョウトンボの親戚みたいな小さなトンボですが,とても面白いトンボです.日本のハッチョウトンボのメスを初めて見たときに私が強く感じたことは,これはハチの擬態ではないかということでした.体が小さく黒と白と黄色の縞模様で,飛んでいる姿がハチが飛ぶ姿にそっくりだからです.台湾で撮影したものではありませんが,一枚だけ紹介しておきましょう.


▲日本のハッチョウトンボのメス.ハチのような色彩・サイズである.▲

アサケトンボの方は,オスがハチ(ジガバチ類)にそっくりに見えます.メスには出会っていないのでそちらの様子は分かりません.とにかくその写真を見てください.


▲私にはジガバチを連想させるアサケトンボの形態と行動(D),2023.5.18. ▲

このトンボ,写真のように腹部先端が膨らんでおり,そしてそれを下の方に曲げる姿勢を取ることが非常に多いのです.そしてその先端についている尾部付属器で,止まっている草の葉の表面を突くような動作をします.まるでハチが刺しているようです.


▲普通に止まっているときもあるが,何かのきっかけで….(D),2023.5.18.  ▲


▲ハチが刺すような動作を見せるアサケトンボのオス(D),2023.5.18. ▲

下の写真は別の日に撮影したジガバチの写真です.腹部先端の形がそっくりなことが分かるでしょう.やはり小さいトンボは,他のトンボや捕食者にねらわれやすいからでしょうか,こういった擬態を進化させてきたのかもしれません.


▲ジガバチの一種.腹部先端の膨らみ方がアサケトンボの腹部先端とそっくりだ.▲

アサケトンボについては,メスそのものや,産卵活動などを観察することができず,非常に残念でした.あと何枚か写真を掲載しておくことにします.


▲アサケトンボ Nannophyopsis clara のオス(D),2023.5.18. ▲

この場所へはこのトンボを見ることが目的でしたので,うまく出会えてよかったです.

◆アカスジベッコウトンボ Neurothemis ramburii 台湾名:善變蜻蜓
台湾名は「気まぐれなトンボ」という意味みたいです.

台湾名に関して友人が「おそらくその赤みがかった色に多種多様の変異が見られるので,『変化が得意・一貫性がない=気まぐれな』というような意味なのだろうと教えてくれました.またここでは「台湾的蜻蛉」の掲載の学名 N. ramburii を用いていますが,多くの出版物では N. taiwanensis を使っているとも教えてくれました.

アカスジベッコウトンボは,日本では2006年に与那国島で見つかって以来,西表島にも入り込み,現在は我がもの顔でそれらの島々で飛んでいるとのことです.それ以外に同属のよく似たトンボが飛来しており,これらのトンボの総称としては,ベッコウトンボというのが別にいるために,わたしは学名のネウロテミスというのを使っています.おそらくアカスジベッコウトンボは台湾から飛来したのでしょうね.台湾ではもっとも数の多いネウロテミスですから.

このトンボは,今回見たいトンボの一つでした.国内に飛来しておそらく定着して以来,南方へトンボを見に行ったことがないので,まだお目にかかったことがないからです.幸い,オスたちが集まっている場面や,産卵に訪れたメスを見ることができました.


▲アカスジベッコウトンボのオスたち(A),2023.5.17. ▲

木々に囲まれたちょっと薄暗い水たまりに,4頭ほどのアカスジベッコウトンボが飛んだり止まったりしていました.追飛行動も盛んに行われていました.メスの方は,上記のオスと違って,小川に産卵に来た個体でした.産卵方式は普通の連続打水産卵です.藻の間をねらって打水していました.


▲連続打水産卵するアカスジベッコウトンボのメス(B),2023.5.17. ▲

ここでは種名をアカスジベッコウトンボとしていますが,この仲間は翅脈で見分けるそうです.特にメスの方がブレてしまっていますが,一応拡大してみました.


▲今回撮影した Neurothemis の前翅三角室の拡大.左がオス右翅と右がメス左翅.▲

三角室にたくさんの翅室があり,いずれもアカスジベッコウトンボ Neurothemis ramburii として矛盾はないようです.

◆コシアキトンボ Pseudothemis zonata 黄紉蜻蜓
台湾名は黄色でくくられたというような意味になるそうです.腹部の黄色い帯から来ているのでしょうね.

日本では,北海道を除いて,ある意味どこにでもいるトンボ,コシアキトンボ.台湾にもいました.5頭ほどが日本と同じように池岸を行ったり来たりしていました.まあ,コシアキトンボとはあまり長居することなく,さっさとお別れしたことは言うまでもありません.


▲コシアキトンボ(D),2023.5.18. ▲

ただ一つ注目しておくべきことは,コシアキトンボの分布です.トカラ列島から奄美大島を経て沖縄本島(飛来記録はある)まで分布の空白地帯があります.八重山には分布しているので,こちらは台湾とのつながりが深い個体群でしょう.こういう日本と台湾との共通種で,南西諸島あたりに分布の空白地帯があるトンボはいくつかあります.トンボの地史を考えるに当たっては面白いテーマです.

◆オオメトンボ Zyxomma petiolatum 台湾名:纖腰蜻蜓
台湾名は「細い腰のトンボ」という意味です.

オオメトンボは,観察地Aにある小さな水たまりに集まっていました.初日時間があったので,台湾到着の夕方トンボを見に行ったのですが,空は曇っており薄暗かったのがよかったのでしょう.オオメトンボが数頭飛び交っており,交尾態で飛んでいる個体もいました.写真はすべてだめでした.オスが交尾を解いた後,メスはすぐに産卵を始めました.


▲オオメトンボ Zyxomma petiolatum のメスが産卵している(A),2023.5.16. ▲

とにかく暗いところを黒っぽいトンボがすばしこく飛び回っているので,もう完全に勘のみに頼って撮影しました.たった1枚だけ見られそうな写真が上のものです.

オオメトンボは水面に浮かんでいる浮遊物や,水面から突き出た枯れ木の枝などに卵を貼り付けます.最初は打水産卵しているように見えましたが,同じところを往復しながら産卵するので,よく見ると藻のような浮遊物がありました.

次の日,また夕方に行く機会があり,撮影に挑戦しましたが,やはりうまくいかず,1枚だけなんとかという写真が撮れました.


▲オオメトンボ Zyxomma petiolatum の産卵.(A),2023.5.17. ▲

不規則に敏捷に飛ぶトンボは記録が難しいです.なお,日本では南西諸島を中心に分布しており,台湾と分布がつながっているようです.

◆コシブトトンボ Acisoma panorpoides panorpoides 台湾名:粗腰蜻蜓
台湾名は「太い腰のトンボ」という意味です.日本名と同じですね.

コシブトトンボは南西諸島の奄美諸島以南に分布し,分布域は台湾とつながっているように見えます.台湾では極めて普通種と書かれています.確かに観察地Dでは,たくさん見られました.小さくてすばしこく草の間を飛び回っていました.


▲コシブトトンボ Acisoma p. panorpoides のオス(D),2023.5.18. ▲

▲コシブトトンボ Acisoma p. panorpoides のメス(D),2023.5.18. ▲

あまりにたくさんいたので,例によって,写真はあまり多くありません.オス・メスが同じ草むらで生活していますが,とくにオスがメスを追いかけるといった行動も目にしませんでした.


▲コシブトトンボのまだ未熟なオス.胸部は褐色で複眼も輝いていない(D).▲

◆アオビタイトンボ Brachydiplax chalybea flavovittata 台湾名:橙斑蜻蜓
台湾名は「橙色の斑紋があるトンボ」の意味

アオビタイトンボは神戸で偶産記録があるトンボです.最近日本では北上傾向が叫ばれており,台湾,そして南西諸島から,九州,山口県へと分布が北へ広がっています.


▲アオビタイトンボのオス.Brachydiplax chalybea flavovittata (D),2023.5.18. ▲

台湾名の橙色の斑というのが何を指すのか分かりませんが,翅の基部がきれいなオレンジ色で,よく目立ちます.メスを見ることがありませんでしたが,私が隣の池に移動している間に,警護産卵が行われていたようです.メスは池周辺の樹林にいると書かれています.メスは黒と黄色の色彩です.


▲半成熟個体は正面から見るとまた別の美しさがある(D),2023.5.18. ▲

Rhyothemis triangularis 台湾名:三角蜻蜓
台湾名は「三角のトンボ」という意味で,学名から来ているのでしょう.

台湾で見たいトンボの一つに,ハネナガチョウトンボ Rhyothemis severini severini がいました.友人は見られるだろうと言っていましたが,残念ながら我々が訪れた日には飛んでいませんでした.代わりにハネナガチョウトンボよりずっと小さい,日本名ヒメチョウトンボ Rhyothemis triangularis が5,6頭いました.こちらは日本には分布しません.いわゆるチョウトンボのように飛びます.飛んでいるところの写真は失敗でした.


Rhyothemis triangulare のオス(D),2023.5.18. ▲

あと,台湾には,最近与那国島に飛来したサイジョウチョウトンボ Rhyothemis rigia rigia が記録されていますが,台湾でも飛来種だそうです.

◆オオキイロトンボ Hydrobasileus croceus 台湾名:硃紅蜻蜓
 台湾名は「朱色のトンボ」という意味です.

日本では沖縄本島より南部に分布しており,台湾へと続きます.種小名の croceus というのは,確か黄色の意味だったと思います.台湾名では「朱色の」となっています.ですから,学名から取ったのでもないようです.

今回は,近くを飛んだことはあったと聞きましたが,私は間近で見る機会に恵まれませんでした. 上空を飛行する個体を2頭見ただけです.


▲オオキイロトンボ Hydrobasileus croceusのメス(F),2023.5.17. ▲

◆ハネビロトンボ Tramea virginia 台湾名:大華蜻蜓
台湾名は「大きな花のトンボ」という意味です.

遭遇したのは,摂食飛翔していたのが遠くで止まった個体と,目の前を通り過ぎた個体の合計2個体だけでした.


▲ハネビロトンボ Tramea virginia のメス(E),2023.5.17. ▲


▲ハネビロトンボ Tramea virginia のオス(D),2023.5.18. ▲

ハネビロトンボにはもっと出会えるかと思っていましたが,案外少なかったです.まだ出始めだったのかもしれません.下の写真を見ていると,台湾名の「大きな花」というのがイメージできます.

Zygonx takasago 台湾名:高砂蜻蜓
 台湾名は「高砂トンボ」の意味で,学名から取ったものだと思われます.

日本名もそのまま,タカサゴトンボです.これは観察地Cでタンデムになって飛び回っているのを2回見ました.ただとても写真にはなりませんでした.写真に撮れたのは観察地Fで,上空を集団で摂食飛翔する個体でした.


▲摂食飛翔する Zygonx takasago(F),2023.5.17. ▲


▲集団で摂食飛翔する Zygonx takasago(F),2023.5.17. ▲

下の写真は非常に小さな点として,タカサゴトンボが7頭写っています.分かるでしょうか? トンボ科でありながら,ヤマトンボ科のように体に金緑色の光沢があります.

Trithemis festiva 台湾名:樂仙蜻蜓
 台湾名の意味は,おそらくその学名(種小名)から来ていて,festiva (祭り)が喜びを与えるので,台湾語の「幸せな人」を意味する「樂暢仙」から来ているのではないかと,友人が教えてくれました.

日本名はセボシトンボと言います.木を切った先に止まっていました.空を背にした逆光でよく分からなかったので,採集して名前を確認しました.採集個体を撮影し忘れました.川に多いトンボだそうです.


Trithemis festiva のメス.(F),2023.5.17. ▲

だんだんと写真の質が落ちてきました.こういう短期の旅行では,じっくりとねらうことができず,通りすがりにパチリということも多くなります.もうほとんど居た証拠だけというばかりの状態ですが,あと少しお付き合いください.

トンボ科は以上です.次はトンボ科以外に出会った不均翅亜目になります.

◆リュウキュウギンヤンマ Anax panybeus 台湾名:麻斑晏蜓
台湾名は,麻のような紋があるヤンマという意味です.「麻」は中国繁体字では少し描き方が異なるそうですが同じ意味です.

リュウキュウギンヤンマは,唯一池沼を調査対象とした観察地Dで,畑の上空を飛ぶ個体を見かけました.また産卵にも降りてきましたが,非常に敏感で,私が一歩動いただけで飛び去ってしまいました.今回は採集して確認した個体を撮影するのを忘れませんでした.


▲畑の上空を低く飛ぶリュウキュウギンヤンマ Anax panybeus(D),2023.5.18. ▲


▲産卵に降りてきたリュウキュウギンヤンマ Anax panybeus (D),2023.5.18. ▲


▲採集して確認した一番上の写真の個体.Anax panybeus(D),2023.5.18. ▲

観察地Dで遭遇したヤンマ科はこの1種だけでした.次はミナミヤンマ科です.

Chlorogomphus risi 台湾名:褐翼勾蜓
台湾名の「褐」の字は当て字で,「ヒ」でなく「ム」です.褐色の翅のミナミヤンマという意味ですしょう.

ミナミヤンマ科のトンボは,南方へ行ったなら是非見たいトンボの一つです.今回その姿を間近で…と思っていましたが,残念ながら,高空を飛ぶ個体を見ただけでした.それでも,のべ5頭ぐらいは見たと思います.ただ一過性の飛び方で,写真には撮りにくい相手でした.日本名では,タイワンミナミヤンマです.


▲タイワンミナミヤンマのオス Chlorogomphus risi(F),2023.5.17. ▲


▲タイワンミナミヤンマのメス Chlorogomphus risi(A),2023.5.18. ▲

最後は,ヤマトンボ科です.

◆タイワンコヤマトンボ Macromia clio 台湾名:海神弓蜓
台湾名は「海の神のヤマトンボ」という意味です.clioはギリシャ神話の神の名.

日本では西表島の奥深く入っていかないと見ることができないとされていたトンボです.現在ではかなりあちこちの川にいることが知られています.私も幼虫を奥深くない川で採集しています.

台湾では数回飛ぶ姿を見ました.ただ,非常に早く不規則に飛ぶので,写真撮影については全く手が出ませんでした.1回だけ目の前で産卵しましたが,前後に往復飛翔するので,全くピントが来ませんでした.左右に往復飛翔してくれれば撮れたのですが.ということで,種名確認のため採集した個体を撮影しました.日本のコヤマトンボに似ていますが,腹部の黄斑が上下で断ち切れています.


▲タイワンコヤマトンボ Macromia clio のオス (C),2023.5.18. ▲


▲タイワンコヤマトンボ Macromia clio のメス(B),2023.5.18. ▲

以上で台湾のトンボたちの紹介は終わりです.全部で33種を写真に収めることができました.あと,カトリヤンマ属の1種,タイワンウチワヤンマ,オオヤマトンボ,ヒメキトンボを見かけていますので,出会ったトンボは37種です.実質2日+アルファでの観察ですから,まあまあというところ.今回の目的種がサナエトンボであったことから,止水域へは1カ所だけで,後すべて河川でしたから.トンボ科が少なくなっているのでしょう.

記述に間違いがあればご教示いただければ幸いです.それでは.

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No. 910. 池まわりで見つけたトンボたち.2023.5.25.

今日,友人の調査の案内役で,県南部の池をいくつか回ってきました.そこで見つけた今年初顔などのトンボを紹介しておきます.まずはサラサヤンマ.湿地状の廃田で摂食飛翔をしていました.時刻は午後,おそらくなわばり活動を終えて農道や廃田に出てきたのでしょう.


▲サラサヤンマのオスの摂食飛翔.▲

コサナエ属は,フタスジサナエ,タベサナエが見られました.老熟したタベサナエを紹介しておきます.


▲淡色部がすっかり緑灰色になったオスのタベサナエ.▲

もうコサナエ属も終わりに近いようですね.オグマサナエには出会えませんでした.最後の案内地で出会ったのがハッチョウトンボ.この場所でハッチョウトンボを見つけたのは初めてでした.というのは,この池はアカトンボしか見に来たことがなかったからです.まだ未熟で羽化して日が経っていない感じでした.


▲ハッチョウトンボの未熟な個体.上がオスで下がメス.▲

ハッチョウトンボの新産地を見つけたのが嬉しかったです.自分の基準で池を回らなかったのがよかったみたいです.

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No. 909. 台湾のトンボたち:シオカラトンボ属.2023.5.24.

台湾のトンボたち,第三回目は台湾のトンボ科-シオカラトンボ属です.私の居住地兵庫県では,シオカラトンボ属といえば,シオヤトンボ Orthetrum japonicum,シオカラトンボ Orthetrum albistylum spciosum,オオシオカラトンボ Orthetrum melania melania の3種だけになります.日本国内に目を広げると,やはり南方に種類数が多くなり,次のようなトンボが加わります.

ハラボソトンボ Orthetrum sabina sabina
ミヤジマトンボ Orthetrum poecilops miyajimaensis
タイワンシオヤトンボ Orthetrum internum
ホソミシオカラトンボ Orthetrum luzonicum
タイワンシオカラトンボ Orthetrum glaucum
コフキショウジョウトンボ Orthetrum pruinosum neglectum
オキナワオオシオカラトンボ Orthetrum melania ryukyuense
ヤエヤマオオシオカラトンボ Orthetrum melania yaeyamense

日本では,トンボ科では,アカネ属に次いで種数の多い属です.アカトンボは普通種でも結構注目されたり取り上げられたりしますが,シオカラトンボ属はそうではないように思います.ちょっとトンボ屋が見下している感じがしないでもありません.シオカラトンボがあまりにも普通種だからでしょうね.

台湾には,上記のうちミヤジマトンボ,シオヤトンボ,ヤエヤマオオシオカラトンボ,オキナワオオシオカラトンボを除くすべてのトンボが分布しており,さらにクロコフキショウジョウトンボOrthetrum pruinosum clelia,タイワンオオシオカラトンボ Orthetrum triangulare が加わります.ただしクロコフキショウジョウトンボは今回の観察地には分布せず,出会う可能性はありません.

なお,台湾のオオシオカラトンボに関しては,亜種名を melania と原名亜種としてよいかどうかは議論が必要かもしれません.すぐ隣りの八重山の個体群には,本土とは異なる亜種名 yayeyamense が与えられています.現在私は情報を持っていませんので,情報が得られれば書き直したいと思いますが,ここではとりあえず,Orthetrum melania subsp. としておきたいと思います.

シオカラトンボ属,特にそのメスは同定が難しく,現地で見ただけでは確定に自信が持てないことがありました.以下の記述には誤同定が含まれる可能性があり,読者の皆様のご指摘を歓迎します.

◆コフキショウジョウトンボ Orthetrum pruinosum neglectum 台湾名:霜白蜻蜓
 台湾名は「霜のように白い粉をふくトンボ」という意味です.

まず最初に,コフキショウジョウトンボにあてられた台湾名が「霜のような白」というのは,今までの中でもっとも状況にあっていない感じがしますが皆さんはいかがでしょうか.腹部が赤く胸部がやや紫がかった青という独特の色彩です.老熟すると体色がくすんで見えるので,細かい白粉をふいているのかもしれません.


▲コフキショウジョウトンボのオス(B),2023.5.17. ▲


▲コフキショウジョウトンボのメス(A),2023.5.18. ▲

メスにはほとんど黒斑が発達せず,一見ショウジョウトンボのメスのようですが,黄褐色の地色はより濃い感じです.台湾ではもっとも普通のトンボの一つだそうです.確かにすべての観察地で出会ったように思います.また観察地Bでは警護産卵を見ることができました.


▲警護産卵するコフキショウジョウトンボ(B),2023.5.17. ▲


▲警護しているオスと,産卵しているメス.(B),2023.5.17. ▲

産卵は普通のオオシオカラトンボなどと同じで,水を前方に飛ばしながら産卵しています.


▲腹部先端で水面をかいている産卵メス(B),2023.5.17. ▲


▲水をかいた後,水滴が飛んでいる(矢印)(B),2023.5.17. ▲


▲打水位置を見極めるように停止飛翔するメス(B),2023.5.17. ▲


▲水滴はかなり遠くまで飛んでいる(矢印)(B),2023.5.17. ▲

◆ハラボソトンボ Orthetrum sabina sabina 台湾名:杜松蜻蜓
台湾名は「ネズのようなトンボ」の意味です.

台湾名のネズはヒノキ科の針葉樹で,腹部が細いからでしょうか,この名がついています.日本名は名の通りです.非常に広範な分布を持つ極めて普通の種類です.日本では九州以南に分布しています.私も九州で見たことがありました.


▲ハラボソトンボのオス(B),2023.5.17. ▲

シオカラトンボ属というと,オスが全身に青白い粉をふくということを想像しますが,ハラボソトンボに関しては,粉をほとんどふくことがなく,胸部の緑色がきれいです.


▲ハラボソトンボの交尾(B),2023.5.17. ▲

ハラボソトンボに関しては一例交尾を観察しました.近寄ろうとすると逃げてしまい,その後どうなったかは分かりません.観察地B以外では,Dでも姿を見ていますが,繁殖活動らしきものは見られませんでした.


▲ハラボソトンボのオス.複眼の緑がきれいだ(B),2023.5.17. ▲

不均翅類になると個体数が多く群れているような場面にあまり出会うことがなく,今回のようにあちこち順番に回るという観察では,繁殖活動に出会うのは偶然になります.交尾していたハラボソトンボ,驚かせずにそっと待つのも一手でした.

◆ホソミシオカラトンボ Orthetrum luzonicum 台湾名:呂宋蜻蜓
 台湾名は「ルソン島のトンボ」の意味です.

これから紹介するシオカラトンボ属は,非常に同定が難しいものばかりですが,ホソミシオカラトンボはその中でもまだましな方です.


▲ホソミシオカラトンボのオス(B),2023.5.17. ▲


▲ホソミシオカラトンボの未熟なオス(F),2023.5.17. ▲

ホソミシオカラトンボについては,メスと出会わなかったようです.写真をいろいろとひっくり返して調べてみても,それらしい個体はありませんでした.胸側に太い1本の黒条がないので,他のシオカラトンボ属とは比較的見分けやすいのです.

局所的には普通だが分布は散らばっていると「台湾的蜻蛉」には書かれており,今回の観察地ではそれほど多くはなかった感じです.

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さて残りのシオカラトンボ属の同定が難しくなります.同定が容易なタイワンシオヤトンボとシオカラトンボは見つからなかったので,残るはタイワンシオカラトンボ Orthetrum glaucum,タイワンオオシオカラトンボ Orthetrum triangulare,そしてオオシオカラトンボ Orthetrum melania subsp. の3種です.特に後者2種は,かつて Orthetrum triangulare melania として日本と台湾のそれらは同種であるとされていたくらいですから,非常に似通っています.「台湾的蜻蛉」をもとにまとめておきましょう.

>タイワンシオカラトンボ Orthetrum glaucum
・オスの複眼は暗緑色.胸部と腹部は青灰色の粉をふく.腹部第8,9,10節は黒色.後翅基部は褐色,先端部は無色.縁紋は黄褐色.腹長27-31mmで他の2種より小さい.
・メスの胸部・腹部は褐色.老熟すると黒化する.後翅基部は褐色,先端部は無色.縁紋は黄褐色.腹長32-35mmで他の2種より小さい.

>タイワンオオシオカラトンボ Orthetrum triangulare
・オスの腹長33-36mm.胸部は黒色で青灰色の粉が少ない.翅の基部は黒いが青灰色の粉は吹かない,翅の先端部は無色.(腹部第1節基部が黒くなる).
・メスの腹長33-36mm.合胸の背隆線は黒くならない.翅の基部は黒褐色.先端部は黒褐色ではない.

>オオシオカラトンボ Orthetrum melania subsp.
・オスの腹長36-39mmで他の2種より大きい.胸部は青灰色の粉を吹く.翅の基部は黒色で青灰色の粉を吹く,翅の先端は褐色.縁紋は黒色.腹部第7-10節が黒色,ただし7節は部分的.
・メスの腹長36-39mmで他の2種より大きい.胸側に黒条斑.合胸の背隆線に沿って黒条がある.後翅基部は黒褐色,先端部は黒褐色.縁紋は黒色.

写真で同定する場合腹長は使えませんので,他の形質で判定するしかありません.以上の記述から,この3種だけの写真判定用の簡単な検索表を作ってみました.

<成熟オスの場合>
縁紋が黄褐色==タイワンシオカラトンボ
NOT=胸部が黒色で青灰色の粉が少ない==タイワンオオシオカラトンボ
NOT=後翅基部が黒色で青灰色の粉を吹く==オオシオカラトンボ

<未熟オスの場合>
縁紋が黄褐色==タイワンシオカラトンボ
NOT=腹部第7-10節が黒色==オオシオカラトンボ
NOT=タイワンオオシオカラトンボ

<メスの場合>
縁紋が黄褐色==タイワンシオカラトンボ
NOT=背隆線が黒くない==タイワンオオシオカラトンボ
NOT=オオシオカラトンボ

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◆タイワンシオカラトンボ Orthetrum glaucum 台湾名:金黄蜻蜓
 台湾名は「黄金色のトンボという意味です.

タイワンシオカラトンボの他の2種にない特徴は,縁紋が黄褐色であるということです.これはかなり決定的です.写真の中から縁紋が黄褐色のものを選んでみました.


▲タイワンシオカラトンボ,成熟オス(C),2023.5.18. ▲


▲タイワンシオカラトンボ 成熟オス(E),2023.5.17. ▲


▲タイワンシオカラトンボ 成熟オス(A),2023.5.17. ▲


▲タイワンシオカラトンボ 半成熟オス(E),2023.5.17. ▲

以上,成熟または半成熟のオスは,すべて複眼が濃緑色をしており,タイワンシオカラトンボの特徴に一致します.腹部先端の黒い部分の範囲には,「台湾的蜻蛉」の記述よりかなり変異があるようです.


▲タイワンシオカラトンボ 未熟オス(E),2023.5.17. ▲

この個体は撮影時かなり悩みました.尾部付属器の形態からオスと判定しました.そして縁紋が黄褐色をしているというところ,翅の基部が褐色,先端部が透明であることで,タイワンシオカラトンボと判定しました.


▲タイワンシオカラトンボ 老熟メス(C),2023.5.18. ▲

メスは老熟すると黒化すると書かれているので,全身の濃色部の黒さも特徴に一致します.これはタイワンシオカラトンボで間違いないでしょう.


▲タイワンシオカラトンボ 未熟メス(E),2023.5.17. ▲


▲タイワンシオカラトンボ 未熟メス(E),2023.5.17. ▲


▲タイワンシオカラトンボ 未熟メス(D),2023.5.17. ▲

一番最後の写真の縁紋はちょっと褐色が濃く,誤同定の可能性があります.ただ胸側の黒条がオオシオカラトンボではよりはっきりしているので,少しぼやけた感じのこの個体はタイワンシオカラトンボでいいと考えています.

こうやって見ると,撮影したほとんどがタイワンシオカラトンボであることが分かりました.タイワンシオカラトンボは,国内では九州南部(大隅半島)から奄美大島にまで分布しているトンボで,八重山諸島にいないので,台湾と日本の間に分布空白地域があることになります.

次はタイワンオオシオカラトンボです.

◆タイワンオオシオカラトンボ Orthetrum triangulare 台湾名:鼎脈蜻蜓
台湾名は「鼎形の翅脈を持つトンボ」という意味ですが,ちょっとよく説明できません.

タイワンオオシオカラトンボは,成熟オスについては胸部+腹部第1節が黒いトンボとして判断すればいいようです.


▲タイワンオオシオカラトンボ 成熟オス(C),2023.5.18. ▲


▲タイワンオオシオカラトンボ 成熟オス(C),2023.5.18. ▲

問題は次のメスの写真です.オオシオカラトンボとタイワンオオシオカラトンボを区別する場合,翅胸前面の背隆線に沿った黒条があるかないかが一番わかりやすい点なのですが,横向きのためこれが写っていないのです.「台湾的蜻蛉」にある老熟メスの小さな写真を見ると,これにそっくりです.つまり腹部側面の褐色条が腹部第1節から太く貫かれています.ということでいちおうここではタイワンオオシオカラトンボとしておきますが,ひょっとしたらオオシオカラトンボのメスかもしれません.ただ近くにタイワンオオシオカラトンボのオスがいたのを見ています(ピンボケなので割愛)ので,メスがいても不思議ではありません.


▲タイワンオオシオカラトンボ?の老熟メス(A),2023.5.18. ▲

ということで,写真を検討した結果,オオシオカラトンボ Orthetrum melania subsp. には今回は出会えていなかったということになりました.ただ最後の写真がオオシオカラトンボの誤同定ならば,話は別です.ということで,目標としたシオカラトンボは,意外と見つからなかったということでした.

さて次回は,シオカラトンボ属以外のトンボ科+アルファを紹介したいと思います.

カテゴリー: エッセイ, 台湾のトンボ | No. 909. 台湾のトンボたち:シオカラトンボ属.2023.5.24. はコメントを受け付けていません

No. 908. ヤマサナエの産卵.2023.5.23.

昨夜から今日の午前中にかけて雨.雨後の晴れということで,天気が回復した午後から,ヤマサナエの観察に出かけました.この春に羽化を見た公園です.ここは人工的な流れが100mほど造られており,そこ以外に流れがありません.これまでの観察で,オスは2,3頭がいつも流れに降りてきていることを確かめているので,メスも必ずやってくると思っていました.しかも,経験的に考えて,この流れのうち産卵に降りてくるとすればここしかないというところが,20mほどだけです.そこは背後の林と流畔の木立によって,三方が囲まれている場所です.そして羽化を観察したところから10mほど上流です.

現地に入ったのは12:00過ぎです.まだ空には雲がかかっており日差しを遮っています.しかし天気は回復の方向に向かっているので,待つことにしました.ヤマサナエのオスはもう降りてきていました.ただ,日差しが遮られて時間が経つと,水を飲んで樹上に帰って行きました.13:00前に雲が切れ,日が射し始めてきました.西の方は青空が広がっており,いよいよ本気モード炸裂です.まずオスの姿を撮っておきました.


▲オスの行動ははっきりしており,晴れると流れに降りてくる.▲

オスは降りてくるのですが,メスがなかなか来ません.例によってオスがいるとメスを持って行かれますので,適当に蹴散らせて追い払っておきました.オスとのなわばり争いです.先住効果はバッチリ,必ず私が勝ちます(笑).

段々と時間が過ぎ,14:00をまわりました.来てから2時間ほど経っています.場所が違うのかなとか,今日も失敗かなという考えがふと頭をよぎり始めました.しかし自分の経験と勘を信じて待つ以外にありません.だいたいヤマサナエという相手は,時々産卵を見るのですが,ここぞという場所でねらって成功したためしがありません.いわゆる普通種は産卵ポイントを特定しにくいのです.

そんなこんなで14:30をまわりました.ぼんやりと流れを眺めていましたら,サーッとトンボが1頭入り,石の上に止まりました.ヤマサナエのメスです.ねらったポイントに入ってきました.勘が当たったときはとても気持ちいいものです.疲れは一瞬で吹っ飛びました.あとは驚かせて逃がさないように撮影をするだけです.


▲流れに降りてきたヤマサナエ.まずは止まり,様子を見る.▲

止まった最初が肝心です.ここで驚かせては逃げられてしまいます.あまり近づきすぎないようにします.オスを追い払っていたおかげで,オスにも邪魔されません.やがてヤマサナエは飛び立ち,産卵を始めました.私が近づいていることは感知しているようで,まずは草の下に隠れるようにして産卵を始めました.


▲まずは手前の禾本科植物の下側で産卵を始めた.▲

できるだけ私から姿が見えないような位置で産卵をしています.しかし,だんだんと私が何もしないと分かると,行動が大胆になってきて,隠れずに産卵をするようになりました.


▲だんだんと表にで産卵をするようになった.▲

撮影を続けていると,石の上を低く飛ぶような行動を示し,やがてその石に止まりました.中休みのようです.写真のように,もうすっかりオープンな場所で行動をとるようになっています.


▲石に止まって中休みするヤマサナエの産卵メス.▲

再び飛び立つと,今度はちょっと高く飛びました.私の動きが少し気になるのでしょうか,逃げるかどうか考えているみたいです.こういうときは,私は硬直状態になることにしています.もっとも写真は撮り続けました.


▲流れから7-80cm上昇し,しばらくホバリングをした.▲

しかし,やがて意を決したように水面近くに降り,産卵を再開しました.流れの底に敷き詰めている黒い敷石の隙間の砂地をねらっているようです.そこに何回か打水しました.ただ打水の瞬間にピントが来たものはありませんでした.


▲敷石の間の砂地をねらって産卵.卵塊が見える.▲

流れのすぐ上の空中でホバリングしながら卵塊形成をする様子が,きれいに写っていました.このあと,これを打水して放卵し,その後卵塊形成と打水を1,2回繰り返して飛び去っていきました.産卵エピソード継続時間は,3分25秒でした.


▲飛び去る直前のヤマサナエメス.▲

今日は日向で産卵してくれたおかげでピントも合いやすく,さらにオートフォーカスもよく効いてくれたので,撮影成功率は70%ぐらいありました.やっとねらった場所で待つという方法でヤマサナエの産卵を記録にとることができました.

公園では,フタスジサナエ,トラフトンボ,ヨツボシトンボという春のトンボがほとんど姿を消していました.一方で次のトンボになるはずの,コシアキトンボ,ショウジョウトンボなどはほとんど姿を見ませんでした.具体的にいうと,ヨツボシトンボ1頭,ショウジョウトンボ1頭,シオカラトンボがぱらぱら,クロイトトンボはそれなりにいましたが,ピークよりは減っている感じでした.

散歩がてらのワンポイント観察,今日はうまく成功しました.実はヤマサナエの産卵をねらった観察は4回目なのでした.以上.

カテゴリー: 兵庫県のトンボ, 観察記 | No. 908. ヤマサナエの産卵.2023.5.23. はコメントを受け付けていません

No. 907. 台湾のトンボたち:均翅亜目(2)2023.5.23.

台湾のトンボたちの二回目は,均翅亜目のうち,カワトンボ科,ミナミカワトンボ科,ハナダカトンボ科の紹介です.このうち私が特に見たかったのがハナダカトンボ科です.日本国内では,西表島や小笠原諸島など,非常に限られた場所でしか見ることができないトンボです.台湾には,ハナダカトンボ科のトンボは3種が分布しているようですが,そのうち北部で見られるのは1種だけです.あとは中部と南部に見られ,しかも非常に限局的な分布をしているようです.

北部で見られるのは,Helicocypha perforata perforata という種で,日本名はスキバハナダカトンボと言います.中国,香港,ラオス,台湾,ベトナムに分布している,かなり数の多いハナダカトンボです.それではハナダカトンボ科から紹介していきましょう.

Helicocypha perforata perforata 台湾名:棋紋鼓蟌
 台湾名の「棋紋」というのは「碁の紋様」という意味です.

まず台湾名ですが,これはいったいどこから付いたのでしょうか.碁の紋様? 下の写真を見てもちょっと想像がつきません.水色の斑点が白石が並んでいるように見えるためでしょうか?.


Helicocypha perforata perforata のオス(C),2023.5.18. ▲


Helicocypha perforata perforata のメス(C),2023.5.18. ▲

観察地に着くと,次に紹介するナカハグロトンボ Euphaea formosa に混じって,あちこちオスが飛んでいました.「台湾的蜻蛉」にも,ナカハグロトンボと同所的に生活していると書かれていて,本当に隣同士で止まっているような状況でした.


▲特に探すまでもなく止まっているスキバハナダカトンボ(C),2023.5.18. ▲

ハナダカトンボといえば,オス同士が向かい合って闘争するシーンを是非見たいものです.これ,うまい具合に足下で,それも相当長時間やってくれました.でも,写真はことごとくピンボケ.こういう写真を撮るために普段から飛ぶトンボを撮る訓練をしていたのに,いざ本番でうまくいきませんでした.大量に撮った中からかろうじて紹介できそうなのを掲げておきます.


▲スキバハナダカトンボのオス同士の闘争(C),2023.5.18. ▲

オスの翅の内側が,継ぎはぎのように紫色に光っているのが見えます.これは何か意味があるのでしょうね.今回の観察では全く分かりませんでした.

最初のうち,オスはかなりの数が川に出ていて活動しているのが見られましたが,メスの姿が見当たりませんでした.メスを探しに川を歩いてみると,河畔の木の葉に止まっているのが見られました.


▲河畔の木の葉に止まり出動機会をうかがっているメス(C),2023.5.18. ▲

時刻はお昼頃になりました.それまであまり姿を見せなかったメスが川面に降りてきて目立つようになりました.交尾は観察できませんでしたが,1頭のオスがメスを気にしながら止まっている姿に出会いました.今までの観察の経験から,これはメイティングしたペアに違いないという直感がしました.


▲オスが少し離れたメスを見てじっと止まっている(C),2023.5.18. ▲

ちょっとメスの方にピントが来ませんでしたので,アップで別々に示しておきましょう.


▲おそらくメイティング・ペアと思われるオスとメスの静止(C),2023.5.18. ▲

しばらく観察していると,メスがおもむろに飛び立ち,産卵を始めました.こういう普通種でも,産卵を見るのはそれなりの幸運が必要です.まず見つけるのが結構大変です.実際,スキバハナダカトンボより数多くいたナカハグロトンボの産卵は見つけることができませんでした.


▲最初のうちオスはメスのすぐ近くに止まり警護する(C),2023.5.18. ▲


▲オスの脚の白い筋がメスを囲う檻のように見える(C),2023.5.18. ▲


▲止まっているメスのすぐ横に止まり警護する(C),2023.5.18. ▲


▲メスが飛び立つとオスも飛び立つ(C),2023.5.18. ▲


▲中肢・後肢の内側の白い部分を際立たせるようにして飛ぶ(C),2023.5.18. ▲

メスが産卵を始めた頃には,オスはメスにぴったりと寄り添うように止まったり飛んだりしながら警護をします.中肢・後肢の内側が白くなっていて,それを前面に向け,飛び立ったメスを囲んで誘導するように飛びます.ハナダカトンボでよく見られる姿勢です.またパッチワークのような紫色の翅の輝きも見せつけています.


▲少し離れたところで見守るオス(C),2023.5.18. ▲

しかし,産卵も時間が経ってくると,オスの警護も落ち着いた少し緩やかなものになってきます.メスのすぐ横にへばりつくというより,上の写真のように少し離れてなわばりを見渡すような位置に止まっています.このメスはもう十分自分の精子で受精した卵を生んだから,次にまた新しいメスを待つほうが得策だとでも考えているのでしょうか.

一方でメスの方は,まだまだ産卵したりないらしく,黙々と産卵を続けています.


▲黙々と産卵を続けるメス(C),2023.5.18. ▲

ハナダカトンボの産卵を十分に満喫できました.地元では普通種でいつでも見られるのでしょうが,やはり異国にいる私にとって,とても刺激的な時間を過ごせました.惜しむらくは,もうちょっと美しい場所で産卵してほしかったと思います.最後に撮った水面ぎりぎりのショットでは,この雑然とした産卵場が水の反射で写らなくなって,ちょっとましになりました.基本的に朽ち木に産卵することは分かりました.

ということで次はナカハグロトンボ Euphaea formosa です.

Euphaea formosa 台湾名:短腹幽蟌
台湾名は「腹部が短いミナミカワトンボ」という意味です.

台湾にはミナミカワトンボ科のトンボが2種います.ひとつがこのナカハグロトンボ Euphaea formosa で,もう一つがヒメカワトンボ Bayadera brevicauda brevicaudaです.ヒメカワトンボは石垣島にいるチビカワトンボ Bayadera brevicauda ishigakiana の原名亜種です.「日本のトンボ」によりますと,ナカハグロトンボは,八重山諸島にいるコナカハグロトンボ Euphaea yayeyamana と遺伝的に非常に近いと書かれています.いずれにしても,台湾のこの2種は八重山諸島のミナミカワトンボ科の2種と非常に近縁であるということです.そして同じようにこの2種だけが分布しているという点も,八重山諸島と台湾の生物学的な近さを示しているのかもしれません.

ナカハグロトンボは,観察地A,B,Cの3カ所で見ることができました.結構どこにでもいるようですね.観察地A,Bではそれほど個体数が多いわけではなく,ぽつんと1頭が止まっているといった状態でした.そんな中で一つ感じたのは,ぽつんといるときは翅を閉じて止まっていることが多いのに対し,密度が高くしきりに繁殖活動をしている場所では,翅を開いて静止する個体が多いということです.


▲翅を閉じて止まるナカハグロトンボのオス(B),2023.5.17. ▲


▲翅を開いたまま閉じずに止まるナカハグロトンボ(C),2023.5.18. ▲

繁殖活動が盛んに行われており密度が高い場所では,翅を開いてこの黒褐色の翅を見せることが何らかの他個体に対する信号になっているのかもしれません.


▲翅を開いたまま着地するという感じでそのまま開き続ける(C),2023.5.18. ▲

台湾でもっとも数の多い川のトンボであると「台湾的蜻蛉」には書かれており,とにかくまわりを非常にたくさんの個体が飛び回っていました.交尾態になっているものもそれなりに多かったです.


▲とにかくあちこちに止まっているナカハグロトンボ(C),2023.5.18. ▲

とにかくこれだけいるのだから,産卵する姿も簡単に見られるだろうと思い,あちこちの朽ち木を見て回りましたが,全く見つかりませんでした.これは後でこのブログを書くときに「台湾的蜻蛉」を見て気づいたことですが,どうやらこいつは潜水産卵をするのが普通なようで,単独でも連結でもするそうです.以前,潜水産卵を常態とするムスジイトトンボでも,なかなか産卵が見られないと思いながら過ごしてきた経験が,この場面で役に立ちませんでした.事前の下調べが不十分だったことなど,不覚です.潜水産卵しているという目で探しておれば,これだけの個体数です,見つけていたかもしれません.

ということで,意外と単調な観察に終わってしまいました.なお,ヒメカワトンボは,生息記録のある場所へは行ったのですが,見いだすことができませんでした.

次はカワトンボ科です.台湾に分布するカワトンボ科のトンボは,全部で3種1亜種(4種類)です.そのうち,3種と出会うことができました.他の一亜種はキヌバカワトンボ Psolodesmus basilaris dorothea と呼ばれ,台湾の中南部に分布していますので,今回は出会う可能性はほぼありません.

Matrona cyanoptera 台湾名:白痣珈蟌
 台湾名は「白い縁紋(原意はほくろ)のあるカワトンボ」の意味です.

さてまず紹介するのは Matrona cyanoptera です.日本名をタイワンハグロトンボといいます.台湾名の白い縁紋のあるトンボというのは,メスの偽縁紋のことをいっているのでしょう.ただ,他の2種1亜種にも,メスには白い偽縁紋があります.

このトンボは国内に分布するリュウキュウハグロトンボ Matrona basilaris basilaris と同属のトンボで,色彩もよく似ています.オスの翅はアオハダトンボより青みが鮮やかできれいなトンボです.メスの翅は茶色の地味な感じがしますが,実は内側には非常に美しい青色部分があるトンボです.チョウでいえばコノハチョウのような感じですね.ただ,このトンボはどういうわけか止まったときに翅をパタパタと開閉しないので,メスの翅の内側を見ることが難しい.唯一産卵時によく翅の開閉を行うので,なんとか産卵するメスを見つけねばなりません.


Matrona cyanoptera のオスとメス(C),2023.5.18. ▲

タイワンハグロトンボは観察地C以外にも,観察地AやBでも出合いました.


▲観察地Bで見たタイワンハグロトンボ(B),2023.5.17. ▲


▲観察地Aで見たタイワンハグロトンボ(A),2023.5.16. ▲

ナカハグロトンボをかき分けながら進むと,水生植生がかたまっているところに少し数が集まっていました.とそのうちの1頭のオスがメスに向かってホバリングのディスプレイを見せ,すぐにタンデムになりました.そして交尾を始めました.近づくと敏感に感じ取って逃げていきます.途中で交尾も解消しタンデムで逃げていきました.そのうち植生の向こう側に隠れて見えなくなってしまいました.


▲タンデムで遠ざかっていくタイワンハグロトンボ(C),2023.5.18. ▲

仕方ないのでこれは諦め,別のトンボに集中しました.しばらくして上流の方に移動してみましたら,1頭のオスが2頭のメスをなわばり内で産卵させているのに出くわしました.翅をパタパタと開閉しながら産卵しています.しかし近づこうとすると1頭のメスは産卵を止めて逃げていきました.かなり敏感ですね.もう1頭も少し移動しましたが,なんとか近い場所で産卵を続けてくれました.


▲1頭のメスは飛び去ったが,残りの1頭は移動しながらもその場にとどまった.▲


▲産卵メスが翅を開いた瞬間.青色が美しい(C),2023.5.18. ▲

メスの開いた翅は,黒い縁取りに明るい青色が輝いて,とてもエキゾチックです.この写真を見ていると,台湾名の「白い縁紋のあるカワトンボ」というのがうなずけます.

Mnais andersoni tenuis 台湾名:細胸珈蟌
 台湾名は「細い胸のカワトンボ」の意味です.

このトンボは,日本のアサヒナカワトンボやニホンカワトンボに似ています.日本名はタイワンカワトンボです.他のカワトンボに比べ春早くに現れるようで,今回の観察時期はもうかなり末期に近いように感じられました.出会ったのもただの1頭だけ.特別な観察も出来ずじまいでした.


Mnais andersoni tenuis のオス(C),2023.5.18. ▲

台湾では,北部と南部に分布し,散発的に見られる種と書かれています.南部に比較すると北部には限局的に数の多い個体群が存在するようです.そういうこともあって,わずか1頭ではありますが,出会えたのかもしれません.兵庫県の河川では,ニホンカワトンボ,アオハダトンボ,ハグロトンボというふうに春から夏にかけて順次カワトンボが出てきますが,台湾でも,タイワンカワトンボ,タイワンハグロトンボと時期をずらして出てくるのかもしれません.もっとも三番目がありませんが….

Psolodesmus mandarinus mandarinus 台湾名:中華珈蟌
 台湾名は「中国のカワトンボ」の意味です.

日本のクロイワカワトンボ Psolodesmus kuroiwae に近いカワトンボです.以前は日本のクロイワカワトンボも Psolodesmus mandarinus kuroiwae という学名が付されていて,本種の亜種の位置づけでした.本種の日本名はシロオビカワトンボといいます.中国本土と台湾に分布しており,それが台湾名の「中国のカワトンボ」の命名につながっているのでしょう.

今回の観察行では,観察地Aだけでその姿が見られました.個体数はそこそこでした.


Psolodesmus mandarinus mandarinusオス(A),2023.5.16. ▲


Psolodesmus mandarinus mandarinus メス(A),2023.5.17. ▲

このシロオビカワトンボは台湾に着いて始めて見たトンボで,ああ海外に来たな,という実感を抱かせてくれたトンボでした.どちらかというと薄暗い場所に集まっているような印象を持ちました.「台湾的蜻蛉」にも同様の記述があります.あまり活動的でないトンボで,時々摂食のような動きは見せますが,薄暗いところにじっと止まっているだけです.翅の白い模様だけが目立ちます.


▲実際の暗いところにいる感じを出した写真.(A),2023.5.17. ▲

このトンボが集まっているところに,山の水を送る送水管が破れて水が漏れ,それが山道に流れ出て浅い水路になっている場所がありました.初日の夕方にここを訪れたとき,友人が2,3頭ここで産卵していたと言っていたので,後日(実はここには3回来ている)産卵を期待して夕刻に待ったのですが,私は産卵を観察することができませんでした.この場所の産卵基質としては,もともとが山道であることもあり,落ち葉のようなものしかありません.帰国後「台湾的蜻蛉」を読むと,水中の落ち葉にも産卵すると書かれており,納得しました.


▲オスがメスを見つけて交尾しようとしている.(A),2023.5.17. ▲

2日目にここと訪れたときに,オスがメスを捕らえ交尾に至ったシーンを目撃しました.追跡しようと近づくとどんどん逃げていき,結構人の動きを気にするトンボでした.結局見失い,その後はどうなったか分からず仕舞いでした.この日もうちょっと粘っても良かったかもしれません.というのは,他にオオメトンボが飛ぶ水たまりがあったため,そちらも気になり,移動したのです.そして,なんとその後でここをタイワンミナミヤンマがなわばり活動をするように飛んだそうです.二重の意味で残念でした.


▲顔や胴体だけを見ていると普通のカワトンボと変わりない.(A),2023.5.17. ▲

以上で,均翅亜目(2)の内容は終わりです.次回はこの旅行の目的の一つ,台湾のシオカラトンボ属について,見たり感じたりした内容を紹介しましょう.

最後に見ることができなかった均翅亜目の残りをまとめておきます.

(1) カワトンボ科 Calopterygidae 1亜種
・南部に分布する Psolodesmus mandarinus dorothea
(2)ミナミカワトンボ科 Euphaeidae 1種
・Bayadera brevicauda brevicauda
(3) ハナダカトンボ科 Chlorocyphidae 2種
・南部に分布する稀種 Libellargo lineata lineata,中部に分布する Aristocypha bibarana

というところで,北部に分布するトンボはほぼカバーできてたことになります.

カテゴリー: エッセイ, 台湾のトンボ | No. 907. 台湾のトンボたち:均翅亜目(2)2023.5.23. はコメントを受け付けていません