第2回目はトンボ科です.トンボ科の多くは夏が活動中心のトンボで,この時期にしか特に見られないトンボというのはありません.いわゆる普通に見られる種がほとんどですが,兵庫県にはいないトンボたちが多くいて,派手な色彩のトンボたちが南の国に来たことを感じさせてくれます.
その中で特に姿を見たかったのが,アカスジベッコウトンボ,ヤエヤマオオシオカラトンボ,オキナワオオシオカラトンボです.アカスジベッコウトンボは私が沖縄へ行った30年前にはまだ日本に定着していなかったトンボです.2006年に与那国島で発見されたのが国内初記録でした.またオオシオカラトンボは,以前から本土のものとは別種ではないかといわれていましたが,2013年に本土のオオシオカラトンボ Orthetrum melania melania の別亜種として,オキナワオオシオカラトンボ O. m. ryukyuense およびヤエヤマオオシオカラトンボ O. m. yaeyamense とされました.特にオキナワオオシオカラトンボのメスは,腹部先端の黒い部分が小さいのが特徴です.
では結果を紹介していきましょう.
◆アカスジベッコウトンボ Neurothemis ramburii ramburii (Brauer, 1866)
アカスジベッコウトンボは,昨年の台湾遠征で見かけましたので初めて見る感動はありません.コーヒー色の翅が何ともいえず南国的かつエキゾチックで気に入っています.先島諸島にはもう普通に定着しているとのことですので,出会いを楽しみにしていました.
このトンボは,浅い湿地状の水たまりを好むようで,大きな池にはあまり出ず,その横に点在する小さな水たまりのような所にオスがよく止まっていました.一度目の前で短時間交尾・産卵してくれたのですが,サブカメラはオートフォーカスに迷うことが多いので,録り逃しました.こういうのは本当に悔やまれます.
まだ時期が早いせいでしょうか,腹部が赤化せず,翅脈にも黄色が混じっているような,若いオスが多かったです.メスは産卵に来た1個体を見ただけでした.
◆オキナワオオシオカラトンボ Orthetrum melania ryukyuense Sasamoto et Futahashi, 2013
オオシオカラトンボは夏のトンボで,この時期に羽化しているのかどうか分かりませんでしたが,4頭ほどオスを見かけました.メスは樹上を飛ぶのを見ただけです.オスは青色の粉を吹きますのでオオシオカラトンボと同じに見えますが,本種では腹部先端の黒い部分が腹部第9,10節だけで翅の付け根の黒い部分が狭いのに対し,オオシオカラトンボでは通常腹部第8,9,10節が黒く翅の付け根の黒い部分は広いという点が異なっています.同じ種ですが,亜種として微妙な違いにこだわるのもまた楽しいものです.
◆オキナワチョウトンボ Rhyothemis variegata imperatrix Selys, 1887
南国的な色彩をしているトンボの一つに,オキナワチョウトンボがいます.褐色と黄色からなる迷彩色的な翅の模様は,日本産トンボの中では他に例を見ません.ただ今回は数が少なくて,羽化している個体がまだ少ないような感じでした.
オキナワチョウトンボは,翅を透過するような光線位置で写真を撮った方が,翅の輝きが映えます.ちょうど道路の交差点で上空を飛ぶ摂食していたメスがその光線具合になりましたので,空をバックに写真が撮りました.こういう写真は撮りやすいはずですが,サブカメラの合焦が鈍いせいでピントが来た枚数が極端に少なかったのが残念でした.
◆コフキショウジョウトンボ Orthetrum pruinosum neglectum (Rambur, 1842)
コフキショウジョウトンボは,各地にたくさんいました.いつも言っていますが,どこにでもいるトンボは,わざわざ追いかけていって撮ることをしないことが多く,結局撮り損ねてしまうのことがあるのです.今回のコフキショウジョウトンボがそれでした.また目の前で交尾・産卵をやってくれましたが,これもサブカメラの合焦が悪く,シャッターチャンスを逃しました.このカメラどうしても背景にフォーカスが引っ張られてしまうのです.いつものカメラだと,マニュアルで合わせたピント近くにある物体にまずピントを合わせようとするので,数枚はピントが来るのです.
コフキショウジョウトンボは台湾にも多くいて,そこでは産卵も記録できましたので,気持ちの上で余計に手をかけなかった感じがします.やはりどんなトンボにも全力で向かいたいものです.
◆ハラボソトンボ Orthetrum sabina sabina (Drury, 1770)
こちらでいえばシオカラトンボと同じくらい,どこにでもいて数の多いトンボです.およそ観察に訪れた場所のほとんどで出会うことができました.しかしこっちはコフキショウジョウトンボより多くカメラを向けた気がします.
ハラボソトンボは地面によく止まるトンボで,上の写真のように農道の砂利道のようなところに止まられると,とてもわかりにくいです.オスとメスの色彩も似ていてぱっと見では分かりません.メスの方が少しくすんだ色をしています.
◆ベニトンボ Trithemis aurora (Burmeister, 1839)
ベニトンボもハラボソトンボに負けずどこでも姿を見せていたトンボです.このトンボは流水でも止水でも生活するので,山地の渓流などに入っても姿を見せるときがあります.でもやはり平地の池が生活の中心でしょう.
ベニトンボは,現在は兵庫県でもその姿を見ることができるほど,北上傾向が強い種です.しかし本場はやはり南国.彼らの活動を存分に観察させてもらいました.激しい闘争本能を持った,活発なトンボです.こういう状況はは,1頭だけぽつんといるような兵庫県では,なかなか見ることができないでしょう.
オスは活発に水面を飛び回り,メスが入ってくると飛びながら交尾します.そして連結を解いてオスは警護活動に入ります.がそのとき他のオスが近くにいると,−−たいがい近くにいるので−− 複数のオスが激しくメスを追いかけ,警護のオスはそれと戦います.見ているとあちこちで,時には5,6頭が入り乱れて,闘争が繰り広げられています.やはり個体密度が高いところならではの行動でしょう.楽しませてもらいました.メスは産卵を終えると,周辺の草地で休みます.
個体数の多いトンボは,周辺でさまざまの成熟段階のものが見られます.まだ複眼が赤い色をしていない未熟な個体がたくさん休んでいました.これらは別種のようにも見えます.未熟なオスは橙色をしていて,成熟が進むと紅色が出てくるようです.
◆ヒメトンボ Diplacodes trivialis (Rambur, 1842)
農道などを歩いていると,ハンミョウのように足下を飛び回る素早いトンボに出会います.うっかりすると見落としてしまいそうな小さなトンボです.とにかく敏感で素早いので近づくことは容易ではありません.小さいのでカメラをうんと近づけたいのですが,まず無理です.正体はヒメトンボ.オスはナニワトンボのように灰色の粉を吹くトンボです.
このトンボがハンミョウのように見えるのは,地面の上ばかり止まるからです.不思議なくらい草の枝や葉に止まりません.いるところにはたくさんいて,ハンミョウのように飛び,歩く人の先の方に止まるのです.トンボにもいろいろな性格や好みがあるのですね.
◆コシブトトンボ Acisoma panorpoides panorpoides Rambur, 1842
トンボの中でも,他とは少し異なった形態をしているのが,コシブトトンボです.名の通り腰の部分が太くなっています.私はこれを見るとエビの腹部を連想します.小さなトンボで,普通サイズのトンボばかり気にしていると見落としそうなサイズです.色彩は派手で,やはり南国のトンボといった感じです.今回はあまり数多くを見ることがありませんでした.本格的なシーズンはこれからでしょう.
このトンボの繁殖活動を見てみたいのですが,よく見つかるトンボにもかかわらず,まだそのチャンスに恵まれていません.
◆タイリクショウジョウトンボ Crocothemis servilia servilia (Drury, 1770)
兵庫県で普通に見られるショウジョウトンボ Crocothemis servilia mariannae の原名亜種です.昔は本土産のものも同種とされていましたが,オランダのトンボ研究者 Kiauta 博士が染色体の核型(本数や形)の相違から,本土産を亜種に分けました.
パッと見た感じではタイリクショウジョウトンボはショウジョウトンボと同じに見えますが,タイリクショウジョウトンボの方が若干朱色っぽく感じるのは私だけでしょうか.本土のショウジョウトンボは濃い赤に見えます.またオスの腹部背面正中線に黒い筋が明瞭に存在する個体が多いのも特徴です.本土のショウジョウトンボにもこの黒条が腹部先端の方に見られるものがありますが,タイリクショウジョウトンボの方がはっきりしているように思います.なおメスには本土のショウジョウトンボにも明瞭な黒条が存在します.
このトンボもどこにでもいる普通のトンボです.ただベニトンボに比べて,流水域にはあまり見られないようです.
◆ヒメハネビロトンボ Tramea transmarina yayeyamana Asahina, 1964
私の好きなトンボの一つに,ハネビロトンボのなかまがあります.飛んでいるときには,翅の付け根あたりが鮮血色に染まったように見える大型のトンボで,とても力強く見えます.沖縄県ではハネビロトンボよりヒメハネビロトンボの方によく出会うような気がします.池ではほとんど飛び回っているので,写真に撮りにくい相手でもあります.
産卵行動が特異で,打水の瞬間だけオスがメスを放し再び連結するという行動をとります.一度写真−−というよりビデオ−−に収めてみたいとずっと思っています.今回の観察でも2回タンデムで池に訪れ,産卵行動を見せてくれました.ただ飛ぶスピードが速く,産卵行動に入るタイミングが分かりにくく,今回は全くの失敗に終わりました.また機会があれば挑戦したいと思っています.
今回は,農道を歩いているときにたまたま止まっている個体に出会い,記録できました.
◆オオハラビロトンボ Lyriothemis elegantissima Selys, 1883
このトンボには,今回は出会いをあまり期待していませんでした.ぎりぎり羽化期かな,という感じです.川に沿った林道を歩いているときに,ふと黄色いトンボを見つけました.キイロハラビロトンボを見たことがなかったので,まさかと思いましたが,胸側部部に2本の黒条が見え,オオハラビロトンボだと分かりました.メスかなとも思いましたがよく見ると,オスの未熟個体です.腹部の赤い成熟個体は南大東島で見たことがあったのですが,こういう状態のは短期間に限られますので,むしろ嬉しいくらいでした.
林道を歩いていると,もう1頭飛ぶのを見かけました.川で生育しているのでしょうか?
以上の他に見たトンボ科のトンボとしては,オオキイロトンボ,ウスバキトンボがいました.オオキイロトンボは連結で産卵にもやってきていました.ただ広い範囲を縦横に飛び回り,一体どこに産卵するのか見当も付きません.午後には摂食飛翔をする個体もいました.これはシャッターチャンスなのですが,何度も言っていますがサブカメラではピントを追い切れませんでした.
ウスバキトンボは,その行動が面白く感じられました.兵庫県などでは集団で摂食している姿を見たりするのが普通で,時折池の上をパトロールするような飛び方をしたり,交尾・産卵を見ることがあります.ですから集団群飛するのが見慣れた光景なのですが,南の島のウスバキトンボは,多くの個体が繁殖活動にいそしんでいました.道路にたまった水たまりに集まって交尾・産卵をしているのも見ました.これなどは一時的水たまりの生活者であることを如実に示していると思ったりして,興味深かったです.
兵庫県などで見るウスバキトンボの多くは,これから長距離移住する準備段階の個体なのでしょう.対して沖縄県では,そこで生活しているトンボという感じの行動でした.
さて,以上が今回の旅行で観察できたトンボ科のトンボたちです.全部で13種類.ヤエヤマオオシオカラトンボが見られなかったのが残念でしたが,これは夏のトンボですので,また次の機会に頑張ることにしましょう.まとめておきます.
・オキナワチョウトンボ Rhyothemis variegata imperatrix Selys, 1887
・オオキイロトンボ Hydrobasileus croceus (Brauer, 1867)(目撃)
・ヒメハネビロトンボ Tramea transmarina yayeyamana Asahina, 1964
・コシブトトンボ Acisoma panorpoides panorpoides Rambur, 1842
・タイリクショウジョウトンボ Crocothemis servilia servilia (Drury, 1770)
・ヒメトンボ Diplacodes trivialis (Rambur, 1842)
・アカスジベッコウトンボ Neurothemis ramburii ramburii (Brauer, 1866)
・ウスバキトンボ Pantala flavescens (Fabricius, 1798)
・ベニトンボ Trithemis aurora (Burmeister, 1839)
・オオハラビロトンボ Lyriothemis elegantissima Selys, 1883
・ハラボソトンボ Orthetrum sabina sabina (Drury, 1770)
・コフキショウジョウトンボ O. pruinosum neglectum (Rambur, 1842)
・オキナワオオシオカラトンボ O. melania ryukyuense Sasamoto et Futahashi, 2013
次回は均翅亜目のトンボを紹介します.