「チャンスは徹底的に」ということで,今日もコバネアオイトトンボの観察に出かけてきました.実は10月28日にも今日と同じ目的で出かけています.目的とは,コバネアオイトトンボの繁殖活動をビデオに収めることです.絶滅危惧I類の共通の特徴として,ある年に突然姿を消すというのがあります.ここのコバネアオイトトンボもどうなるかまったく予断を許しません.そこで,記録だけはきっちりと撮っておこうということで,実に3回連続になりますが,出かけることにしました.
朝10:00過ぎに現地に入りました.周辺の草地には,今日はメスばかりが見つかりました.今までメスの姿を見ることがなかったので,今日は幸先がいいと感じました.
▲茶色型のコバネアオイトトンボのメス.
▲腹部が微妙に曲がっている.この個体群は遺伝的多様性が失われている可能性がある.
▲緑色型のコバネアオイトトンボのメス.
天気は晴れでいいのですが,今日は風がやや強いようです.到着してから1時間ほどは,トンボたちの動きがほとんどありませんでした.タイリクアカネやキトンボもポツポツといった感じです.実はコバネアオイトトンボ以外にタイリクアカネの打泥産卵の写真を必要としていたので,それもねらおうと思っていましたが,11:21にやっと産卵にやって来ました.今日初めてのアカネ属の産卵です.コバネアオイトトンボはもう少し遅いと踏んでいるので,その後入ってきたキトンボなど,しばらくはアカネ属の記録を撮っていました.
コバネアオイトトンボの方は,オスやメスがヒメガマの根際や,池の畔にやって来てはいますが,産卵の気配はありません.
▲わずかに生えているカンガレイの植生内でメスを待つコバネアオイトトンボのオス.
▲ヒメガマの根際に止まる金色型のコバネアオイトトンボのオス.
▲ヒメガマの根際に止まる緑色型のコバネアオイトトンボのオス.
▲ヒメガマの枯れ茎に止まるコバネアオイトトンボのオス.やはり腹部が曲がってしまっている.
▲池の周辺のスゲに止まる金色型のコバネアオイトトンボのメス.
時刻が12時を回りました.28日は12:30くらいに産卵を見つけたので,もう少し待たねばならないと思い待ち続けました.しかし,12:30になっても産卵が始まらず,ヒメガマが秋の暖かい日差しの下で風に揺られているだけです.風が強いのでダメかな...などと考えながら,諦めては何も手に入らないという言葉を思い出し,待ち続けました.そして,12:59,やっと,産卵しているペアを見つけることができました.
▲ヒメガマに産卵するコバネアオイトトンボのペアを見つけた.12:59.
▲上の写真で寄ったもの.
このペアの産卵を観察しているとき,もう1ペアがタンデムになって飛んできました.はっきりと確認はできなかったのですが,足下でオスがメスを捕まえた直後のペアだったようです.だとすると,移精行動から交尾を行うはずです.コバネアオイトトンボの交尾はまだお目にかかったことがありません.産卵中のペアは一時お預けにして,こちらの観察に切り替えました.移精行動,交尾は,予想通り行われました.交尾が始まった時刻は13:15です.
▲移精行動.2回ほど失敗して3回目に成功.継続時間は約1分.ビデオからの切り出し.
▲交尾.途中でカメラを動かしたため,交尾を中断して移動した.
▲中断時間も含めて約25分間継続した.
交尾の観察中,先ほどの産卵ペアが移動し,とても近くで産卵をしてくれるようになりました.3回目になって慣れたせいではないでしょうが,ものすごく神経質でなかなか近寄れなかったここのコバネアオイトトンボに,今日は割合簡単に近づくことができました.しばらくするとこのペアのオスはやがてメスを放して飛び去り,メスは単独で産卵するようになりました.
▲交尾の観察中に移動して産卵を再開したペア.
▲単独産卵をするコバネアオイトトンボのメス.
交尾ペアの方は,交尾後移動して,産卵を始めました.この基質が気に入ったのか,長い時間産卵を続けていました.最後まで見ずに,観察を終えました.
▲交尾後産卵を始めたコバネアオイトトンボ.
▲上の写真の裏側から撮ったもの.
コバネアオイトトンボは,アオイトトンボやオオアオイトトンボに比べて産卵管が頑丈でなく,柔らかい組織を持つカンガレイとかクログワイにもっぱら産卵すると言われています.ここの個体群は,それと異なりヒメガマに産卵しています.本当に産卵できているのか,産卵後のヒメガマの葉を持ち帰り,実体顕微鏡で観察してみました.すると,10個足らずの産卵痕が見つかりました.さらに,葉を切り開いてみたところ,中にきちんと卵がありました.ヒメガマの葉の中は空洞になっており,表面さえ突き抜ければ,卵は中にきちんと収められるようです.
▲産卵痕:顕微鏡で見た,コバネアオイトトンボが産卵していたヒメガマの葉の表面に穴が開いている.
▲コバネアオイトトンボの卵.葉を切り開いて,卵の存在を確かめてみた.
こうやって切り開いてみると,ヒメガマの葉の内部組織は決して固いわけではないことが分かります.もしコバネアオイトトンボにとって固いのであるとすれば表皮組織が固いということになるでしょう.実際ビデオを見ると,ノコギリを引くようにゴシゴシと何度も産卵管で表皮組織を切りつけています.写真で確かめても,産卵管は確かに表皮を突き破っています.ビデオもリンクしておきますので,よければ一度見てください.
▲産卵管が確かに表皮を突き抜けて入っているのを写真で確かめてみた.
さて,14:30ころ帰途につきました.帰りに周辺の草むらを歩くと,西に傾きかけた陽を受けて,コバネアオイトトンボのメスが止まっていました.摂食をしているようです.それにしても今日はよくメスに出会いました.
▲昼下がり,ねぐらで摂食をしながら憩うコバネアオイトトンボのメス.
帰りに車を止めているところで,地元の農家の方に会いました.連日来ているので,「また来ました」と会釈すると,にやっと笑って返してくれました.先日話の中で,「池の下の方は農薬を使っているからトンボはおらんやろ」と言っていたのが印象的で,地元の人もトンボ減少が農薬と結びついているのを感じているのかな,と思ったりしました.
▲先日28日に見た,腹部が曲がったメス.カンガレイの中に止まっていた.2018.10.28.撮影.
ここのコバネアオイトトンボの個体群には,今日紹介したように腹部が曲がった障がいを持った個体がいます.もはや他の個体群とは交流のない分断された個体群であることは間違いないでしょう.しかも,主な産卵植物がヒメガマです.悪条件が重なっていますので,なんかの環境変動があれば突然姿を消すことはあり得ると思います.見守っていきたいです.
最後に今日見かけたアカネ属のトンボを紹介しておきましょう.今後の観察はこんな感じで,ポツポツ止まっているアカネ属をあちこちで記録するといった感じになります.
▲まずはキトンボのダブル産卵.キトンボは本当に一時に産卵にやって来る.
▲タイリクアカネの産卵.打泥産卵はうまく撮れなかったが,岸辺にたまる凹地の水に産卵していた.
▲ナツアカネの交尾.ナツアカネの交尾を近くて見ることはあまりないように思う.
▲マユタテアカネのオス.このトンボも12月後半まで見ることができる長寿のトンボだ.
▲コノシメトンボのオス.みんなこのように白い石に止まっている.今日はちょっと気温が低いからか....
▲リスアカネのオス.翅の先端に褐色部がかなりうすくなって,老熟を思わせる.