ここのところ35℃超えの厳しい暑さが続くようになり,私も自身の健康管理を気にしながらの観察をしなければならなくなりました.本来なら晴天は嬉しいのですが,37℃を超えるような暑さになると,もうそうも言っていられなくなります.実際,今日午後3:30ころコンビニに入ろうと車から降りたとき,オーブンの中に手を入れたような痛い暑さを感じました.豊岡は38℃くらいあったそうです.そう,今日はフェーン現象で酷暑の兵庫北部に行ってきました.
ねらいは無謀で,ミヤマサナエとマルタンヤンマの探索です.「無謀」というのは,兵庫県でこの2種の生息地を探すのは至難の業になっています.マルタンヤンマは,ときどきある特定の場所で集団発生することがありますけど,長続きしません.ミヤマサナエは,1,2頭が川で見つかることがあるものの,これも,集団でいるところは,一定していない感じです.羽化殻はまとまって見つかることがあるようです.でもその後分散してしまうようで,羽化殻の見つかったところでは繁殖活動が見られないと聞いています.ミヤマサナエはいそうな川を,マルタンヤンマは良さそうな場所で黄昏飛翔を観察しました.結果は,ミヤマサナエは成果なし,マルタンヤンマは1頭が通過しただけでした.では順を追って結果をまとめておきます.
▲ミヤマサナエを見に行った川の一つ.良い景色でここは何度か訪れているが,トンボはまったくいない.
ミヤマサナエを探しにいくつかの川に入りました.しかし,本当にトンボが何もいません.暑さのせいかどうかは分かりませんが,見たのは,オナガサナエらしきものが1頭,アオサナエのメスが日陰で休んでいたこと,あとはハグロトンボが川の横の樹林で過ごしていただけです.
▲日陰で休んでいたアオサナエのメス.大分色が褪せている.
▲林の中の暗闇で過ごすハグロトンボのオス.
午前中をミヤマサナエの探索に費やしました.お昼が近づいてきたので,移動し,ヒヌマイトトンボの産卵を調べに行くことにしました.現地に着いたのは12:00少し前です.ヒヌマイトトンボは日当たりのよいヨシ原にいるので,日陰はありません.暑さでクラクラしそうな身体に言い聞かせて,30分ほど観察しました.この時間帯,まだ交尾をしていました.産卵はもう少し後なのか,ヒヌマイトトンボの産卵にはなかなかうまくタイミングが合いません.暑さで待つことなど不可能ですので,次の機会にしました.
▲ヒヌマイトトンボの交尾.11:45ころ.カンカン照りの中で行われている.
▲どの写真を見ても分かるが,ヨシの茎の陰になる側に止まっているのが分かる.
▲まだ橙色のメスとの交尾.やはり,枯れ茎の日影側に止まっている.
▲葉に止まるときも陰になるような位置にメスがいる.ヒヌマイトトンボの交尾.
▲まだ少し未熟さが残っているオスのヒヌマイトトンボ.複眼背面が明るい茶色であり成熟すると黒くなる.
もう日向での活動は不可能と考え,いちばん暑い昼下がり,日陰で観察ができるヤブヤンマを見に行くことにしました.でも今日は不発でした.ところが暑さにめげず平気で活動していたのが,オオシオカラトンボとシオカラトンボ.特にシオカラトンボの方は,むしろ日向に出て活動していました.オオシオカラトンボは3回目の観察になりますが,今日は警護産卵と卵を飛ばす部分に焦点を絞って観察しました.そしてそれに絡むシオカラトンボの動きが面白かったので,それも記録しました.
▲至近距離で密接して警護するオス.これくらいしないと他のオスに取られる.
▲打水を始めるメスを「心配そうに?」見守る.「」は私の勝手な擬人化(以下同様).
▲ほんとうに「かいがいしく」メスを警護しているように見える.
▲後ろの朽木との位置関係で分かるが,後,オスは同じ場所でホバリングしている.
▲打水しようとしているメスを見ている,と同時に多分他のオスの動きも気にしているのだろう.
▲こうやって産卵が終わるまで非接触警護を続けるのだ.
まずは普通の警護産卵です.写真の背景を見てお分かりと思いますが,オスはほとんど同じ場所でホバリングしてメスを見守っています.といっても短時間ですが.産卵が終わるとメスは舞い上がるようにして逃げます.オスに追われてうるさく感じるとき(と私が勝手に思っている)は,木の茂みの中に止まってオスをやり過ごしてから,逃げていきます.
▲産卵が終わったメス.オスにしつこく追われたので木の中に止まった.「知らん顔をして頭を掻いている」.
オオシオカラトンボの産卵は,何度も紹介していますように,水を前方に飛ばしておこなう打水産卵,いわゆる飛水産卵を行います.打水直後の水が水滴になって前方に飛んでいるのが分かります.
▲オオシオカラトンボの飛水産卵.水滴が前方に飛んでいるのが分かる.
今日はたくさんのシャッターを切りましたので,その中から,オオシオカラトンボの産卵の様相を明らかにできそうなものを選んで,検討してみました.多少ピンボケのものもありますが,状況を理解するにはこれで十分でしょう.
▲オオシオカラトンボの卵塊.まるでホンサナエの卵塊のように大きい.
オオシオカラトンボの卵塊のようなものが写ったのはこれが初めてでした.多分こんな大きいのは稀だと思います.そして水をすくい上げるようにして水面を掻くのです.このとき卵塊が水と混じって,腹部先端にすくい上げられた水が褐色になるのが分かります.オオシオカラトンボの腹部第8節に側面には膨らみがあります.下の写真を見る限り,その部分では水を掻いていません.水を掻くのは腹部の先端部ですくい上げた水が横に漏れ出ないようにこの膨らみを利用しているように見えます.
▲水面をすくい上げている.腹部第8節の広がりは,すくい上げた水が横へ漏れ出ないように止めている?.
そして水を飛ばします.飛ばされた水は,うすい褐色になっています.また連続した水滴に分離した場合は,水滴の位置によって褐色の度合いが違っています(下の写真).この写真では最後の方の水滴の方が濃い褐色になっています.
▲かたまりになって飛び始めた水滴.これだけ2018.7.13.に撮影したもの.
▲つながっていた水が水滴に分離した.褐色に濁っている水滴と透明な水滴がある.
そして,打水した後の腹部先端は卵がなくなっていて,次の卵塊でしょうか,うっすらと橙色のものが腹部第9−10節の腹面に見えます.
▲打水後の腹部先端.水滴と次の卵と思われる褐色のものが見える.
ところで,水滴が褐色になるのは,卵ではなく,泥のせいではないかとも考えられるので,オオシオカラトンボの打水の瞬間を検査してみました.打水中,打水直後の写真を見ると分かりますが,オオシオカラトンボは見事に水面だけをすくっていて,泥を掻いていないことが分かります.打水直後,水紋ができている中心部が打水地点ですが,その部分の水がまったく濁っていないことがお分かりかと思います.浅いところで打水しているにもかかわらず,底の泥に腹部先端が当たらないというのは,ミリ単位の正確さが必要です.オオシオカラトンボはこの離れ業を,オスに追われながら,1秒間に2,3回行っているのですから,驚異的ともいえます.
▲水紋の中心部はまったく濁っていなくて,水面だけをすくっていることが分かる.
▲これもまったく同じ.水滴が飛んでいるので,上2枚とも打水後の写真であることが分かる.
▲まさに水を掻いているところ.水底の泥が巻き上げられているようには見えない.
さて,オオシオカラトンボは,他のオスに交尾後のメスを取られないように警護しています.今日は,他のオス,それもオオシオカラトンボではなくてシオカラトンボのオスに割り込まれて,さらに,このシオカラトンボのオスが,オオシオカラトンボのメスの産卵警護のまねまでしたのを見ました.シオカラトンボとオオシオカラトンボはよく闘争をしていますが,こういった例は面白いと思いました.まずはシオカラトンボのオスがたくさんいたところから紹介します.
▲日陰に止まるシオカラトンボ.
▲シオカラトンボのオスも十分成熟している.
▲パトロール飛翔しているシオカラトンボのオス.
▲止まっている他のオスに干渉する.
▲止まっている方は動じようとしない.
▲追尾行動を見せているシオカラトンボのオス.
▲メスを捕まえたオスだが,他のオスがしつこいので木の中にもぐり込んで止まった.
オオシオカラトンボはむしろ日陰に,シオカラトンボはむしろ日向にいます.その境目にある止まり木には,両種が混じって止まっています.
▲一緒に止まるシオカラトンボ(左)とオオシオカラトンボ(右).
さて,まずはいつも通り,オオシオカラトンボのオスは,産卵に訪れたメスを捕まえ,交尾態になります.個体数が多いと,交尾態は他のオスたちに追い回され飛び回っています.やがて交尾を解き,オスはメスに産卵を促すようにメスの上を飛んで下へ降りるように催促します.
▲オオシオカラトンボがメスを捕まえ,交尾態になって飛び回る.
▲産卵位置を決めるとそのあたりでしばらくホバリングしたり,上下動を見せたりする.
▲メスを放した直後.
▲メスの上に位置して下へ押さえ込むようにして産卵を促す.
そこへ,1頭のシオカラトンボが割り込んできました.多分産卵しているメスをシオカラトンボのメスと思ったのでしょうね.割り込んだ後,対処しようとしているオオシオカラトンボのオスを尻目に,一気にメスを追いかけます.オオシオカラトンボは後れを取りました.
▲警護しているオオシオカラトンボのオス(右)の横に,シオカラトンボのオス(左)が割り込んできた.
▲オスの間を抜けて,メスに近づいたシオカラトンボのオス.
▲メスが逃げたのでシオカラトンボが追いかけ,一足遅れてオオシオカラトンボが後を追う.
▲オオシオカラトンボのメスを追うシオカラトンボのオス.
▲とうとう追いついた.まるで警護しているように寄り添っている.
追いついたシオカラトンボのオスは,しばらく,オオシオカラトンボのメスの産卵を警護するかのように,その上空を飛びました.もちろんこれは短時間で解消はしました.写真に両者が確実に写っているものだけで時間を見てみると,20秒間,疑似警護活動をしていたことが分かります.この産卵メスは,その後,ほかのオオシオカラトンボのオスに捕まり,再交尾されました.
▲オオシオカラトンボメスが産卵を始めようとするのを近くで見守っている.
▲産卵を始めたオオシオカラトンボを上空で見守るシオカラトンボ.
▲シオカラトンボはしばらくこの位置を離れず疑似警護を行った.
ところで,なぜこれほどしつこくシオカラトンボのオスはこのオオシオカラトンボのメスを追いかけたのでしょうか.一つのヒントはこのメスの形態にあるようです.これらの写真をよく見てみると,メスのオオシオカラトンボの腹部の黄色い斑紋にかかっている黒いスジが通常のオオシオカラトンボメスのものより濃く,ちょっとシオカラトンボのメス的に見えます(下の写真).これにだまされてシオカラトンボのメスと勘違いしているのかもしれませんね.
▲シオカラトンボ(上左),このメスがこだわったオオシオカラトンボは右上,通常のオオシオカラトンボは下.
このオオシオカラトンボに対するシオカラトンボによる干渉は別のペアでも観察できました.下の写真のオオシオカラトンボのメスも黒線が濃い個体です.すぐ上のシオカラトンボが,じっと産卵メスを観察して確かめているように見えるのは私だけでしょうか.
▲別の場所でもオオシオカラトンボの産卵警護にシオカラトンボが干渉している.
この観察をしているとき,ふと横をアカトンボが飛びました.そう,気の早いリスアカネがもう成熟していて,日陰で活動をしていました.おそらくメスを待っているのでしょう.
▲林の中にひっそりと止まってメスを待っている?リスアカネのオス.
とまあ,その日いたトンボを観察するという鉄則で今日はオオシオカラトンボの警護産卵を取り上げました.夏は長いですし,出てくるトンボも同じような普通種が多くなります.でも普通種も大切なトンボ仲間.今年はきちんと記録していきます.
さて,最後はマルタンヤンマの黄昏飛翔観察.18:30を過ぎて,日が山陰に隠れたころ,目的地の空を見上げました.何も飛びません.夕方自然の残された田園地帯,本当に何も飛ばないのです.ギンヤンマすら.でも,せっかく来たのだからとでもいうように,1頭のマルタンヤンマが5m位の高さを飛んで通り過ぎてくれました.あとは,オニヤンマの摂食飛翔でした.
▲黄昏時に摂食飛翔するオニヤンマのメス.
▲往復飛翔するので置きピンで撮影した.慣れると成功率は高くなる.
▲真横から取っているのに,首が正面から見て左に回転しているように見える.
このオニヤンマ首が少し曲がっていますね.無事に一生を終えてください.ということで,今日の観察を終えました.まあ,当日夜・翌日と熱中症の気配もなく無事でした.