新 トンボ歳時記
No.386. ネアカヨシヤンマの産卵 2012.8.10.

昨日まで缶詰で早朝から夜中まで仕事.精神的にくたくたで今日は休みを取りぶらっと出かけました.この「ぶらっ」という無欲がいいのですね.まずは川に行って,夏のサナエトンボ,オナガサナエ,ミヤマサナエなどがいないか見て回りました.オナガサナエを遠くに見た以外は,全くのヌル状態.そんな中,岸近くの日陰をコヤマトンボが飛んでいました.去年同様,8月のこの時期でもコヤマトンボというのは結構残っているのですね.

日陰ですのでストロボを焚きましたが,ちょっと不自然な感じになってしまいました.続いていくつか池を見て回りましたが,普通種ばかり.去年普通種大作戦と名づけてかなり集中して普通種を撮りましたので,今年はパスしています.今年は空振り覚悟であくまでヤンマ上科を中心に記録することにしています.夏のヤンマ類は午後に産卵することが多いので,ねらい目は昼下がりです.現地に着くと,やっていましたね,ネアカヨシヤンマが産卵を... 水のない池底で,あちこち飛び回りながら産卵をしていました.

カトリヤンマは,水が干上がって底がひび割れした池に集団で産卵に訪れることがありますが,ネアカヨシヤンマもよく似ているのか,産卵環境には水がない方がいいのですね.おまけに今日のネアカヨシヤンマは,日向でも産卵してくれます.こういった種類のヤンマはほとんど日陰で産卵し,ストロボ撮影になってしまうのですが,今日は自然光でも撮影ができました.

産卵行動をよく見ていると,日向で産卵するときは,イノシシの足跡に産卵することが多いです.土が崩れていて適度な湿り気があり,産卵管が入りやすいのでしょうか? サラサヤンマもイノシシが掘った大きな穴に産卵することがありますが,ネアカヨシヤンマもイノシシと関連した場所で産卵しているのが,非常に興味深く感じられました.イノシシは干上がった池や湿地を歩き回り,穴を掘ることが多いので,こういった関係が自然と生まれてきたのですね.

日向で産卵はしますが,やはり日陰で産卵する方が多いような気がしました.日陰で産卵するときもイノシシの足跡を使うことが多いようですが,日陰では結構平たい土の上で産卵することも多かったようです.やはり土が湿っているので,産卵管が立ちやすいのでしょうね.

あまりの長時間に,写真は途中で撮るのがいやになり,じっくりと近くで観察を続けました.メスは丁寧に(多分)一つずつ卵を土の中に埋め込んでいます.先日「接近遭遇」などと言って騒いだのが何だったんだろうと思うくらい,今日は近くで長時間観察ができました.

ちょっと学問的な話をしようと思います.ネアカヨシヤンマは「r-戦略」を採用している種ではないかと考えられます.r-戦略とは物理的に厳しい環境に棲む生物に多く採用されている繁殖戦略です.厳しい環境に生活する種は絶えず絶滅の危機にさらされているので,一般に子孫を多く残す(卵を多く産む)戦略を採用します.したがって,環境の状況次第で,個体数が大きく増減するといった特徴があります.

ネアカヨシヤンマが生息するような湿地は,絶えず乾燥化の危険にさらされています.ネアカヨシヤンマは腹部が太く腰の部分もくびれません.解剖すると分かりますが,メスのこの太い腹部にはぎっしりと卵が詰まっています.ネアカヨシヤンマの体型は卵数を増やすための適応ではないかと思えるくらいです.そして,卵の大きさは他の水面下の植物組織に産卵するヤンマより少し小さめで,これも卵数を増やすのに貢献しています.こういったr-戦略を採用している種は,環境がその種に適した状態が続けば,一気に個体数が増えます.この秋に水がたまり,来年梅雨時期まで枯れなければ,来年は個体数が増えると思われます.しかし卵が孵った後幼虫の生育時期に乾燥してしまうと,一気に絶滅寸前といった状況になるでしょう.でもそういった激変に彼らは耐える力は持っているようです.

帰り際に,ツノトンボに出会いました.トンボと名が付いていますがウスバカゲロウの親戚です.トンボと違ってさなぎの時期があるのです.これを今日のゲストにすることにしました.