デジタルトンボ図鑑
カワトンボ科 Calopterygidae Selys, 1850
 日本国内にはカワトンボ科は5属7種が分布する,これらのうち同定が比較的容易なのは以下の場合である.

 タイワンハグロトンボ属のリュウキュウハグロトンボは奄美大島,徳之島,沖縄本島に分布し,他のカワトンボ科の種はこれらの地域には分布していない.キヌバカワトンボ属のクロイワカワトンボは石垣島,西表島に分布していて,他のカワトンボ科の種はこれらの地域には分布していない.アオハダトンボ属のミヤマカワトンボはその大きさと翅全体が褐色透明で後翅先端の方に濃い褐色帯があることで他種と混同することはまずないであろう.アオハダトンボ属のアオハダトンボとハグロトンボはその分布域が大きく重なるが,♀については,アオハダトンボに白い偽縁紋があるので区別は容易である.

 カワトンボ属のニホンカワトンボについては,前縁部から翅室4〜5列程度の不透明斑を持つ橙色翅型♂(アサヒナカワトンボで翅室2列程度の不透明斑を持つ橙色型♂がある)および橙色のはっきりした淡橙色翅型♀は,翅の特徴で他種と区別できる.また東北地方と北海道にはアサヒナカワトンボが分布しないので,この地域の橙色翅型♂および透明翅型の♂♀はニホンカワトンボとしてよいであろう.少し難しくなるが,翅全体が淡い橙色または桃色に見える個体で,翅脈を前から見たとき赤色(浜田・井上,1985)である個体は淡橙色型♂であって,これもニホンカワトンボとしてよい.
 カワトンボ属のアサヒナカワトンボについては,九州に分布する茶色翅型♂および不透明斑を持たない(あるいは持っていても前縁部から翅室2列程度の不透明斑しかない)橙色翅型♂はアサヒナカワトンボとしてよい.さらに,四国,紀伊半島の,中央構造線より南側にはニホンカワトンボが分布しない(厳密には中央構造線の南側近傍にも分布域がある)ので,これらの「分布境界域」を離れた南部の橙色翅型♂および透明翅型♂♀はアサヒナカワトンボとしてよいであろう.

 したがって残された同定上の困難点は,ハグロトンボとアオハダトンボの♂の区別(図2),翅の透明あるいは透明に近いニホンカワトンボとアサヒナカワトンボの区別,そしてやっかいなのがニホンカワトンボとアサヒナカワトンボの中間的な形質を持つ個体の同定である.このうちニホンカワトンボとアサヒナカワトンボについては,筆者はすべての地域の標本を持っていなくて形態について詳細に議論できる立場にない.同定をしようと思う者は,自分の調査地域にどのような型のニホンカワトンボおよびアサヒナカワトンボが分布するかを文献等でよく調査してから,慎重に同定を進めることが求められる.図3,図4には,一般的に知られている,典型的な個体の区別法を記した.

 カワトンボ科で,分布域からほぼ区別ができる地域と種は以下の通り.本州・四国の白色の都府県において,ニホンカワトンボとアサヒナカワトンボの区別が難しくなる.ただし地域によっては,例えば神戸市のように,ニホンカワトンボは橙色翅型♂+淡橙色翅型♀だけでアサヒナカワトンボは透明翅型♂♀だけしかいない(ただし最近橙色翅のアサヒナカワトンボが限られた場所で発見された),というように,容易に区別できる場合がある.調査地域の分布状況についてよく調べることが大切である.

図1.カワトンボ科各種で,その分布域から区別できる種.
図1.カワトンボ科各種で,その分布域から区別できる種(浜田・井上,1985参照).
 アオハダトンボ♂とハグロトンボ♂は,普通翅の形で区別する.アオハダトンボの方が,幅に対して長さが短く,また翅の後縁の円味が強い.


図2.アオハダトンボ♂とハグロトンボ♂の翅の形の違い.
図2.アオハダトンボ♂とハグロトンボ♂の翅の形の違い.
 ニホンカワトンボとアサヒナカワトンボを形態から区別する場合,一つは,頭幅長(白色矢印)に対する翅胸高(黄色矢印)の比を見る.ニホンカワトンボの方がこの比が大きくなっていて翅胸高が高く見える.もう一つは縁紋の形(赤色矢印)であって,ニホンカワトンボの方が細長い.しかし,これらの形質は地域差,個体差があるようで,絶対確実な区別点とはならないようである.
図3.典型的な個体におけるニホンカワトンボ透明翅型♂とアサヒナカワトンボ透明翅型♂の違い.
図3.典型的な個体における
ニホンカワトンボ透明翅型♂とアサヒナカワトンボ透明翅型♂の違い.
図4.典型的な個体におけるニホンカワトンボ透明翅型♀とアサヒナカワトンボ透明翅型♀の違い.
図4.典型的な個体における
ニホンカワトンボ透明翅型♀とアサヒナカワトンボ透明翅型♀の違い.
 ここで,兵庫県やその近隣では通用すると思われる,もう一つの区別点を紹介しておきたい.この方法はまだ十分多数の標本を検討できていないので,あくまで試行的なものと理解していただきたい.また特に兵庫県から遠く離れた場所においては,それぞれの地域で各自で検討をしてから利用してほしい.

 一般に,アサヒナカワトンボの方がニホンカワトンボに比べて,翅脈が粗く見える.下の図5,6を比較して見ていただくとそれがよく分かるであろう.ただこれにも個体変異がかなりあるので,注意を要する.

図5.アサヒナカワトンボ透明翅型オスの結節より外側の翅脈.
図5.アサヒナカワトンボ透明翅型オスの結節より外側の翅脈.
図6.ニホンカワトンボ透明翅型オスの結節より外側の翅脈.
図6.ニホンカワトンボ透明翅型オスの結節より外側の翅脈.
 そこで,粗い・細かいでは主観的になるので,特にはっきりとその差が感じられる部位の翅脈数を比較してみた.結節より外側の第1径脈 R1 と第2径脈 R2 の間の,亜結節から外側の横脈数(図5,6で薄緑色で示した部分)を,手持ちの標本(オスメスともすべての翅の型を含めている)で比較してみた.数え方は図5,6を参照していただきたい.

図7.アサヒナカワトンボとニホンカワトンボのオスにおける,第1径脈と第2径脈の間の,亜結節より外側の横脈数比較."
図7.アサヒナカワトンボとニホンカワトンボのオスにおける,
第1径脈と第2径脈の間の,亜結節より外側の横脈数比較.
赤い矢印は兵庫県産ではなく,徳島県美波町日和佐産の個体である.
図8.アサヒナカワトンボとニホンカワトンボのメスにおける,第1径脈と第2径脈の間の,亜結節より外側の横脈数比較."
図8.アサヒナカワトンボとニホンカワトンボのメスにおける,
第1径脈と第2径脈の間の,亜結節より外側の横脈数比較.
 手持ちの標本はほとんどが兵庫県産であるが,図7,8を見れば,かなりはっきりと両種におけるこの色部分の横脈数の違いが分かるであろう.したがって,兵庫県やその近隣では,この部分の横脈数が多ければニホンカワトンボ,少なければアサヒナカワトンボとしてよいのではないだろうかと考えている.

 ただし,図7の赤矢印で示した例外的な個体があるように,適用に当たっては他の形質や分布域とともに総合的に判断する必要がある.赤矢印は徳島県美波町日和佐産のアサヒナカワトンボで,この地域にはニホンカワトンボが分布していないことになっている.こういう例外はあるものの,杉村ら(1999)の図鑑に掲載されている日本各地の Mnais 属の標本写真(展翅標本のみ)を,地名を元に新しい分類名に訂正してこの方法で検査しても,ほとんどがこの度数分布にしたがっており,この基準はかなり適用できる可能性があると考えている.

 ところで,フィールドでこの部分の横脈数を数えるのは困難であるし,後から写真で判別するとなると,これは不可能であろう.そこで,この考え方を発展させた簡便法として.縁紋にかかる横脈数による比較を調べてみた.部位については,図5,6の左下に掲げた挿図を参照してほしい.こちらも,すべての翅の型を含めて計数している.

図9.アサヒナカワトンボとニホンカワトンボのオスにおける,第1経脈と第2経脈の間の横脈数と,縁紋にかかる横脈数との相関図.
図9.アサヒナカワトンボとニホンカワトンボのオスにおける,
第1経脈と第2経脈の間の横脈数と,縁紋にかかる横脈数との相関図.
赤い矢印は兵庫県産ではなく,徳島県美波町日和佐産の個体である.
図10.アサヒナカワトンボとニホンカワトンボのメスにおける,第1経脈と第2経脈の間の横脈数と,縁紋にかかる横脈数との相関図.
図10.アサヒナカワトンボとニホンカワトンボのメスにおける,
第1経脈と第2経脈の間の横脈数と,縁紋にかかる横脈数との相関図.
 相関図より,縦軸と横軸の各変数は,互いに相関関係があることはほぼ確かである.簡便法では,縁紋にかかる横脈が,オスの場合6本以上,メスの場合5本以上あれば,ニホンカワトンボとみて,またオスの場合4本以下(図9の例外は非常に小型のニホンカワトンボである),メスの場合3本以下であれば,アサヒナカワトンボとみてほぼ間違いなさそうである.

 以上の横脈数を数える方法は,既に述べたようにまだ試行的であって,適用するときには,一つの参考情報として扱い,確信が持てるまでは他の形質も参考にして同定を進めていっていただきたい.


浜田康・井上清,1985.日本産トンボ大図鑑.講談社.
杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司,1999.原色日本トンボ幼虫成虫大図鑑.北海道大学図書刊行会.














ページリンク

カワトンボ科 Family Calopterygidae

キヌバカワトンボ属
Genus Psolodesmus
008. クロイワカワトンボ
 P. kuroiwae

タイワンハグロトンボ属
Genus Matrona
014. リュウキュウハグロトンボ
 Matrona japonica








































ページリンク

アオハダトンボ属
Genus Calopteryx
011. アオハダトンボ
 Calopteryx japonica
012. ミヤマカワトンボ
 Calopteryx cornelia

ハグロトンボ属
Genus Atrocalopteryx
013. ハグロトンボ
 Atrocalopteryx atrata





















ページリンク

カワトンボ属
Genus Mnais
009. ニホンカワトンボ
 Mnais costalis
010. アサヒナカワトンボ
 Mnais pruinosa