デジタルトンボ図鑑
アサヒナカワトンボ Mnais pruinosa Selys, 1853
アサヒナカワトンボ
透明翅型♂.神戸市.1990.5.23.(左),透明翅型♀,神戸市.1991.5.14.(右)./ スケール:1.0cm. 100% on 150ppi.
<分類学的位置>
 トンボ目 Order Odonata
 カワトンボ科 Family Calopterygidae
 カワトンボ属 Genus Mnais

<分布> 
 日本特産種で,新潟,群馬,埼玉,東京,千葉,茨城各県より南西の本州・四国・九州に分布する.神戸市内には主に透明翅型の♂♀が分布していて,特定の場所でのみ下記写真の淡橙色翅型と同じ色彩の橙色翅型♂が写真に撮られている(私信).千葉県に分布する翅の白濁した個体は兵庫県には分布しない.ただ一例だけ,翅に淡い白濁の見られる個体が神戸市内で見つかっている.兵庫県では,一部に,下の写真の濃い橙色翅型のオスの見られる地域がある.褐色翅型♂は九州の南西部地域に分布する.
 韓国の済州島に記録があるというが,これは誤同定であるとされている(李,2001).


緑色型♀
褐色翅型♂.熊本県.1992.6.13. / スケール:1.0cm. 100% on 150ppi.

緑色型♀
橙色翅型♂.兵庫県.2011.5.15. / スケール:1.0cm. 100% on 150ppi.

緑色型♀
淡橙色翅型♀.高知県.1992.7.30. / スケール:1.0cm. 100% on 150ppi.
<特記事項>
 カワトンボ属は,少し前までは,一般的にニシカワトンボ,ヒガシカワトンボ,オオカワトンボの3分類群(研究者によって,1種で3亜種に分類,ニシカワトンボとオオカワトンボの2種とニシカワトンボの亜種としてヒガシカワトンボ1亜種など,研究者によってさまざま)に分けられていた.さらにこのうちニシカワトンボについては,おおざっぱにいって,中央構造線より北側,兵庫県の西部以東の,原則として透明翅型の♂♀だけが出現する群をヒウラカワトンボといって,別種扱いする研究者もいた(鈴木,1986).この説にしたがった場合,上記の上2つの写真の個体はヒウラカワトンボということになる.
 しかし,最近のDNAを使った系統学的研究によって,ヒガシカワトンボとオオカワトンボが同種(オオカワトンボ Mnais costalis )として扱われ,ニシカワトンボがカワトンボ Mnais strigata として整理された(Hayashi et.al., 2004).さらにその後,日本蜻蛉学会の標準和名検討委員会においてこれらの和名が改められ,オオカワトンボをニホンカワトンボ,カワトンボをアサヒナカワトンボと称するようになった.したがって,分布境界域では一部あてはまらないが,おおざっぱに言って,以前のオオカワトンボ+ヒガシカワトンボがニホンカワトンボに,ニシカワトンボがアサヒナカワトンボに改称されたと考えればよい.なお,学名が(Hayashi et.al., 2004)Mnais strigata から現在は Mnais pruinosa に改められている.この経緯に関する情報が今のところ筆者には見つけられていない.

 茶色翅型は九州にしか分布しない.橙色翅型は上記の「ヒウラカワトンボ」の分布する地域ではほとんど見られないが,それ以外の地域で見られる.透明翅型はアサヒナカワトンボの分布域全域で見られる.

 アサヒナカワトンボとニホンカワトンボの区別は意外と難しい.四国や紀伊半島の中央構造線より南側にはニホンカワトンボが分布しないので,これらの地域の個体はアサヒナカワトンボとして差し支えない.また茶色翅型♂は九州にしか分布しないが,この地域にはニホンカワトンボで類似の翅色を持つものはいないので,これもアサヒナカワトンボと同定できる.それ以外の地域では形態的に区別する以外にない(→カワトンボ科の区別参照).

 なおアサヒナカワトンボには写真の4型以外に,房総半島に,通称シロバネカワトンボと呼ばれる,翅が白濁した♂♀が分布している.このシロバネカワトンボは,以前はヒガシカワトンボとして扱われていたが,二橋・林(2004)によって,アサヒナカワトンボに帰属させられているので注意を要する.

鈴木邦雄,1986.カワトンボ属の地理的変異と種分化.日本の昆虫地理学.東海大学出版会.
Hayashi, F., S., Dobata and R., Futahashi, 2004. Macro- and microscale distribution patterns of two closely related Japanese Mnais species inferred from nuclear ribosomal DNA, ITS sequences and morphology (Zygoptera: Calopterygidae). Odonatologica 33(4): 399-412.
二橋亮・林文男,2004.房総半島(千葉県)におけるオオカワトンボとカワトンボの分布様式.Tombo 47(1/4): 41-46.
李承模,2001.韓半島産蜻蛉目昆蟲誌.The Dragonflies of Korean Peninsula (Odonata). 正行社 Junghaeng-Sa, Seoul.


<生体写真>
オスの生体写真

オスの生体写真

オスの生体写真

メスの生体写真