トンボの生物学 概論
トンボは大きく2つに分けられる
 トンボ目*1,いわゆるトンボは世界中に分布している昆虫です.世界におよそ5500種がいるといわれ,これらは2つの亜目に分類されています.すなわち均翅亜目*2と不均翅亜目*3です.日本では,2012年7月現在,これら2つの亜目に属する203種(亜種を別々に数えると219種類)のトンボが記録されています.以前はこの2亜目の他にムカシトンボ亜*4があって3亜目とされてきましたが,今回の分類体系見直して,ムカシトンボ亜目は不均翅亜目に含められることになりました.

 ムカシトンボ科を除く不均翅亜目は,いわゆる「トンボ」とか「ヤンマ」といわれるなかまで,次のような特徴を持っています.すなわち,後翅の基部が広がり,前翅より幅広くなっていること(だから不均翅といいます),一般に大きく活動的であること,頑丈な体と翅を持っていること,止まっているときには翅を開いていることなどです.

 均翅亜目は一般に「イトトンボ」とか「カワトンボ」とかいわれているなかまで,4枚の翅の形がほぼ同じであり(だから均翅といいます),小さくてあまり活動的ではなく,体も翅も華奢で,止まっているときには普通翅を閉じています (一部開いて止まるものもある).

不均翅亜目と均翅亜目
不均翅亜目のコヤマトンボ(左),ムカシトンボ(中),および均翅亜目ニホンカワトンボ(右).
 ところで,今回不均翅亜目に含められた不均翅亜目のムカシトンボ科は,日本では,いわゆる生きた化石といわれる「ムカシトンボ」ただ1種がいるだけです*1.これは日本では普通に見られるトンボの一種ですが,世界では非常に有名な昆虫の一つです.翅は前翅も後翅も同じような形をして均翅亜目に似ていて,腹部は不均翅亜目のようにがっしりとしています.

トンボの生物学 概論
出会い,交尾,そして産卵
 どんな昆虫でも,まず最初の出発は卵からです.その産卵活動において,不思議なことに,トンボのメスはどこに卵を産めば自分の子どもである幼虫がうまく生きのびるかを知っています.メスはあの巨大な目で,幼虫生存に適した水域・ポイントを求めて飛び回り,それを見つけて産卵を行います.オスもそのことをよく知っていて,多くの種では,メスがやってくるより先にその場所で待ち伏せ,メスがやってきたら捕まえて交尾し,自分の子孫を残そうとします.ですから水辺を飛び回っているトンボは,ほとんどがオスなのです.
オスのなわばりとスクランブル
産卵場所でじっとメスの到来を待つヒメサナエのオス(左) 産卵にやってきたヒメサナエのメスがオスにつかみかかられ水面に落ちた(右).
 メスが水域に飛んでくると,オスは一気にスクランブルをかけ,これを捕まえてタンデム*1状態になります.通常はすぐに交尾*2し,その後産卵*3へと移行します.連結したまま産卵したり,産卵しているメスをすぐそばで飛翔しながら見守ったりと,オスはメスが無事産卵が完了するまで,そのメスに他のオスが近づけないようにします*4.これは,他のオスに交尾されると,それまでメスに注入した自分の精子が,そのオスによって除去*5されてしまって,自分の子孫を残せなくなるからです.

産卵の警護
オオシオカラトンボの産卵警護(左) アオイトトンボの連結産卵(右).いずれも産卵警護の一つの形態である.
 多くのトンボはこのように水辺でオスメスが出会い,交尾・産卵を行います.しかし一方で,オスメスが出会ったり交尾する場所が特に水辺とは限らず,また交尾した後すぐに産卵するわけではないようなトンボたちもいます.例えばアオモンイトトンボは,午前中に多くのオスメスが一斉に池畔の草むらなどで交尾しています.しかしメスは,午後になってから,単独で産卵を行います.そのとき,ほとんどのオスはメスに興味を示しません.
交尾と産卵
アオモンイトトンボ:午前中木陰で交尾するペア(左)と昼下がりに単独組織内産卵をするメス.
 トンボの産卵様式はいくつかに分類されています.(水生)植物の組織内に産卵管で卵を産みつける植物組織内産卵*1とそうでない植物組織外産卵*2にまず大きく分けられます.前者には,そのバリエーションとして,産卵管を使って土中に産卵するもの,朽ち木に産卵するものなどがあります.後者には,卵を置く物体(産卵基質といいます)の種類に応じて,打水産卵,打泥産卵,打空産卵,植物上産卵*3などがあります.さらに産卵を単独で行うか連結で行うかによって,連結打空産卵とか,単独植物組織内産卵とか呼ばれます.特殊なものとしては,水面下に潜って行う潜水産卵があります.これらの様式は種によってだいたい決まっていますが,生息密度など,状況によって変化するようです.
打空産卵と挿泥産卵
空中から水落された池の草むらに卵を落とすナツアカネ(矢印が卵)(左) 土中に産卵管を使って産卵するヤブヤンマ(右)

トンボの生物学 概論
幼虫時代から羽化へ
 幼虫は普通水の中で暮らしています.彼らは9回から14回以上も脱皮*1して羽化*2を迎えます.幼虫期間の長さはさまざまで,短いもので30日あまり,もっとも長いもので6〜8年です.幼虫には様々の形態のものがありますが,まず基本は,その系統性です.つまり,均翅亜目には尾鰓と呼ばれる3枚の薄い構造物が腹部の先端についていますが,不均翅亜目にはそれはありません.また,科のレベルでも,一目見て分かるほどにその形態が大きく異なっています.
幼虫
不均翅亜目(ハネビロエゾトンボ)の幼虫(左)と均翅亜目(モノサシトンボ)の幼虫
 トンボにはさなぎの時期はありません.幼虫は羽化が近づくと胸にある気門が開き,空気呼吸をするようになります.そのために羽化間近な幼虫は,ときどき何かにつかまって上半身を空中に出すようになります.そしてある時羽化を始めます.
幼虫
羽化が近くなると内部に成虫の翅が形成され翅芽が膨らむ.ルリボシヤンマ(左) 羽化間近な幼虫は胸部を水面から出す.クロスジギンヤンマ(右)
 羽化の様式は,休止期の姿勢によって,2つのタイプに分けられています.それらは直立型*1と倒垂型*2とよばれています.一般に直立型の羽化をするものは短時間で,倒垂型の羽化をするものは長時間かかります.もちろん例外はあります.直立型の羽化は,後半,翅を伸ばすときに羽化殻にぶら下がって翅を伸ばします.一方直立型の羽化は,水平な姿勢で翅を伸ばします.
羽化
倒垂型の羽化は静止期に大きく後ろへのけぞる,アキアカネ(左) 直立型の羽化は静止期にほぼ直立に立ち上がる,フタスジサナエ(右).

トンボの生物学 概論
成虫時代の始まりと終わり
 羽化した成虫は,しばらくは未熟期(前生殖期*1)を過ごします.さなぎの時期がない不完全変態をする昆虫は,多かれ少なかれこの未熟期があります.未熟期には,多くの場合,成虫は羽化した場所から移動します.移動する距離は種によってさまざまです.極端な例としては,ウスバキトンボがあります.これは南方から海を渡って日本にやってくるトンボとして有名です.他の長距離移動の例としてアキアカネがあります.羽化した場所から高地へ100km以上も移動することがあるとされています.大なり小なり移動し,その場所で未熟期を過ごした成虫は,通常成熟すると水域を探して移動し,気に入った場所が見つかるとそこで生殖活動をはじめます.
未熟な成虫
未熟なニホンカワトンボは林床で木漏れ日にあたりながら成熟を待つ(左) 未熟期を中心に広く分散するウスバキトンボ(右)
 前生殖期を終え成熟したた成虫は水辺に戻ってきます(生殖期*1).そして上で述べたように,出会い,交尾,産卵を繰り返して,そのうち老熟してきます.生殖活動を終えた時期を後生殖期*2といいます.しかしここまで生きるトンボはごくわずかで,多くは短命です,鳥に食べられたり,ブラックバスのような魚!に食べられたり,カエルに食べられたり,捕食性昆虫(時には他のトンボに!)にとらえられたりして消えていきます.よく目にふれるのはクモの巣にかかって命を落とした個体です.最近は交通事故死の個体もよく見かけます.そういった不幸に会わずに寿命を全うした個体は,やがて自然死します.めったに目にすることはありませんが,時に出会うことがあります.こうやって成虫の数がだんだんと減り,静かにそのトンボのシーズンが終わっていきます.
死亡
老熟した後生殖期にあると思われるチョウトンボ(9月23日)(左) キトンボの自然死(12月29日)寒い時期でアリによる食害がみられない(右)