トンボ歳時記総集編 7月−8月
黄昏飛翔するヤンマたち
写真1.樹林におおわれた涼しくうす暗い池.
夏のトンボ観察の醍醐味といえば,やはり夕方に群れて飛ぶ,黄昏飛翔をするヤンマたちの姿でしょう.黄昏飛翔するヤンマといえば,その代表がヤブヤンマです.ヤブヤンマ以外にも,マルタンヤンマ,ネアカヨシヤンマ,ギンヤンマ,オオルリボシヤンマなどが黄昏飛翔ヤンマのメンバーです.カトリヤンマやミルンヤンマも夕方に群れて飛びますが,これらは足下を低く飛ぶことが多いようです.しかもこれらは晩夏から秋にかけて繁殖活動を行うヤンマたちで,夏に飛ぶのは未熟な個体です.なお,黄昏飛翔は,主に摂食活動のために行われているようです.
写真2.8月18日.ヤンマの黄昏飛翔.胸部と腹部の長さの割合からヤブヤンマかオオルリボシヤンマである.
ところで,「黄昏」という語の意味を広辞苑で引くと「夕暮れ」と書かれています.一般に,夕方に飛ぶこれらのヤンマは明け方にも飛ぶことが知られています.ふつうにトンボを観察する人が早朝にトンボ観察に出ることはほとんどないので,この「明け方飛翔」はあまりなじみがないからなのでしょう,夕暮れの飛翔を意味する「黄昏飛翔」がこの行動の名称に使われています.そこで,「黄昏飛翔*1」を,明け方にも飛ぶということを含めて,「薄明薄暮性飛翔(飛行)*2」と呼ぶことがあります.
ここでは,これら薄明薄暮性のヤンマのうち,ヤブヤンマ,マルタンヤンマ,ネアカヨシヤンマを紹介していくことにします.まず,ヤブヤンマから始めましょう.
*1.黄昏飛翔:crepuscular flight
*2.薄明薄暮性:eocrepuscular
写真3.左:7月30日 17:50頃,中:7月30日 18:40頃,右上:8月4日 19:00頃,右下:8月2日 18:50頃.黄昏飛翔をするヤブヤンマたち.右下は捕獲確認.
ヤブヤンマは,写真1のような,樹林におおわれたうす暗い池で産卵しますので,幼虫もこういったところで見つかります.しかしヤブヤンマは,水たまりと言っていいようなもっと小さな水場で幼虫が見つかることもあります(写真4左).春には亜終齢から終齢幼虫になっていることが多いようです.
ヤブヤンマは,他の夏のヤンマに比べると,早い時期から成虫が現れます.私の目撃記録では,アサヒナカワトンボの観察に行った淡路島で,5月15日という記録があります.一瞬通り過ぎただけでとても写真にはなりませんでしたが,証拠として欄外に掲げておきました.しかしふつうは,この時期にはまだ幼虫で生活していることが多いです.野外での羽化はまだ観察したことがありません.羽化直後の個体であれば,6月に見たことがあります.
No.056:ヤブヤンマ
Indaeschna melanictera
ヤブヤンマの消長図
写真4.4月15日.林の中にある,小川が一部水たまりになっているような場所.ここにヤブヤンマの幼虫(右)が見つかった.
写真5.左:6月1日,右:6月24日.写真4の場所で採集した幼虫が自宅羽化した(左).右は野外で見つけた羽化直後と思われる個体.
羽化した未熟成虫がその後どこで生活しているかについては,ほとんど情報がありません.見かけることがないということから逆に推測すると,おそらく樹林の中にもぐりこんで生活しているのではないかと思われます.成熟成虫は樹林の中で休息しているのを見かけることがありますから.ときどき,まだ明るいうちに開けたところへ出てきて,摂食飛翔と思われる往復飛翔をするのを見ることがあります.写真6は,同じ日の16:30頃に,公園の空き地を飛んでいるオスとメスです.オスは,黄昏飛翔とは違って,地上1mぐらいのところを飛んでいました.そしてしばらく飛ぶと姿を消しました.
5月15日に目撃したメス
写真6.7月7日.もう未熟とはいえない体色をしているが,左のオスの方はまだ若い感じがする.右のメスは腰の部分が薄緑色をしていて相応の日齢だろう.
写真7.8月10日 14:00頃.樹林の中で休息するヤブヤンマ.これは池に隣接していない,池から離れた樹林で,休息しているに違いない.
写真8.8月10日 14:00頃.少し飛んでは止まり,また少し飛んでは止まるを繰り返していた.写真7,8はすべて同じ個体で,止まっている場所が違っている.
ヤブヤンマの産卵は,暑い夏の日の正午頃から午後にかけて行われます.場所はうす暗い樹林の中にある池や水たまりで,メスは水から離れた岸辺の泥やコケの中に卵を産みつけます.水の中に卵を産むわけではないのに,水が涸れてしまうとやって来ないようで,水面があるということが産卵場所としての必要条件のように思えます.オスはメスが産卵にやって来る場所の木の枝などに止まって,メスを待ちます.メスがやって来たのをうまく見つけると,メスを追うように後ろを飛んで,タンデムになろうとするような動きを見せます.しかし,多くの場合,メスを見つけることができないようで,メスはオスが止まっている近くで産卵を続けていることが多いようです.
写真9.7月16日 12:55.若いメスの産卵.ここの観察地では7月中旬頃から産卵を観察できるようになる.
写真10.7月16日.オスはメスが産卵にやって来る場所(矢印)の,木の枝などに止まってメスを待つ
写真11.8月5日.若いヤブヤンマメスの産卵.標高880m程度の山中にある池での産卵.
写真12.左:7月13日 13:40,右:7月31日 14:48.若いメスの産卵(左)と,産卵場所を移動するときの停止飛翔(右).
7月頃に多く見られる若いヤブヤンマのメスは,上の各写真のように,体斑の単色部は明るい黄色から黄橙色をしていて,複眼は黄色味を帯びた薄緑色です.これらは日齢が進むにつれて少しずつ色が変わっていきます.写真11は8月に入っていますが,ここは標高が880mほどある場所で,やはり高い場所では出現が少し遅いためでしょう.まだ若い体色をしています.これから少し日齢が進むと,腹部1−3節あたりから,黄色が黄緑色に変わっていきます.そして複眼も少し青みを帯びてきます.
写真13.7月27日 14:20頃.色々な基質に産卵するメス.左はコケ,右は砂地.
写真14.7月27日 14:20頃.アクロバット的な姿勢で産卵するメス.若い時期が少し過ぎると,腹部第1−3節あたりから黄緑色味が増してくる.
写真15.8月17日 12:20頃.ヤブヤンマは産卵中に驚かせると,飛び立ってホバリングし,様子を見る(左).そしてやがて産卵を再開する場所をさがす(右).
写真16.8月17日 12:20頃.産卵する場所を決め,間もなく着地するというところ.
写真17左:8月23日,右:8月11日.かなり日齢が進んだメスの産卵.あちこちにシミが出たり,腹部の淡色部がほとんど黒くなったりしている.
ヤブヤンマメスの複眼は,老熟してくると,写真のように青色っぽくなってきますが,時にマリンブルーのような深い青色になることがあります.こういう色になるととてもきれいです.でも,ここまで青くなる個体には,あまりお目にかかることがありません.
写真18.8月13日.複眼が濃い青色になったヤブヤンマのメス.
写真19.8月13日.メスのマリンブルーの複眼(左)と,そのメスの土中産卵(右).
一方で,オスの複眼の青色は,ストロボで撮影するといつも宝石のように青く輝きます.メスには少し黄緑色が混じっていますが,オスは純粋の青色という感じです.
ところで,産卵する場所にやって来て止まっているオスの方は,どんな行動を見せるのでしょうか.2015年は,特にヤブヤンマの個体数が多かった年で,オスの面白い行動を2回ほど観察することができました.
写真20.7月31日.静止するオスの複眼のアップ(左)と,メスを探すために飛び立ち,ホバリングするオス(右).
一つ目はオスがメスに交尾を仕掛けたという観察です.11:30ころに観察に入りました.このときすでにオスが入ってメスを探すように,水たまりの土手を,丹念に逐一のぞくような飛び方をしていました.後から入ってきたオスも同じような行動を見せました.ふつうはすっと木に止まるような動きが多いので,活発にメスを探す行動は珍しく思えました.12:30頃にメスが入ってきました.メスはそっと産卵に入り,このオスに見つからずに産卵をしていましたが,産卵ポイントを移動するために飛び立ったときでした.オスがそれを見つけ,50cmほど離れたところで短時間停止飛翔して相手を確認した後,とびかかってメスを捕まえました.
これが私の目の前で行われたのでした.ふつうならカメラを持っているのですが,このときはビデオカメラで,この瞬間を撮ることができませんでした.そこでとっさに手でこのペアを押さえつけて捕まえてしまいました.写真21がそのペアです.この後放してやりました.
写真21.8月2日.オスがメスをつかんだ瞬間,襲わずその上を私の手で押さえつけ,捕まえたペア.オス君ごめんなさい.
もう一つは翌8月3日に見たオス・メスの行動でした.やはり11:00頃に現地に入りますと,さっそくオスが入ってきました.この日も丹念にメスを探しています.ほどなくメスが産卵に入ってきました.とりあえず記録ということで,写真を撮っておきました(写真22).オスがこのメスを見つけ,昨日と同じように捕まえ飛び立ちました.しかしメスは相当嫌がっているようで,腹部を下に曲げオスが連れていこうとするのに逆らって飛んでいました.結局うまく飛べずにこのペアは近くの木の枝の中に落ちました.やがてオスはメスを放しましたが,産卵を邪魔されたのが相当嫌だったのでしょう,メスはオスの腹部先端に噛みつきました.オスはバタバタと暴れるばかりです*3.オスがメスを捕まえる場面では,いつもはオスの方がメスを襲っているように見えますが,こういうのを見ていると,オスも命がけのようですね.
写真22.8月3日.産卵に入ったメス(左)をオスが捕まえたが,メスが抵抗し,木の枝の間に落ち込んでしまったペア.
こういった活動を盛夏に行いながら,9月がやって来ると急速に数が少なくなります.私の観察記録としては9月16日,18日というのがあります.出現期間は比較的長いとはいえ,やはり7,8月を中心に繁殖活動をする夏のヤンマということがいえるでしょう.
では続いてマルタンヤンマを紹介していくことにしましょう.マルタンヤンマは兵庫県では観察が難しいトンボの一つです.過去から現在を通して,定常的にたくさん集まっているような場所が知られていないためです.散発的にあちこちで集まっていることが報告されたりしますが,今のところどれも長続きしていません.今でも,黄昏飛翔を見に行くと,各地で1,2頭は飛ぶのを見ることができますし,情報としては,兵庫県内でもまだ複数が空を飛んでいるのを見ることができる場所があるようです.おそらく私の観察エリア以外に,集まっているところがあるのかもしれません.
No.056:マルタンヤンマ
Anaciaeschna martini
マルタンヤンマの消長図
写真23.7月30日.黄昏飛翔するマルタンヤンマのメス.
写真24.左:7月30日,右:8月22日.いずれも黄昏飛翔するマルタンヤンマ.褐色の翅と特徴的な体型で,すぐにマルタンヤンマと分かる.
写真25.7月25日.マルタンヤンマの羽化殻.小さな池の一部が湿地状になっているところ.この場所で5個の羽化殻を発見したが,その後は姿を見ていない.
写真26.7月26日.林内で休息するマルタンヤンマ.一番暑い時間帯は林内で休息している.なかなかこういった状態に出会うことは少ない.
兵庫県内で撮影したマルタンヤンマ成虫の写真は,残念ながら上記の4枚だけです.羽化殻を見つけたところには,産卵にやって来るかもしれないと思い,数回行ってみましたが,ダメでした.偶然でさえ,出会うことがないヤンマです.最近では2018年に,やはり夕方に飛ぶ個体を見たことがあります.ただし一過性の通過で写真にはなりませんでした.また2022年には,休耕湿地に降りて産卵するマルタンヤンマを見ました.しかしたった1頭だけだったせいか,近づくことはできませんでした.そこで,どうしても他県に遠征するということになってしまいます.ただし,他県でもなかなか姿を見ることは難しいようです.以下はほとんど他県の写真です.
マルタンヤンマは,6月には羽化が始まっているようです.自宅羽化させたこともありますが,やはり6月でした.
写真27.左:6月29日,右:6月24日.人工的トンボ池での羽化(左)と,兵庫県産幼虫からの自宅羽化.いずれもメス.
1991年頃に,マルタンヤンマが多産する地方へ観察に出かけたことがありました.そこでは,メスが早朝と夕方,湿地の上空を群れ飛んで摂食飛翔をしていました.そして朝の摂食飛翔が終わった後と,夕方の摂食飛翔が始まる前に,湿地にメスが降りてきて産卵をしていたようです.当時は私は標本収集を中心に活動していましたので,この時の写真記録がありません.オスは,早朝や夕方に,高速で樹林の上から湿地に降りてくるように飛び,湿地でUターンして飛び去るといった行動を見せていました.
オスの飛び方については,淡路島での観察では,夕方ごくふつうに,林縁の道路上の高所を往復して飛ぶ姿が見られました.また,8月の中旬頃になると,オオルリボシヤンマに混じって,水を張った一枚の休耕田の上を低く巡回するような飛び方をしているのを神戸市内で見たことがあります.
他県での7月15日の夕方の観察では,山の稜線に日が沈む前後の17:30を過ぎたころに,マルタンヤンマが,どこからともなくカンガレイが密生する湿地に降りてきました.適当な産卵場所を見つけると植物に止まって産卵を始めているようなのですが,近づくとそれを敏感に感じ取り,2mも近づくことができません.すぐに浮上し,飛んで逃げていってしまいました.
写真28.7月15日.マルタンヤンマがカンガレイの茂みの中にもぐりこんで産卵場所をさがしている.時にホバリングして場所を確認する.
写真29.7月15日.近づいて行くと,カンガレイをかき分けるガサガサという音がするためか,飛び上がって,一気に遠くの方へ飛び去ってしまう.
唯一接近が成功したのは,2009年の観察の時だけでした.このときは個体数が多く,だいたい個体数が多いと不思議とトンボは大胆になるので,比較的容易に近づけました.湿地に茂る植物も上の時よりはまだまばらな部分があったことも幸いしました.
写真30.8月1日.産卵するマルタンヤンマのメスたち.右後翅の破れ方から違う個体であることが分かる.
写真31.8月1日.草の中にもぐりこんで産卵するので,なかなか全身が写り込む写真が撮れないが,この場面だけ草の間から全身が見えた.
写真32.8月1日.草の中にもぐりこんで産卵するメスたち.なかなか写真撮影が難しいトンボだ.
写真33.8月1日.産卵を終えた後,上空へ上がって黄昏飛翔を始めた.マルタンヤンマ以外にネアカヨシヤンマが混じっているが,高すぎてよく分からない.
マルタンヤンマのオスの写真は,この何年か探しに行っていますが,2022年にやっと成功しました.見つかるときにはあっさりと見つかるもので,この日には2頭が林の中に止まっていました.この後兵庫県内では,9月いっぱいまでマルタンヤンマの目撃記録があります.
写真34.8月8日.暑い日中,林の中で休息するオスたち.
では最後にネアカヨシヤンマを見ていくことにしましょう.ネアカヨシヤンマも兵庫県では数が少なく,なかなか出会えないヤンマです.ただ,マルタンヤンマと違って,産卵基質が土や朽木ですので,出会うことができれば,観察したり写真に撮ることはそれほど難しいことではありません.
黄昏飛翔している個体については,腹部がずんどうであるというその独特の体型から,比較的見分けやすいトンボです.ただ,アオヤンマも時に黄昏飛翔をしていますので,混生地では要注意です.
No.057:ネアカヨシヤンマ
Brachytron anisopterum
ネアカヨシヤンマの消長図
写真35.7月15日.ネアカヨシヤンマが混じった黄昏飛翔.この中には,ヤブヤンマ,ギンヤンマも混じっている.
写真36.7月15日.ネアカヨシヤンマは,初めのうち結構低いところを飛ぶ.右下がメスでそれ以外はオスである.
写真37.7月15日.最初ネアカヨシヤンマが混じっていることがはっきりと確認できなかったので捕獲して確認した.オスの複眼はマリンブルーで美しい.
何度かの自宅羽化の経験では,ネアカヨシヤンマは6,7月に羽化しました.野外では7月に羽化殻が見つかっています.徳島県では5月31日に野外で羽化殻を見た経験があります.これらのことから,兵庫県でも6月には羽化していると思われます.羽化した後の未熟な時期の情報は耳にしません.7月に入ると,黄昏飛翔をする個体が見られます.
写真38.左:7月8日,右:7月16日.オスの自宅羽化(5月5日亜終齢幼虫採集).ネアカヨシヤンマの羽化殻.少し古いので羽化はそれ以前だろう.
ネアカヨシヤンマの交尾はまだ観察したことがありません.産卵は,夏の午後,水のない湿地や池岸の水のない土のところで行われます.産卵基質は泥や朽ち木です.産卵行動については,詳細なビデオ記録がありますので,それもご覧ください.
まずは,初めて間近で観察したときの産卵のようすです.ここは泥深い池の縁にできた,ずぶずぶ沈むような岸辺での産卵です.遠くで産卵しているのが見えたのですが,長靴が沈みすぎるので近づけずしばらく待っていたところ,向こうからこちらに産卵にやって来たという状況です.私が長靴で踏んでできた穴の斜面に位置して産卵しました.これは後ほど別の類似場面でも紹介します.
写真39.8月1日.足下に産卵にやって来たネアカヨシヤンマ.大きな穴の斜面に産卵しているのが分かるが,これは私の長靴が開けた穴である.
写真40.8月1日.池の縁に小さく広がった泥や落ち葉の堆積した部分で産卵している.
上の写真は池の縁でしたが,私がよく見るのは,水が干上がってしまった湿地とか,干上がるまではいかないが,広く底が露出した水たまりの周囲での産卵です.ヤブヤンマと違って,ネアカヨシヤンマは水が完全になくなっても産卵にやって来ます.この事実は,そこに水がある(たまる)ということを,視覚以外で認知していることを示唆します.多分嗅覚だろうと想像できますが,実際は分かりません.
写真41.8月10日.ネアカヨシヤンマが産卵にやって来る,樹林に隣接し,水が涸れて底が露出した池岸.こういったところを飛び回って産卵する.
さて,ネアカヨシヤンマが産卵によくやって来るのは,14:00を過ぎてからです.湿地で待っていると,樹上から下りてきて腹部を弓なりに曲げたメスが,波を描くように上下動をしながら湿土上を飛ぶ姿が見られるようになります.ここと思うポイントで着地し,腹端でさぐるような動きを見せますが,気に入らなければすぐに場所を変えます.気に入った場所であればそこでしばらく産卵を続けます.ヤブヤンマはほとんどの場合日陰で産卵していますが,ネアカヨシヤンマは暑い日向でも平気で産卵しています.そして土中産卵するときは,やはり凹み部分が好きなようです.ここではイノシシの足跡の凹みに産卵していました.イノシシは湿地にやって来て穴をほることが多いので,そのときに歩き回った穴だと思います.サラサヤンマでもそうでしたが,獣と昆虫がこんなところでつながっていることに自然の面白さを感じます.
写真42.8月10日.日向で産卵するメス.よく見ると分かるが,私が歩いてつくった足跡の凹みで産卵しているのが分かる.
写真43.8月10日.これらすべて日向で,イノシシの足跡(右)や,歩いたときに盛り上がった土の塊(左)に産卵している.
ネアカヨシヤンマは土中産卵をよく行いますが,どちらかといえば朽ち木が好きなようです.日陰で産卵するときは,朽ち木に止まって産卵していることが多いです.一日中日が当たらないような樹林内では,朽ち木も乾燥することなく湿っていて,産卵管が突き立てやすいからでしょうか.
写真44.7月29日.樹林の中のうす暗いところで産卵する場合は,湿った朽ち木に産卵することが多い.
写真45.左:8月11日,右:8月19日.左のように水分をたくさん含んだ朽ち木や,やや乾燥していても腐って組織が軟らかくなった朽ち木を選んでいる.
夏の暑い日の午後,ネアカヨシヤンマは,その太い腹部にいっぱい詰まった卵を2時間以上かけて産みつけていきます.乾燥しやすい湿地というのは,来年水が必ずしもたまるかどうかは分かりません.おそらくたくさん卵を産んでその危険を回避しているのでしょう.そういう意味では新しい環境での先駆者の資格があるように見えます.
写真46.7月30日.別の日の産卵観察.やはりイノシシの足跡やその付近が好きなようだ.
写真47.7月30日.この個体は日陰でももっはら湿土中に産卵し続けていた.イノシシの穴はすぐ横にあるが,平らなところに産卵管を差し込んでいる.
写真48.7月30日.ネアカヨシヤンマの額は特徴的で,黒い色が広がっている.
産卵を終えたネアカヨシヤンマは,しばらく樹林内で休息をし,夕方になったら大空を飛んで摂食飛翔をします.産卵の場面でオスを見かけることは今までにはありませんでした.オスはどこで何をしているのかよく分かりません.一度だけ,産卵場所近くの樹林内で,木にぶら下がっているオスを見たことがあるだけです.
こうやって夏が過ぎ,9月頃まで成虫の姿を見ることができるようです.
写真49.左:7月20日,右:7月30日.樹林で休むネアカヨシヤンマのオス(左)とメス(右).メスの方は休むというより,産卵の一時退避という感じであった.