トンボ歳時記総集編 7月−8月

夏に現れるホソミイトトンボ
写真1.抽水植物が茂る夏のため池.

 日本のトンボの中で,唯一「季節型」といえそうなトンボがいます.それがホソミイトトンボです.ホソミイトトンボは,成虫で越冬するイトトンボで,4月中旬から5月にかけて,抽水植物や浮葉植物の茂ったため池などで繁殖活動をする姿が観察できます.そのときに産下された卵は,初夏に急速に成長し,6月の末には羽化をしてくると考えられています.それは,飼育による卵期間15日,幼虫期間27日というデータがあるからです.幼虫は非常に小さく,小さなイトトンボであるモートンイトトンボの幼虫くらいの大きさしかありません.この夏世代とも呼べるホソミイトトンボの成虫は,越冬世代に比べるとやや小さく,色彩も,特にメスが緑色っぽい色をしています.ただ,これを季節型と言ってよいかどうかについては議論があるようです.

写真2.6月25日.ホソミイトトンボの夏世代幼虫(左)と,羽化直後のホソミイトトンボ(右).
写真2.左:4月21日.右:7月24日.越冬世代(左)と夏世代(右)の比較.越冬世代の方が深い青色で,夏世代はオスが明るい青色,メスは薄緑色をしている.

 夏世代の繁殖活動は,7月の中旬頃から8月にかけての,短期間だけ見られます.消長図から分かるように,9月には次の越冬世代が羽化してきます.上記の卵期間,幼虫期間,そして夏の高い温度から考えると,この越冬世代は夏世代の子孫であると考えられます.消長図から見ると,夏世代にしても,次の越冬世代にしても,早春に観察される数より少ない感じがします.これは,夏世代は春ほど集中的に出現しないこと,秋の羽化は散発的に見えること,そしてなにより春の越冬世代については,春一番のトンボを待ちわびる観察者のバイアスがかかっているためでしょう.

写真3.左:8月1日,右:7月24日.夏世代のオスが止まっている(左).オスは,水面や抽水植物の間を飛び回る.
写真4.7月24日.越冬世代のオスも,午前中よく飛び回っているが,夏世代のオスも同様によく飛ぶ.

 さて,夏世代の繁殖行動ですが,特に越冬世代と変わることはありません.オスは抽水植物の間を飛び,メスを探します.メスを見つけるとタンデムから交尾へと至り,その後産卵が行われます.産卵基質には,やはり水面に横たわる植物の茎や葉を好むようです.

写真5.7月24日.メスを捕まえ,交尾を始めようとするペア.
写真6.左:7月24日,右:7月16日.交尾(左)と産卵(右).産卵は水面に横たわる植物の葉や茎に行われることが多い.
写真7.7月31日.オオイトトンボと一緒に産卵をするホソミイトトンボの夏世代.

 こうして,約1か月ほどの夏世代の活動は終わります.8月下旬に一時的に成虫の姿が見られない時期があって,9月頃から次の越冬世代が羽化をしてきます.このときの成虫は色がまだ褐色で,青くありません.褐色のまま冬を越し,春に鮮やかな青色に変わります.私はこの時期の生態写真を持っていませんが,神戸のトンボ広場に投稿していただいた記事がありますのでご覧ください.