トンボ歳時記総集編 7月−8月
獰猛な捕食者コオニヤンマ
写真1.石がゴロゴロしていて河原に植物が茂る河川.
コオニヤンマは,日本のサナエトンボの中で最も大きいトンボです.体の大きさに比べて頭が小さく,人間でいえばモデル的スタイルとでもいえましょうか.しかしその見かけのスマートさからは想像しにくい,獰猛な捕食者です.
コオニヤンマが川に戻ってくるころ,ちょうどオジロサナエやハネビロエゾトンボが羽化の最盛期を迎えています.処女飛行に飛び立ったハネビロエゾトンボが襲われたのを見たことがあります.盛夏になるとオナガサナエが産卵に来るような川で縄張りを張っていますが,停止飛翔産卵するオナガサナエのメスをあっという間に捕まえて持ち去ります.7月中旬にアオハダトンボが没姿時期を迎えるころ,老熟したアオハダトンボを捕って食べます.コオニヤンマの捕食によって,アオハダトンボの季節が終わりを告げるように感じることさえあります.さらに,コオニヤンマはカニバリズムさえ行い,油断していると同種のオスに後ろから羽交い締めされるように抱え込まれ,食べられてしまいます.トンボ以外にも,セミなど大型の昆虫をを捕まえて食べることがあります.
No.052:コオニヤンマ
Sieboldius albardae
コオニヤンマの消長図
写真2.左:6月21日,右:6月22日.コオニヤンマの幼虫が羽化のために上がってきたところ(左).コオニヤンマの羽化(右).どうやって葉によじ登るのだろう.
コオニヤンマの羽化は,通常6月に入ってから見られます.幼虫も,他のサナエトンボと大きくちがう,特異な形態をしています.平べったく枯れ葉のような形です.水中を動くのはともかく,この平べったい幼虫が,陸上で植物の茎などを登るというのは,ちょっと想像しにくいです.しかし羽化の現場では,柔らかい葉につかまっていることが多いのです.どうやってその場所に定位するのか,不思議な感じがします.
羽化した成虫は川から離れて生活します.6月頃に,川から丘陵や山地に分け入るような谷筋の農道に足を運んでみますと,地面に止まっているコオニヤンマの未熟な個体に出会います.オスもメスも,特に分かれることなく,混在しています.未熟なコオニヤンマは黄色が鮮やかで,複眼の緑色との対比がきれいです.
写真3.左:6月10日,右:6月27日.コオニヤンマの未熟なオス(左)と♀(右).川から離れた地面などによく止まって生活している.
早ければ6月下旬頃から繁殖活動が開始されます.淡色部が鮮やかな黄色だったオスの体色は緑褐色にくすみ,川の中央に石の上などに止まってメスを待ちます.他のオスが入ってくるとそれを追い出します.餌と思われる昆虫が入ってくると追いかけます.メスが入ってくるととらえ,連れ去ります.メスは産卵時以外は川に姿を現しませんが,ときどきふらっと川に入ることがあります.
写真4.7月9日.川に現れた若いオス.まだ淡色部がうすい黄色をしている.左上は,このコオニヤンマがアオハダトンボを捕食しているところ.
写真5.左:7月18日,右:7月23日.7月に入ると,オスは水辺で縄張り活動を始める.若いメスはときどき水辺に現れる.
写真6.8月9日.縄張り意識は結構強いが,このように並んでオスが止まることがあるのは不思議だ.気をつけないとどちらかが食べられるかも...
写真7.8月9日.オスは,人が流れを歩くなどして驚かせると,ヤマサナエのように飛び上がってホバリングして様子を見る行動をよくとる.
コオニヤンマの交尾は,川から離れたところで行われているようで,まだ観察したことがありません.産卵には,メスが単独で川面に現れます.産卵は早朝から行われます.私が観察した一番早いのは6時台です.ある年の8月1日には6:20に産卵にやって来ました.これはまだオスが現れる前の時間帯でした.ただオスもよく知ったもので,そのすぐ後,6:52には川に現れましたけど...
写真8.8月1日.6:20に産卵に訪れたメス.岸の草陰で産卵を始めた.
写真9.8月1日.打水する上と同じメス(左).6:52に現れたオス(右).朝日のオレンジ色と長い影が早朝であることを物語っている.
同じ8月1日,次に産卵に入ったメスは7:44でした.コオニヤンマは,草陰や石の陰など,隠れることができるような場所を選んで産卵をするようです.このメスは石で囲まれた狭い空間で産卵を始めました.ここには少し前までオスが止まっていました.私が追い払ったのですが,オスはメスが来そうなところをよく知っていますね.産卵方法は,しばらく停止飛翔して卵塊を形成し,卵塊がある程度大きくなったら打水するという,間歇打水産卵です.打水をするので,一番最初以外の卵塊は,水を含んで丸い形になります.
写真10.8月1日.コオニヤンマの産卵ポイントは,外から見て見えにくく姿を隠せるようなところが多い.ここは石の間の空間である.
写真11.8月1日.産卵方式は,停止飛翔して卵塊を形成し(左),打水して放卵するもの.右は打水の瞬間で,水中に広がる卵が写っている.
別の日の観察でも,やはりコオニヤンマは早朝から産卵をしていました.オスも負けじと早くから現れますが,ほんの少しメスより遅い感じがします.もちろん,オスが現れてから産卵にやって来るメスもたくさんいます.
写真12.左:8月10日 6:18,右8月9日 6:01.早朝に産卵するコオニヤンマのメス.流れの縁でかくれるようにして産卵するメス.
写真13.左:8月10日 6:29,右:8:12.早朝から活動するコオニヤンマのオス.しかし,メスの方が一歩早いようだ.
写真14.8月9日 9:16.コカナダモの密生しているところに打水産卵するコオニヤンマのメス.私のすぐ横で,私を陰にして産卵している.
以上の産卵写真で分かるように,コオニヤンマは,通常間歇打水産卵を行っています.しかし,一例だけ,空中産卵をするコオニヤンマを観察したことがあります.このコオニヤンマは草陰にもぐりこんで産卵していました.卵塊を形成し,打水することもなく,空中から卵を落としました.写真で分かるように,卵塊が水を含んで丸くならず,オナガサナエのように乾いたままいびつな形をしています.
写真15.8月4日.空中産卵を続けるメス.産卵を始めてから2分足らずの時点.打水していないため,卵塊が水分を含ますいびつな形をしているのが分かる.
写真16.8月4日.結局最後まで一度も打水することなく産卵を終えた.右のは見にくいが,やはり乾いた卵塊が腹端についている.
コオニヤンマの繁殖活動は,7月から8月にかけて最も多く観察できますが,8月の下旬にもなると,その個体数が目立って減ってきます.そして9月中には姿を消します.川のトンボの多くも,同じように9月には姿を消します.
写真17.8月23日.8月の後半,流れでじっとメスを待つオス.
写真18.左:8月25日,右:9月9日.コオニヤンマの成虫は9月まで生き残りを見ることができる.右は翅がボロボロになっているメスの産卵.