トンボ歳時記総集編 春:4月−5月上旬
春は成虫越冬三種の出現から
写真1.春の訪れを知らせる満開のソメイヨシノ.
兵庫県南部の春は,ソメイヨシノの開花とともに始まります.年によって3月末に八分咲きくらいになることもありますし,4月中旬にやっと満開になることもあります.早春トンボたちは,ソメイヨシノの満開の前後から,その姿を見せはじめます.まず最初に池に現れるのが,成虫で越冬する3種のトンボたち.その中でも,オツネントンボがトップバッターです.早いときには,3月の上旬に池近くの草地に姿を現し,3月の下旬に産卵活動をはじめるのです.オツネントンボは,ふつう,水面より高い位置の植物組織内に産卵しますが,この時期は,まだ抽水植物が伸びていません.そこで,わずかに伸びたスゲの葉や茎,水面にうかんでいる枯れ枝や茎などに産卵する姿がよく見られます.
No.001:オツネントンボ
Sympecma paedisca
オツネントンボの消長図
写真2.左:3月11日.晴れた暖かい日,繁殖する池周辺の草地で休むオツネントンボのオス..
写真3.左:3月30日.早々に産卵活動を始めたオツネントンボのペア.この日には10ペアほどが産卵を行っていた.
写真4.左:3月27日.早々に姿を現したオツネントンボのオス. / 写真5.右:4月6日.産卵活動を行っているペア.
写真6.4月5日.産卵活動を行っているオツネントンボのペア.
写真7.4月11日.左右:まだ草たちが冬枯れの中,移精行動・交尾を行うペア.
写真8.4月21日.左右:スゲ群落の中で産卵するオツネントンボ.水面よりかなり高い位置に産卵している.
写真9.4月17日.左右:2010年の春の訪れは少し遅く,桜がまだ満開状態.オスがまだ池に出てきていないのか,メスが単独で産卵していた.
早春に現れたオツネントンボの子孫は,6月には羽化して姿を現し,それから夏,秋,冬を過ごして,翌年の早春に繁殖活動を行います.そういう意味では,成虫で非常に長い期間生存しているトンボといえます.同じことは,後で紹介するホソミオツネントンボにもいえます.ホソミイトトンボは,どうやら二化しているようなので,これらとはちょっと違った生活史を営んでいるようです.
写真10.左:6月30日,右:10月29日.6月に羽化した春に活動していた次の世代(左)と,秋を過ごしている個体(右).
オツネントンボよりほんの少し遅れて現れるのが,ホソミオツネントンボです.ホソミオツネントンボはオツネントンボと同じ池に現れることも多いのですが,どちらかといえば,湿地的な環境を好みます.浅い池の岸や,水の入っている水田の縁などによく集まっているのを見ます.この時期には,体色も水色で,春の装いになっています.羽化した後,そして越冬中は,褐色の体色をしています.ときどき,水色にならずに褐色のまま繁殖活動をしているメスが見られます.どうやら成熟しても褐色のタイプのものがいるようです.兵庫県の北部では南部より少し早く,4月の上旬に産卵活動をしていることがあります.
ふつう,連結植物内産卵を行うトンボは,産卵前に交尾をしたら,あとは産卵が終わるまで再交尾はしません.しかしホソミオツネントンボは,しばしば再交尾を行います.連結していれば,間違いなく自分の精子で受精する卵を産んでいると思うのですが.
No.002:ホソミオツネントンボ
Indolestes peregrinus
ホソミオツネントンボの消長図
写真11.4月7日.兵庫県北部では出現が早いのか,4月7日には,たくさんのホソミオツネントンボが集まって産卵を始めていた.
写真12.4月19日.同じく兵庫県北部で観察したホソミオツネントンボの産卵.メスには褐色のままのタイプが存在するようだ.
写真13.左:4月10日.ホソミオツネントンボ出現.右:4月21日.ホソミオツネントンボの産卵(兵庫県南部).
写真14.5月3日.兵庫県北部における,ホソミオツネントンボの産卵.「イ」の茎に産卵痕が見える.
ホソミオツネントンボは4月の下旬から5月の上旬にかけて,繁殖活動の最盛期を迎えます.その後だんだんと出会う機会が少なくなっていきます.しかしホソミオツネントンボは,8月くらいまで生き残っているときがあって(1991年8月4日),そのころには次の世代のホソミオツネントンボが羽化してくるので,年によっては,成虫が年中みられるトンボということになります.正確なことは分かりませんが,成虫が一年近くにわたって,非常に長生きするトンボといえます.
写真15.左:5月3日,右:6月5日.浅い湿地状の池で産卵するホソミオツネントンボ(左).6月に出会ったホソミオツネントンボのオス(右).
写真16.5月10日.5月中旬のホソミオツネントンボの産卵.
写真17.左:5月17日,右:6月29日.6月末にもまだ活動しているホソミオツネントンボ.もうオスはいないのか,メス単独である.
写真18.6月25日.ホソミオツネントンボの次の世代が羽化していた.丸内の羽化殻は採集後撮影.
成虫越冬3種の最後は,ホソミイトトンボです.前二者がアオイトトンボ科であるのに対し,ホソミイトトンボはイトトンボ科です.ホソミイトトンボは,ホソミオツネントンボと同じ,4月の上中旬くらいに池に出現します.主に水面の位置にある植物組織内に産卵しますが,この時期はまだ水生植物が十分芽吹いていないので,オツネントンボ同様枯れ茎などに産卵していることもよくあります.スゲが生えているところでは,スゲの葉が水面に倒れているところに産卵しています.稀に潜水産卵を行うことがあります.オツネントンボと同じ時期に,同じ場所で,産卵していることも見られます.
なお,ホソミイトトンボは,一年に二化しているらしく,7月頃に夏世代が現れて活動します.ここで紹介している写真はすべて越冬世代のものです.
写真19.4月12日.この年,2022年は特に出現が早くて,4月12日には盛んに産卵活動が行われていて,潜水産卵まで見られた..
写真20.4月21日.ヨシの枯れ茎の破片に産卵しているホソミイトトンボ(左)と,同じ場所での交尾(右).
写真21.4月21日.ホソミイトトンボは,グループ産卵をすることが多い.複数のペアが,隣接して産卵活動を行う.
写真22.4月21日.ホソミイトトンボの歩哨姿勢(左).オスがメスの上に直立してまわりを警戒している,と考えられている.右は潜水産卵している.
写真23.4月26日.タンデムになったホソミイトトンボ,その後交尾態となった.
写真24.5月3日.兵庫県北部における,ホソミイトトンボの産卵.
ホソミイトトンボの越冬世代は,だいたい5月中には姿を消します.私が見た一番遅い記録は,6月5日のものです.その後ぱったりと姿が見られなくなり,早ければ6月下旬には夏世代のホソミイトトンボが羽化してきます.短期間で次の世代を生み出すので,幼虫の成長はかなり速いといえるでしょう.実際この夏世代の幼虫は非常に小さいものです.詳しくは
夏世代のところで紹介します.
写真25.6月5日.ホソミイトトンボの越冬世代が6月の上旬に見つかった.メス(右)は腹部が泥だらけで,一生懸命生きてきた感じがうかがえる.