続 トンボ歳時記
No.600. ウチワヤンマの観察.2018.6.9.

今日は梅雨の間の晴れ.ヤマサナエのリベンジに行こうかとも考えましたが,やはり心配なコフキトンボの探索に行くことにしました.本当にコフキトンボが少なくなっているのです.まず,近くの池で,周辺植生が豊かな,水のきれいな池に行ってみました.ここは以前からウチワヤンマの数の多い池です.だいたいウチワヤンマとコフキトンボはセットになっていることが多いので,コフキトンボに期待を寄せてみたわけです.池に着いたのが,8:30ころでした.池に入るなり,ウチワヤンマの交尾態が飛んでいました.

▲コフキトンボの下見に入った池で,いきなりウチワヤンマの交尾態の飛翔に出会った.

ウチワヤンマは結構朝早くから繁殖活動をしているようです.これを見てしまったら,今日はここでまずウチワヤンマをねらおうと方針変更しました.オスもたくさん止まっていますし,見込みは十分です.

▲ウチワヤンマのオスは10mおきくらいに止まっていたようだ.

オスは止まっているだけでなく,結構よく飛びます.今日は風がそれなりに強いので,オスは風に向かってホバリング状態で飛ぶことになります.こういう時は写真を撮るチャンスです.

▲止まりたそうに飛ぶウチワヤンマのオス.がこれは細すぎて止まれない.

▲急降下したり,急旋回したりと,自由奔放に飛び回るウチワヤンマのオス.

▲朝のうちだけだろうか,ウチワヤンマのオスはよく飛ぶ.

▲風に向かって飛ぶと,ほとんどホバリング状態になる.大型だし写真には撮りやすい.

交尾態は次々に入ってきます.はじめのうちは土手の上を走って追いかけたりしました.でもなかなかいい所で産卵を開始しません.遠くの方へ行って見失ってしまうばかりです.そこで,池の周囲を少し歩いて,ウチワヤンマが好きそうな産卵基質のある場所を探してみることにしました.すると,柳の木のかなり太い枝が切り落とされたものが,池に転がっているところがありました.直感がここだと指し示しています.

▲柳の枝の切れ端,称して「柳ポイント」.葉のついた枝が直立しているのでかなり以前からあるようだ.

そこで,ここで待つことにしました.相変わらず交尾態が入ってきて飛び回っています.もう,5,6ペアくらいは飛んだでしょうか.でも,私の待っているところへはまったく近づきもしません.

▲交尾態は池の周囲に沿ってよく飛ぶが,縄張りオスがそれを追いかけるので,交尾態は逃げ回る.

▲交尾態は私の立っているところを微妙に避けて飛んでいるように思う.

ウチワヤンマを待つ間に,柳の木にクロイトトンボ属のオスが止まっているのを目にしました.近づいてみると,ムスジイトトンボです.ムスジイトトンボは最近あまりお目にかかっていません.近くにはセスジイトトンボもいました.やはり,氾濫原の皿池には,こういったトンボたちが集まってくるんですね.

▲ムスジイトトンボのオス.眼後紋が細い.水色がオオイトトンボやセスジイトトンボと微妙に違う.

▲セスジイトトンボのオス.こういったイトトンボは沈水植物があると大発生するのだが….

そのうち,交尾態もあまり飛ばなくなりました.時刻は10:00を過ぎました.まだこの池の隅々までは調べていないので,柳ポイントを離れて,池の全周を回ることにしました.草刈りをしていないところにニセアカシアの幼木が茂り,棘に悩まされながら回っていきました.タイリクアカネのテネラルな個体が数頭草の中に隠れていました.ここは海岸近くの池ではありませんが,以前から指摘している通り,タイリクアカネはかなり内陸部で繁殖しているようです.

▲タイリクアカネのオス.今日羽化したところのようである.翅の前縁が黄色い.

▲タイリクアカネのテネラルなメス.メスは全部で4頭ほど見かけた.翅の黄橙色が美しい.

それ以外には,ウチワヤンマに混じってギンヤンマが飛んでいました.ウチワヤンマとあちこちで追いかけ合いをしていました.また,足元から交尾態も飛び出しました.

▲ギンヤンマのパトロール飛翔.池の上を広く飛んでいた.

▲ギンヤンマの交尾.草の中に潜り込んで交尾をしている.

池の裏側の草地にはオスのウチワヤンマが憩っていました.そうそう,肝心のコフキトンボですが,池を訪れた時に3頭見かけただけで,今はその姿も消えています.本当にコフキトンボは数が激減しています.ウチワヤンマはこれだけ残っているのに.

▲池の堤防の外側の草地で憩っているウチワヤンマのオス.

池を回って,しばらく柳ポイントで待ちました.でもほとんど変化はありません.観察を終えようかと思って,池の入り口の方に向かいました.すると,交尾態が草むらから飛び出しました.しばらく見守っていましたが,2度ほど私の前を通り過ぎた後姿が見えなくなりました.

▲池の入り口近くに止まるウチワヤンマのオス.一番ウチワヤンマらしい止まり方である.

その場で止まっているオスを眺めながら待っていると,また交尾態が2ペア入ってきました.どうも私が座っているところを避けて交尾態が飛ぶようです.縄張りオスが飛ぶ時も,私の立っている位置の前では微妙に距離を取って飛びます.ウチワヤンマは人間の姿に微妙に反応するようです.交尾態は向こうの方に行って見えなくなりました.

▲11:30ころに,交尾態の飛翔が,また活発になりだした.

そのとき,ふと思いました.先ほど柳ポイントの前で待っていた時も,交尾態は私の立っているところを避けるように飛んでいました.人がいるとダメなのかもしれない.柳ポイントは,この池では一番おいしい産卵ポイントだと私の直感は告げていました.ひょっとしたら今の交尾態は…,という思いで,急いで柳ポイントへ行ってみました.

いました.産卵していました.直感は大当たりです.ウチワヤンマは,産卵を始めると結構大胆になり,近づいて行ってもほとんど逃げるそぶりはありません.ゆっくりと,記録を撮りました.

▲やはり柳ポイントで産卵をしていた.人がいない方がいいみたいなので,次回からは隠れて待つことに!.

▲打水するポイントを見定めるかのようにホバリングする.

▲水面に近づいて目標を定めた後….

▲柳の枝に腹端を打ち当てるようにして,すぐに飛びあがる.

▲ほとんど同じ場所でホバリングしながら産卵を続ける.

▲打水した瞬間にはなかなかタイミングが合わなかった.

▲少し横を向いたところ.

ウチワヤンマの卵には細い糸のようなものが折りたたまれてついていて,水に触れると一気にほどけて様々な基質に絡みつきます.産卵時にも,この糸を引くように,腹端から基質へと細い糸が伸びることがあります.帰ってから写真を確認すると,たくさんのコマにこの糸が写っていました.

▲腹端の生殖口から糸のようなものが出ており,その少し下に卵が着いているのが見える(白矢印).

▲白い糸は産卵基質と腹端とをつないで伸びている.途中には2粒ほど卵が見える.

▲上とは異なるストローク.やはり,途中に卵が着いているのが見える.

最後は例によって顔シリーズで締めくくります.産卵中のメスの顔です.なかなか怖そうな顔をしています.髭のような黒斑があるのがユニークです.

▲ウチワヤンマのメスの顔.

さて,ほぼ午前中をこれに費やしました.観察を終えることにしました.池の入り口まで戻ると,また交尾態が飛びました.まさか「柳」の下にドジョウは二匹いないと思いながらも,もう一度柳ポイントへ行ってみました.もちろんいませんでした.でも,これで,決心がつき,今日の当初の目的であるコフキトンボの探索に行くことにしました.

一つ目の池は増水していて入ることもできずパス.二つ目の池は,もう10年も前になるか,コフキトンボが大発生していた池です.この池は町中にあるので,混雑を覚悟で行きました.コフキトンボはこういった開発がどんどん進んでいく,氾濫原の平地の池に生息しているトンボだと思います.それゆえ,生息地の消滅や悪化で数を減らしているのだと考えています.

さて,二つ目の池に着いてすこし覗くと,それなりの数がいました.町中なので少し離れた駐車場に車を止めてから池に行きました.この池は周りを柵で囲っており入りにくいのです.どこから入ろうかと思案をしていると,ウチワヤンマの交尾態が池の裏側にやってきて止まりました.

▲まず鉄管の支柱に止まった.薄暗い木陰の下である.

▲近づくと逃げて移動し,少し明るい木漏れ日のある木陰に移動した.器用に細い枝の先に止まっている.

▲交尾中に向きを変えた.オスとメスの上半身は重連の機関車のように見える.

ウチワヤンマの交尾態は,このように目立たないところで結構止まっています.池の周囲を飛び回るのは,こういった目につきにくいところでの静止交尾が終わってからのような気がします.交尾態で飛ぶのは産卵場所を探すのが目的かもしれません.

さて,コフキトンボは,暑さの中,日なたで止まっている元気者もいましたが,日陰で止まっているものも結構いました.繁殖活動はとても期待できそうにありませんので,後日ということにして,今日はいたコフキトンボを記録して終えることにしました.実はこちらの方が暑さで参りかけていたのかもしれません.

▲コフキトンボはオスの方が目立ったように思う.上の個体はすべてオスである.

▲この個体は,この池の前に寄った,一つ目の池で撮影したもの.

▲二番目の池でメスが写っていたのはこれ1頭だけであった.

コフキトンボの写真,無駄に多く並べた気がします.私の最も好きなトンボの一つがコフキトンボなので,こうなりました.最後にこの池での10年前の写真を一枚.これは7月の下旬に撮ったもので,今はまだ6月上旬,もう少しすればコフキトンボの数が増えてくることを期待して,今日の観察を終えます.

▲2008年,この池にいたたくさんのコフキトンボ達.こういう止まり方こそコフキトンボなのだ.

明日はまた雨,台風5号が接近するとの予報です.台風が通り過ぎたら,ヤマサナエのリベンジと,コフキトンボの観察といきたいところです.そうそう,この時期,キイロヤマトンボという難物も残っています.こちらは雨の後は川が増水するので不可です.また天気と相談することにしましょう.