トンボ歳時記総集編 4月−5月上旬

春早く現れる通季種たち
写真1.ゲンゲの花が水田いっぱいに咲き誇る春の日.

 春は,いわゆる春季種が次々に出てくる季節です.しかし,春から秋までトンボシーズン全体を通して出現する種−通季種*1−たちも,春季種に負けないくらい早く羽化し,活動をはじめます.もちろん,これらの種の繁殖活動のピーク−つまりたくさんの個体が繁殖活動しているのが観察できる時期−は4月から5月上旬ではありません.でも中には4月下旬にすでに繁殖活動を開始しているものもいて,彼らも春を彩るトンボたちに間違いはありません.ここではそういったトンボたちを見ていきましょう.なお,これらのトンボの生態については,もっとも数が多く見られる季節に紹介します.
 まずはギンヤンマです.春のギンヤンマといえばクロスジギンヤンマが思い浮かべられますが,それに負けないくらい早く現れ,繁殖活動を開始するのがギンヤンマです.4月の下旬には羽化してくる個体があります,そして5月には繁殖活動を行っているのが観察できます.これはヨツボシトンボなどとほとんど同じ時期です.

写真2.左:4月24日,右:5月8日.抽水植物がやっと葉をのばすころ羽化している.5月上旬には産卵が見られる.

 次はアジアイトトンボ.アジアイトトンボも,ホソミイトトンボなど成虫越冬種が活動しているころ,羽化してきます.成熟までの日数も短く,4月下旬には産卵活動も見られます.アジアイトトンボは兵庫県南部ではおそらく一年二化していると思われます.夏ころ一時的に姿が見られにくくなって,秋口に再び姿がふつうに見られるようになるという季節的消長が見られます.その一化目が早春に出てくるのです.

写真3.左:4月28日,右:4月20日.羽化直後のアジアイトトンボ(右)と,4月下旬に産卵をしているメス(左).

 アジアイトトンボと同じアオモンイトトンボも4月の下旬には姿を現し,活動をはじめます.アジアイトトンボと違って,その後ほとんど途切れることなく10月に至るまで観察し続けることができます.
 私はこの時期,主に河川の源流や丘陵地の池にサナエトンボを観察に行っていて,アオモンイトトンボがいるような,平地の開放的な池に出かけることがほとんどありません.しかし,2000年代に行った兵庫県南部のため池調査の際に,多くの池で4月27日にアオモンイトトンボを観察し,ある池では64個体を計数したので,4月下旬から活動していることは確認しています.

写真3.左上:5月10日,その他:5月29日.オスの静止とメスの産卵.

 クロイトトンボも早春に羽化する通季種です.4月下旬に羽化し,ゴールデンウィークには産卵活動が見られます.クロイトトンボはほぼ秋まで連続的に見ることができるトンボですが,秋には他の通季種より少し早く姿を消すように思えます.数が目立つのは5月に入ってからになりますが,春一番の池を賑わせるトンボであることは間違いありません.どちらかというと樹林に囲まれた池に多く見られます.

写真4.左・中:5月4日,右:4月28日.クロイトトンボの羽化(左)と,まだ白粉を吹いていないテネラルなクロイトトンボオス(右).
写真5.左:5月2日,右:5月1日.移精行動が終わって交尾に移行する途中の状態(左),産卵しているクロイトトンボ(右).

 同じクロイトトンボ属のなかまで,オオイトトンボも春早くから活動をしています.特に兵庫県北部の個体群は早く出現するように感じます.遠方のため,羽化時期に訪れることがあまりなく,早春に羽化している姿はまだ見たことがありませんが,4月の下旬に立派に成熟し産卵を行っているのが観察できます.この後,夏の終わりまでずっとその姿を見続けることができます.

写真6.左:4月29日,右上:5月10日.右中下:5月5日,右下:4月29日.オオイトトンボの交尾・産卵.春早く現れる個体はやや体が大きい.

 クロイトトンボ属のトンボたちは,成虫の出現がいずれも早いようです.セスジイトトンボも春早くから活動しています.兵庫県南部のため池調査の際に,4月28日に一つの池で26頭計数という記録があります.その後10月の初めまで連続的に観察できます.アオモンイトトンボのところで述べたように,この時期は,平地の樹林が隣接しない皿池には出かけることがなく,その時期の写真記録があまりありません.

写真7.左:5月30日,左中上:5月10日.左中下:5月21日,右:5月10日.5月には立派に成熟している.

 最後はシオカラトンボ.どこにでもいる普通種ですので,逆にあまり記録に撮っていません.4月の下旬から出現し,10月にかかるまで姿を見続けることができます.4月に見られる個体は,羽化直後からテネラルな個体がほとんどですが,成熟が進んだ個体も4月の末には見られるようになります.下の写真では,メスの複眼が早くもエメラルド色になっています.

写真7.左:4月18日,右:4月28日.テネラルなシオカラトンボのメス(左)と,複眼がエメラルド色になって成熟しているメス(右).