新 トンボ歳時記
No.337. 寒さで動けないキトンボ 2012.1.7.

今日もまたキトンボの状態を観察に出かけました.キトンボが複数生き残っていたり,冬型とはいえ天候が荒れることなく穏やかな日々が続くなど,こういった機会はなかなかないので,このチャンスに飛び込んで可能な限り密度濃い観察をするのが大切だと考えているからです.トンボの減った最近は特にそう感じています.

現地には11:00過ぎに到着,どんより曇っていました.風はさほどありませんが,気温は低く,毛糸の帽子とコートという完全装備で観察を行いました.あまりにも空が暗いので,開き直って,「曇っている日には出てこない」ことを確かめる調査と無理矢理位置づけました.池岸を歩きましたが,もちろんキトンボはいません.当たり前かという感じです.でも着いてから30分ほどすると雲が切れ,日が射してきました.するとどうでしょう,あっという間にキトンボが池岸に姿を現しました.

今日はオスが3頭姿を現していた

本当にちょっとした日射しの間にも出てきて繁殖活動を行おうとする意欲には頭が下がります.オスは3頭出てきていました.ときどきオスどうしが出会うと追いかけ合いをするのですが,よく観察していると,スクランブルして最初の当たりでは,スクランブルした方のオスが腹部を丸め,もう一頭の背後から接近して,タンデムになろうとしています.オスメスを判別する前に,まずはメスであることを前提にして,タンデム形成を試みるという感じでした.しかしすぐにオスと気づき,逃避・追尾行動になります.

私は年越しの産卵観察が目的なのでしばらく待ちましたがその気配は全くゼロ.そんなとき急に雲が太陽を隠し,気温が一気に下がりました.オスは逃げる暇がなかったのか,日陰状態の池岸に止まっていました.ちょっといたずら心が起きて,飛べるかどうか体に触ってみることにしました.1頭目のオスは,翅には触らせてくれましたが,腹部に触ろうとすると上にそらすように持ち上げていやがり,それでも触ろうとすると少し飛んで逃げました.まだ飛べるようでしたが,ちょっと弱々しい飛び方でした.

翅を触っても飛ばないキトンボ

そこで,もう1頭別の個体を見つけ同じように指を近づけましたら,いったん飛び上がったのですが,すぐに落ちて,地面を転がるようにして逃げました.ほんの30cmほど移動したところで暴れるのをやめました.手で体に触れてみると,翅を触っても,体を押さえつけても,もう無抵抗状態になっていました.体温が下がって飛べなくなったようです.そこで,石の上に止まらせて,息を吹きかけてみたところ,翅を小刻みにふるわせてウォーミングアップのような動作をしました.でも結局飛び立つことはありませんでした.そこで観察を打ち切りました.後に日が射して体温が上昇すれば,またねぐらへ帰っていくことになると思います.

こちらの個体は押さえつけても逃げることができなくなった

今日の観察から,冬のキトンボは,命がけで池岸に出てきているように思いました.今回のように,急激に雲って気温が下がると,体温を奪われ飛べなくなって,その場でじっとしている以外になくなるということがはっきりとしました.キセキレイがこの岸辺にはやってくるのですが,こういう個体を見つけると造作もなくエサにありつけるでしょうね.またそうでなくても,このまま太陽が射さないと体温が上がらず,そこで夜を迎えることになります.霜でも降りたら多分だめでしょうね.ここで見つけた自然死個体はそんな感じで死んだのかもしれません.厳しい自然の中で,メスを獲得するわずかなチャンスに賭けて生きているオスたちの果敢な姿に,またも感動の一日でした.人間の男も死ぬ直前まで前向きに生きていかなければいけませんね.でないとキトンボにも劣る人生になってしまう(笑).