羽化の話
羽化の時期
 成虫の出現時期から,トンボには,春季種(しゅんきしゅ),夏季種(かきしゅ),秋季種(しゅうきしゅ),そして一年中見られる種,があることをお話ししました.それらの成虫の出現の始まりが羽化ですから,羽化にも時期があることになります.

 春季種の羽化は,早春の,短い間に終わってしまうことが多いのが特ちょうです.1年間に出現する成虫の半数以上が,わずか数日で羽化してしまうこともあるくらい,一斉に羽化する種類もあります.多くは4月終わりころに羽化が始まり,1ヶ月以内に終わってしまいます.

 夏季種の多くは,5月の終わりころから羽化をはじめ,ふつう7月が終わるまでには羽化が終わります.中には羽化がおくれて8月に羽化するものも見られます.

ヨツボシトンボの羽化 グンバイトンボの羽化
春季種:ヨツボシトンボの羽化
撮影;2009.5.2. 5月中旬には羽化が終わる.
夏季種:グンバイトンボの羽化
撮影:2009.6.13. 7月まで羽化が続く.

 秋季種は少し変わっていて,羽化は6月を中心として,早いもので5月,おそくても7月中に羽化してしまいます.そのまま成虫は夏を越して,秋になって卵を産み始めるという生活を送っています.

 一年中見られる種は,4月から9月にかけて羽化が見られます.

リスアカネの羽化 ギンヤンマの羽化
秋季種:リスアカネの羽化
撮影:2007.6.10. この時期には羽化している.
一年中見られる種:ギンヤンマの羽化
撮影:2010.4.24. 9月まで羽化が見られる.

 このように,トンボは種類によって,羽化する時期がだいたい決まっています.池や川でヤゴをつかまえて羽化するまで飼育(しいく)しようとするとき,そのトンボがいつごろ羽化する種類かをたしかめないと,なかなか羽化しないといってこまることがあります.たとえばクロスジギンヤンマは春季種です.ヤゴの大きいものが夏にとれることがありますが,これを羽化させようとすると,次の年の春まで飼育しなければならないことになります.羽化の観察の成功のひけつは,トンボの羽化する時期を知って,その少し前に翅芽のふくらんだヤゴをつかまえてくることです.春季種,夏季種,秋季種,一年中見られる種にどんなものがあるかは,「トンボをさがしに行こう」のページをごらんください.

 トンボの羽化は,野外では,なかなかタイミングよくお目にかかることができません.でも,羽化したあとに残されるぬけがら(羽化殻(うかかく)といいます)は,わりあいかんたんに見つけることができます.羽化殻をたんねんに集めると,トンボの羽化についてくわしく知ることができます.ただ羽化殻でトンボの種類名を決めるのはかなりむずかしいので,少し勉強がいります.下のグラフは,私が羽化殻を二日に一回あつめてしらべた,春季種のキイロサナエというトンボの羽化の状態を表すものです.
キイロサナエの羽化曲線
キイロサナエの羽化のようす(見つけた羽化殻の数と日付),篠山市.Aoki(1999)を改変.
 キイロサナエは春季種で,成虫は初夏の短い間しか見ることができません.ですから,羽化が行われる期間もとても短く,5月17日に羽化が始まって6月7日に終わるまでの,わずか22日間で羽化が完了しています.

 少し難しいですが,羽化が集中して起きる程度を表す数字に,EM50というのがあります.EMというのは,羽化(英語でEMERGENCE)のことで,50というのは50%を表します.つまりEM50とは,全羽化数の50%(半分)が羽化する日数のことです.これが短ければ短いほど,短期間でたくさんが羽化することになります.ちなみに上のキイロサナエでは,EM50=4 [日] となっています.1年間に羽化する個体数の半分がわずか4日間で羽化したことになります.ものすごい集中羽化ですね.

 羽化がこんなに集中して起きるには,幼虫の成長が厳密(げんみつ)にコントロールされていなければなりません.実はキイロサナエの場合,羽化の前年の夏に,幼虫の成長がある段階に達したときに成長が止まり,速く成長した幼虫が成長の遅れている幼虫の成長を待つようなしくみがあるのです.ですから幼虫の成長はその段階でそろうことになります.その結果,羽化もほとんど同時に起きることになるのです.

 このように,羽化などがある季節にきちんと配置されることを,季節的制御(きせつてきせいぎょ)といいます.春季種,夏季種,秋季種など,特定の季節に出現する種には,こういったしくみが発達しているものが多いと考えられています.羽化も,ていねいに調べると,自然の不思議なしくみが見えてくるようですね.


羽化の話
羽化の2つの型 −倒垂型と直立型−
 羽化には,倒垂型(とうすいがた)直立型(ちょくりつがた)の2つの型があることは,すでにお話をしました.これは,トンボの「科」のグループで,だいたい決まっています.直立型の羽化をするトンボは,イトトンボ科,モノサシトンボ科,ヤマイトトンボ科,アオイトトンボ科,ミナミカワトンボ科,カワトンボ科,ムカシヤンマ科,サナエトンボ科,の各種で,倒垂型の羽化をするのは,ムカシトンボ科,ヤンマ科,オニヤンマ科,エゾトンボ科,トンボ科の各種となっています.この中で,カワトンボ科は,静止期には直立型ですが,後半は羽化殻にけん垂し,倒垂型のような羽化経過をたどります.

リスアカネの羽化 ギンヤンマの羽化
倒垂型:トラフトンボ(エゾトンボ科)の羽化
撮影:2011.4.24. 静止期に反り返る
直立型:フタスジサナエ(サナエトンボ科)の羽化
撮影:2011.4.24. 静止期に立ち上がる.

 直立型と倒垂型のちがいは,静止期の姿勢にあると説明されています.静止期というのは,頭部・胸部が羽化殻から抜け出た後,腹部の一部を羽化殻の中に残して,しばらくじっとしている期間のことです(上の写真).上の写真では,そのちがいがよく分かりますが,直立型でも,幼虫がややあおむけの位置に止まって羽化するときには,出てきた上半身がそりかえっているように見えるので,注意が必要です.

 見分けるポイントは腹部の状態です.頭部・胸部が鉛直下向き(重力の向きを鉛直下向き(えんちょくしたむき)といいます)になるように,腹部が伸びたりそったりしたような状態であれば倒垂型,重力の向きと関係なく腹部が頭部・胸部をささえていれば直立型です.もちろん見分けにくいときもあります.

 また,翅が伸びるとき,鉛直下向きに全体がいちように伸びていけば倒垂型です.直立型は,重力に関係なく,つけ根の部分から広がっていくように伸び,自力で一生けんめいがんばって翅を伸ばしているように見えます.

 その後,腹部を伸ばすときも,倒垂型は鉛直下向きにまっすぐと伸ばしていくのに対し,直立型は重力の向きとは関係ない方向に伸ばしていきます.上の方の写真で,ヨツボシトンボ,リスアカネ,ギンヤンマは倒垂型,グンバイトンボが直立型です.倒垂型のトンボの腹部が鉛直下向きにまっすぐ伸びているのに対し,直立型のグンバイトンボは後ろ肢で体をささえていて,腹部の向きが鉛直下向きとは少しちがっていますね.

 このように,倒垂型と直立型は,重力を利用しているかどうかという点で,大きく異なることが分かります.


羽化の話
倒垂型の羽化過程
 倒垂型の羽化過程は,ビデオで見ていただくことにしました.見るポイントは,静止期に頭部・胸部の位置が鉛直下向きになること,翅が伸びるときの向きが鉛直下向きになることと全体がいちように伸びるさま,腹部が伸びるときの向きが鉛直下向きになることの3点で,いずれも,重力にさからわずに羽化していることがよく分かります.また,後肢はほとんど使われず,主に前肢と中肢で,羽化殻にぶら下がっているところも,よく見てください.

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羽化の話
直立型の羽化過程
 直立型の羽化過程は,ダビドサナエの連続写真で見ていただきます.ポイントは,静止期,翅の伸張,腹部の伸長,いずれも重力を利用していないことです.また,後肢は,伸びていく翅や腹部をささえるために,しっかりと羽化殻を押さえていますね.

▼▼▼ 静止期まで ▼▼▼
ダビドサナエの羽化過程 ダビドサナエの羽化過程
ダビドサナエの羽化過程 ダビドサナエの羽化過程
ダビドサナエの羽化過程 ダビドサナエの羽化過程

▼▼▼ 腹部のぬきとり ▼▼▼
ダビドサナエの羽化過程 ダビドサナエの羽化過程
ダビドサナエの羽化過程 ダビドサナエの羽化過程

▼▼▼ 翅の伸張 ▼▼▼
ダビドサナエの羽化過程 ダビドサナエの羽化過程
ダビドサナエの羽化過程 ダビドサナエの羽化過程
ダビドサナエの羽化過程 ダビドサナエの羽化過程

▼▼▼ 腹部の伸長と羽化の完了 ▼▼▼
ダビドサナエの羽化過程 ダビドサナエの羽化過程
ダビドサナエの羽化過程 ダビドサナエの羽化過程

 羽化は,やく1時間30分ほどかかりました.12:40の写真では,腹部先端から水滴が出ているのが分かります.これを肛門水といい,余分になった体内の水分を排出(はいしゅつ)しています.