No. 951. 沖縄県のトンボたち 不均翅亜目-2.2024.4.23.

第2回目はトンボ科です.トンボ科の多くは夏が活動中心のトンボで,この時期にしか特に見られないトンボというのはありません.いわゆる普通に見られる種がほとんどですが,兵庫県にはいないトンボたちが多くいて,派手な色彩のトンボたちが南の国に来たことを感じさせてくれます.

その中で特に姿を見たかったのが,アカスジベッコウトンボ,ヤエヤマオオシオカラトンボ,オキナワオオシオカラトンボです.アカスジベッコウトンボは私が沖縄へ行った30年前にはまだ日本に定着していなかったトンボです.2006年に与那国島で発見されたのが国内初記録でした.またオオシオカラトンボは,以前から本土のものとは別種ではないかといわれていましたが,2013年に本土のオオシオカラトンボ Orthetrum melania melania の別亜種として,オキナワオオシオカラトンボ O. m. ryukyuense およびヤエヤマオオシオカラトンボ O. m. yaeyamense とされました.特にオキナワオオシオカラトンボのメスは,腹部先端の黒い部分が小さいのが特徴です.

では結果を紹介していきましょう.

◆アカスジベッコウトンボ Neurothemis ramburii ramburii (Brauer, 1866)
アカスジベッコウトンボは,昨年の台湾遠征で見かけましたので初めて見る感動はありません.コーヒー色の翅が何ともいえず南国的かつエキゾチックで気に入っています.先島諸島にはもう普通に定着しているとのことですので,出会いを楽しみにしていました.


▲アカスジベッコウトンボのまだ若いオス.4/16.▲

このトンボは,浅い湿地状の水たまりを好むようで,大きな池にはあまり出ず,その横に点在する小さな水たまりのような所にオスがよく止まっていました.一度目の前で短時間交尾・産卵してくれたのですが,サブカメラはオートフォーカスに迷うことが多いので,録り逃しました.こういうのは本当に悔やまれます.


▲アカスジベッコウトンボの成熟したオス.腹部も赤くなっている.4/16.▲

まだ時期が早いせいでしょうか,腹部が赤化せず,翅脈にも黄色が混じっているような,若いオスが多かったです.メスは産卵に来た1個体を見ただけでした.


▲とても若いオス.4/16.▲


▲湿地状の水たまりで産卵を終えた後止まったメス.▲

◆オキナワオオシオカラトンボ Orthetrum melania ryukyuense Sasamoto et Futahashi, 2013
オオシオカラトンボは夏のトンボで,この時期に羽化しているのかどうか分かりませんでしたが,4頭ほどオスを見かけました.メスは樹上を飛ぶのを見ただけです.オスは青色の粉を吹きますのでオオシオカラトンボと同じに見えますが,本種では腹部先端の黒い部分が腹部第9,10節だけで翅の付け根の黒い部分が狭いのに対し,オオシオカラトンボでは通常腹部第8,9,10節が黒く翅の付け根の黒い部分は広いという点が異なっています.同じ種ですが,亜種として微妙な違いにこだわるのもまた楽しいものです.


▲オキナワオオシオカラトンボのオス.通常腹部第9-10節が黒い.4/19.▲


▲本土産のオオシオカラトンボ.通常腹部第8-10節が黒い.2010/8/11.▲

◆オキナワチョウトンボ Rhyothemis variegata imperatrix Selys, 1887
南国的な色彩をしているトンボの一つに,オキナワチョウトンボがいます.褐色と黄色からなる迷彩色的な翅の模様は,日本産トンボの中では他に例を見ません.ただ今回は数が少なくて,羽化している個体がまだ少ないような感じでした.


▲オキナワチョウトンボのオス.4/16.▲


▲オキナワチョウトンボのメス.摂食していた.4/17.▲

オキナワチョウトンボは,翅を透過するような光線位置で写真を撮った方が,翅の輝きが映えます.ちょうど道路の交差点で上空を飛ぶ摂食していたメスがその光線具合になりましたので,空をバックに写真が撮りました.こういう写真は撮りやすいはずですが,サブカメラの合焦が鈍いせいでピントが来た枚数が極端に少なかったのが残念でした.

◆コフキショウジョウトンボ Orthetrum pruinosum neglectum (Rambur, 1842)
コフキショウジョウトンボは,各地にたくさんいました.いつも言っていますが,どこにでもいるトンボは,わざわざ追いかけていって撮ることをしないことが多く,結局撮り損ねてしまうのことがあるのです.今回のコフキショウジョウトンボがそれでした.また目の前で交尾・産卵をやってくれましたが,これもサブカメラの合焦が悪く,シャッターチャンスを逃しました.このカメラどうしても背景にフォーカスが引っ張られてしまうのです.いつものカメラだと,マニュアルで合わせたピント近くにある物体にまずピントを合わせようとするので,数枚はピントが来るのです.


▲コフキショウジョウトンボのオス.一番初めに出会った個体である.4/15.▲


▲産卵後のメスを追いかけるオス.4/17.▲

コフキショウジョウトンボは台湾にも多くいて,そこでは産卵も記録できましたので,気持ちの上で余計に手をかけなかった感じがします.やはりどんなトンボにも全力で向かいたいものです.

◆ハラボソトンボ Orthetrum sabina sabina (Drury, 1770)
こちらでいえばシオカラトンボと同じくらい,どこにでもいて数の多いトンボです.およそ観察に訪れた場所のほとんどで出会うことができました.しかしこっちはコフキショウジョウトンボより多くカメラを向けた気がします.


▲ハラボソトンボのオス.朝日を浴びて目覚めたのだろうか.4/20.▲


▲ハラボソトンボの交尾.この交尾はいつもまともな位置で写真に撮れない.4/16.▲


▲ハラボソトンボのメス.4/20.▲

ハラボソトンボは地面によく止まるトンボで,上の写真のように農道の砂利道のようなところに止まられると,とてもわかりにくいです.オスとメスの色彩も似ていてぱっと見では分かりません.メスの方が少しくすんだ色をしています.

◆ベニトンボ Trithemis aurora (Burmeister, 1839)

▲ベニトンボのオス.川の畔に止まっていた個体.4/19.▲

ベニトンボもハラボソトンボに負けずどこでも姿を見せていたトンボです.このトンボは流水でも止水でも生活するので,山地の渓流などに入っても姿を見せるときがあります.でもやはり平地の池が生活の中心でしょう.

ベニトンボは,現在は兵庫県でもその姿を見ることができるほど,北上傾向が強い種です.しかし本場はやはり南国.彼らの活動を存分に観察させてもらいました.激しい闘争本能を持った,活発なトンボです.こういう状況はは,1頭だけぽつんといるような兵庫県では,なかなか見ることができないでしょう.


▲ベニトンボの産卵と警護.4/16.▲

オスは活発に水面を飛び回り,メスが入ってくると飛びながら交尾します.そして連結を解いてオスは警護活動に入ります.がそのとき他のオスが近くにいると,--たいがい近くにいるので-- 複数のオスが激しくメスを追いかけ,警護のオスはそれと戦います.見ているとあちこちで,時には5,6頭が入り乱れて,闘争が繰り広げられています.やはり個体密度が高いところならではの行動でしょう.楽しませてもらいました.メスは産卵を終えると,周辺の草地で休みます.


▲草地で休むベニトンボのメス.4/16.▲

個体数の多いトンボは,周辺でさまざまの成熟段階のものが見られます.まだ複眼が赤い色をしていない未熟な個体がたくさん休んでいました.これらは別種のようにも見えます.未熟なオスは橙色をしていて,成熟が進むと紅色が出てくるようです.


▲翅脈もまだ黄褐色を残している未熟なベニトンボのオス.4/17▲

◆ヒメトンボ Diplacodes trivialis (Rambur, 1842)
農道などを歩いていると,ハンミョウのように足下を飛び回る素早いトンボに出会います.うっかりすると見落としてしまいそうな小さなトンボです.とにかく敏感で素早いので近づくことは容易ではありません.小さいのでカメラをうんと近づけたいのですが,まず無理です.正体はヒメトンボ.オスはナニワトンボのように灰色の粉を吹くトンボです.


▲ヒメトンボのオスとメス.地面にばかり止まる.4/15.▲

このトンボがハンミョウのように見えるのは,地面の上ばかり止まるからです.不思議なくらい草の枝や葉に止まりません.いるところにはたくさんいて,ハンミョウのように飛び,歩く人の先の方に止まるのです.トンボにもいろいろな性格や好みがあるのですね.

◆コシブトトンボ Acisoma panorpoides panorpoides Rambur, 1842
トンボの中でも,他とは少し異なった形態をしているのが,コシブトトンボです.名の通り腰の部分が太くなっています.私はこれを見るとエビの腹部を連想します.小さなトンボで,普通サイズのトンボばかり気にしていると見落としそうなサイズです.色彩は派手で,やはり南国のトンボといった感じです.今回はあまり数多くを見ることがありませんでした.本格的なシーズンはこれからでしょう.


▲コシブトトンボのオス.草の間を素早く飛び回る.4/16.▲


▲コシブトトンボのメス.メスは目立たない色彩をしている.4/16.▲

このトンボの繁殖活動を見てみたいのですが,よく見つかるトンボにもかかわらず,まだそのチャンスに恵まれていません.

◆タイリクショウジョウトンボ Crocothemis servilia servilia (Drury, 1770)
兵庫県で普通に見られるショウジョウトンボ Crocothemis servilia mariannae の原名亜種です.昔は本土産のものも同種とされていましたが,オランダのトンボ研究者 Kiauta 博士が染色体の核型(本数や形)の相違から,本土産を亜種に分けました.


▲タイリクショウジョウトンボのオス.腹部正中線に黒条が見える.4/16.▲


▲タイリクショウジョウトンボのメス.4/15.▲

▲タイリクショウジョウトンボの未熟なオス.メスとよく似た色彩である.4/16.▲

パッと見た感じではタイリクショウジョウトンボはショウジョウトンボと同じに見えますが,タイリクショウジョウトンボの方が若干朱色っぽく感じるのは私だけでしょうか.本土のショウジョウトンボは濃い赤に見えます.またオスの腹部背面正中線に黒い筋が明瞭に存在する個体が多いのも特徴です.本土のショウジョウトンボにもこの黒条が腹部先端の方に見られるものがありますが,タイリクショウジョウトンボの方がはっきりしているように思います.なおメスには本土のショウジョウトンボにも明瞭な黒条が存在します.


▲上がタイリクショウジョウトンボ 4/15,下が兵庫県のショウジョウトンボ.▲

このトンボもどこにでもいる普通のトンボです.ただベニトンボに比べて,流水域にはあまり見られないようです.

◆ヒメハネビロトンボ Tramea transmarina yayeyamana Asahina, 1964
私の好きなトンボの一つに,ハネビロトンボのなかまがあります.飛んでいるときには,翅の付け根あたりが鮮血色に染まったように見える大型のトンボで,とても力強く見えます.沖縄県ではハネビロトンボよりヒメハネビロトンボの方によく出会うような気がします.池ではほとんど飛び回っているので,写真に撮りにくい相手でもあります.

産卵行動が特異で,打水の瞬間だけオスがメスを放し再び連結するという行動をとります.一度写真--というよりビデオ--に収めてみたいとずっと思っています.今回の観察でも2回タンデムで池に訪れ,産卵行動を見せてくれました.ただ飛ぶスピードが速く,産卵行動に入るタイミングが分かりにくく,今回は全くの失敗に終わりました.また機会があれば挑戦したいと思っています.

今回は,農道を歩いているときにたまたま止まっている個体に出会い,記録できました.


▲ヒメハネビロトンボのオス.一度このトンボを一日中追ってみたい.4/16.▲

◆オオハラビロトンボ Lyriothemis elegantissima Selys, 1883
このトンボには,今回は出会いをあまり期待していませんでした.ぎりぎり羽化期かな,という感じです.川に沿った林道を歩いているときに,ふと黄色いトンボを見つけました.キイロハラビロトンボを見たことがなかったので,まさかと思いましたが,胸側部部に2本の黒条が見え,オオハラビロトンボだと分かりました.メスかなとも思いましたがよく見ると,オスの未熟個体です.腹部の赤い成熟個体は南大東島で見たことがあったのですが,こういう状態のは短期間に限られますので,むしろ嬉しいくらいでした.


▲オオハラビロトンボの未熟オス.4/20.▲

林道を歩いていると,もう1頭飛ぶのを見かけました.川で生育しているのでしょうか?

以上の他に見たトンボ科のトンボとしては,オオキイロトンボ,ウスバキトンボがいました.オオキイロトンボは連結で産卵にもやってきていました.ただ広い範囲を縦横に飛び回り,一体どこに産卵するのか見当も付きません.午後には摂食飛翔をする個体もいました.これはシャッターチャンスなのですが,何度も言っていますがサブカメラではピントを追い切れませんでした.

ウスバキトンボは,その行動が面白く感じられました.兵庫県などでは集団で摂食している姿を見たりするのが普通で,時折池の上をパトロールするような飛び方をしたり,交尾・産卵を見ることがあります.ですから集団群飛するのが見慣れた光景なのですが,南の島のウスバキトンボは,多くの個体が繁殖活動にいそしんでいました.道路にたまった水たまりに集まって交尾・産卵をしているのも見ました.これなどは一時的水たまりの生活者であることを如実に示していると思ったりして,興味深かったです.


▲道路にできた轍の水たまりで産卵するウスバキトンボ.4/15.▲

兵庫県などで見るウスバキトンボの多くは,これから長距離移住する準備段階の個体なのでしょう.対して沖縄県では,そこで生活しているトンボという感じの行動でした.

さて,以上が今回の旅行で観察できたトンボ科のトンボたちです.全部で13種類.ヤエヤマオオシオカラトンボが見られなかったのが残念でしたが,これは夏のトンボですので,また次の機会に頑張ることにしましょう.まとめておきます.

・オキナワチョウトンボ Rhyothemis variegata imperatrix Selys, 1887
・オオキイロトンボ Hydrobasileus croceus (Brauer, 1867)(目撃)
・ヒメハネビロトンボ Tramea transmarina yayeyamana Asahina, 1964
・コシブトトンボ Acisoma panorpoides panorpoides Rambur, 1842
・タイリクショウジョウトンボ Crocothemis servilia servilia (Drury, 1770)
・ヒメトンボ Diplacodes trivialis (Rambur, 1842)
・アカスジベッコウトンボ Neurothemis ramburii ramburii (Brauer, 1866)
・ウスバキトンボ Pantala flavescens (Fabricius, 1798)
・ベニトンボ Trithemis aurora (Burmeister, 1839)
・オオハラビロトンボ Lyriothemis elegantissima Selys, 1883
・ハラボソトンボ Orthetrum sabina sabina (Drury, 1770)
・コフキショウジョウトンボ O. pruinosum neglectum (Rambur, 1842)
・オキナワオオシオカラトンボ O. melania ryukyuense Sasamoto et Futahashi, 2013

次回は均翅亜目のトンボを紹介します.

カテゴリー: エッセイ, 県外のトンボ | No. 951. 沖縄県のトンボたち 不均翅亜目-2.2024.4.23. はコメントを受け付けていません

No. 950. 沖縄県のトンボたち 不均翅亜目-1.2024.4.22.

この4月15日から21日にかけて沖縄県のトンボを見に出かけました.昨年オオモノサシトンボやアマゴイルリトンボを見に行って,兵庫県には分布しない日本のトンボたちの姿を見ておきたくなった,というのがそもそもの動機です.沖縄県に行ったのは実に32年前,1992年の5月中旬でした.さらにその2年後の1994年3月にも北大図鑑の資料収集のため,幼虫の採集に出かけたことがありました.それ以後は2006年1月に仕事で沖縄に行ったとき,休日を利用して1日だけ幼虫採集したことがあります.いずれにしても成虫の飛ぶ時期に出かけたのは1992年以来ということになります.

今回の日程は時期的には少し早いのですが,最近の気温上昇の影響が地元兵庫県にもかなりはっきりと出てきていますので,沖縄も早くなっているのではないかとあえてこの時期を選びました.5月には別の予定が入る可能性があったことも一因です.ところが今年は3月に寒の戻りがかなりの期間続き,兵庫県でもトンボの出現が少し遅いように感じていましたが,同じような状況が沖縄でもあったのかもしれません.結論から言うと,特に流水性の種において,まだトンボたちの出現が十分ではなかったように思います.それでもなお,沖縄の最近の状況について色々と教えていただいたトンボなかまのおかげで,比較的多くの種に出会えたことに感謝せずにはいられません.

さて,遠征するには目的が必要です.それを決めておかないと,漫然としたトンボの観察になってしまいます.もう若くない私の一番の遠征目的は,生きているうちに飛ぶ姿を見たことのない日本産トンボ成虫に出会うことです.幼虫に関しては,幼虫採集に何度か出かけたこともあり,当時沖縄県に分布した種のほとんどに出会っています.ところが成虫に関しては,多くの種の飛ぶ姿を見ていないというのが実情です.

さて,前置きが長くなってしまいました.まずは今回の旅行のターゲット種についてお話をしておきたいと思います.春のこの時期を選んだ理由にもなっていますが,アジアサナエ属のオキナワサナエ,ヤエヤマサナエに出会うことです.もう一つは分類が細分化され,リュウキュウトゲオトンボから分かれたオキナワトゲオトンボの姿を見ることです.その他の春独特のトンボ,オキナワサラサヤンマ,サキシマヤマトンボ,チビカワトンボはいずれも過去の沖縄行で出会っています.これらの方が出会うのが難しいはずですが…

それでは前回の台湾遠征と同じように,分類群ごとに整理して,何回かに分けて紹介していきます.今日はターゲット種であるサナエトンボ科をはじめとした.トンボ科以外の不均翅亜目です.

◆ヤエヤマサナエ Asiagomphus yayeyamensis (Oguma, 1926)

▲現地到着とほぼ同時に見つけたヤエヤマサナエのオス.4/15.▲

ヤエヤマサナエに出会えるかどうかはこのトンボの発育状況にかかっています.まさかまだ羽化していないということはないと思いますが,未熟期である可能性が高いでしょう.繁殖活動が始まると川に降りなければなりませんが,八重山の川はアクセスが難しいのです.川があると木がその周囲に茂りまくり,道から川への落差が結構ありますので,兵庫県のように見通しを持って川に降りることができません.一番いいのは登山道などが川を横切るところですが,これらアジアサナエ属はあまり上流には姿を見せません.そういう意味でかなり観察できる場所は限られます.そして成熟期に難しくなるのが,メスの姿を見ることです.産卵時以外はどこにいるのかなかなか分かりません.


▲道ばたの大きな芋の葉にべたっと止まるヤエヤマサナエのメス.4/17.▲

その点未熟期ならば,オスもメスも川から離れた摂食活動が行われる空間に一緒にたむろしています.そのポイントを探せせるかどうか運命を分けます.今回は事前の情報もあって,未熟期を過ごす空間に偶然行き当たりました.3日間その場所を訪れて,のべ10頭程度のヤエヤマサナエを見ることができました.メスの産卵を観察するようなダイナミックな興奮はありませんが,それでも初めての出会いは心がウキウキするものです.

初日はオスだけでしたが,2日目にメスが1頭混じり,3日目はメスばかりとなりました.複眼の色を見るとオスは濃緑色をしたものが多く羽化してからの日齢がそれなりに進んでいることが分かります.対してメスの方はまだ複眼が灰色をしている個体も混じっていて,オスよりは成熟が遅れているように見えます.いずれも体はまだ柔らかく,飛び方もふわふわといった感じで,未熟な状態に変わりありません.


▲オスはいずれも複眼が濃緑色になりつつあり日齢が進んでいる.4/16.▲


▲上のメスは複眼が濃緑色,下のメスは灰色である.4/17.▲

ヤエヤマサナエは,他の日本産アジアサナエ属に比べて,斑紋の黄色の部分が広く,とても美しく感じます.特にメス腹部の環状斑は太くてはっきりとしています.キイロサナエ好きの私は,これをずっと見たかったので,新鮮な個体の色鮮やかな状態を見ることができて,到着早々一つの目的を達成できたのが嬉しかったです.ただトンボの行動に関しては,止まっているだけということで面白みはありませんが,オスメスが同じ所に集まっているという状況が見られたことが一つの成果といえるかもしれません.

◆オキナワサナエ Asiagomphus amamiensis okinawanus (Asahina, 1964)
事前情報では,オキナワサナエは最近減少傾向が顕著で,沖縄県のサナエトンボの中では一番見るのが難しいと聞いていました.オキナワサナエもヤエヤマサナエと同じく今は未熟期だと思われます.探索初日はとにかく過去の記録地で数が多くいそうな所を歩き回りました.歩数は12,000歩以上を記録していました.若ければなんてこともない歩数ですが,急勾配の道を上ったり下りたりしながらの道中は結構堪えました.1日目は3時間ほど歩き回り不発,その後別の川沿いに車を走らせてみましたが,全く姿なし.

探索2日目,この日はトンボ観察の最終日になりますが,朝9:00ごろからさらに別の川に沿った道を車でゆっくりと移動しながら探してみました.ヤマサナエなどの経験からは,未熟期であれば道に止まっている個体がさっと逃げて樹上に上がる,なんていう姿に出会うものなのですが,それも全くありません.本当に少なくなっているのでしょうか.幼虫はたくさん採れた記憶があるのですが,30年前に…

どうしようもないので,最初の川に戻ってまた徒歩で探しました.これで最後になるので,隅々まで歩いて探してみました.時刻は12:00を過ぎました.この道中いろいろなトンボに出会いましたが,目的のオキナワサナエだけには出会えずでした.結局だめかと思ったとき,目の前にオキナワサナエのメスが止まりました.まさに目の前にどこからともなく飛んできて止まったのです.2日間トータル8時間ほど探し回っていて,もう諦めようかという気持ちが芽生えていました.最後にここだけはと思って入った山道で,ここにいなかったらもう探すところがないというところまできていました.


▲歩いていると目の前にオキナワサナエのメスが止まった! 4/20.▲

最後まで諦めてはいけませんね.このトンボ,「もうしょうがないなぁ」と私の労に報いてくれるかのように,現れたのでした.そしていくら私が動き回って,しかも至近距離で撮影してもまったく逃げませんでした.「どうぞ心ゆくまで」といった気遣いさえ感じられました.こういった感情が湧くのは嬉しさの裏返しですね.


▲複眼の色がまだ灰色をしている.羽化して日数がたっていないのだろう.4/20.▲

その後この近辺を探し回ったことはいうまでもありません.結局オスには出会えませんでしたが,オスの方は成熟すれば川に出てくるトンボですので見つけやすいはずです.次に期待しましょう.もちろん次があればの話ですが.このメス,複眼がねずみ色です.まだあまり成熟が進んでいないのでしょうね.出会えて良かったです.

◆ヒメホソサナエ Leptogomphus yayeyamensis Oguma, 1926
ヒメホソサナエも沖縄県独特のトンボです.今回の来訪時期ではおそらく羽化期の真っ最中というところでしょうか.あまり出会いに期待はしていなかったのですが,ヤエヤマサナエのたまり場に1頭だけメスがやって来ていました.


▲ヒメホソサナエのメス.複眼がまだ色づいていない未熟個体.4/17.▲

ヒメホソサナエも,ヤエヤマサナエと同じような河川環境で羽化するのだと思います.同じ場所にやって来るということは,飛行の目印になるようなランドマークがあって,それに惹かれて同じルートを飛んでくるのでしょうか.有名な某ヤンマでも,いつも同じところで休息をしているので,そこにトンボ屋が集まるという状況があります.「トンボ道」なるものがあると考えてもいいかもしれませんね.

さて,その他のサナエトンボ科としては,タイワンウチワヤンマを見ています.ただこちらのタイワンウチワヤンマは,同じ所を飛んでいるオオヤマトンボに負けず,飛び回っていてなかなか止まりません.今回いつも使っているカメラを壊してサブカメラを持って行ったのですが,これがなかなかオートフォーカスが決まらないので,写真にはなりませんでした.

ところで今回は,もう一つどうしても見たいトンボがありました.それはトビイロヤンマです.通年見られるという,このエキゾチックな色彩のトンボ,しかも薄明薄暮にしか現れない難物です.今回は,明け方2回,夕方1回観察に挑戦しました.明け方は沖縄といえどもまだ長袖でちょうどよいくらいの気温で,全く飛びませんでした.夕方の1回は4,5頭が飛びました.摂食飛翔で,ものすごいスピードで,UFOのごとくジグザグに方向転換するので,全く写真になりませんでした.1枚だけ証拠写真のようなものが採れていましたので,それを掲げておきましょう.


▲18:45,かなり暗くなったが,湿田の上を飛び回るトビイロヤンマ.4/19.▲

このヤンマを写真にしようと思うなら,もっと季節が進んで暑くなった時期に,一日がかりでじっと待つ以外にないと思います.いつかやってみたいです.

今日のまとめです.トンボ科以外の不均翅亜目としては,

ヤンマ科
・ギンヤンマ Anax parthenope julius Brauer, 1865(目撃)
・トビイロヤンマ  Anaciaeschna jaspidea (Burmeister, 1839)
サナエトンボ科
・ヤエヤマサナエ Asiagomphus yayeyamensis (Oguma, 1926)
・オキナワサナエ Asiagomphus amamiensis okinawanus (Asahina, 1964)
・ヒメホソサナエ Leptogomphus yayeyamensis Oguma, 1926
・タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax (Hagen in Selys, 1854)(目撃)
ヤマトンボ科
・オオヤマトンボ Epophthalmia elegans elegans (Brauer, 1865)(目撃)

というところです.大型のトンボは,やはり真夏に来なければだめですね.

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No. 949. コサナエ属羽化本格化.2024.4.13.

昨日はよく晴れましたが所用があって観察休止.今日は薄曇り的でした.昨日羽化した名残と今日の羽化個体を探しに出かけました.いつもの池の水辺をのぞいてみましたら,いくつかの羽化殻が付いていました.持ち帰って確認しました.


▲今日持ち帰った羽化殻は3種類.兵庫県南部のコサナエ属全部いました.▲

タベサナエは腹部第10節が短く,おまけに背棘がありますので間違えることはありません.しかしフタスジサナエとオグマサナエは,現場で見ただけではどうしても迷いが生じます.でも上のように複数採集して並べてみると,違いが見えてきます.オグマサナエは一回り大きいです.そして腹部第10節の幅に対する長さの比が違っていて,オグマサナエの方が大きく(細長く)なっています.

それでもなお,※印の個体はオグマサナエとフタスジサナエの中間的なサイズであり,腹部第10節の幅に対する長さの比がそれほど大きくない(細長くない)ように見えます.こういうのが判別困難な個体です.上の写真で右上の羽化殻は,以下で紹介する羽化観察したオグマサナエの羽化殻で,間違いなくオグマサナエです.そこで,羽化殻を裏向けてこの確実な羽化確認個体と※個体,およびフタスジサナエを比較してみました.裏向けて比較するときは,腹部第10節だけでなく腹部第9節も見た方がいいのです.

すると,※個体とオグマサナエの羽化確認個体にはほとんど違いがありませんが,フタスジサナエの方は,腹部第10節の長さも明らかに短いし,腹部第9節の最大幅に対する長さの比が明らかに小さく,長さが短く見えます.これで※個体がオグマサナエであることが確認できました.

いずれにしても,図鑑や当サイトなどで記述している区別点には,結構変異があることがこの例で分かります.確実な羽化殻の標本を手元においておくことが大切ですね.さて話を戻しましょう.


▲オグマサナエの羽化殻(上)とタベサナエの羽化殻(下)

水辺に結構羽化殻が付いており,オグマサナエが6個程度,フタスジサナエが1,2個,タベサナエは,別の池ですが,10個以上見られました.これらは昨日と今日で羽化したものと思われます.こんな感じで羽化殻を探しているとき,1頭のオグマサナエのオスが羽化途中なのを見つけました.


▲オグマサナエオスの羽化.▲

すでに何度か述べたように,羽化途中のオグマサナエとフタスジサナエの区別が難しいので,慎重に写真を検討しました.複眼背面が灰色をしていること,そしてなにより尾部上付属器の突起がはっきりと写っており,この写真の個体はオグマサナエで間違いありません.


▲上の羽化写真個体の尾部上付属器上の突起.オグマサナエであることが分かる.▲

さらに処女飛行に飛び立った個体を4頭見ました.タベサナエとオグマサナエ,あと2頭は不明です.


▲処女飛行に飛び立ち草地に止まったタベサナエのオス.▲

あと草地をうろついて,昨日以前に羽化した未熟個体を探してみました.1頭陽だまりに止まっていた未熟個体を見つけました.オグマサナエでした.


▲草地を飛び回る未熟なオグマサナエ.▲

いよいよコサナエ属も動き始めました.本格的な春のトンボシーズンの始まりです.あと数日もすれば,たくさんのコサナエ属トンボがひらひらと飛ぶようになるでしょう.それにしてもオスばかりが見つかります.やはり雄性先熟なのでしょうね.一度どこかで羽化の時期と性比を調べて確認する必要があるようです.

あとホソミイトトンボ,シオヤトンボを見つけないといけません.

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No.05. フタスジサナエ,羽化殻

カテゴリー: 兵庫県のトンボ, 観察記 | No. 949. コサナエ属羽化本格化.2024.4.13. はコメントを受け付けていません

No. 948. オグマサナエ・タベサナエ羽化.2024.4.10.

今日の朝は寒かったですが,次第に気温が上がり,快晴.11:00頃到着をめどに,コサナエ属などの羽化を見に行きました.着くやいなや,池の縁からコサナエ属が飛び上がり樹林の中の方に飛び去っていきました.羽化しているようです.羽化している個体を刺激しないように水際に目を凝らすと,1頭のコサナエ属トンボが羽化をしていました.どうやらオグマサナエのようです.


▲羽化するオグマサナエのオス.▲

羽化しているオグマサナエとフタスジサナエは,いずれも胸側条が1本しか見えず紛らわしいのですが,昨年検討したように複眼背面が灰色っぽい色ということと,この写真では尾部付属器上の突起が確認できるので,そのように判断できました.羽化したあとの羽化殻も予想どおり,オグマサナエでした.羽化殻は2個見つけましたので,2頭羽化していたことになります.この池にオグマサナエがいることは間違いないのですが,個体数は少ないです.

さらに探しますと,もう1頭羽化している個体がいました.よく見るとこれはタベサナエです.


▲隣で羽化していたタベサナエのオス.▲

タベサナエも,この羽化個体以外に1の羽化殻を採っていますので,合計2頭は羽化していたと言えるでしょう.さらに中身の入った幼虫が顔を出して定位していました.タベサナエのここの個体群は羽化が始まったと言えるでしょう.


▲水面から上半身を出し,羽化を待つタベサナエ.▲

さらに小径を歩きますと,合計5頭ほどの処女飛行を観察しました.処女飛行していた個体はすべてタベサナエのようです.


▲処女飛行に飛び立って止まったタベサナエたち.▲

いつものようにこの後に二つの池を回りましたが,そこではコサナエ属やシオヤトンボの姿は見られませんでした.オツネントンボのいた池ではオスが3,4頭飛ぶだけでした.

最後にゲストを紹介しておきます.春のこの時期にだけ姿を見せるギフチョウです.天然物のギフチョウにはなかなか出会えないので,紹介しておきます.コバノミツバツツジに吸蜜しに来ていました.


▲ギフチョウに出会えた.▲

今サクラが満開で,少し散り始めました.ちょうどこの時期に羽化するのが,オグマサナエとタベサナエです.本当に生物季節はしっかりと同調していますね.


▲満開のサクラ.少し前は4月1日にこの状態だった.▲

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No.03. オグマサナエ,オス羽化
No.04. タベサナエ,オス羽化・未熟個体.

カテゴリー: 兵庫県のトンボ, 観察記 | No. 948. オグマサナエ・タベサナエ羽化.2024.4.10. はコメントを受け付けていません

No. 947. 日本海側のホソミオツネントンボ.2024.4.7.

今日はお花見をかねて兵庫県の北部へ出かけました.北部の方はすでに満開状態で,一部散り始めています.何故か兵庫県北部の方が南部より春が早いような気がしています.いつも4月中旬以降にホソミオツネントンボを見に行くのですが,少し早いこの時期はどうだろうということで初めて出かけました.

12:00過ぎ,外気温25℃.なんと夏日です.フェーン現象なのでしょうか,南部より気温が高い気がします.ホソミオツネントンボはたくさん池に集まり,繁殖活動を行っていました.南部では昨日初めて見たのですが,この感じでは昨日もたくさん集まっていたように思えますし,出現はもっと早かったかもしれません.北部にはオツネントンボが分布しないので,ホソミオツネントンボが春一番です.ホソミイトトンボはまだ姿を現していませんでした.もちろんシオヤトンボやコサナエの姿もありません.


▲兵庫北部の春一番はホソミオツネントンボだ.▲


▲たくさんのホソミオツネントンボが繁殖活動をしていた.7頭写っている.▲

今年は3月11日を皮切りに,すでに9回観察に来ています(1回は何もいなかったので報告せず).成虫越冬種以外にはなかなか出会えていませんが,今が桜の満開なので,そんなものでしょう.あと1週間もすれば桜が散り始め,花びらが浮かんだ水面でタベサナエなどの羽化が見られるでしょう.昨年は3月が暖かかったので,異常に早く出ていたようですね.


▲産卵するホソミオツネントンボ.▲

メスで褐色のものがいますが,これはこのまま青くならずに生涯を終える個体のようですね.あと,ホソミイトトンボを探しに行かなくては...

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