No. 906. 台湾のトンボたち:均翅亜目(1).2023.5.21.

2023年5月16日から19日まで,友人と一緒に,台湾の北部へトンボを見に行ってきました.台湾には日本国内分布種との共通種も多くいて,国内種に興味がある私にとって,国外種を目的にしている友人とは違って別の楽しみを心に抱いて出かけました.なんと,私の目的の一つはシオカラトンボ属 Orthetrum のトンボを見ることです!.

観察地は6カ所で,それぞれ,観察地A:細い渓流に沿った谷筋の山道,観察地B:平地の水田地帯を流れる小川,観察地C:山間の河川,観察地D:丘陵地の池,観察地E:水が涸れた河川の畔,観察地F:やや大きな河川の上流域,となっています.

なお,カテゴリーを「観察記」とせず「エッセイ」としたのは自由な形式で,各観察地で出会ったトンボを種別にまとめて,思ったり感じたりしたことを書きたかったからです.第一回は均翅亜目(1)として,主にイトトンボ科,モノサシトンボ科,そして日本には分布しない ミナミイトトンボ科 Protoneuridae のお話です.南国のイトトンボたちは,本当にエキゾチックな色できれいなのです.拡大して大きくすることのできる写真でトンボと接するなら,イトトンボの仲間は外せない存在でしょう.

◆アオナガイトトンボ Pseudagrion microcephalum 台湾名:痩面細蟌
台湾名は「小さな顔のイトトンボ」の意味です.

今旅行で,イトトンボの一番のねらいは「アオナガイトトンボ 」です.日本では,台湾のすぐ隣に位置する与那国島にしか分布していません.これを見るためにわざわざ与那国島に渡るというのは,費用対効果が悪すぎますので,是非見ておきたいトンボです.

台湾名の「小さな顔」というのが面白く,確かに下の写真を見ると,胸部と頭部の大きさのバランスが他のイトトンボと違っていて,胸部がやや膨らんでいるような印象を受けます.色彩のせいかとも思いましたが,やはり頭部が少し小さいのでしょうか? 台湾名の命名者の観察力に脱帽という感じですね.


▲アオナガイトトンボ(B),2023.5.18. ▲

さてアオナガイトトンボを探しにこの観察地Bには,2回訪れました.17日午前と18日午後です.いずれもよく晴れていて申し分ない天気でした.午前に訪れたときには,アカナガイトトンボがもの凄い数いましたがアオナガイトトンボは少なく,しかもビュンビュン飛び回っていて,なかなか写真に撮ることができませんでした.

次の午後に訪れたときには,逆にアカナガイトトンボは目立たず,アオナガイトトンボが少し数を増やしている感じでした.アカナガイトトンボとは活動時間帯が違うのかもしれません.


▲水面を飛び回るアオナガイトトンボ(B),2023.5.18. ▲

さて,18日午後の観察で一番嬉しかったのが,アオナガイトトンボの産卵です.友人との3人での観察なので,目の数が違います.産卵しているのを見つけてくれました.


▲産卵するアオナガイトトンボのペア(B),2023.5.18. ▲

この写真を撮っているときには全く知らなかったのですが,このメス青色をしています.自宅で図鑑(日本のトンボ,原色日本トンボ成虫幼虫大図鑑,台湾的蜻蛉など)を見てみると,普通は淡緑色なのだそうです.青色メスの記述はありません.メスはアカナガイトトンボによく似た淡緑色系の色彩と記されています.


▲全身水色をしたアオナガイトトンボのメス(B),2023.5.18. ▲

そこで「Pseudagrion microcephalum female」という語でちょっと画像をググってみました.それでも青色の写真が出てきたのは一つだけ.そのサイトの記述を読んでも,メスの体色が多型であるという記述は見つかりません.ただ,緑色の体色が水色に変わりつつあるような写真が掲載されていました.

与那国島のアオナガイトトンボも,このように「変色」するのでしょうか? それとも,そういう遺伝的形質を持った個体はいないのでしょうか.面白い課題が一つ提供できそうですね.

◆アカナガイトトンボ Pseudagrion pilidorsum pilidorsum 台湾名:弓背細蟌
台湾名は「アーチ状の背中を持つイトトンボ」の意味です.

アカナガイトトンボは,かつて石垣島で実物を見たことがあります.沖縄本島以南の主な島々に分布しているトンボです.普通種と言えるトンボで,きれいな流れに入ると目にすることが多いです.しかし深紅と黒のコントラストの非常に美しい色彩をしており,エキゾチックな南国トンボの代表格でしょう.観察地Bで,アオナガイトトンボと同所的に活動していました.


▲アカナガイトトンボのオス(B),2023.5.17. ▲

この日,アカナガイトトンボは,非常にたくさん飛んでいました.しかも多くがタンデム状態です.産卵している個体もいましたが,割合敏感で写真に撮れる機会に恵まれませんでした.というか,群れの効果?でしょうか,いつかは撮れるチャンスに出会えるだろうと高をくくっていて,結局撮影機会を逃してしまいました.珍しいトンボなら産卵するまで辛抱強く待つものですが,これほどたくさんいると気が緩むのですね.いわゆる普通種ほどまともな写真がないという,よくある状況になってしまいました.アオナガイトトンボなどは1ペアだけが産卵していたのに,上のようにちゃんと記録を録りましたからね.


▲タンデムであちこち移動しているアカナガイトトンボ(B),2023.5.17. ▲

アカナガイトトンボは,まだまだ羽化が続いていました.川を歩いていると未熟なイトトンボが飛び立ちました.腹部が太くキイトトンボの仲間かと思うようなトンボもいましたが,多分これもアカナガイトトンボだと思います(ひょっとしたら誤同定の可能性はあります).また,オスの体色がまだ赤くなくてオレンジ色の未熟な個体も見かけました.これはこれでまた美しい色彩コントラストです.


▲未熟な色彩のアカナガイトトンボのオス(B),2023.5.17. ▲


▲羽化直後のアカナガイトトンボ(だと思う)(B),2023.5.17. ▲

アカナガイトトンボは,単独でもタンデムでも,よくホバリングするトンボです.

こんなにたくさんいたアカナガイトトンボですが,翌18日の午後には嘘のように少なくなっていました.タンデムペアもほとんどいなくて,静かな小川でした.繁殖活動時間帯があるのかもしれませんね.

最後に,台湾名の「アーチ状の背」という状態ですが,上の未熟なオスの写真を見ると,腹部は確かにまっすぐではなくて微妙にカーブしているようです.アオナガイトトンボのところでも書きましたが,台湾名の命名者は非常に細かい特徴に目が行っているみたいです.「赤くて細長い」,「青くて細長い」というような意味の日本名と違って,目の付け所が違うのが興味深いです.

◆コフキヒメイトトンボ Agriocnemis femina oryzae 台湾名:白粉細蟌
台湾名は「白い粉をふくイトトンボ」の意味です.

コフキヒメイトトンボは,日本では,四国中南部・九州以南,南西諸島に広く分布しています.かつては山口県にも記録があったようですが,現在はどうなのでしょうか.

観察地Bでたくさん飛んでいるのを見ました.あまりにも小さいトンボですので成熟オスの白い色だけが動き回っているのしか見えません.個体数から見れば,繁殖活動が観察できるのではないかと思いましたが,見つけることができませんでした.


▲コフキヒメイトトンボの成熟オス(B),2023.5.17. ▲


▲まだ白粉をまとっていないオス(B),2023.5.17. ▲


▲白粉をまとい始めたオス(B),2023.5.17. ▲


▲コフキヒメイトトンボの成熟メス(B),2023.5.18. ▲

今回はアオナガイトトンボという目的があったため,コフキヒメイトトンボの繁殖活動を見つけることにまで時間を割くことができなかったのが残念です.笑い話ですが,台湾でのトンボ観察において,この観察地は本格的調査一番手だったので,あらゆるトンボが初見で,あちこちに目が移ってしまい気もそぞろ状態であったということも,生殖活動にまで注意が向かなかった理由でしょう.もう一日くらいここに居たい感じでした.

◆アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis 台湾名:靑紋細蟌
台湾名は「青い紋があるイトトンボ」の意味です.


▲アオモンイトトンボのオス(B),2023.5.18. ▲

超普通種アオモンイトトンボは台湾にも分布しており,そこに限らず熱帯地方に広く分布する種類です.ただ実際にアオモンイトトンボに接してみると,かなり小型であると感じました.日本では二化目の個体に近いです.またメスには色彩多型があって,オスとの同色型と異色型がありますが,異色型の地色が日本の個体のようにくすんだ緑色ではなく,鮮やかな薄緑色をしているのが印象的でした.


▲アオモンイトトンボの同色型メスとの交尾(B),2023.5.17. ▲

17日の午前の観察では,単独個体のほか交尾が観察されました.午前中に交尾をするというのは日本と同じです.ということは,18日の午後の観察では産卵が見られるかもしれないとの期待が高まります.この午後観察では,コフキヒメイトトンボの産卵と同時にアオモンイトトンボの産卵もかなり丁寧に探しました.アオモンイトトンボの産卵は案外簡単に見つかりました.あまりに小さな個体でしたので,コフキヒメイトトンボかと一瞬見まがうほどでした.


▲異色型のメスは地色の薄緑色が非常に鮮やかである(B),223.5.18. ▲


▲アオモンイトトンボの単独産卵(B),2023.5.18. ▲

わざわざ台湾まで来てアオモンイトトンボを一生懸命探して観察する日本のトンボ屋はほとんどいないだろうと想像します.でも,よくよく観察すると,艶やかなアオモンイトトンボ異色型メスの色彩は,「ところ変われば品変わる」の格言通りでしょうか.品変わると言えば,台湾のトンボ図説「台湾的蜻蛉」の英文解説中に,「交尾は流畔で簡単に見られる」と書かれていて,この観察のように,止水環境だけでなく流水環境にも普通に生息しているのかもしれません.

身近にいるアオモンイトトンボに異国の地で出会うと,海外旅行で日本人に出会ったようなちょっと嬉しい感覚に見舞われます.

◆リュウキュウベニイトトンボ Ceriagrion auranticum ryukyuanum 台湾名:紅腹細蟌 台湾名は「赤い腹をしたイトトンボの意味です.

日本では九州中部以南に分布しています.亜種 ryukyuanum は日本・中国に分布すると書かれていて(日本のトンボ),「台湾的蜻蛉」の学名には亜種 ryukyuanum が充てられています.


▲リュウキュウベニイトトンボのオス(B),2023.5.17. ▲

この写真を見ると,胸部が真っ赤であることに気づきます.日本のリュウキュウベニイトトンボの写真を見ると胸部が黄緑色っぽい感じになっています.また「台湾的蜻蛉」の写真は,オス胸部が黄緑色をしています.このトンボの台湾名が「赤い『腹』の...」というのが,緻密な観察結果を表しているように思えます.


▲リュウキュウベニイトトンボのタンデム(B),2023.5.17. ▲

タンデム態の写真を見ると,メスは胸部が黄緑色をしていますね.リュウキュウベニイトトンボは,ここ以外では,観察地Dでも出会いました.リュウキュウベニイトトンボもコフキヒメイトトンボと同じく優先順位が低かったせいで,産卵観察にまで至りませんでした.また個体数が少なかったせいもあって,記録はこれだけです.

Paracercion calamorum dyeri 台湾名:葦笛細蟌
台湾名は「葦笛イトトンボ」の意味です.

日本のクロイトトンボの別亜種です.コクロイトトンボと呼ぶこともあるようです.ただ見かけたのは池に止まる1頭だけで,ほとんど見ることはありませんでした.でもこのコクロイトトンボ「葦笛」のどこに似ているのでしょう?


Paracercion calamorum dyeri(D),2023.5.18. ▲

次はモノサシトンボ科です.

Copera ciliata 台湾名:環紋琵蟌
台湾名は「環状の紋を持つモノサシトンボ」という意味です.

日本では「ミナミモノサシトンボ」と呼ばれることもあります.一見すると,日本のモノサシトンボとほとんど同じに見えます.


Copera ciliata (D),2023.5.18.色彩・外観とも日本のモノサシトンボと酷似.▲

ミナミモノサシトンボが集まっている場所は,日本のモノサシトンボ同様,日陰の場所でした.台湾的蜻蛉の解説にも,日陰の草地を好む,と書かれています.


▲池の横の水路で繁殖活動をするミナミモノサシトンボ(D),2023.5.18. ▲

この池の隣の池では,ミナミモノサシトンボの三連結に出会いました.オス-オス-メスの連結で,先頭のオスは重い2頭分の重さを持ち上げて,移精行動をしていました.先頭のオスは自分のつかんでいる個体がオスであることに気づかないのでしょうか? この後交尾がどうなったかは,残念ながら時間切れで確認できていません.


▲ミナミモノサシトンボの三連結(D),2023.5.18. ▲

それにしても,よく似たトンボが別種となって他国にいるのですから,なんかトンボの進化が,大型動物などに比べ割合短時間で起きているような気がしてなりません.

Copera marginipes 台湾名:脛蹼琵蟌
台湾名は「脛節が水かきのようになったモノサシトンボ」の意味です.

日本名はキアシイトトンボとなっています.台湾名の「水かき」というのはちょっと合わないように思えますが,よく見ると少し脛節が膨らんでいるような感じです.グンバイトンボほどではありません.ここでも,黄色い脚というパッと見て分かる日本名と,ものすごく微妙な特徴に目を付けている台湾名との違いが出ていますね.

このトンボには2回だけで会いました.台湾的蜻蛉によりますと,一般的には止水性の種のようで,用水路などにも生息すると書かれています.私が出会ったのは観察地Bと観察地Cという,いずれも河川でした.


Copera marginipes 未熟なオス(B),2023.5.17.  ▲

観察地Bで見たのは未熟なオスの個体でした.腹部の大方の各節が白くなっています.この川は水田の横にある川なので,水田の止水で生活している個体が小川の草地に入り込んだのかもしれません.

一方観察地Cは山間の河川でまわりに水田などはありません.南国では止水性の種が流水環境に入り込むことはよくあることです.ベニトンボなどは,沖永良部島では河川性の種かと思うほど普通に川で幼虫がすくえます.ここで見たキアシイトトンボは成熟したオスでした.腹部各節は黒くなっています.


▲キアシイトトンボの成熟オス.確かに脛節が膨らんでいる(C),2023.5.18. ▲

成熟個体は脚の黄色や胸側の薄緑色が派手に輝く,やはり南国のトンボという感じです.台湾に分布するモノサシトンボ属 Copera はこの2種だけで,モノサシトンボ属は全種制覇したことになりました(笑).なお,メスには出会えませんでした.メスは地味な色彩をしているようで,特に未熟なメスは脚も含めて全身が真っ白のようで,ちょっと興味を惹かれるトンボです.

次は ミナミイトトンボ科 Family Protoneuridae です.

Prodasineura croconota 台湾名:朱背樸蟌
台湾名は「朱色の背をしたミナミイトトンボ」という意味です.

このトンボの属するミナミイトトンボ科 Protoneuridae は日本には分布していません.台湾にもこの1種だけが分布しています.日本名は「タイワンミナミイトトンボ」と名付けられています.観察地Cだけで見ることができました.

キアシイトトンボを見つけた後,イトトンボに気をつけながら川を遡って歩いているときでした.水面にオレンジ色の点が見えました.真っ黒な地色にオレンジ色がライトのように輝くイトトンボ,こんな色彩のイトトンボは見たことがありません.まさに南国的色彩の派手なトンボです.そしてほとんど1点でホバリングをしています.


▲タイワンミナミイトトンボ Prodasineura croconota オス(C),2023.5.18. ▲

2頭が,川の植生のあたりを飛んでいました.しばらく飛ぶと枝の先に止まりました.飛んで止まるだけの観察でした.メスを見つけることはできませんでした.


▲ 陰を飛ぶとオレンジ色だけが輝いて見える(C),2023.5.18. ▲


▲ ほとんど1点でホバリングするので撮影しやすい(C),2023.5.18. ▲


▲エキゾチックな南国トンボです(C),2023.5.18. ▲

ということで,均翅亜目の3つの科,イトトンボ体型のトンボたちを紹介しました.最後に今回出会えなかった台湾に分布するイトトンボ体型のトンボについてまとめておきましょう.

(1) アオイトトンボ科 Lestidae 3種.
・6月以降の出現のようで出会えませんでした.
(2) ミナミアオイトトンボ科 Synlestidae 1種.
・過去に記録のあった地に出向きましたが,気温が低く見られませんでした.
(3) ヤマイトトンボ科 Megapodagrionidae 1種.
・観察に出かけましたが気温が低く何も見られませんでした.
(4) モノサシトンボ科-ルリモントンボ属 Platycnemididae - Coeliccia 2種.
・河川に多く行ったにもかかわらず見つけられませんでした.
(5) イトトンボ科 Coenagrionidae 10種.
・記録がわずかな5種が含まれ,実際は5種ほどが見られていないと言ってよいでしょう.

次回は均翅亜目(2)として,カワトンボ科,ミナミカワトンボ科,ハナダカトンボ科で,出会えたトンボたちを紹介します.

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