No. 907. 台湾のトンボたち:均翅亜目(2)2023.5.23.

台湾のトンボたちの二回目は,均翅亜目のうち,カワトンボ科,ミナミカワトンボ科,ハナダカトンボ科の紹介です.このうち私が特に見たかったのがハナダカトンボ科です.日本国内では,西表島や小笠原諸島など,非常に限られた場所でしか見ることができないトンボです.台湾には,ハナダカトンボ科のトンボは3種が分布しているようですが,そのうち北部で見られるのは1種だけです.あとは中部と南部に見られ,しかも非常に限局的な分布をしているようです.

北部で見られるのは,Helicocypha perforata perforata という種で,日本名はスキバハナダカトンボと言います.中国,香港,ラオス,台湾,ベトナムに分布している,かなり数の多いハナダカトンボです.それではハナダカトンボ科から紹介していきましょう.

Helicocypha perforata perforata 台湾名:棋紋鼓蟌
 台湾名の「棋紋」というのは「碁の紋様」という意味です.

まず台湾名ですが,これはいったいどこから付いたのでしょうか.碁の紋様? 下の写真を見てもちょっと想像がつきません.水色の斑点が白石が並んでいるように見えるためでしょうか?.


Helicocypha perforata perforata のオス(C),2023.5.18. ▲


Helicocypha perforata perforata のメス(C),2023.5.18. ▲

観察地に着くと,次に紹介するナカハグロトンボ Euphaea formosa に混じって,あちこちオスが飛んでいました.「台湾的蜻蛉」にも,ナカハグロトンボと同所的に生活していると書かれていて,本当に隣同士で止まっているような状況でした.


▲特に探すまでもなく止まっているスキバハナダカトンボ(C),2023.5.18. ▲

ハナダカトンボといえば,オス同士が向かい合って闘争するシーンを是非見たいものです.これ,うまい具合に足下で,それも相当長時間やってくれました.でも,写真はことごとくピンボケ.こういう写真を撮るために普段から飛ぶトンボを撮る訓練をしていたのに,いざ本番でうまくいきませんでした.大量に撮った中からかろうじて紹介できそうなのを掲げておきます.


▲スキバハナダカトンボのオス同士の闘争(C),2023.5.18. ▲

オスの翅の内側が,継ぎはぎのように紫色に光っているのが見えます.これは何か意味があるのでしょうね.今回の観察では全く分かりませんでした.

最初のうち,オスはかなりの数が川に出ていて活動しているのが見られましたが,メスの姿が見当たりませんでした.メスを探しに川を歩いてみると,河畔の木の葉に止まっているのが見られました.


▲河畔の木の葉に止まり出動機会をうかがっているメス(C),2023.5.18. ▲

時刻はお昼頃になりました.それまであまり姿を見せなかったメスが川面に降りてきて目立つようになりました.交尾は観察できませんでしたが,1頭のオスがメスを気にしながら止まっている姿に出会いました.今までの観察の経験から,これはメイティングしたペアに違いないという直感がしました.


▲オスが少し離れたメスを見てじっと止まっている(C),2023.5.18. ▲

ちょっとメスの方にピントが来ませんでしたので,アップで別々に示しておきましょう.


▲おそらくメイティング・ペアと思われるオスとメスの静止(C),2023.5.18. ▲

しばらく観察していると,メスがおもむろに飛び立ち,産卵を始めました.こういう普通種でも,産卵を見るのはそれなりの幸運が必要です.まず見つけるのが結構大変です.実際,スキバハナダカトンボより数多くいたナカハグロトンボの産卵は見つけることができませんでした.


▲最初のうちオスはメスのすぐ近くに止まり警護する(C),2023.5.18. ▲


▲オスの脚の白い筋がメスを囲う檻のように見える(C),2023.5.18. ▲


▲止まっているメスのすぐ横に止まり警護する(C),2023.5.18. ▲


▲メスが飛び立つとオスも飛び立つ(C),2023.5.18. ▲


▲中肢・後肢の内側の白い部分を際立たせるようにして飛ぶ(C),2023.5.18. ▲

メスが産卵を始めた頃には,オスはメスにぴったりと寄り添うように止まったり飛んだりしながら警護をします.中肢・後肢の内側が白くなっていて,それを前面に向け,飛び立ったメスを囲んで誘導するように飛びます.ハナダカトンボでよく見られる姿勢です.またパッチワークのような紫色の翅の輝きも見せつけています.


▲少し離れたところで見守るオス(C),2023.5.18. ▲

しかし,産卵も時間が経ってくると,オスの警護も落ち着いた少し緩やかなものになってきます.メスのすぐ横にへばりつくというより,上の写真のように少し離れてなわばりを見渡すような位置に止まっています.このメスはもう十分自分の精子で受精した卵を生んだから,次にまた新しいメスを待つほうが得策だとでも考えているのでしょうか.

一方でメスの方は,まだまだ産卵したりないらしく,黙々と産卵を続けています.


▲黙々と産卵を続けるメス(C),2023.5.18. ▲

ハナダカトンボの産卵を十分に満喫できました.地元では普通種でいつでも見られるのでしょうが,やはり異国にいる私にとって,とても刺激的な時間を過ごせました.惜しむらくは,もうちょっと美しい場所で産卵してほしかったと思います.最後に撮った水面ぎりぎりのショットでは,この雑然とした産卵場が水の反射で写らなくなって,ちょっとましになりました.基本的に朽ち木に産卵することは分かりました.

ということで次はナカハグロトンボ Euphaea formosa です.

Euphaea formosa 台湾名:短腹幽蟌
台湾名は「腹部が短いミナミカワトンボ」という意味です.

台湾にはミナミカワトンボ科のトンボが2種います.ひとつがこのナカハグロトンボ Euphaea formosa で,もう一つがヒメカワトンボ Bayadera brevicauda brevicaudaです.ヒメカワトンボは石垣島にいるチビカワトンボ Bayadera brevicauda ishigakiana の原名亜種です.「日本のトンボ」によりますと,ナカハグロトンボは,八重山諸島にいるコナカハグロトンボ Euphaea yayeyamana と遺伝的に非常に近いと書かれています.いずれにしても,台湾のこの2種は八重山諸島のミナミカワトンボ科の2種と非常に近縁であるということです.そして同じようにこの2種だけが分布しているという点も,八重山諸島と台湾の生物学的な近さを示しているのかもしれません.

ナカハグロトンボは,観察地A,B,Cの3カ所で見ることができました.結構どこにでもいるようですね.観察地A,Bではそれほど個体数が多いわけではなく,ぽつんと1頭が止まっているといった状態でした.そんな中で一つ感じたのは,ぽつんといるときは翅を閉じて止まっていることが多いのに対し,密度が高くしきりに繁殖活動をしている場所では,翅を開いて静止する個体が多いということです.


▲翅を閉じて止まるナカハグロトンボのオス(B),2023.5.17. ▲


▲翅を開いたまま閉じずに止まるナカハグロトンボ(C),2023.5.18. ▲

繁殖活動が盛んに行われており密度が高い場所では,翅を開いてこの黒褐色の翅を見せることが何らかの他個体に対する信号になっているのかもしれません.


▲翅を開いたまま着地するという感じでそのまま開き続ける(C),2023.5.18. ▲

台湾でもっとも数の多い川のトンボであると「台湾的蜻蛉」には書かれており,とにかくまわりを非常にたくさんの個体が飛び回っていました.交尾態になっているものもそれなりに多かったです.


▲とにかくあちこちに止まっているナカハグロトンボ(C),2023.5.18. ▲

とにかくこれだけいるのだから,産卵する姿も簡単に見られるだろうと思い,あちこちの朽ち木を見て回りましたが,全く見つかりませんでした.これは後でこのブログを書くときに「台湾的蜻蛉」を見て気づいたことですが,どうやらこいつは潜水産卵をするのが普通なようで,単独でも連結でもするそうです.以前,潜水産卵を常態とするムスジイトトンボでも,なかなか産卵が見られないと思いながら過ごしてきた経験が,この場面で役に立ちませんでした.事前の下調べが不十分だったことなど,不覚です.潜水産卵しているという目で探しておれば,これだけの個体数です,見つけていたかもしれません.

ということで,意外と単調な観察に終わってしまいました.なお,ヒメカワトンボは,生息記録のある場所へは行ったのですが,見いだすことができませんでした.

次はカワトンボ科です.台湾に分布するカワトンボ科のトンボは,全部で3種1亜種(4種類)です.そのうち,3種と出会うことができました.他の一亜種はキヌバカワトンボ Psolodesmus basilaris dorothea と呼ばれ,台湾の中南部に分布していますので,今回は出会う可能性はほぼありません.

Matrona cyanoptera 台湾名:白痣珈蟌
 台湾名は「白い縁紋(原意はほくろ)のあるカワトンボ」の意味です.

さてまず紹介するのは Matrona cyanoptera です.日本名をタイワンハグロトンボといいます.台湾名の白い縁紋のあるトンボというのは,メスの偽縁紋のことをいっているのでしょう.ただ,他の2種1亜種にも,メスには白い偽縁紋があります.

このトンボは国内に分布するリュウキュウハグロトンボ Matrona basilaris basilaris と同属のトンボで,色彩もよく似ています.オスの翅はアオハダトンボより青みが鮮やかできれいなトンボです.メスの翅は茶色の地味な感じがしますが,実は内側には非常に美しい青色部分があるトンボです.チョウでいえばコノハチョウのような感じですね.ただ,このトンボはどういうわけか止まったときに翅をパタパタと開閉しないので,メスの翅の内側を見ることが難しい.唯一産卵時によく翅の開閉を行うので,なんとか産卵するメスを見つけねばなりません.


Matrona cyanoptera のオスとメス(C),2023.5.18. ▲

タイワンハグロトンボは観察地C以外にも,観察地AやBでも出合いました.


▲観察地Bで見たタイワンハグロトンボ(B),2023.5.17. ▲


▲観察地Aで見たタイワンハグロトンボ(A),2023.5.16. ▲

ナカハグロトンボをかき分けながら進むと,水生植生がかたまっているところに少し数が集まっていました.とそのうちの1頭のオスがメスに向かってホバリングのディスプレイを見せ,すぐにタンデムになりました.そして交尾を始めました.近づくと敏感に感じ取って逃げていきます.途中で交尾も解消しタンデムで逃げていきました.そのうち植生の向こう側に隠れて見えなくなってしまいました.


▲タンデムで遠ざかっていくタイワンハグロトンボ(C),2023.5.18. ▲

仕方ないのでこれは諦め,別のトンボに集中しました.しばらくして上流の方に移動してみましたら,1頭のオスが2頭のメスをなわばり内で産卵させているのに出くわしました.翅をパタパタと開閉しながら産卵しています.しかし近づこうとすると1頭のメスは産卵を止めて逃げていきました.かなり敏感ですね.もう1頭も少し移動しましたが,なんとか近い場所で産卵を続けてくれました.


▲1頭のメスは飛び去ったが,残りの1頭は移動しながらもその場にとどまった.▲


▲産卵メスが翅を開いた瞬間.青色が美しい(C),2023.5.18. ▲

メスの開いた翅は,黒い縁取りに明るい青色が輝いて,とてもエキゾチックです.この写真を見ていると,台湾名の「白い縁紋のあるカワトンボ」というのがうなずけます.

Mnais andersoni tenuis 台湾名:細胸珈蟌
 台湾名は「細い胸のカワトンボ」の意味です.

このトンボは,日本のアサヒナカワトンボやニホンカワトンボに似ています.日本名はタイワンカワトンボです.他のカワトンボに比べ春早くに現れるようで,今回の観察時期はもうかなり末期に近いように感じられました.出会ったのもただの1頭だけ.特別な観察も出来ずじまいでした.


Mnais andersoni tenuis のオス(C),2023.5.18. ▲

台湾では,北部と南部に分布し,散発的に見られる種と書かれています.南部に比較すると北部には限局的に数の多い個体群が存在するようです.そういうこともあって,わずか1頭ではありますが,出会えたのかもしれません.兵庫県の河川では,ニホンカワトンボ,アオハダトンボ,ハグロトンボというふうに春から夏にかけて順次カワトンボが出てきますが,台湾でも,タイワンカワトンボ,タイワンハグロトンボと時期をずらして出てくるのかもしれません.もっとも三番目がありませんが….

Psolodesmus mandarinus mandarinus 台湾名:中華珈蟌
 台湾名は「中国のカワトンボ」の意味です.

日本のクロイワカワトンボ Psolodesmus kuroiwae に近いカワトンボです.以前は日本のクロイワカワトンボも Psolodesmus mandarinus kuroiwae という学名が付されていて,本種の亜種の位置づけでした.本種の日本名はシロオビカワトンボといいます.中国本土と台湾に分布しており,それが台湾名の「中国のカワトンボ」の命名につながっているのでしょう.

今回の観察行では,観察地Aだけでその姿が見られました.個体数はそこそこでした.


Psolodesmus mandarinus mandarinusオス(A),2023.5.16. ▲


Psolodesmus mandarinus mandarinus メス(A),2023.5.17. ▲

このシロオビカワトンボは台湾に着いて始めて見たトンボで,ああ海外に来たな,という実感を抱かせてくれたトンボでした.どちらかというと薄暗い場所に集まっているような印象を持ちました.「台湾的蜻蛉」にも同様の記述があります.あまり活動的でないトンボで,時々摂食のような動きは見せますが,薄暗いところにじっと止まっているだけです.翅の白い模様だけが目立ちます.


▲実際の暗いところにいる感じを出した写真.(A),2023.5.17. ▲

このトンボが集まっているところに,山の水を送る送水管が破れて水が漏れ,それが山道に流れ出て浅い水路になっている場所がありました.初日の夕方にここを訪れたとき,友人が2,3頭ここで産卵していたと言っていたので,後日(実はここには3回来ている)産卵を期待して夕刻に待ったのですが,私は産卵を観察することができませんでした.この場所の産卵基質としては,もともとが山道であることもあり,落ち葉のようなものしかありません.帰国後「台湾的蜻蛉」を読むと,水中の落ち葉にも産卵すると書かれており,納得しました.


▲オスがメスを見つけて交尾しようとしている.(A),2023.5.17. ▲

2日目にここと訪れたときに,オスがメスを捕らえ交尾に至ったシーンを目撃しました.追跡しようと近づくとどんどん逃げていき,結構人の動きを気にするトンボでした.結局見失い,その後はどうなったか分からず仕舞いでした.この日もうちょっと粘っても良かったかもしれません.というのは,他にオオメトンボが飛ぶ水たまりがあったため,そちらも気になり,移動したのです.そして,なんとその後でここをタイワンミナミヤンマがなわばり活動をするように飛んだそうです.二重の意味で残念でした.


▲顔や胴体だけを見ていると普通のカワトンボと変わりない.(A),2023.5.17. ▲

以上で,均翅亜目(2)の内容は終わりです.次回はこの旅行の目的の一つ,台湾のシオカラトンボ属について,見たり感じたりした内容を紹介しましょう.

最後に見ることができなかった均翅亜目の残りをまとめておきます.

(1) カワトンボ科 Calopterygidae 1亜種
・南部に分布する Psolodesmus mandarinus dorothea
(2)ミナミカワトンボ科 Euphaeidae 1種
・Bayadera brevicauda brevicauda
(3) ハナダカトンボ科 Chlorocyphidae 2種
・南部に分布する稀種 Libellargo lineata lineata,中部に分布する Aristocypha bibarana

というところで,北部に分布するトンボはほぼカバーできてたことになります.

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