トンボ歳時記総集編 9月中旬−10月

日陰で活動を開始するアカトンボ
写真1.樹林に囲まれ,浮葉植物が繁茂する山の中の池.

 アカトンボの活動が盛んになる秋,目立たないところで早々に活動を始めているアカトンボがいます.それが,ナニワトンボとリスアカネです.どちらも夏の盛りから活動を始めていますが,ほとんど目につかないため一般の方々にはあまり知られることがありません.ナニワトンボについては7月7日の産卵観察例が大阪府で報告されています(宮崎,2018).リスアカネについては,私自身の7月31日の産卵観察があります.もっともこの時期はいずれも数は少なく,秋の盛りのように,たくさんの個体が次々に産卵にやってくることはありません.ここでは,こういった気の早いアカトンボたちを紹介することにしましょう.

 まずナニワトンボから.ナニワトンボは,赤くならないアカトンボとしてよく知られています.ナニワトンボについては,別の記事で詳しく紹介していますので,ここでは,兵庫県での観察例を季節を追って紹介するにとどめます.
 ナニワトンボは,兵庫県では,ため池に棲んでいます.水落で岸の部分に底が露出し,そこに樹木が覆い被さって陰をつくっているようなところに,数多く集まっています(写真1).羽化は6月中下旬から行われているようで,7月の初めには池に現れています.羽化直後のオスはまだ青灰色の粉は吹いていなくて,黒と黄色のまだら模様です.私は7月15日にこのような個体を採集したことがあります(右図).7月下旬にもなると,このような個体は見られなくなり,オスは青灰色の粉を吹いています.

写真2.7月24日.日陰に止まるナニワトンボのオス.もうすでに青灰色の粉を吹いているが,その下に,黒い斑紋が透けて見えている.
写真3.8月6日.ほとんど7月の状態と変わりないが,日の当たらないところで暮らしていて,秋を待っている.

 繁殖活動が始まるまでの期間は,多くが池の岸近くの樹林内で暮らしています.池から遠く離れたところで見つかったという事例はあまりありませんので,一生池とその周辺の樹林で暮らしているものと思われます.しかし,秋に満水状態で産卵環境が失われると,その池で見られる個体数が減ってしまったり,逆にほとんど姿が見られなかった池でも,秋に水が落とされて産卵環境に適した環境が現出すると複数の個体が集まってきたりと,それなりに移動はしているようです.

写真4.8月21日.夏,池の近くの樹林内で生活するナニワトンボたち.

 産卵活動が盛んになるのは,9月中旬からです.10:00を過ぎたあたりから,次々に連結ペアが産卵に訪れます.交尾は,池の近くで行われているようですが,あまり頻繁に見かけることはありません.連結産卵が中心ですので,単独産卵にやってきたメスを捕まえて交尾するといった事例の観察は少ないようです.産卵に来る前や産卵が終わった後に,周辺で,オスがメスを捕まえて交尾が行われていると思われます.

写真5.9月18日.左:9:32,右:9:37.池の畔の樹木の中で休むナニワトンボのオス.これから活動開始だ.
写真6.9月18日.左:11:25,産卵が終わった後にメスを捕まえて交尾しているのだと思われる.右は,池から少し離れたねぐらで休んでいるメス.

 産卵は,水落で底が露出した岸辺で行われます.まだ暑い9月の段階では,ほとんどが日陰の場所で行われています.水落がされてしばらくすると,陸生の草が生えてきますが,その間に入りこんで,産卵をする姿が見られます.通常は連結産卵ですが,産卵の最後の方,時にはかなり早い時期にオスはメスを放してしまって,メスが単独産卵することも稀ではありません.また,初めから単独でやって来て,産卵後そのまま去って行くメスも見られます.

写真7.9月18日.底が露出した岸に生える陸生植物の間で産卵をするナニワトンボのペア.
写真8.9月18日.連結産卵から単独産卵に移行することが多い.卵が落下しているのが見える.
写真9.9月22日.うす暗い岸の斜面で産卵するナニワトンボのペア.タンデム状態で産卵途中に止まることもよくある.
写真10.9月17日.枯れ木が散乱している上から産卵するナニワトンボのペア.
写真11.9月17日.枯れ木が散乱している間に入りこんで空中産卵を続けるナニワトンボのペア.
写真12.9月20日.岸に堆積した落ち葉の上で産卵するナニワトンボのペア.
写真13.9月20日.右へ左へ飛びながら産卵する.どんなときも,まったく水がないところで産卵をするのだ.

 メスが単独で産卵を始めた後,静止して卵を数珠状に放出する,遊離性静止産卵を行うことがあります.他のアカネ属でもときどき報告がありますが,ナニワトンボでは見られる頻度が少し高いように思えます.連結した状態でも稀に静止して卵を放出し続けるメスの姿が見られます.

写真14.9月22日.単独産卵するメス.ナニワトンボはかなり長い時間単独産卵をすることがある.
写真15.9月22日.遊離性静止産卵を行うナニワトンボのメス.単独産卵をしているときに,止まって,卵を数珠状に絞り出した後,落下させる.

 私は,10月になると平地の明るい池に別のアカトンボを見に行くようになるため,ナニワトンボの10月の観察記録をほとんど持っていませんが,ナニワトンボは10月になってもまだまだ産卵を続けているようです.10月の記録というと,別のアカトンボを見に行ったときにたまたま見かけたといったものになっています.図鑑などによると,秋が深くなると,それまで日陰での産卵活動が中心だったのが,日向へ出てくるという記述があります.そして生き残りは11月中には姿を消すようです.

写真16.10月23日.日当たりのよい場所に生えているオナモミの葉に止まって暖をとっているナニワトンボのオス.
写真17.10月15日.木の枝に止まっているメス.木陰ではなく,日の当たる場所に止まっているのが印象的だった.

 では次はリスアカネにいきましょう.リスアカネはナニワトンボとほとんど同じような生活をしています.ナニワトンボが現れる場所には,必ずといってよいほどリスアカネが現れます.そしていっしょに産卵活動をやっています.しかし逆は成り立たないようで,リスアカネのいるところには必ずしもナニワトンボがいるとは限りません.リスアカネの方が,やや環境選択性が広いからでしょうか?
 リスアカネの羽化は6月を中心に行われているようです.野外では6月10日に観察例があります.また6月11日に採集した終齢幼虫が,6月19日,6月21日に羽化した記録があります.開翅直後には翅の先端のノシメ斑は濃く出ていません.少し時間が立ってから色がつくようです.

写真18.左:6月10日,右4枚:6月19日.野外での羽化の観察(左)と,自宅羽化(右).自宅羽化の幼虫は6月11日に採集したもの.

 リスアカネも7月から繁殖活動を行っています.私は7月下旬にヤブヤンマの観察のため,うす暗い樹林の中の池を訪れることがあるのですが,そのときに,暗い樹林の中を飛ぶ成熟したリスアカネを見ることがあります.数は多くはありません.その後8月中にもときどき交尾や産卵を目撃することがあります.この時期は,少数がうす暗い林縁の水辺でひっそりと繁殖活動をしています.

写真19.7月16日.うす暗い林内に静止するリスアカネのオス.
写真20.7月20日.うす暗い林の中でひっそりと過ごすリスアカネのオス.
写真21.7月31日.うす暗い林内で連結打空産卵を行っているカップル.秋ほどの長時間ではなかったが,連結産卵の後単独産卵に移行し,メスは飛び去った.
写真22.左:8月13日,右:8月7日.真夏,林縁のこもれ日のもとで交尾するカップル(左)と,林内で休息しているオス(右).いずれも成熟している.

 繁殖活動が盛んになるのは,ナニワトンボと同じく9月に入ってからです.9月中旬,写真1のような水落をしたため池を訪れると,たいがいリスアカネを見ることができます.リスアカネもどこで交尾しているかあまりはっきりしません.タンデム状態で池を訪れ産卵を始めます.今まで見た交尾は,だいたい池の畔の草原や樹林の陰でした.池のまわりでメスを見つけて交尾しているのだと思われます.

写真23.9月26日.池岸の草むらで産卵するリスアカネのペア.
写真24.9月26日.日陰の草むらで産卵するリスアカネのペア.
写真25.9月17日.枯れ木が転がっている地面の上で産卵するリスアカネのペア.卵が落ちているのが見える.
写真26.9月17日.連結打空産卵のペア.メスの腹端に卵が付いているのが分かる.9月頃は,このようにうす暗い日陰で産卵するのがふつうである.
写真27.9月17日.連結打空産卵からオスがメスを放して,警護付きの単独産卵に移行したペア.

 リスアカネの産卵は10月に入っても続いていて,まだまだ盛んです.ナニワトンボに比べて遅くまで産卵活動をしているようです.11月に入ると数はかなり減りますが,まだ産卵するペアを見ることができます.しかし11月のペアはもうボロボロといった感じの老熟個体です.10月中旬から11月になると,日陰で産卵することは少なくなり,日向で,キトンボなどに混じって産卵する姿が見られます.

写真28.左:10月17日,中・右:10月29日.日の当たる林縁で繁殖活動を行うリスアカネ.時にジョロウグモに捕まって餌となるものも出てくる.
写真29.10月18日.日向で産卵するリスアカネのペア.これは兵庫北部であるが,かなり遅くまで産卵を続けているのが分かる.
写真30.左:11月15日,右:11月25日.11月に入っても繁殖活動が見られる.左は交尾,右は日向で体温を上げているところと思われる.
写真31.11月25日.日当たりのよい岸辺で,落ち葉の上で産卵をするリスアカネのペア.
写真32.11月25日.気温が低くなった季節には,産卵を中断して,温かい石の上などに止まって,体を温めることが多くなる.
写真33.11月25日.このペアは,少なくとも3回産卵途中で静止した.

 11月下旬まで繁殖活動をしているリスアカネですが,さすがに12月に入るとその姿は見られなくなります.ただ一例,12月4日に地面に止まっているリスアカネのオスを見たことがあります.7月に産卵を始めて11月末まで,4ヶ月間繁殖活動を続けるリスアカネ,6月から10月まで産卵を続けるネキトンボに匹敵する繁殖期間の長さです.

写真34.12月4日.12月まで生き残ったリスアカネのオス.羽化開始が6月,約半年近く出現期間があるアカトンボである.