トンボ歳時記総集編 9月

川に棲むアカトンボ
写真1.石がゴロゴロした水量の少ない川.

 ミヤマアカネは,昔は水田のアカトンボという感じでした.兵庫県においては,今は水田ではほとんどその姿を見ることができません.現在ミヤマアカネが生き残っている場所は,そのほとんどが小川や細流なのです.その理由に関しては,Higashikawa et al.(2016)が,川に生息する個体群を使って,幼虫の生活場所の調査から次のように考察しています.
 それによると,卵越冬後,3−4月に孵化した頭幅長1mm以下の幼虫は,川の中でも水の流れていない部分に多く見られ,成長するにつれて次第に流れの速い場所に移動していく,というのです.このことから,ミヤマアカネ幼虫が成長するためには,止水部分と流水部分,さらにその移行部分が連続的につながっているような水環境が必要だと述べています.そして,かつてミヤマアカネが水田に多く見られたのは,用水路と水田が,その流入口,排水口でつながっていて,止水環境と流水環境が連続していたからだと説明しています.
 これをもとに考えると,最近水田地帯でミヤマアカネが見られなくなったのは,圃場整備等によってこのような水環境が消失したからと考えられます.そしてアキアカネ減少でよく言われている薬剤使用が,それに追い打ちをかけているのでしょう.
 しかし考えてみると,逆に川には,ふつう止水的環境はありません.若齢幼虫が流れのゆるい場所で生活している一番大きな理由は,サイズの小さな遊泳または底生餌生物が流れの速いところにいないからではないかと想像できます.つまりミヤマアカネはどの川でも生息できるというわけではなく,「若齢幼虫が育っている間安定して」流れのゆるい場所が出現するような川でしか,「安定した」個体群が維持できないということになるでしょう.一般に,こういった川は少ない,あるいはそういう環境はあったとしても面積が小さいと思われますので,ミヤマアカネは,特定の場所でしか見られなかったり,いても個体数が非常に少ないというようなことになるのだと思われます.

写真2.9月3日.石がゴロゴロした山地の川畔の草地に止まる,未熟なミヤマアカネのメス.

 最近,ミヤマアカネを観察できる場所は,だいたいが石がゴロゴロしていて,その間を水が流れている,どちらかといえば水量が少ない小川である,という共通点があるように感じています.こういう川には,ミヤマアカネの生育条件を満たす微小環境が存在するからかもしれません.まず,そういったところで見つかった,ぽつんと1頭だけ止まっていたミヤマアカネたちを紹介しましょう.どういうわけかメスばかりなのですが...

写真3.左:7月31日,右:8月22日.いずれの生息地も,すぐそばに,湿地的環境があって,その中に細い流れが存在する.いずれも1頭のみの発見であった.
写真4.左:8月19日,右:8月30日.やはり,いずれの生息地でも他の個体の発見はない.山地を流れる,石がゴロゴロした川のそばであった.

 ミヤマアカネの消長図は,7月中旬から現れ,その後徐々に増加し,8月中旬には増加がストップするような曲線を描いています.ミヤマアカネは,異なる川の間の移動はあるようですが,だいたいは生息地にとどまっていて,未熟なときも川から離れて移動しているようには見えません.そういうこともあって時期によらず見つけやすいので,羽化が進むにつれて発見数が増加するような曲線になっているものと思われます.9月中旬に至るまで未熟な個体が多く見られ,本格的に繁殖活動期に入るのも9月中旬からです.

写真5.9月2日.ミヤマアカネオスの未熟な個体の体色の変化.初めはメスと同じような褐色(1)で,腹部が赤みを帯び(2),やがて縁紋も赤みを帯びる(3).
写真6.9月27日.前額,胸部,腹部,尾部付属器,縁紋すべてが赤く色づき翅のバンドも赤みを帯びた色に変わって成熟したオスが,流れに出ている.

 写真5のように,羽化後しばらくのオスは,腹部や胸部はメスと同じような褐色をしています.時間が経つと,まず腹部が赤くなり始めます.そして,縁紋や尾部付属器が赤みを帯びてきて,最終的に,胸部,頭部も赤くなって成熟します.未熟な間は河原の植生や近くの草原で生活しています.オスは,成熟すると流れに出てきて,メスを待つようになります.
 交尾は,河原で行われています.オスは,飛び立ったりして動いたメスを捕まえて,移精行動をした後,交尾を行います.午前中,10:00頃が多いようですが,交尾がやたらに目立つ時間帯があります.交尾の時間帯が決まっているのかもしれません.草に止まって交尾するのがふつうですが,流れの上で,産卵場所をさがすように交尾態で飛ぶペアもいます.交尾が終わるとタンデムのまましばらく飛んだり止まったりします.またすぐに産卵に入るペアもあります.

写真7.左:9月29日 9:55,右:9月18日 9:53.10:00頃に交尾が多く見られる.
写真8.左:9月19日 9:41,中:9月29日,9:13,右:9月19日 9:47.交尾前後のタンデム状態.結構タンデムで止まることが多い.

 交尾後,タンデムのまま,産卵が始まります.交尾が10:00頃に多く見られることから,産卵は10:00から11:00ぐらいにかけて多く見られます.卵を置くポイントはさまざまです.水の少ない日には,石ころの間に水面が顔を出しているような場所で産卵する個体を多く見かけます.こういったところで産卵するときには,ペアはていねいに石のすき間をねらって腹端を打ちつけて卵を置いています.これは若齢幼虫が流れのゆるいところで生活するということにつながる産卵行動に見えます.

写真9.9月13日.水が少なく伏流している水が,川底の石の間から顔を出している小さな水たまりに集まって産卵するミヤマアカネ.
写真10.9月13日.石のすき間に打水するミヤマアカネのペア.
写真11.9月13日.打水のポイントは,石のすき間の水面,植物沈積物のたまっている石の間など,卵が流されにくそうなところである.
写真12.9月13日.打水のポイントをさがして低空を飛ぶミヤマアカネのペア.
写真13.9月13日.石のすき間に産卵を続けるミヤマアカネのペアたち.

 一方で,雨の後など水量が多いときは,流れている水面や,水際などに卵を置くように打水しています.しかしこういった場合でも,流れに揺らぐ植物のそばに打水することが多いようです.この行動は,卵が植物体に引っかかって,流されにくくなることを期待しているものかもしれません.ただ,流れのまん中の植物が全くないところで産卵しているペアもいますので,どこまでこの習性が一般的なものかは分かりません.

写真14.9月18日.草の生える流れで,草にもぐりこんで産卵をするミヤマアカネのペア.
写真15.9月18日.流れの上を飛ぶペア(左)と,草が流れに現れているポイントに腹端を浸けているペア(右).
写真16.9月18日.水量が多いとき,ちょうど流れに現れている葉の上に打水しているメス.
写真17.左:9月29日,右:9月18日.流れの岸(石積み護岸)近くで産卵するペアたち.いずれも,植物が生えている付近に打水している.
写真18.9月19日.水量が多い川の真上を飛んで,川の中央で産卵しているペア.水紋が見えるところが打水点.

 ミヤマアカネは,打水してからペアが上昇する高さは,かなりの距離があります.オスとメスが水平な姿勢を保ったまままっすぐに上昇して,まるで,水面で他の生物に襲われることから逃げているような動きです.
 ミヤマアカネの多くは,産卵の終わりが近くなると,オスがメスを放し,メスの単独産卵に移行します.メスは単独になっても,それまでと変わらず,打水産卵をし続けるのがふつうです.しかしメスが産卵を再開せず,オスがそれを催促するような動きを見せた個体がありました.

写真19.9月18日.連結打水産卵をしていたオスがメスを放した(左).その後メスは草に止まり,オスはそのそばをホバリングし続けた(右).
写真20.9月18日.しばらくホバリングしていてもメスが産卵を再開しないからか,オスはメスにつかみかかった(左).メスは仕方なく飛んだ(右).
写真21.9月29日.オスが放した後,単独産卵をするメス.

 産卵活動が終わると,オスやメスは単独で止まったり飛んだりして,過ごすようになります.このときには,お互いがあまり関心を示していないように見えます.おそらく摂食などをして過ごしているのでしょう.
 こういった活動をしながら,10月中にはおおむね姿を消していきます.一部は11月まで生き残っているようです.

写真22.左上下:9月19日,中・右上下:9月29日.産卵が終わった後,草原や水面を飛ぶオスやメスたち.
写真23.右下:9月28日,10月6日.標高820mで9月下旬に見られたミヤマアカネのオス(右下)と,10月のミヤマアカネ.