トンボ歳時記総集編 6月−8月
オニヤンマではない!池の飛行者
写真1.開水面が広がり樹林に囲まれた池.
夏に池に行きますと,黒地に黄色の縞があるオニヤンマのような大きなトンボが,池を周回しているのを見かけると思います.よく見ると,黒地の部分は金属光沢のある緑色をしていることが分かります.これはオニヤンマではなく,オオヤマトンボです.オニヤンマは川のトンボで,池を横切るくらいのことはあっても,周回して飛ぶことはありません.またこのトンボは5月から池を飛んでいますが,オニヤンマは6月の下旬にならないと現れません.右のオスの図を見ていただくと分かりますが,オニヤンマの方が少しスリムな感じで,腹部の黄色の縞模様もほぼ等間隔で,同じくらいの太さです.
オオヤマトンボの幼虫は驚くほど大きいです.また脚が長く初めて見るとびっくりするでしょう.幼虫を直接見る機会は少ないと思いますが,羽化殻は結構目立ちます.5月の上旬に羽化をしているものはいるのですが,たくさんの羽化殻が見られるのは7月上旬です.植生が比較的少ない大きな池の,岸の植物によく付いています.顎を大きく空に向けてのけぞるような姿勢で付いています.
No.043:オオヤマトンボ
Epophthalmia e. elegans
写真2.7月27日.オオヤマトンボの羽化殻.コンクリート護岸された,開水面の広い池岸の,草の茎に付いている.ノコギリのような歯が見える.
兵庫県南部で幼虫を調べていると分かるのですが,春早く,冬を越している幼虫を採りに行くと,大型の終齢幼虫とまだ終齢になっていない少し小さな幼虫,そしてかなり小さな幼虫が採れます.この少し小さめの幼虫は6月には終齢になって7月頃に羽化をしますが,このときの終齢幼虫は冬を越している幼虫よりやや小さめです.写真2の幼虫は越冬中のもの,羽化殻は越冬中に少し小さめだったものが羽化したものです.
さて,5月はまだ数が少ないので,6月に入ったころ,池を訪れてみましょう.オオヤマトンボがよく飛ぶのは,開けた水面が広がっている池です.こういった池はコンクリート護岸されていることもありますが,オオヤマトンボはそういった状況をあまり気にしていないように見えます.ただ,貼ったコンクリートのすき間から草が生えているようなところに比較的多いように思えます.
オオヤマトンボの消長図
写真3.6月9日.池の岸に沿って周回飛行をするオオヤマトンボのオス.
写真4.6月9日.池を左回り右回りに飛んでいる.全周を周回するわけではなく途中で折り返しているようである.
写真5.6月9日.飛ぶオオヤマトンボの拡大写真.胸の部分が金属光沢の緑色をしている.
写真6.6月9日.池を飛んでいるうちに2頭が出会うと,追飛行動が見られる.そのとき池の上空へ上がることもある.
オオヤマトンボの産卵は,メスが突然池に入ってきたかと思うと,池岸に沿って往復飛翔をし打水産卵します.また池の中央で広い範囲を飛びながら打水を繰り返すこともあります.岸に沿って打水するときには,打水した瞬間に首より下を岸の方にひねって,水を岸に向かって飛ばすような動作をしているように見えます.
写真7.6月7日 11:14.池の岸に沿って飛びながら産卵するメス(連続写真).
池に平行に飛び(1),体を岸と反対側にひねり(2),体のひねりを戻しながら打水し(3),体のひねりが岸の方に向いて1回の産卵を終わる(4).
写真8.6月7日 11:14.上のような順序で打水産卵したときに,水滴が岸の方に飛ぶ様子が分かる.
写真9.7月13日 11:08.池の岸に沿って飛びながら産卵するメス(連続写真).岸の方に向かって体を傾ける(左).その後反動で体が岸とは反対側に向く(右).
写真10.7月13日 11:08.打水後体の首より下がおおきくひねられているのが分かる.岸は右側.写真9の右の状態を正面から見たものと考えるとよい.
産卵にやってくる時間帯はとくに特定の傾向があるようには思えません.上の写真の産卵は午前中ですが,昼下がり,少しうす暗くなったころに産卵にやってくる時もあります.
写真11.9月9日 15:48.夕方の産卵.岸近くの短い範囲を往復飛翔しながら,打水産卵をするメス.ここではあまり体をひねっていない.
写真12.9月9日 15:48.打水後,飛び上がった瞬間.後方の水面が打水の衝撃で波立っている.
ヤマトンボ科やエゾトンボ科のなかまにはフライヤーが多いので,なかなか静止している姿を見る機会がありません.私の長い間行ってきた野外観察でも,オオヤマトンボの静止している姿には2度しか出会っていません.一回は下の写真ですが,もう一回はメスが止まっているのを採集したときでした.
写真13.7月24日.まだ若いオス.オオヤマトンボが止まっているところに出会うことはとても少ない.
オオヤマトンボは,10月くらいまでは姿を見ることが出来ます.老熟した個体の金属光沢の緑色の部分は,えび茶色に変わってきます.8月にもそういった個体を見ることがありますし,出現時期の末期に近い9月下旬の個体はだいたいがそうなっています.
写真14.8月4日.真夏の暑い日の昼間,池を周回するオオヤマトンボのオス.胸部の金属光沢がえび茶色に変わっている.
写真15.9月27日.9月末まで飛んでいるのが見られる.胸部が金属光沢のえび茶色になっている.
夏のオオヤマトンボはかなり遅い時間帯まで活動しています.7月の6時といえばまだ明るいですけれども,その頃にもまだ池でパトロールをしています.また夕方,ヤブヤンマやネアカヨシヤンマが黄昏れ飛翔をするとき,それらに混じって飛ぶこともよくあります.他のヤンマと違って,胸部がやや長く腹部先端が膨らむような容姿ですので,離れていてもそれと分かります.
オオヤマトンボは,よく出会うトンボではありますが,間近で観察するチャンスが少ないトンボでもあります.
写真16.7月31日 17:59,右:8月18日 18:20.オオヤマトンボはかなり遅い時間帯まで飛んでいる(左).ヤブヤンマなどに混じって黄昏飛翔もする(右).