トンボ歳時記総集編 6月−7月

絶滅が目前の薄緑色のヤンマ
写真1.密生したヨシやマコモの新緑が美しいため池.

 アオヤンマは兵庫県ではもっとも絶滅が危ぶまれるトンボの一つです.1990年代前半頃には,神戸市内でも10カ所ほどの生息地を見つけていました.小さな一つの池に30頭近くが飛んでいるところもありました.神戸市外の兵庫県下に目を向けると,私が知っているだけでこれに7カ所ほどの生息地が追加されます.さらに文献記録を見るとこれらとは別に20カ所あまりの生息地が記録されています.このころは,写真1のように,ヨシやマコモが密生している池を見つければ,必ずそこにアオヤンマが飛んでいたというほど,比較的見つけやすいヤンマでした.
 しかしこれらの生息地のほとんどから,現在姿を消しています.兵庫県下を非常によく調査されている友人の私信でも,2011年以降の記録は皆無です.現在知りうる生息地は1カ所だけ.ここも生息地の状態はよくありませんので,いなくなる可能性は高いです.ベッコウトンボ,マダラナニワトンボに次いで,兵庫県から姿を消すトンボになりそうな予感がします.
 アオヤンマの本来の生息環境は,おそらく川の河口周辺に広がる,低湿地のようなところや,氾濫原にできた浅い池のようなところではなかったかと思います.高標高地には記録がありません.その名残か,1990年頃の神戸市の生息地は,ほとんどすべてが平地や丘陵地の住宅街の中に取り残された池でした.そういったところにしがみつくように生活していました.面白いエピソードがあります.住宅街のまっただ中の池で,アオヤンマを捕獲しようと網を振ったら,網の枠がアオヤンマの体に当たり,失敗しました.ふつうならトンボは池から飛び出して逃げていくところです.しかし,このアオヤンマ,いったんは高く飛び上がりましたが,まわりは家ばかり,行くところがないと判断したのか,また池に舞い降りてきました.生息地が分断化され孤立化していると感じた出来事でした.

写真2.左:7月5日,右:6月27日.住宅街の中にあるかつての生息地(左)と,その中の一つの池で見られたアオヤンマの♂(右).

 アオヤンマは5月の中旬から6月下旬にかけて羽化が行われます.羽化した個体は,周辺の樹林に移動するようです.成熟したオスは,午前8時頃,ヨシ原の上で摂食飛翔をします.池の上や池からややはみ出たところを飛び,摂食を続けます.やがて,9時を過ぎたころ,ヨシ原の中に沈んでいくようにもぐりこみ,探雌飛翔にモードを変えます.ヨシやマコモの茎や葉の間を縫うように飛んで,ときどきその上へ飛び上がったりします.こういった行動はアオヤンマ以外には見られず,珍しい習性といえるでしょう.

写真3.左:日付不詳(冬季),右:6月25日(青木,1998より;N.O.氏撮影).水底をはう亜終齢幼虫.フトイの密生する池での羽化.
写真4.6月1日.ヨシ原の上空を飛んで摂食飛翔しているアオヤンマのオス.
写真5.左・中上:6月1日,中下:7月31日,右:7月25日.マコモやヨシの植生の間を飛び回るアオヤンマのオスたち.
写真6.6月1日.マコモの間を飛び回るアオヤンマのオス.

 探雌飛翔中,オスはときどきヨシやマコモにつかまって静止します.アオヤンマは俗にタケヤンマといわれることがあります.写真7の左側の腹部を見ていると,竹の節のように見えるのが分かります.
 繁殖活動が行われている時期には,メスは池にはいなくて,池周辺の樹林でゆったりと過ごしています.樹木の結構高いところに止まっていることが多いようです.

写真7.左:6月1日,右:7月31日.探雌飛翔中に静止するオス.左のオスの方がまだ若く,腹部の青色が十分発色していない.
写真8.右下:6月14日,他:7月31日.アオヤンマのメスは,オスが探雌飛翔をしている時間帯は,周辺の樹林で過ごしている.

 産卵意欲のあるメスが池に入ってくると,メスも同じようにヨシやマコモの間を飛んで,産卵に適した場所をさがします.オスより少し低いところを飛ぶ傾向があります.そんなメスがオスに見つかると,メスはオスに捕捉され,交尾に至ります.交尾は池の植生の中で行われることが多く,驚かせない限り樹林の方に飛び去ることがないようです.

写真9.左上:6月9日,左中・下:7月31日,右:5月25日.ふつう植生の中で交尾が行われるが,驚かせると高い木に逃げる.右は兵庫県北部の産地.
写真10.6月1日.マコモの草の中で交尾しているカップルにちょっかいを出すオス.

 メスはヨシなどの茎の中に産卵します.一つの産卵孔から複数の卵を茎の中空部へ押し込みます.ヨシの茎が固いせいか,アオヤンマの産卵では,腹部を180度に折りたたむようにして曲げ,脚で踏ん張って,産卵管で穴を開けるような動作が見られます.これは,固い樹皮に産卵するオオアオイトトンボにも見られる姿勢です.力学的には理にかなった姿勢といえるでしょう.

写真11.7月31日.腹部を180度ほどに曲げ,ヨシの茎に産卵管を突き立てるメス.
写真12.左:8月1日,右:7月31日.左の写真では,6本の脚の間に腹部先端が位置しているのが見える.
写真13.8月1日.フトイに産卵するメス.

 こんな感じの活動を一日行った後,夕方になり,黄昏時が来ると,池を少し離れて飛び始めます.夕方の摂食飛翔です.神戸市内のかつての生息地の観察では,池の横の田圃のイネの上を低く摂食飛翔する個体が観察できました.これらはしばらくすると,樹林の方に飛んでいきました.夜を過ごすねぐらなのでしょう.