トンボ歳時記総集編 8月−9月上旬

毎年南方から飛来するトンボ
写真1.街中にある都市公園の噴水池.

 ウスバキトンボは,私たちの身の回りにいるトンボの中でもっとも目に付きやすいトンボの一つでありながら,謎もまた多いトンボです.兵庫県では幼虫が冬を越せないと考えられています.したがって,冬にいったん全滅してから,次の年また南方から飛んでくるという生活を送っているということになります.ウスバキトンボが洋上を飛ぶことは,船乗りの証言でも明らかです.私は,ホームページを通じて,沖ノ鳥島で採れた標本をいただいたことがあります.ウスバキトンボを手に取ってみれば分かりますが,身体はうすい表皮でできており弱々しく感じられ,とても軽いのです.それに対して,後翅の幅は広く,滑空に適した体をしています.おそらくエネルギーをほとんど使わず,風に乗って長距離を移動する能力を持っているのだと思われます.
 消長図を見れば分かりますが,春,4月の中旬から成虫の姿が見られ始めています.私は4月28日の成虫目撃記録を持っています.その後6月くらいまでは少数の目撃が続きます.ところが,6月下旬から7月にかけて一気に目撃例が増加しています.その後多い状態が10月上旬まで続き,10月後半に急激に減少して,11月中には姿が見られなくなります.この消長図と,飼育による卵・幼虫期間がそれぞれ5日,34日(関西トンボ談話会,1984)であることから,4から6月の少数の目撃個体は南方から飛来した第一世代と考えることができ,6月下旬から7月にかけての激増は,それまでに飛来した子孫が羽化した第二世代と考えることができます.

写真2.7月10日.羽化直後のウスバキトンボのオス.第二世代の個体だと思われる.
写真3.左:7月13日,右:7月21日.第二世代と考えられるウスバキトンボのメス.

 ウスバキトンボの幼虫は,ふつうに幼虫収集を行っているときには,ほとんど網にかかることがありません.「ふつうの幼虫収集」というのは,できるだけたくさんの種類の幼虫を数多く採集できるように,トンボがたくさん見られる池で行われることが一般的です.つまり,こういった池ではウスバキトンボの幼虫が見られないのです.
 ウスバキトンボが多く見つかる場所としては,まずは学校のプールがよく知られています.一時,プールのヤゴ救出作戦というのがよく行われました.これはプール開きを前にプールを清掃をするとき,そこに育っている幼虫をすくってトンボ池などのビオトープに放して救出しようという取り組みです.私も,何度か参加させていただきましたが,タイリクアカネやコノシメトンボに混じって,ウスバキトンボもたくさん採れました.プール清掃は6月に行われていましたので,これはちょうど第一世代が産下した卵から育った幼虫で,第二世代のものと考えてよいでしょう.
 もう一つは,田植えのために水を張った水田です.水田からウスバキトンボが羽化することはよく知られています.それ以外には,写真1のような都市公園の人工池で育っています.私はある植物園の入口にあるコンクリート製の人工池で,8月22日に羽化殻を採集したことがあります.また神戸でベッコウトンボが消滅した池がありました.ここはものすごくトンボの豊かな沼でしたが,阪神淡路大震災で池が崩壊し水がなくなりました.ほとんどのトンボが死滅したと考えられた後に一時的に水位が上がり,そのときにウスバキトンボが大発生したのを見ました.
 これらから推察できることは,競争相手となる他のトンボがいないところに産卵され,幼虫が育つということだということです.いわゆる一時的水域の生活者に分類されるトンボといえるでしょう.

写真4.10月29日.おそらく第四または第五世代ぐらいになると思われるウスバキトンボの幼虫.しょっちゅう干上がる河岸の水たまりで採集された.

 ウスバキトンボは,別名,盆トンボとか精霊トンボとか言われることがあります.これはちょうどお盆にあたる8月の中旬頃に,稲の茂った水田の上を群れて飛ぶ姿が見られるからでしょう.これは多分第三世代が羽化した個体だろうと思われます.また,高校野球の準決勝・決勝戦が行われている時期に,甲子園のグランドを群れ飛ぶウスバキトンボが,テレビ画面で確認できたりします.

写真5.8月12日.水田の上を群れて飛んでいるウスバキトンボたち.まさにお盆のころによく目立つトンボである.12頭写っている.おそらく第三世代.

 ウスバキトンボの繁殖活動は,成虫個体数の多さから考えると,意外なほどチャンスがありません.ただ交尾はときどき目撃します.野外の観察フィールドだけでなく,自宅前の道路で群れているウスバキトンボの中に,交尾したペアが混じって飛んでいるのを目撃したことがあります.ウスバキトンボの交尾は,飛翔しながら交尾する他のトンボたちが力強く飛び回るのに対し,ふわふわ空中に浮かんでいるように見えます.なぜなのかしばらくは気づかなかったのですが,写真に撮ってはっきりしました.交尾飛翔中,メスが羽ばたいていないからなのです.

写真6.左:8月14日,右:7月27日.ウスバキトンボの交尾.左の写真で分かるようにオスは羽ばたいているがメスは羽ばたいていない.

 産卵は連結打水産卵で,特別に変わったものではありません.しかし,大きな川や,湿地や,公園の池や,産卵環境はさまざまです.時には自動車のボンネットに産卵することがあります.反射光を水からのものとまちがえているのかもしれません.

写真7.9月5日.大きな河川で,堰で水が滞っている場所で産卵するウスバキトンボ.
写真8.7月27日.タンデム状態で湿地に産卵にやって来たペア.
写真9.7月27日.湿地を行き来しながら,打泥場所をさがすペア.
写真10.7月27日.打泥するところは,やはり泥の表面を水がおおっているところである.

 飼育による卵期間5日,幼虫期間34日,それに産卵が可能になるまでの未熟な期間を他のトンボと同じくらいで10日前後として,これらを加えて仮に一世代最短50日としてみましょう.すると,5月初めに飛来し産卵した子孫は,6月中旬に第二世代が羽化し,次に7月下旬に第三世代が羽化してきて,第四世代は9月中旬に,そして第五世代が10月下旬に,それぞれ羽化してくることになります.しかし消長図からは,11月にはほとんど成虫は見られませんから,この次の世代は見られないということになるでしょう.つまり計算上では最大第五世代まで見られる可能性があるということになります.
 しかし消長図によれば,実際には6月下旬から7月上旬に数が急激に増えていますので,これを第二世代と考えるべきでしょうから,8月中旬のいわゆる盆トンボといわれる未熟成虫集団が第三世代,そして9月下旬の第四世代くらいまでが成虫として出現し,第五世代は卵か幼虫の状態で死滅するというのが最も多いパターンではないでしょうか.

写真11.7月24日.翅がやや褐色になっており,クモの巣もかかっているので,成熟しているようだ.おそらく第二世代.
写真12.8月18日.まとまってウスバキトンボが止まっている状態(左)と,広場で摂食飛翔する旋回中のメス(右).おそらく第三世代.
写真13.左:9月11日,右:9月27日.おそらく第四世代ぐらいの成虫ではないだろうか.
写真14.10月4日.これもおそらく第四世代の個体であろう.
写真15.11月21日.異常に遅く羽化した個体(右)とそのときに同じ場所で見つけた幼虫(左).おそらく第五世代になると思われる.