トンボ歳時記総集編 9月
うす暗い川のヤンマ
写真1.樹林に囲まれた山の中の河川..
コシボソヤンマとならんで,陰鬱な川に棲むもう一つのヤンマはミルンヤンマです.ミルンヤンマの幼虫は,川の上流に行って網を入れると,割合に簡単に見つけることができます.それは,どこにでもたくさんいるからでしょう.しかし成虫は意外と観察しにくいトンボです.幼虫がよく採れる川に行って,じっと座って観察を続けていても,時々オスが通り過ぎる程度で,どこで何をやっているのかよく分かりません.ここでは,そんなミルンヤンマの生態の断片を紹介することにしましょう.
ミルンヤンマの幼虫は,亜終齢で冬を越すものが多いようです.冬に幼虫をすくうと,亜終齢は採れても,終齢幼虫を採ったことがありません.春になってから終齢へと脱皮し,6月下旬から7月にかけて羽化するようです.
No.071:ミルンヤンマ
Aeschnophlebia milnei milnei
ミルンヤンマの消長図
写真2.4月に幼虫を採集すると亜終齢,6月には終齢になっている.自宅羽化させると,早いものでは6月に,遅くても7月に羽化した.
未熟な成虫は,林の中に潜り込んで生活しています.子供のころ,六甲山のハイキングコースを歩いていると,ときどきミルンヤンマが飛び出してきたものでした.暗い林の木の枝にぶら下がっている個体を見ることもありました.今は数が減って,なかなかこういった個体を見るのも難しくなってきましたが,気合いを入れて探せばまだまだ見つけることができます.未熟なミルンヤンマが林の中で見つかるのは,だいたい7月から8月にかけてです.
写真3.8月18日.複眼が緑色になり,もうかなり成熟が進んでいると思われる晩夏のミルンヤンマ.さらに成熟すると複眼に水色が混じる(右下).
写真4.左:7月26日,右:8月8日.左のオスは複眼がまだ褐色に曇っていて未熟であることが分かる.右のメスはやや緑色になっていて成熟が進んでいる.
未熟なミルンヤンマが,夕方に,川のすぐ横の道の上を群れ飛ぶのを観察したことがあります.8月12日の18:30ごろでした.樹林に囲まれているのであたりはもううす暗く,オス・メスが入り交じって地面すれすれの高さのところを敏捷に旋回していました.おそらく摂食していたのでしょう.一種の黄昏飛翔といえる行動です.
成熟すると,午前中林の中で摂食飛翔を行います.数mの高さを往復旋回して餌をとっています.
写真5.9月2日.林の中の空間を往復して旋回し,摂食を続けるミルンヤンマのメス.
私はミルンヤンマの繁殖活動をほとんど観察したことがありません.8月28日お昼頃に,山中の上流で,流れの上の低いところを停止飛翔を交えながら往き来するオスを見たことがあります.これはおそらく探雌飛翔でしょう.メスも同じようにして飛んでいました.これは産卵場所を探していたのかもしれません.
ミルンヤンマの産卵は,間近で見たのはただの一回だけです.何度か観察に挑戦しているのですが,オスが飛ぶだけで産卵に出会っていません.他のトンボ屋さんは結構見ているようですが...
写真6.9月5日.朽ち木に産卵するメス.新鮮で若い感じのする個体である.
写真7.9月5日.産卵基質として湿った朽木を好むようで,この朽ち木には長い間産卵を続けていた.
写真8.9月5日.湿った朽ち木に産卵する(左)前の静止(右上),湿った朽ち木の後に上の方に上がって産卵行動をとるメス(右下).
このメスはとても人なつっこいメスでした.このメスに出会ったのは湧き水の水くみ場があるところで,見つけたときに私の白い帽子に止まり,おでこに産卵管を突き立てようとしました.これを追い払ったところ,川の方に逃げていきました.後を追いかけて川に入ると,やや高いところに止まっていたので(写真8右上),産卵の再開を待ちました.しばらくして降りてきて,あちこちに止まっては飛びして,産卵場所を探している感じに見えました(写真6右).そしてしっぽりと湿った朽ち木を見つけ,そこで落ち着いて産卵を続けました.近づいてストロボをガンガン焚いてもびくともしません.しかし,あまりに私がうろうろするのが気に入らないのか,高いところに上がり,産卵のまねをしました(写真8右下).
このメスは本当に人間を恐れません.その後再び降りてきて,今度は私の手に止まり産卵管を突き立てようとしました.これを払うと,またもや帽子に止まりおでこに産卵管を突き立てようとしました.私がいやいやをすると,足下に降り,長靴に産卵行動を行いました.いやはやミルンヤンマに愛された私でした.
写真9.9月5日.私の足下に降りてきて長靴に産卵行動をとるミルンヤンマのメス.
ミルンヤンマの活動は9月が中心で,その後10月まで続きます.林の中で止まっていたり,川やその周辺を飛んだり,産卵にやってきたりしていますが,日周性というものを感じるほど観察例が多くありません.そして10月中には姿を消します.
写真10.左:9月19日,右:9月23日.石垣に対して産卵行動をしているメス(左)と,昼間林内で休むオス(右).木の幹にペタッと止まっている.