トンボ歳時記総集編 8月−9月上旬

南方からの移住者
写真1.街中にある公園の池.

 タイワンウチワヤンマは南方のトンボで,もともと兵庫県には分布していませんでした.兵庫県の最初の記録は,1981年頃で,淡路島の津名町で見つかっています.その後,男鹿島で1986年,明石公園で1987年に見つかっていて,本格的に兵庫県に進入してきました.1990年代には兵庫県南東部に分布が広がり,個体数も激増して毎年のようにその姿が見られるようになりました.こうして兵庫県のトンボ相の一員となったのです.2020年現在は兵庫県南部全域に分布が広がっています.

写真2.成虫:1993年8月23日,羽化殻:1992年7月4日.1990年代初めに兵庫県南部に分布を広げ始めたタイワンウチワヤンマ.

 タイワンウチワヤンマは広環境性のトンボで,トンボが多く集まる植生豊かな池から全面コンクリート張りの調整池のようなところにまで成虫の姿が見られます.沖縄で,2mX3mほどのコンクリート製防火用水池で幼虫を見つけたことがあります.
 羽化は6月下旬から7月にかけて行われているようです.この時期に,池の縁や浮葉植物の葉上につく羽化殻が多く見つかります.羽化した成虫は池を離れます.時にはかなり移動することもあるようです.私は谷の奥の草地で憩うタイワンウチワヤンマの未熟成虫を見ています.そして早いものでは7月中旬には,成熟したオスが棒の先に止まる姿が,池で見られるようになります.

写真3.左:6月22日,右:7月8日.コンクリート護岸につくタイワンウチワヤンマの羽化殻(左).草地で過ごす未熟と思われるタイワンウチワヤンマのメス.
写真4.左:7月8日,右上:7月24日,右下:7月26日.7月にすでに池に現れたタイワンウチワヤンマたち.右下はメスである.
写真5.7月31日.池の畔で縄張りを持つタイワンウチワヤンマのオス.これからが本格的な活動期だ.

 タイワンウチワヤンマのオスは,棒の先に4本脚で静止し,縄張りを監視しています.縄張りは,メスの産卵基質である,浮葉植物や植物片の浮遊物があるようなところに形成されることが多いようです.近くをオスが通ったときには飛び立ってそのオスを追飛したり,他のオスがいなくてもときどき飛び立って,縄張りをパトロールする行動をとります.

写真6.8月14日.かなりごみごみとした植物の茎や葉,ヒシなどが繁茂した場所で縄張りを形成している.ウチワヤンマとは趣が異なる.
写真7.8月5日.オスは浮葉植物が繁茂する場所に縄張りを形成することが多い.背景にガガブタが写っている.縄張り監視中に摂食している.
写真8.8月7日.オスはふつう止まっているが,ときどき飛び立って周辺を飛び,パトロールする.

 タイワンウチワヤンマの産卵は,数少ない観察からは,主に日中に行われているようです.ウチワヤンマと同様に,タイワンウチワヤンマは,水面に浮遊している植物片,茎,葉などに,飛びながら腹端を打って,卵を絡みつけます.オスのいない池にこっそりとやって来て産卵しているのを見たことがありますが,だいたいオスはメスの来るところを熟知しているので,産卵に来たメスはオスに見つかって,タンデムから交尾に至ることが多いようです.交尾は飛びながら行われ,十数秒と短時間で終わります.交尾後のメスは周辺を飛んで,ふたたび産卵に戻ります.ウチワヤンマのように長時間交尾した後,交尾態で産卵場所をさがすといった行動はとりません.

写真9.8月18日.メスがやって来そうなところで縄張りを形成しているオス.
写真10.8月18日.11:10,そこへメスが入ってきて産卵を始めた.メスも結構あちこち移動する.
写真11.8月18日.縄張りオスはこのメスを捕まえて,飛びながら移精,交尾を行った.この間わずか十数秒.解放されたメスはふたたび産卵を始めた.
写真12.8月18日.産卵場所を決めると,停止飛翔しながら,腹端を打ちつけるポイントを見極める.
写真13.8月18日.産卵中にときどき止まることがある(左).

 別の日の産卵でも,似たような経過をたどっていました.オスが縄張りを形成しているところへメスが産卵に入ってきます.そのうちにオスがそれを見つけて飛びながら移精,交尾.そしてその後メスは産卵を再開します.

写真14.8月14日.10:50,メスが産卵に入ってきた.移動しながら産卵する.右下は交尾したペアを2頭のオスが追っている.
写真15.8月14日.植物片が密に浮かんだ水面に産卵するメス.腹端から糸が伸びて,それに褐色の卵らしいものがついているのが見える.
写真16.8月14日.ウチワヤンマに比べて植生が密なところで産卵するタイワンウチワヤンマ(左).やはりときどき静止することがある(右).

 タイワンウチワヤンマはさすが南方出身で,真夏のじりじり照りつける太陽の下で元気に活動を続けています.腹部挙上姿勢で暑さをしのぎ,池に止まり続けている個体も結構多く見られます.
 9月に入っても,タイワンウチワヤンマはまだまだ衰える気配もなく,元気に活動しています.残暑厳しい8月下旬から9月上旬というのは,ギンヤンマやシオカラトンボのような通季種は池で元気に活動している時期ですが,多くの池沼性夏季種は衰退しつつある時期です.タイワンウチワヤンマは,夏季種が減りアカネ類が飛び始めるまでのこの端境期に,池を我が物顔で占有しているといった感じです.
 そして,キトンボが活動をする10月中旬までその姿を見ることができ,11月を迎えるまでには姿を消すようです.

写真17.左:8月25日,右:7月28日.腹部挙上姿勢で静止しているタイワンウチワヤンマ.
写真18.左上:8月28日,上中:9月18日,右上:9月23日,下左:9月23日,右下:9月26日.ギンヤンマの挑発を受けるオス(左上),単独移精行動(右上).
写真19.左:10月7日,右:10月9日.10月にもその姿が見られるタイワンウチワヤンマたち.