トンボ歳時記総集編 8月−9月上旬
川の最後を飾るサナエトンボ
写真1.山裾をゆったりと流れる河川中流域.
ここで紹介するミヤマサナエは,トンボが減って見つけにくくなったということではなく,兵庫県ではなかなか見つけるのが難しいトンボです.まだ私の探索力が不足しているせいかもしれませんが,もともと生息地が少ないか,個体数が少ないトンボなのです.それでも,時に,羽化殻がまとまって採れたり,幼虫が採れたりすることはあります.もう一つのナゴヤサナエは,1997年に兵庫県で初めて生息地が見つかったトンボです(二宗,1998).それ以前は,1993年に,どこかから飛来したと思われる1頭のオスが岡山県境付近で見つかっているだけでした(藤本,1994).以来,県内の生息地はその一カ所にとどまり,しかも生息個体数は減少していて,私は2014年以降姿を見ていません.これらのトンボたちの観察例があまりに少ないため,私にとっては,兵庫県での生態がほとんど不明といわざるを得ないトンボたちです.したがって,ここでは,彼らの断片的記録を紹介するにとどめるしかありません.
ではまずミヤマサナエから見ていくことにしましょう.私が兵庫県でミヤマサナエの成虫に出会ったのはわずか5回です.それ以外に幼虫を2度ほどすくったことがあります.幼虫は,ぶ厚く堆積した砂の中に潜っていました.色が黒くコントラストの強い幼虫で,なかなかしゃれた感じに見えます.右の消長図で6月のグラフが高くなっていますが,これは羽化を観察しているためです.私が羽化を観察したのは,この5回のうちの1回でした.日付は6月5日です.また過去の記録を見渡すと,6月に集中的に羽化殻が採れています.これらのことから,羽化は6月に行われていると推察できます.
二宗誠治,1998.兵庫県発のナゴヤサナエの生息地発見.Sympetrum Hyogo 5:12-15.
藤本勝行,1994.ナゴヤサナエ兵庫県で採集.Sympetrum Hyogo 2:6.
No.067:ミヤマサナエ
Anisogomphus maacki
ミヤマサナエの消長図
写真2.左:5月16日,右:6月5日.色が黒くコントラストのはっきりとしたミヤマサナエの幼虫(左).羽化しているミヤマサナエのメス(右).
他府県での観察例からみて,羽化したミヤマサナエは山に移動しているようです.それもかなりの距離移動するようです.岡山県境付近での兵庫県初の発見が7月22日で,山の中でした.これはどこかの生息地(岡山県かもしれない)から山に入ってきた個体だったのでしょう.消長図で7月の部分が低くなっているのは,このためだと考えられます.ただ,私は,7月5日に川に戻ってきて産卵活動をしているミヤマサナエを見ていますので,早いものでは7月上旬には成熟していると言ってよいでしょう.
写真3.7月5日.川岸の大きな岩に止まっているミヤマサナエのオス.
写真4.7月5日.水面を水平に飛んで,ときどき打水して産卵するミヤマサナエのメス.
写真5.7月5日.河岸に止まるミヤマサナエのオス.日が出てくるとすぐに腹部挙上姿勢を取る.
写真6.7月5日.メスが産卵にやって来たとはいうものの,まだ特段の活動は見られず,オスはときどき移動してメスを待っているような感じであった.
ミヤマサナエを探しに行って,ミヤマサナエを見つけたというのは,上の写真を撮った年,2009年だけでした.2009年には,日を改めてこの場所にミヤマサナエをもう一度観察に出かけています.約1ヶ月後の8月8日という,夏の暑い時期でした.ミヤマサナエは2ないし3頭活動をしていました.7月の時と違って,活発に水面を飛んでいました.飛び方は,停止飛翔的に滑空するような飛び方でした.
写真7.8月8日.活動するミヤマサナエ.結構敏感で,なかなか近寄ることが難しかった.葉の陰に隠れるようにしてこちらを見ている(左上).
写真8.8月8日.追いかけ回して撮影したが,なかなかうまくいい光状態では撮れない.右は2頭のミヤマサナエが水際に止まっている.
写真9.8月8日.腹部挙上姿勢で川面を見張っているミヤマサナエのオス.
写真10.8月8日.水面上を飛ぶミヤマサナエのオス.腹部を持ち上げて水平に飛ぶ姿は,ナゴヤサナエのそれに似ている.
この場所には,次年以降も訪れてみましたが,ミヤマサナエの姿はありませんでした.こんな感じで定まった生息場所がなかなか見つかりません.未熟成虫も成熟成虫もかなり移動をしているトンボのようです.記録を見れば,私があまり見に行かない場所で,比較的安定して毎年見つかっているところがあるようです.今後の観察課題になりそうなトンボです.
さて,その後日付として,私は9月10日,9月21日にそれぞれオス,メスを採集したことがあります.したがって,9月いっぱいまでは成虫が飛んでいるようです.
では,次のナゴヤサナエに行きましょう.ナゴヤサナエもミヤマサナエとよく似た環境に見つかります.ミヤマサナエの採集記録の一つはナゴヤサナエを観察に行ったときのものです.兵庫県での記録によれば,ナゴヤサナエの羽化殻は6月27日に見つかっています(二宗,2001).したがって,羽化の時期は6月だろうと思われます.その後成虫の記録は7−9月にありますが,川で活動が見られるのは7月下旬からのようです.産卵を記録した写真はありません.私の採集調査時の観察によると,午後3時を過ぎたころから産卵にやって来る個体が増えるように思えます.産卵は,岸の植物に止まって卵塊を形成した後,水面を飛んで打水するといった方式です.
No.068:ナゴヤサナエ
Stylurus nagoyanus
ナゴヤサナエの消長図
二宗誠治,2001.兵庫トンボ研究会調査会報告1999年第2回.Sympetrum Hyogo 7/8:57-61.
写真11.左:9月5日,右:8月8日.水面を滑空しているナゴヤサナエのオス(左).ミヤマサナエに似ているので時には捕獲して確認する必要がある(右).
写真12.8月8日.水面を滑空しているオスは,ときどき岸に生えているヤナギの木の止まる.こういう木が生えているところが好きだとも言える.
写真13.8月8日.ヤナギの木に止まったナゴヤサナエを上から見た写真(左)と,下から見上げた写真(右).
暑い夏を過ぎ,9月に入ってもまだまだ元気に飛ぶ姿が観察できます.10月の観察例は,兵庫県ではありません.
ナゴヤサナエが飛ぶ河川は,川幅が広く,底が砂と粘土質でできている場所のように思われます.兵庫県の生息地も,実際に川に入ってみて砂底を踏むと,その下にヌルヌルした粘土状の堆積物がありました.しかしこの生息地には大規模な河川工事が入りました.そのころから個体数の減少が見られ始めたような気がします.そして,最後に見たのは,この川の支流で,砂底の割合狭い河川でした.川に入っても粘土質の堆積物はありませんでした.これが2013年で,その次の年から,この場所でも姿を見ることがなくなりました.
写真14.9月21日.生息地の支流.川面をスライドしながら滑空するナゴヤサナエのオス.この年は数頭見ることができた.
写真15.9月21日.ここでもやはりときどき静止する.ヤナギの木は生えていないので,別の植物の葉に止まっている.
写真16.9月21日.オナガサナエのメスが水面を飛んだとき,ナゴヤサナエのオスがそれを捕捉して水面に落ち,タンデムになろうとしている(左).
写真17.9月14日.上と同じ場所.岸の木材に止まったナゴヤサナエのオス.
2020年現在,兵庫県で見られなくなったトンボは,ベッコウトンボ,マダラナニワトンボがまず確実なところですが,それに加えて,このナゴヤサナエが危ないトンボになりそうです.他にはコバネアオイトトンボも危機的状況です.トンボの種数が多かった兵庫県ですが,その減少に歯止めがかからなくなってきた印象を受けます.