トンボ歳時記総集編 6月

湿地の小さなイトトンボ
写真1.放棄水田が遷移してできた湿地.

 モートンイトトンボは日本のレッドリストで準絶滅危惧種(NT)に指定されている湿地のイトトンボです.とても小さく,トンボを探す気で見なければ見逃してしまうでしょう.兵庫県南部では,休耕田や廃田が遷移しつつある湿地によく見られ,水田に水を引いている浅い水路や水田そのものにも生息しています.2019年現在,丹念に探すとまだ結構見つかりますが,たった一年湿地が干上がるだけで姿を消すので,以上のような人工的環境で主に生活している本種の将来は,あまり明るいとはいえません.また廃田などは遷移がさらに進むと乾燥化し,モートンイトトンボの姿が見られなくなる可能性が高いです.
 5月下旬から6月上旬に生息地を訪れると,羽化したばかりのテネラルな個体が見つかります.湿地の水をすくうと幼虫も採れます.テネラルなオスは体が白っぽい色をしていますが,体色のデザインは成熟虫と基本的に同じで,コバルト色が十分に発色していません.メスは未熟なときは鮮やかなオレンジ色をしています.そして成熟すると体色が黄緑色,そしてコバルト色へと変化していきます.

写真2.左:6月5日,右上:6月10日,右下:5月26日.水田横の水路(左上)で採れた幼虫(左下),テネラルなオス(右上),成熟オス(右下).
写真3.左上.右上:6月23日,左下:6月29日,右下:6月23日.メスの体色変化.未熟なオレンジ色から黄緑色を経てコバルト色にまで変化する.

 モートンイトトンボは,湿地の草の中で生活していて,オスとメスが同所的に生活しています.カワトンボなどと同じように,オスとメスが同所的に生活している種では,生殖活動においてオスとメスのコミュニケーションが必要になります.つまり,メスが交尾を受け入れるかどうかというオスに対するサインが必要です.アオハダトンボのようなディスプレイは見られませんが,モートンイトトンボでは,交尾時刻が早朝に限られているという特徴があり,それ以外の時刻では,オスはメスに対してあまり興味を示さないように見えます.ときにメスを追いかけるオスがいますが,まずメスが受け入れることはありません.時間を限ることで,オス・メスは生殖活動にかける無駄なエネルギーを使わないようにしているように見えます.このような観察から,モートンイトトンボの繁殖活動には日周性が存在すると考えられます.

写真4.左:6月23日,中:7月4日,右:6月27日.湿地でオス・メスまとまって暮らすモートンイトトンボ.

 モートンイトトンボの成虫は早いところでは5月下旬から現れます.私の観察地では6月に入ってから見られることが多いです.早いところでは6月上旬には繁殖活動が見られます.すでに述べたように,交尾はだいたい午前9時頃までに終わってしまいます.この点は同属のヒヌマイトトンボも同じです.
 イトトンボ類の交尾ではメスはオスにぶら下がるようにして自らの脚は使わないことが多いのですが,モートンイトトンボやヒヌマイトトンボの交尾では,メスが自身の脚で支持物につかまります.写真5では,オスが腹部を持ち上げるようにして動かしているところなので,メスの脚は一時的に離れています.

写真5.6月10日,8:14.朝日を受けて交尾虫のカップル.
写真6.左:6月10日,8:20,右:6月21日,8:40.交尾.メスが脚で支持物につかまるのが特徴.

 交尾が終わったら,オス・メスたちは,摂食活動をしながらしばらくの時間を過ごします.そして日が高くなってくる正午頃から,産卵が始まります.産卵はメスの単独産卵で,連結産卵は観察したことがありません.交尾と産卵の間に時間が開くトンボでは,単独産卵するのが普通です.
 産卵しているモートンイトトンボは非常に敏感です.人が近づく足音や震動が伝わると,すぐに産卵を止めてしまいます.ですから,湿地をガサガサ歩くようにして探しても,産卵している個体を見つけることは困難です.そっと歩くようにし,腹部先端が濡れていたり泥がついていたりするメスが飛んだら,そこでそのメスに注目してじっと待つことです.数分すると産卵を再開します.産卵を再開すると,こちらが足を動かさない限り,産卵を続けてくれます.産卵中にはよく移動して場所を変えます.

写真7.6月26日,13:48−13:54.歩いて産卵メスを探しているとメスが飛び立ち止まった(左上).少し待つと産卵を再開した(左下・右).
写真8.6月26日.腹部をやや水面下に沈めて産卵している.
写真9.6月26日.一カ所でじっと産卵せず,あちこちに移動しながら産卵するのが普通である.移動の前にはゆっくりと腹部を伸ばす.
写真10.6月26日.水面より高い位置に産卵するメス.写真8,9右上のように,水面下の位置に産卵するときもある.

 モートンイトトンボは,その後7月中旬くらいまでその姿を見ることができます.成虫が見られる期間はそれほど長くはありません.ただ,6月末にもまだ羽化直後の個体が見られたり,オレンジ色のメスが見られたりして,これらが,7月の中旬くらいまで生き残っていくのでしょう.

写真11.6月29日.6月の末に羽化したオス(左)とまだ未熟色の摂食メス(右).これらが7月に活動するのであろう.