新 トンボ歳時記
No.345. ムカシヤンマの羽化 2012.4.29.

そろそろ羽化が見られるかもしれないという予想をもとに,今日はムカシヤンマの羽化状況を見に出かけました.これがプランA.だめなときはタベサナエやフタスジサナエの未熟個体の群れを探すというのがプランBです.現地に着きますと,ねらいが見事に当たったときは思わず小躍りしたくなりますね,たった1頭だけでしたがムカシヤンマが羽化をしていました.

ムカシヤンマの羽化環境

個体数が少ないこのムカシヤンマの羽化に出会えるチャンスはめったにないので,今日はここで処女飛行まで付き合うことにしました.ムカシヤンマは直立型の羽化をするので早く終わるだろうとたかをくくっていたのが大間違い.8:56に写真の羽化途中状態のものを発見してから,処女飛行に飛び立ったのが12:00前と,実に長いお付き合いをさせていただくことになりました.羽化開始はもっと早かったわけですから,実際は5時間くらいかけ羽化しているのではないでしょうか.

枝(1959)によるムカシヤンマの羽化経過の記録では,3例の観察で,いずれも3時間半程度であったと報告されています.これは飼育状態での観察ですから,今回のように野外ではもう少し時間がかかるのかもしれません.また,藤本ら(1994)の野外での観察においては,穴から出た幼虫が夜中に羽化場所を求めて歩き回り,その後の連続観察で7時ころにはじめて羽化途中の個体を見たという報告があるので,5時間くらいで羽化が完了するという推定は妥当な感じがします.

羽化するムカシヤンマ

ご覧のように,羽化していたのはメスですが,残念ながら腹部が曲がっている個体でした.羽化不全なのか,もともと病的な何かがあったのかは分かりません.ここの個体群はおそらくかなり小さなものなので,ボトルネック効果を受けて,遺伝的にかなり均一になっているせいかもしれません.ただし個体数が非常に多い個体群で行われた藤本ら(1994)でも,腹部が曲がった個体の羽化が報告されています.

処女飛行に飛び立った後に残された羽化殻

さて,羽化の観察がかなり長引いたので,その間に幼虫を探してみることにしました.これから羽化するものが見つかるかもしれません.また,すでに羽化した羽化殻がないか探しても見ました.結果,羽化殻はありませんでしたが,幼虫は2頭見つかりました.一見すると来年羽化する小さな幼虫という感じがするのですが,ムカシヤンマの幼虫は,意外にも羽化個体の太い体からは想像できないくらい小さいので,終齢かもしれません.取り出せば分かるのですが,今回はそのままそっとしておくことにしました.

ムカシヤンマの幼虫たち

藤本ら(1994)によると,羽化近い幼虫の穴では土が外に掻き出されているということです.そういう穴は4つありました.そのうち一つは中に幼虫が見あたりませんでした(下の写真上左).二つは幼虫がいて(上の写真),最後の一つはサワガニの穴でした.藤本らもムカシヤンマの生息地にサワガニの穴があることを報告しています.

土が掻き出されていた穴

藤本ら(1994)のいうように,羽化近い終齢幼虫が土を穴の外に掻き出すのであれば,これらは終齢幼虫ということになるでしょう.ただ,昨年10月にこの場所で採集した終齢幼虫の穴でも,土が掻き出されていました(下の写真).私は,特に羽化近い幼虫だけが土を掻き出すのではないのだろうと推定しています.ですから,上の写真の幼虫はまだ終齢になっていない幼虫の可能性もあります.

昨年観察されたムカシヤンマの幼虫

さて,今日はほとんどムカシヤンマと戯れて過ごしました.最後に,付近のトンボたちを見て帰ることにしました.下の写真以外にも,ニホンカワトンボの未熟個体を見ることができました.ホソミオツネントンボは,この観察地にはかなり数がいました.これで越冬三種の産卵シーンを写真に収めることができました.

その他のトンボたち

13:00を過ぎるころから雲が厚くなり始め,フタスジサナエを見に行く予定はキャンセルして,帰路につきました.


<参考文献>
枝 重夫,1959.ムカシヤンマの羽化経過.Tombo 2(3/4):18-24. 藤本勝行・吉田雅澄・杉谷篤,1994.滋賀県におけるムカシヤンマの観察記録.Aeschna (29):1-8.