No. 984. 沖縄県のトンボたち 晩夏1.2024.8.30.ー9.6.

今年最後の遠征です.沖縄県にトンボ仲間とともに観察に出かけました.今回はいろいろなトンボに出会うというよりは,トンボの生態を観察・記録することに重点を置いています.約1週間の滞在でしたが,トンボの数が意外と少なく,いくつかの期待の種にお目にかかることができませんでした.それは,サキシマヤンマ,ヒメキトンボ,などです.

前半は,均翅亜目を中心にまとめたいと思います.

■ヤエヤマハナダカトンボ Rhinocypha uenoi Asahina, 1964

ヤエヤマハナダカトンボは,6~10月まで,かなりの期間成虫が見られるトンボです.前回の調査で生息している場所は一つ確認できました.今回は,前回に加えて,もう一つの生息地を訪れ,なんとか繁殖・産卵活動を観察しようというわけです.

9月2日,一つ目の場所は,川のかなり上流の場所で,たどり着くのに相当難儀しました.ここでは繁殖活動こそ見ることはできませんでしたが,メスに出会うことができました.


▲葉上に止まるヤエヤマハナダカトンボのメス.▲

メスは腹部がややずんぐりとした感じで,産卵管がかなりがっしりとしたつくりになっていて,それを動かす腹部第8,9節がかなり太くなっています.


▲ヤエヤマハナダカトンボのオス.▲

オスも見られましたが,少し待っても,繁殖行動は行われませんでした.さらに上流に上り,そこにいたヤエヤマハナダカトンボを観察してから,再びここを訪れましたが,やはり産卵などは行われていませんでした.まあ,最初はメスに出会えただけでよしとしました.

9月3日,今度は前回見つけた場所へ行きました.到着したときオスが1頭見られましたが,産卵活動は午後なので,別の場所でマサキルリモントンボを観察してから,再びここを訪れました.見た感じではオスが止まっているだけでしたが,同行者が倒木の裏側で産卵しているメスを見つけました.時刻は13時過ぎです.すでに産卵をしていた状態だったので,産卵開始時刻はもう少しさかのぼることになります.


▲倒木の裏側で産卵するヤエヤマハナダカトンボ.▲

産卵している位置のまわりに岩があって,カメラを向けるのに苦労しました.なぜこんな裏側で産卵しているのでしょうか.まず同行者みんなの意見が一致したのは,オスから隠れて産卵するためということでした.たしかに,同じ倒木の表側にはオスが止まっていて,ときどき飛び立ってハメスを探すような動きを見せます.しかしメスの産卵している位置は,この飛び方では見つかりません.


▲メスが産卵しているのと同じ倒木の表側に止まるオス.▲

しかし私はもう一つの理由も考えています.それはこの倒木は結構堅い木で,水にも浸かっていなくて乾燥しているため,表側では産卵管を突き立てるのが困難なのではないかと思われるということです.裏側は水しぶきが当たるのか,黒く変色している部分があって,おそらくそこは腐食が進み,乾燥している他の部分より柔らかくなっているのではないかと考えられます.


▲裏側は黒く変色しており腐食が始まっているように見える.そこに産卵する.▲

コバネアオイトトンボでも類似の観察をしています.コバネアオイトトンボは,通常カンガレイやクログワイなどの柔らかい組織を持つ植物組織内に産卵します.しかしそういった植物が乏しい池ではヒメガマに産卵することがあります.そのとき,葉の虫食いによって表皮が柔らかくなっているような場所に産卵することがあり,そういった場所に当たるとしばらくそこで産卵を続けます.メスは腹部先端の感覚毛や産卵管などを使って,堅い葉や茎でも特に柔らかくなっているようなところを探り当て,そこに産卵するのではないでしょうか.体に比して強大な産卵管を有するヤエヤマハナダカトンボでも,やはり産卵管を突き刺しやすい倒木の特定部分をねらって産卵するというのは,あり得ることだと考えています.


▲倒木の裏側の,少し朽ちて崩れたような場所に産卵をしている.▲

産卵は14時を過ぎても行われ,14:30近くまで続けられました.産卵を止めたメスは葉上に飛び上がり,やがて姿を消しました.オスがそばにいましたが,特に反応はしませんでした.


▲産卵を止めて葉上に止まった産卵メス.▲

ヤエヤマハナダカトンボは,腹部第2節背面にスペード上の模様があるということを同行者が話していたので,翅を開いたときに上から写真を撮ってみました.すると見事なスペード模様が見えました.


▲腹部第2節にオレンジ色のスペード模様が見える.▲

ヤエヤマハナダカトンボは,産卵基質となる倒木を資源として,その付近の葉上に止まって暮らしていて,繁殖時間帯になるとオスが降りてくるようです.今回は交尾を見ることはできませんでした.

■コナカハグロトンボ Euphaea yayeyamana Oguma, 1913

コナカハグロトンボは,相変わらず流れにポツポツとみられました.しかし初夏に比べると明らかに個体数の減少が見られました.主に潜水産卵をするので,交尾している個体を見つけたら,産卵に至るまで追い続ける必要があります.同行者の話によると,流れに浸かっている木を持ち上げると,裏側に産卵しているコナカハグロトンボが着いていることがあると言っていました.今回は交尾までは見ましたが,産卵を観察することができませんでした.


▲流れに見られるコナカハグロトンボたち.▲

■マサキルリモントンボ Coeliccia flavicauda masakii Asahina, 1951

タイワンルリモントンボ C. f. flavicaudaの八重山諸島(西表島・石垣島)亜種です.今回はこの産卵を見ることが大きな目的の一つでした.前回来たときには,ぽつんと止まるオスを3頭見ただけでした.たくさんいるところを見つけるのが結構難しいトンボです.今回は数頭が集まっているところを見つけ,そこで合計3ペアの産卵が観察できました.


▲産卵するマサキルリモントンボ.▲

マサキルリモントンボは,薄暗い浅い流れによく見られます.水が湧き出してチョロチョロ流れていたり,川や水路の水があふれて山裾を流れていたりするような場所です.このオスの胸部側面の斑紋は緑色をしており前面の斑紋は水色をしています.また腹部先端は黄色で白い物差し目盛状の斑紋が腹部に並んでいます.メスは,胸部側面の斑紋が,産卵写真のように黄色または白色をしています.


▲マサキルリモントンボオスの胸部の斑紋.▲

リュウキュウルリモントンボやアマミルリモントンボでは,胸部側面の淡斑紋は青色をしているのと対照的です.


▲マサキルリモントンボの産卵.コケの表面にも産卵?▲

モノサシトンボの仲間では,オスは直立して歩哨姿勢をとりますが,マサキルリモントンボも例外ではありません.産卵基質は主に湿った朽ち木です.産卵しているペア以外にも,単独のオスが飛んでいました.


▲あまりに近づきすぎると飛び立ってタンデム状態で静止する.▲

マサキルリモントンボは,この場所以外にも,単独オスが止まっているのを何回か見ました.胸部側面の淡色斑の色が,上で拡大した緑色の個体以外に,水色,黄色のものがいました.成熟にともなって色が変化する可能性もあります.


▲胸部側面の淡色斑が水色のオス個体.▲


▲胸部側面の淡色斑が黄色のオス個体.▲

マサキルリモントンボは初夏に来たときよりは多く見られました.

■アカナガイトトンボ Pseudagrion pilidorsum pilidorsum (Brauer, 1868)

32年前に沖縄県に来たときには,たくさんのアカナガイトトンボが飛んでいるのを見ていましたが,今年の複数の訪問では,いないわけではありませんが,非常に個体数が少ない印象を受けました.今回は,数頭が集まっていて,産卵活動も見ることができました.アカナガイトトンボは普通種と考えられていますが,色彩はエキゾチックで,やはり南国のトンボとしては欠かせない存在です.


▲場所によっては,やはりこのようにぽつんとオスがいるだけの場所もあったが...▲

アカナガイトトンボの観察場所は,陽の当たる浅い砂地の流れで,水が透き通っており,アカナガイトトンボの美しさが際立つような舞台装置でした.交尾を見ることはできませんでしたが,オスが水面をホバリングするようにして飛び回っていました.ホバリングする姿は,今までにも何度か見ていましたが,写真に撮れるほど近くでやってくれたのはこれが初めてでした.


▲水面を飛び回るアカナガイトトンボのオスたち.▲

やがて,タンデム個体がここを訪れ,産卵場所を探して水面近くを飛び始めました.時には流れの畔の葉に止まって,様子をうかがうこともありました.


▲透き通った水の流れの上を飛ぶアカナガイトトンボのペア.▲


▲私が追い回すせいか,岸辺の葉に止まって様子をうかがうペア.▲

しかし,やがては水面に洗われるように浮かんでいる植物の葉に止まって産卵を始めました.台湾で見たアカナガイトトンボは,タンデムをたくさん見たにもかかわらず産卵ペアを観察できませんでしたので,おそらく潜水産卵をしているのだろうと考えていました.ここでのペアも,すぐに潜水しようとメスが潜り始めました.ただいかんせん,浅い流れなので,体を傾けて水に浸かるという感じになってしまいました.


▲流れに漂う植物の葉に止まって産卵するペア.▲


▲メスがするすると潜り始め,オスも半分からだが水に浸かっている.▲

アカナガイトトンボも他の歩哨姿勢で警護をするイトトンボ類と同様に,グループ産卵をする姿が見られました.オスが歩哨姿勢をとると,オスの止まる位置が必要ないので,密集して産卵しやすくなります.ホソミイトトンボやグンバイトンボでもよく見られます.


▲1ペアが2ペアに,2ペアが3ペアにと,グループ産卵が行われている.▲

歩哨姿勢をとる連結産卵は,真横から撮影するのが難しく,水面ぎりぎりにカメラを置いて撮る必要があります.今回もレンズやカメラが濡れないように注意しながら撮影しました.


▲歩哨姿勢をとるイトトンボは,真横からとるのは意外と難しい.▲

南国のトンボは,マニアックな見るのが難しいトンボも魅力的ですが,普通種でも,いかにも南国らしいトンボたちの活動する姿が見られるのは,また心がわくわくする充実感があります.

■リュウキュウベニイトトンボ Ceriagrion auranticum ryukyuanum Asahina, 1967

リュウキュウベニイトトンボは,今回1頭だけ止まっているオスに出会いました.特にこれといった活動を観察することはありませんでした.


▲今回は出会いが少なかったリュウキュウベニイトトンボ.▲

以上,均翅亜目のトンボたちの紹介でした.種類数は多くはありませんでしたが,結構中身の濃い行動観察が出来たように思います.限られた時間の中でこれらのトンボの活動を観察・記録できたので,自分的には成果があったと感じています.

次回は不均翅亜目の紹介です.

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