台湾のトンボたち,第三回目は台湾のトンボ科-シオカラトンボ属です.私の居住地兵庫県では,シオカラトンボ属といえば,シオヤトンボ Orthetrum japonicum,シオカラトンボ Orthetrum albistylum spciosum,オオシオカラトンボ Orthetrum melania melania の3種だけになります.日本国内に目を広げると,やはり南方に種類数が多くなり,次のようなトンボが加わります.
ハラボソトンボ Orthetrum sabina sabina
ミヤジマトンボ Orthetrum poecilops miyajimaensis
タイワンシオヤトンボ Orthetrum internum
ホソミシオカラトンボ Orthetrum luzonicum
タイワンシオカラトンボ Orthetrum glaucum
コフキショウジョウトンボ Orthetrum pruinosum neglectum
オキナワオオシオカラトンボ Orthetrum melania ryukyuense
ヤエヤマオオシオカラトンボ Orthetrum melania yaeyamense
日本では,トンボ科では,アカネ属に次いで種数の多い属です.アカトンボは普通種でも結構注目されたり取り上げられたりしますが,シオカラトンボ属はそうではないように思います.ちょっとトンボ屋が見下している感じがしないでもありません.シオカラトンボがあまりにも普通種だからでしょうね.
台湾には,上記のうちミヤジマトンボ,シオヤトンボ,ヤエヤマオオシオカラトンボ,オキナワオオシオカラトンボを除くすべてのトンボが分布しており,さらにクロコフキショウジョウトンボOrthetrum pruinosum clelia,タイワンオオシオカラトンボ Orthetrum triangulare が加わります.ただしクロコフキショウジョウトンボは今回の観察地には分布せず,出会う可能性はありません.
なお,台湾のオオシオカラトンボに関しては,亜種名を melania と原名亜種としてよいかどうかは議論が必要かもしれません.すぐ隣りの八重山の個体群には,本土とは異なる亜種名 yayeyamense が与えられています.現在私は情報を持っていませんので,情報が得られれば書き直したいと思いますが,ここではとりあえず,Orthetrum melania subsp. としておきたいと思います.
シオカラトンボ属,特にそのメスは同定が難しく,現地で見ただけでは確定に自信が持てないことがありました.以下の記述には誤同定が含まれる可能性があり,読者の皆様のご指摘を歓迎します.
◆コフキショウジョウトンボ Orthetrum pruinosum neglectum 台湾名:霜白蜻蜓
台湾名は「霜のように白い粉をふくトンボ」という意味です.
まず最初に,コフキショウジョウトンボにあてられた台湾名が「霜のような白」というのは,今までの中でもっとも状況にあっていない感じがしますが皆さんはいかがでしょうか.腹部が赤く胸部がやや紫がかった青という独特の色彩です.老熟すると体色がくすんで見えるので,細かい白粉をふいているのかもしれません.
▲コフキショウジョウトンボのオス(B),2023.5.17. ▲
▲コフキショウジョウトンボのメス(A),2023.5.18. ▲
メスにはほとんど黒斑が発達せず,一見ショウジョウトンボのメスのようですが,黄褐色の地色はより濃い感じです.台湾ではもっとも普通のトンボの一つだそうです.確かにすべての観察地で出会ったように思います.また観察地Bでは警護産卵を見ることができました.
▲警護産卵するコフキショウジョウトンボ(B),2023.5.17. ▲
▲警護しているオスと,産卵しているメス.(B),2023.5.17. ▲
産卵は普通のオオシオカラトンボなどと同じで,水を前方に飛ばしながら産卵しています.
▲腹部先端で水面をかいている産卵メス(B),2023.5.17. ▲
▲水をかいた後,水滴が飛んでいる(矢印)(B),2023.5.17. ▲
▲打水位置を見極めるように停止飛翔するメス(B),2023.5.17. ▲
▲水滴はかなり遠くまで飛んでいる(矢印)(B),2023.5.17. ▲
◆ハラボソトンボ Orthetrum sabina sabina 台湾名:杜松蜻蜓
台湾名は「ネズのようなトンボ」の意味です.
台湾名のネズはヒノキ科の針葉樹で,腹部が細いからでしょうか,この名がついています.日本名は名の通りです.非常に広範な分布を持つ極めて普通の種類です.日本では九州以南に分布しています.私も九州で見たことがありました.
▲ハラボソトンボのオス(B),2023.5.17. ▲
シオカラトンボ属というと,オスが全身に青白い粉をふくということを想像しますが,ハラボソトンボに関しては,粉をほとんどふくことがなく,胸部の緑色がきれいです.
▲ハラボソトンボの交尾(B),2023.5.17. ▲
ハラボソトンボに関しては一例交尾を観察しました.近寄ろうとすると逃げてしまい,その後どうなったかは分かりません.観察地B以外では,Dでも姿を見ていますが,繁殖活動らしきものは見られませんでした.
▲ハラボソトンボのオス.複眼の緑がきれいだ(B),2023.5.17. ▲
不均翅類になると個体数が多く群れているような場面にあまり出会うことがなく,今回のようにあちこち順番に回るという観察では,繁殖活動に出会うのは偶然になります.交尾していたハラボソトンボ,驚かせずにそっと待つのも一手でした.
◆ホソミシオカラトンボ Orthetrum luzonicum 台湾名:呂宋蜻蜓
台湾名は「ルソン島のトンボ」の意味です.
これから紹介するシオカラトンボ属は,非常に同定が難しいものばかりですが,ホソミシオカラトンボはその中でもまだましな方です.
▲ホソミシオカラトンボのオス(B),2023.5.17. ▲
▲ホソミシオカラトンボの未熟なオス(F),2023.5.17. ▲
ホソミシオカラトンボについては,メスと出会わなかったようです.写真をいろいろとひっくり返して調べてみても,それらしい個体はありませんでした.胸側に太い1本の黒条がないので,他のシオカラトンボ属とは比較的見分けやすいのです.
局所的には普通だが分布は散らばっていると「台湾的蜻蛉」には書かれており,今回の観察地ではそれほど多くはなかった感じです.
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さて残りのシオカラトンボ属の同定が難しくなります.同定が容易なタイワンシオヤトンボとシオカラトンボは見つからなかったので,残るはタイワンシオカラトンボ Orthetrum glaucum,タイワンオオシオカラトンボ Orthetrum triangulare,そしてオオシオカラトンボ Orthetrum melania subsp. の3種です.特に後者2種は,かつて Orthetrum triangulare melania として日本と台湾のそれらは同種であるとされていたくらいですから,非常に似通っています.「台湾的蜻蛉」をもとにまとめておきましょう.
>タイワンシオカラトンボ Orthetrum glaucum
・オスの複眼は暗緑色.胸部と腹部は青灰色の粉をふく.腹部第8,9,10節は黒色.後翅基部は褐色,先端部は無色.縁紋は黄褐色.腹長27-31mmで他の2種より小さい.
・メスの胸部・腹部は褐色.老熟すると黒化する.後翅基部は褐色,先端部は無色.縁紋は黄褐色.腹長32-35mmで他の2種より小さい.
>タイワンオオシオカラトンボ Orthetrum triangulare
・オスの腹長33-36mm.胸部は黒色で青灰色の粉が少ない.翅の基部は黒いが青灰色の粉は吹かない,翅の先端部は無色.(腹部第1節基部が黒くなる).
・メスの腹長33-36mm.合胸の背隆線は黒くならない.翅の基部は黒褐色.先端部は黒褐色ではない.
>オオシオカラトンボ Orthetrum melania subsp.
・オスの腹長36-39mmで他の2種より大きい.胸部は青灰色の粉を吹く.翅の基部は黒色で青灰色の粉を吹く,翅の先端は褐色.縁紋は黒色.腹部第7-10節が黒色,ただし7節は部分的.
・メスの腹長36-39mmで他の2種より大きい.胸側に黒条斑.合胸の背隆線に沿って黒条がある.後翅基部は黒褐色,先端部は黒褐色.縁紋は黒色.
写真で同定する場合腹長は使えませんので,他の形質で判定するしかありません.以上の記述から,この3種だけの写真判定用の簡単な検索表を作ってみました.
<成熟オスの場合>
縁紋が黄褐色==タイワンシオカラトンボ
NOT=胸部が黒色で青灰色の粉が少ない==タイワンオオシオカラトンボ
NOT=後翅基部が黒色で青灰色の粉を吹く==オオシオカラトンボ
<未熟オスの場合>
縁紋が黄褐色==タイワンシオカラトンボ
NOT=腹部第7-10節が黒色==オオシオカラトンボ
NOT=タイワンオオシオカラトンボ
<メスの場合>
縁紋が黄褐色==タイワンシオカラトンボ
NOT=背隆線が黒くない==タイワンオオシオカラトンボ
NOT=オオシオカラトンボ
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◆タイワンシオカラトンボ Orthetrum glaucum 台湾名:金黄蜻蜓
台湾名は「黄金色のトンボという意味です.
タイワンシオカラトンボの他の2種にない特徴は,縁紋が黄褐色であるということです.これはかなり決定的です.写真の中から縁紋が黄褐色のものを選んでみました.
▲タイワンシオカラトンボ,成熟オス(C),2023.5.18. ▲
▲タイワンシオカラトンボ 成熟オス(E),2023.5.17. ▲
▲タイワンシオカラトンボ 成熟オス(A),2023.5.17. ▲
▲タイワンシオカラトンボ 半成熟オス(E),2023.5.17. ▲
以上,成熟または半成熟のオスは,すべて複眼が濃緑色をしており,タイワンシオカラトンボの特徴に一致します.腹部先端の黒い部分の範囲には,「台湾的蜻蛉」の記述よりかなり変異があるようです.
▲タイワンシオカラトンボ 未熟オス(E),2023.5.17. ▲
この個体は撮影時かなり悩みました.尾部付属器の形態からオスと判定しました.そして縁紋が黄褐色をしているというところ,翅の基部が褐色,先端部が透明であることで,タイワンシオカラトンボと判定しました.
▲タイワンシオカラトンボ 老熟メス(C),2023.5.18. ▲
メスは老熟すると黒化すると書かれているので,全身の濃色部の黒さも特徴に一致します.これはタイワンシオカラトンボで間違いないでしょう.
▲タイワンシオカラトンボ 未熟メス(E),2023.5.17. ▲
▲タイワンシオカラトンボ 未熟メス(E),2023.5.17. ▲
▲タイワンシオカラトンボ 未熟メス(D),2023.5.17. ▲
一番最後の写真の縁紋はちょっと褐色が濃く,誤同定の可能性があります.ただ胸側の黒条がオオシオカラトンボではよりはっきりしているので,少しぼやけた感じのこの個体はタイワンシオカラトンボでいいと考えています.
こうやって見ると,撮影したほとんどがタイワンシオカラトンボであることが分かりました.タイワンシオカラトンボは,国内では九州南部(大隅半島)から奄美大島にまで分布しているトンボで,八重山諸島にいないので,台湾と日本の間に分布空白地域があることになります.
次はタイワンオオシオカラトンボです.
◆タイワンオオシオカラトンボ Orthetrum triangulare 台湾名:鼎脈蜻蜓
台湾名は「鼎形の翅脈を持つトンボ」という意味ですが,ちょっとよく説明できません.
タイワンオオシオカラトンボは,成熟オスについては胸部+腹部第1節が黒いトンボとして判断すればいいようです.
▲タイワンオオシオカラトンボ 成熟オス(C),2023.5.18. ▲
▲タイワンオオシオカラトンボ 成熟オス(C),2023.5.18. ▲
問題は次のメスの写真です.オオシオカラトンボとタイワンオオシオカラトンボを区別する場合,翅胸前面の背隆線に沿った黒条があるかないかが一番わかりやすい点なのですが,横向きのためこれが写っていないのです.「台湾的蜻蛉」にある老熟メスの小さな写真を見ると,これにそっくりです.つまり腹部側面の褐色条が腹部第1節から太く貫かれています.ということでいちおうここではタイワンオオシオカラトンボとしておきますが,ひょっとしたらオオシオカラトンボのメスかもしれません.ただ近くにタイワンオオシオカラトンボのオスがいたのを見ています(ピンボケなので割愛)ので,メスがいても不思議ではありません.
▲タイワンオオシオカラトンボ?の老熟メス(A),2023.5.18. ▲
ということで,写真を検討した結果,オオシオカラトンボ Orthetrum melania subsp. には今回は出会えていなかったということになりました.ただ最後の写真がオオシオカラトンボの誤同定ならば,話は別です.ということで,目標としたシオカラトンボは,意外と見つからなかったということでした.
さて次回は,シオカラトンボ属以外のトンボ科+アルファを紹介したいと思います.