トンボ歳時記総集編 9月中旬−10月
街中へもやって来るアカトンボ
写真1.水生植物の少なく,開水面が広がる池.
コノシメトンボというのは,ちょっとつかみ所のないトンボです.どこに行けば会えるのか,生息環境をまとめようとしても,その特徴を言い表しにくいのです.特定の環境要素との結びつきが弱いというのでしょうか,どこにでもいるようで,探してみると意外と見つからなかったりするのです.もっともトンボの数が減っているということも一因です.昔は色々な場所でよく見かけたものでしたから.一つはっきりとしているのは,思いのほか移動しているということです.兵庫県の学校のプールで見つかるアカトンボのヤゴの多くは,タイリクアカネとコノシメトンボです.秋には都市公園の噴水池にもやって来ます.これはとりもなおさず,都会のまっただ中まで飛んできていることを意味しています.プールで産卵が行われていることからもうかがえるように,開水面が広がる池に割合多く集まるようです.
さて,コノシメトンボは,6月頃に羽化し,羽化した成虫は山麓の林の中で過ごしているようです.7,8月の観察例は少ないですが,私の少数の採集例は,多くが標高300m程度の山地になっています.
No.084:コノシメトンボ
Sympetrum baccha matutinum
コノシメトンボの消長図
写真2.6月22日.羽化直後のコノシメトンボのオス(左)とメス(右).羽根の先端の褐色部がうすく出ている.
写真3.8月18日.丘陵地の樹林の中で過ごしている未熟なコノシメトンボのオス.
コノシメトンボが池に現れて繁殖活動を始めるのは,9月中旬ぐらいからです.9月14日の観察では,9:29に止まっているオスを見た後,おそらくメスを見つけて交尾をしたのでしょう.この間は他のトンボを観察していたのでこのオスを見ていなかったのですが,このオスはメスを連れて10:56に産卵に入ってきました.交尾時間は長くても27分間という計算になります.産卵は連結打水産卵です.
写真4.9月14日.池に現れた若いコノシメトンボのオス.コノシメトンボは全身が真っ赤になるが,この個体はまだ胸側が赤くなっていない.
写真5.9月14日.上の写真のオスが,メスを見つけて,タンデムになって,産卵をしている.交尾については見逃してしまった.
繁殖活動が本格化するのは,9月下旬から10月にかけてです.池に現れたオスは,ときどきホバリングを交えながら,水面を飛びます.しばらく飛ぶと,岸辺の植物に止まって池を見渡しています.そんな感じでメスを待っているのでしょう.そうこうしていると,どこからともなくタンデムのペアがやって来て,連続打水産卵を始めます.
打水後の上昇距離は小さいです.オスの水面からの高さはあまり変化しません.おそらくこれは,魚の少ないような水域に産卵するのが,コノシメトンボの本来の繁殖戦略だからではないかと考えています.オオキトンボ,タイリクアカネ,ミヤマアカネなどは,打水後とても高く上昇します.これは産卵時の捕食を避けるためではないかと考えています.ですから,コノシメトンボ,そしてアキアカネも打水後の上昇距離が小さいので,これらは捕食をあまり受けない環境で進化してきたのだと思っています.現に,干上がってひび割れした粘土質の土地に雨水がたまったようなところに,コノシメトンボは産卵をしています.こういった場所には捕食者はいません.右のビデオの最初の方にその状況が記録されています.
写真6.9月27日.浅い水たまりで産卵を行っているコノシメトンボのペア.水がたまってしばらく間があったのだろう,水生植物が芽生えている.
写真7.9月27日.打水産卵のようす.水面をひっかくようにたたくというより,水面に突き刺すといった感じで産卵をしている.
写真8.9月27日.次の打水に向かっていったん上昇したペア.
写真9.9月26日.ほとんど水深がない浅い水たまりで産卵するコノシメトンボのペア.底が固いのか,腹部先端がきゅっと曲がっている(右).
写真10.9月26日.コノシメトンボは翅の先端の褐色斑が明瞭で,羽ばたくとそれがちらちらして可愛い.
コノシメトンボも,他の連結産卵をするアカネ属のトンボと同様に,産卵の最後の方になるとオスがメスを放し,メスの単独産卵に移行することが多いようです.単独産卵に入っても,連結時と同様に腹部をまっすぐに水面に突き刺すように産卵をします.浅く底が柔らかいところでは,底に腹端が突き刺さっているように見えます.打水した瞬間に,水を掻くような波(右欄外の写真)が立たず,同心円の波紋ができる(写真7左;写真12右)ことから,それが分かります.こうやって見ていくと,打水産卵と一言で言っても,色々な放卵のしかたがあることが分かります.
ネキトンボの打水の瞬間
写真11.9月27日.写真8のペアで,オスがメスを放し,単独産卵に移行した状態.メスの腹端に水滴がついている.
写真12.9月27日.上とは別のメスの単独産卵.右の写真を見て分かるように,腹端をまっすぐに水底に突き刺している.
10月に入ると,コノシメトンボは都会の公園などでもその姿が見られるようになります.とくに,埋め立て地など海岸の近くに設置されている,水場のある公園に集まってきます.まだ産卵活動を見たことはありませんが,オスは水面上を飛んだりして,メスを待っているようです.
写真13.左上:10月2日,左上中:10月12日,左下:10月23日,右:10月2日.都市公園に現れたコノシメトンボたち.
繁殖活動は10月に入っても活発に行われています.むしろ,10月上旬が最盛期といえるでしょう.ここでは干上がってからあまり日数が立っていない水たまりでの産卵を紹介しましょう.すでに述べたように,こういったところが,本来のコノシメトンボの繁殖環境なのかもしれません.
写真14.10月10日.10月に入っても産卵活動は活発に行われている.開水面が広がる水たまりで産卵をすることが多い.
写真15.10月7日.浅い水底の水たまりで産卵しているが,水底にひび割れが見られ,最近できた水たまりであることが分かる.
コノシメトンボの繁殖活動は,ふつう11月まで見られます.11月後半になりますと,日向に止まっているオスの姿を見る程度になり,12月になってから姿を消すようです.
ただ,私は12月5日の繁殖活動を観察したことがあります.もうかなり老熟した個体でしたが,オスも複数いて,そのうちの1頭がやって来たメスと交尾,産卵をしました.別のオスがそれを追いかけたので,少し沖の方へ逃げて産卵を続けました.産卵が終わってオスがメスを放したところ,メスはポタリと水面に落ちました.コノシメトンボは,放卵時にかなり深く腹部を水中に突き刺します.そのせいでメスの体温が下がってしまったのかもしれません.オスは水に身体を浸けることはありませんので,メスほど体温が下がることはないのでしょう.メスを助けてやり,逃がしてやりました.これは私のもっとも遅いコノシメトンボの観察記録でもあります.
写真16.11月15日.キトンボやアキアカネが活動している池の畔で,コノシメトンボがまだ頑張っていた.交尾と単独で止まるメス.
写真17.11月15日.アスファルトの上に止まって暖をとるコノシメトンボのオス(左)と,老熟したメス(右).
写真18.12月5日.遅い繁殖活動.オスやメスが日向に止まっている.やがて交尾,産卵に移行.オスがメスを放したらメスが水面に落ちたので,助けた.