トンボ歳時記総集編 5月−6月上旬

春の大型トンボ,クロスジギンヤンマ
写真1.ヒルムシロが開きはじめた,樹林に囲まれた春のため池.

 クロスジギンヤンマは,他の早春のトンボたちよりほんの少し遅れて羽化してきます.4月下旬にも羽化が見られますで,「4月−5月上旬」のトンボとしてもよいような感じですが,産卵やパトロール活動など観察するのは,5月の中旬以降が適しています.羽化は早くから始まりますが,大型トンボゆえ,やはり成熟にそれなりの時間がかかるからでしょう.それでも,早く羽化した個体は4月の下旬に産卵していることがあります.
 右の消長図では,9月に入ってからの記録があります.通常この時期には出現しませんが,これについては,ギンヤンマとの雑種の可能性があります.皆さんもこのような季節外れの時期にクロスジギンヤンマを見たら,雑種の可能性を疑ってください.

写真2.左:4月29日,右:5月11日.4月下旬に早々と産卵しているクロスジギンヤンマ(左).日陰の池では羽化も少し遅くなる(右).

 成熟すると,オスは池の周囲を往復して飛んで,パトロールします.典型的なフライヤーで,ほとんど止まることはありません.複数のオスが小さな池に入ってくると,激しい追飛行動が見られ,たいがい浸入してきたオスが追い払われます.クロスジギンヤンマは,そばに樹林がある池が好みです.クロスジギンヤンマのオスは,ときどき交通事故に遭っているのを見かけます.今までに2回ほど遭遇しました.

写真3.左上:6月13日,左下:5月5日.右:6月23日.オスのパトロール飛翔.
写真4.5月30日.交通事故に遭い,道路に仰向けでころがっているクロスジギンヤンマのオス.まだ事故に遭って間もないようである.

 オスがパトロールしているところへメスが入ってくると,オスはメスを追いかけますが,あまりメスがつかまることはありません.メスはうまくオスをかわしながら,池から出たり入ったりして,隙を見て産卵をします.

写真5.左:5月15日,右:5月10日.クロスジギンヤンマの産卵.いずれもヒシに止まってその組織に産卵管を突き立てている.
写真6.6月17日.クロスジギンヤンマが浮葉植物や水面に横たわる茎に産卵せず岸辺のコケに産卵するのは珍しい..
写真7.左:5月4日,右:6月17日.水中にたおれたイグサの葉や,水中を這う茎に産卵するメス.右はかなり老熟している.

 メスはオスに対して警戒心を持ちながら産卵をしていますが,夢中になって産卵していると,油断してオスに飛びかかられてタンデムを強要されることがあります.タンデムになったペアは,遠く樹林の方に飛び去ってしまい,交尾を見ることはほとんどありません.掲示板の投稿者の情報では,1時間20分続いていたという報告があります.
 オスに急襲されるメスは,その扱われ方がひどいです.オスはとにかくメスに逃げられないよう頭の方から近づき,上から押さえつけて,体を回転させて背中に乗って,二つの複眼の間を尾部付属器で挟みます.メスに尾部付属器を向けるオスの姿は,刃物を突きつけて襲っているように見えます.メスの姿勢によっては,後ろから抱きつくようにメスを抱え込むこともあります.他のトンボでも同じですが,メスが産卵中にオスが近づいてくるのを嫌がって逃げ回る気持ちがよく分かります.

写真8.6月17日.産卵中のメスを急襲するオス.これは失敗の巻であったが,メスはしばらく死んだふりを決め込んでいた.
写真9.5月15日.産卵中のメスを急襲するオス.成功の巻.メスはなされるがまま.
写真10.6月17日.頭の方からではなく後ろから抱きつくオス.メスが立ち上がるような姿勢をとっていたためであろう.これは写真7で失敗したオス.

 クロスジギンヤンマは,5月以降もかなり長い間観察できるヤンマです.6月に入ってもオスのパトロール飛翔や産卵活動は続きます.特に標高の高いところに生息する個体は出現が遅くなるようで,7月になってもオスが飛んでいたり,メスが産卵にやって来るときがあります.

写真11.7月15日.オスのパトロール.夏のヤンマの黄昏飛翔を見に行ったとき,池をパトロールしていた.
写真11.7月13日.産卵するメス.夏のトンボに混じって産卵にやって来たメス.まだ若い感じがする.オオシオカラトンボに追いかけ回されていた.