ホンサナエは春に現れる中型のサナエトンボです.飛んでいる姿を見ると,かなり大きく見えますが,これは体が太いせいもあるようです.比較的広い川に生息し,堰で川がせき止められて砂が堆積したような場所によく見られます.かつてはあちこちでその姿が見られましたが,最近は,非常に限られた場所で,他の春のトンボに混じって1,2頭が止まっているのを見かけるくらいになってしまいました.兵庫県では,現在このトンボを探すのはかなり難しくなっています.
ホンサナエは,春早くから出現するトンボです.私は,まだ羽化を見たことがないので,いつ頃に羽化しているのか,直接の証拠は持っていません.ずっと以前(1991年)の5月1日に,羽化のために岸辺に上陸しようと水から出てきた幼虫を観察したことがあります.また4月23日に,生息地の川のそばの道路上で,川の方からひらひらと飛んできて,道路上に止まるテネラルなオス個体を見ています.したがって,4月下旬には羽化をしているものと思われます.
羽化した成虫は,しばらく川を少し離れて,周辺の樹林で過ごします.4月の日差しはまだ暑いというよりは暖かい状態で,日当たりのよい樹冠部の葉の上などに止まって過ごしているようです.5月上旬から成虫は川に戻りはじめ,6月に入るまで活動を続けています.
1990年5月30日の神戸市内での観察記録には,「オスは闘争活動が顕著で,およそ,3〜5m間隔で止まっており,絶えず干渉し合っている.アオサナエが同所に混じって縄張り活動を行っている.メスも時々姿を見せるが,交尾にまでは至らない.」と記されています.また6月1日には同所で産卵を観察しました.その記録には「ホンサナエは裏の山の方から舞い降りて来るように見える.そのうちの1頭のメスは増水してごうごうと流れる本流上に飛び出し,数回打水産卵した.打水といってもシオカラトンボの打水(飛水)のような力強さはなく,飛びながら腹部の先端を水につけるという感じのものであった.時刻は12:00頃である.」とあります.
その後知らぬ間にあちこちで姿を消し,産卵は2018年に至るまで観察することはありませんでした.下の写真の生息地は2010年に見つけたところですが,翌年にはもう姿が見られなくなっていました.
5月上旬,オスがそこそこの数見られる生息地を訪れると,コンクリートの上や川岸の草の葉の上に,オスたちが止まっているのが見られます.縄張り意識というのはそれほどないのか,オスどうしが2,3m隣に平気で止まっていたりします.ときどき川面の上1mくらいのところを,腹部先端を少し上に持ち上げるような姿勢で,ホバリングを交えながら飛びます.このとき近くに別のオスがいると激しく追尾します.ある程度飛んだらまた止まります.朝から夕方までこの行動は続きます.ホンサナエはかなり敏感なトンボで,撮影のために近づくとさっと飛び立ってしまい,水面上を飛び出します.
オスが活動している場所では,メスは水面上を高速で飛びます.ぼやっとしていたら姿が見えないことも多いです.しかしさすがオスはしっかりと見ていて,そんなメスに飛びかかり,タンデムになって逃げるように上空に上がり,山の方に向かって飛び去っていきます.これを高速で行うので,こちらが気がついたときはもう逃げ去るところといった状態になることがほとんどです.うまく捕捉できないときには,メスに体当たりしたあと,メスが水面上に落ちることもあります.そうなると,別のオスも参戦する余地ができて,時にメスを水面上で取り合うこともあります.
オスが水辺に出ているころには,あまりメスが姿を見せない感じです.オスは夕方が近づくと,1頭,また1頭と山の方へ帰って行きます.17:00ころになると,しつこく残っているオスがいるものの,川面を飛ぶオスはほとんどいなくなります.そのころ,水面を高速に飛ぶメスの姿が次々と見られるようになります.メスは,岸に止まると,すぐに卵塊を作り始めます.卵塊をつくった後,飛び立って,水面で打水・放卵します.打水は複数回行われます.そして,また岸に止まって卵塊を作り始めます.複数回これを繰り返して,産卵が終われば,山の方に一気に飛び去っていきます.このころまで頑張って残っていたオスは,次々やって来るメスの一つを捕捉して,お持ち帰りします.勤勉なオスは報われるのですね.
ホンサナエは,意外なところで出会うことがあります.公園の椅子に座っていて目の前に止まったり,交通事故に遭ったメスが道路上に落ちていたり,川底が砂でなく石ころになっているような川に複数の個体が活動していたり,最後に意外なところで出会った写真を紹介してホンサナエとの話は終えたいと思います.