兵庫県に分布しないトンボたちを訪ねて/南大東島訪問記
南大東島
トンボの生息場所としてのクリーク
写真1.トンボの生息場所としてのクリーク.コフキオオメトンボが薄暮時に飛びまわる.
 沖縄県島尻郡南大東島は,北緯25度50分,東経131度15分の太平洋上に浮かぶ,南北約6.5km,東西約5.8kmほどの小さな島です.環礁が隆起してできた海洋島で一度も大陸と地続きになったことはありません.明治33年に入植されたまだ歴史の浅い島で,訪島当時この島に本籍を持つ人は,島の人口およそ1,600人の約20%しかいなかったそうです(若井,1983).那覇空港から400km離れたところにあり,当時は19人乗りの琉球エアコミューターで約2時間かかりました.この飛行機は高さが低く,着陸時に地面がすぐそこに見えて怖かったのを覚えています.

 島の周囲は,太古の昔環礁であった名残がはっきり分かるように小高い丘が巡っていて,中央部が低く盆地状になっています.ですから,島の中央からは海を見ることができません(写真2).この丘を登ると,突然大きなうねりを見せる太平洋の海を展望することができます.海岸線はほとんどが切り立った崖になっており,海に近づくことはできません.丘の内側はサトウキビ畑が一面に広がり(写真2),その間をクリーク(写真1)が走っています.またあちこちにアダンに囲まれた池が散在しています.朝,自転車で畑の横の道路を走ると,アフリカマイマイがたくさん道路を横断しているのに出会いました.10cmもあろうかという野菜を食べる大食漢は,本土への持ち込みが厳しく禁止されています(写真3).

 1994年7月29日〜8月1日にかけて,私はこの島を訪れる機会があり,トンボを調査・採集しました.全日風が強くて,また一部の池が干上がっていたりして,成果は今ひとつでしたが,今後訪れることもないと思いますので,南大東島のトンボについてまとめておきたいと思います.
南大東島のサトウキビ畑と,島の周囲の丘に生える防風林
写真2. 南大東島のサトウキビ畑(手前の草)と,島の周囲の丘に生える防風林(背景の林)
本土への持ち込みが厳しく禁止されているアフリカマイマイ
写真3.本土への持ち込みが厳しく禁止されているアフリカマイマイ.

兵庫県に分布しないトンボたちを訪ねて/南大東島訪問記
南大東島のトンボたち
 南大東島のトンボ相については,旧くは北脇(1973)が15種を報告しており,その後尾園ら(2007)では25種がリストされています.さらに最新の図鑑(尾園ら,2022)で確認すると,南大東島に分布マークの付いている種が28種ありました.Table-1がそのリストです.種名の前に▲印があるものは,私が訪島時に見たトンボたちです.

 科名
  種名 1973 2007 2022  備考
 イトトンボ科
*▲リュウキュウベニイトトンボ  
*▲ムスジイトトンボ    
*▲ヒメイトトンボ  
* コフキヒメイトトンボ    現在定着不明?
*▲アオモンイトトンボ  
* アジアイトトンボ    尾園ら(2022)では飛来記録?
 ヤンマ科
* リュウキュウカトリヤンマ      
*▲トビイロヤンマ  私は1頭のみの確認記録
*▲ギンヤンマ  
* オオギンヤンマ    
* リュウキュウギンヤンマ      飛来記録?
 ヤンマ科
* タイワンウチワヤンマ    
 トンボ科
 ▲ウミアカトンボ  
*▲オキナワチョウトンボ  
  スナアカネ      飛来記録
* ハネビロトンボ    
* コモンヒメハネビロトンボ    
*▲アオビタイトンボ  1977年沖縄本島で発見
*▲アメイロトンボ  
* オオメトンボ    
 ▲コフキオオメトンボ  1996年西表島で発見
* コシブトトンボ    
*▲タイリクショウジョウトンボ  
* ヒメトンボ  
*▲ウスバキトンボ  
* ベニトンボ    飛来記録?
*▲オオハラビロトンボ  
*▲ハラボソトンボ  
表1.南大東島のトンボ相.1973,2007,2022はそれぞれ北脇(1973),尾園ら(2007),尾園ら(2022)にリストまたは分布図に掲載されている種.種名の前の▲印は,私が訪島時(1994年)に記録・確認した種で,*印は,喜界島・沖永良部島・与論島(グループU)のいずれかで見つかっている種(記事:沖永良部島訪問記表1参照).
 南大東島には表1のようなトンボが見られます.南大東島は海洋島なので,そこに生息するトンボはすべて飛来によるものといえます.表1には,別の記事「沖永良部島訪問記」で解説した,喜界島・沖永良部島・与論島(グループU)で記録されたトンボとの共通種が記されていますが,ほとんど同じであることが分かります.つまり,海洋を渡るほどの移動力があると考えられる種がほとんどを占めているということです.

 過去には,日本国内では大東諸島に行かなければ見られないトンボがありました.アオビタイトンボとコフキオオメトンボです.しかしアオビタイトンボは1977年(成見,1978),コフキオオメトンボは1996年(西田,1996;田端,1997)に,それぞれ沖縄本島,西表島で発見され,大東諸島以外に分布が広がりました.アオビタイトンボはその後北上を続け,2022年には山口県にまで分布が広がっており,コフキオオメトンボは八重山諸島に不安定ながら定着しているようです(尾園ら,2022).したがって,特別な目的がない限り,南大東島へわざわざトンボを見に行く必要はほとんどなくなりました.

 そんな南大東島でも,最近トンボの数が減少していることが報告されています.2017年にトンボ調査に入った苅部ら(2023)には,「2000年代後半まで多産していたトビイロヤンマとコフキオオメトンボは,10年ぶりの調査では,特に南大東島ではほとんど確認することができなかった」と書かれています.一方北脇(1973)はトビイロヤンマに関して「連日黄昏時にサトウキビ畑や草原の上を何百何千と群れ飛ぶのが観察された」と書いており,この違いに驚かされてしまいます.苅部ら(2023)は,これら2種のトンボの減少を,ネオニコチノイド系農薬の影響ではないかという仮説を立てて,現在も調査研究を進めています.


兵庫県に分布しないトンボたちを訪ねて/南大東島訪問記
南大東島訪問時のトンボ観察記録
 ではいくつかの種について,訪島時の観察記録等を掲げておきたいと思います.

◆コフキオオメトンボ Zyxsomma obtusum
コフキオオメトンボ
写真4.コフキオオメトンボ.左は日中樹林の中で静止するオス.右はオスの標本写真.
 1996年,西表島で発見されるまでは(西田,1996;田端,1997),日本では南北大東島へ行かなくては見ることのできないトンボでした.1994年に訪島した私も,このトンボを見ることが目的の一つでした.7月31日,8月1日と2日間にわたって早朝の観察をおこないましたが,そのときはまったく飛ぶ姿を観察することができませんでした.一方夕方には池の上を素早く飛ぶ姿を観察しています.7月31日の夕刻における,写真1のクリークでの本種の行動の観察例を記しておきます.

 18:30頃,オスがクリークの水面上を低く行き来していました.まだ十分明るい時間帯でした.そこへメスが突然入り込んできました.オスはただちにメスを捕捉し,連結状態になりました.飛びながら行われた交尾は5〜10秒で終わり,直後すぐにメスは水に沈んでいる朽ち木の水面からわずかに突き出た部分や,すぐ近くの水面に,腹端を打ちつけて産卵を始めました.卵はこれらの朽ち木に貼りつくものと思われます.というのは,本種のメスを捕らえて,斜めに傾けたフイルムケースに採卵すると,卵の粘着性が高く,フイルムケースの壁に貼りついてしまうほどでした.

 朽ち木に腹端を打ちつけすぐに向きを180度変えてと,メスは1,2,1,2,...というペースで小刻みに往復しながら産卵を続けます.交尾オスはメスの周辺をせわしなく往復飛翔して警護しています.メスが産卵場所を変えると,オスはまるでメスと糸でつながっているのではないかと感じるほど,ピッタリと同じコースを追いかけついていきます.視野から消えるほどに遠くへ移動しても追いかけていくのです.そして再び同じメスを捕捉して再交尾します.

 オスの縄張り占有欲,また生殖行動への衝動は非常に強いものを感じました.縄張り飛翔しているオスに対し3回もネットを空振りし,そのうち1回は水面を大きくたたいて驚かせたにもかかわらず,オスはその縄張りを放棄せず飛び続けるのです.19時15分に縄張り活動をするオスの姿はみえなくなりましたが,19時20分ころにメスが再び入ってきて,産卵活動をおこなっているように見えました,というのは,もはや真っ暗でほとんど何も見えない状態だからです.

 日中は樹林の中の薄暗いところに止まっている姿が観察できました.懸垂姿勢ではなく斜めの静止姿勢でした.

 本種の生態については井上(1983),和田・井上(1997),井上・ピパー・田端(1998)などが報告しています.それによると,朝夕に水面上を活発に飛びまわること,この飛翔は,朝はアメイロトンボより少し早く,夕方はアメイロトンボより遅くおこなわれること,日中は神社境内の薄暗いところに止まっていて,手づかみできるほど鈍感になっていること,浮遊している木に腹端を打ちつけて産卵することなどが詳しく記録されています.これらはだいたい私の観察と一致しています.

◆ウミアカトンボ Macrodiplax cora
風に向かって静止するウミアカトンボのオス(左)とメス(右).
写真5.風に向かって静止するウミアカトンボのオス(左)とメス(右).
 浜田・井上(1985)によると,ウミアカトンボは1967年に小笠原父島で1♀が日本ではじめて採集され,その後,石垣島をはじめとする南西諸島で記録が続いて,南大東島に非常に個体数が多いことが発見されました.しかし,各図鑑の記述を慎重に読むと,南大東島のようにきわめて普通に見られる産地においても「定着を思わせる」という表現になっています.これは本種が海洋移動性の高い種であること,定着を裏付ける幼虫・羽化殻があまり採れていないことに起因しているものと思われます.

 本種は島の中央部でも見ることができますが,むしろ,島の周囲の丘を越えて海に面する斜面で密度高く観察することができました.海から吹き付ける風に対して,風見鶏のように,風に向かって棒の先に止まっている姿が多数観察できました.本種については繁殖活動は観察できませんでした.

◆オキナワチョウトンボ Rhyothemis variegata imperatrix
オキナワチョウトンボ.集団で摂食している.
写真6.オキナワチョウトンボ.午前中に集団で摂食している.
 尾園ら(2022)によると,海外に複数の亜種があり,日本産のものは Rhyothemis variegata imperatrix とされています.台湾に棲息するものは,インドシナから中国南部に分布する別亜種 Rhyothemis variegata arria と同じものとされているようです(張・汪,1997).原名亜種 Rhyothemis variegata variegata は,インド,スリランカ,ミャンマーなどに分布しています.オキナワチョウトンボは産地によって翅の褐色の斑紋に変異があることが知られています(石田他,1988)が,大東島のものは特に黒色部分が発達して黒っぽくなっているのが特徴です.右の石垣島の個体と比べてみると,黒色部分が大きく広がっているのが分かります.最近発見されたサイジョウチョウトンボ的な斑紋です.

◆アメイロトンボ Tholymis tillarga
アメイロトンボの標本写真.
写真8.アメイロトンボの標本写真.左がオスで右がメス.オスの翅に出る白色斑が特徴的である.
 アメイロトンボは今回の観察ではもっとも数多く姿を見せてくれたトンボでした.夜が明ける頃,アダンに囲まれた池のすぐ横の道路上を,未熟な本種が蚊柱のように飛びまわり摂食します.目をつむって網を振っても複数のトンボが網に入るほどです.また夕刻にはウスバキトンボとまじって,アダンの上を池の方へいったり来たりしながら摂食飛翔をおこないます.異国に来た気分がするひとときでした.

◆その他のトンボたち
左上から,ムスジイトトンボ,アオモンイトトンボ,オオハラビロトンボ.
写真9.左上から,ムスジイトトンボ,アオモンイトトンボ,オオハラビロトンボ.
 オオハラビロトンボは,南北大東島をはじめ,石垣島,西表島,沖縄本島,南九州にみられます.南大東島では随所で止まっているオスやメスの姿を観察することができました.

 ムスジイトトンボアオモンイトトンボは神戸でも見られるトンボです.ずいぶん離れた太平洋上の孤島で彼らに会えることは,また別の意味で不思議なものを感じます.なぜ彼らは南海の孤島にまでいるのだろう.分布を広げる力があるのか,適応力があって,いったん居着くとなかなか滅びないからなのか,理由は分かりませんが,こういった広域分布種の秘密も興味深いものがあります.なお,採集した標本を神戸のものと比べると非常にサイズが小さいことが特徴的です.ムスジイトトンボなどヒメイトトンボぐらいの大きさに見えます.

 私がもっとも見たかったものの一つにトビイロヤンマの群飛があります.しかし今回の観察では,7月31日に1頭飛んだだけでした.北脇(1973)には「何百何千と群れ飛ぶのが観察された」と記されています.しかし,井上(1983)ではトビイロヤンマを見ていないことがはっきりと書かれており,どうもこのころには減少傾向にあったのかも知れません.私が宿泊した旅館のご主人に聞くと,10年ほど前から(つまり単純に計算して1984年)トビイロヤンマの群飛が見られなくなったということを話されていました.

 短期間の滞在でしたが,海洋島である南大東島のトンボというのは,本土とはまた違った趣がありました.


参考文献
石田昇三・石田勝義・小島圭三・杉村光俊,1988.日本産トンボ幼虫・成虫検索図説.東海大学出版会.
井上清,1983.南大東島で観察したコフキオオメトンボとアメイロトンボの生態について.Tombo 26(1/4):27-29.
井上清・W.ピパー・田端修,1998.西表島におけるコフキオオメトンボの生態小観察記録.Tombo 41(1/4):37-40.
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尾園暁・川島逸郎・二橋亮,2022.日本のトンボ 改訂版.電子書籍.文一総合出版.東京.
苅部治紀・亀田 豊・加賀玲子・藤田恵美子,2023.国内絶滅危惧トンボ類生息地におけるネオニコチノイド系農薬汚染の実態.Tombo, 66:13-24.
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杉村光俊,1990.アオビタイトンボの縄張り(写真).トンボと文化 30:1.社団法人トンボと自然を考える会.
杉村光俊・宮畑年弘,1986.アオビタイトンボの九州本土における記録.Tombo 29(3/4):113-114.
杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司,1999.原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑.北海道大学出版会.
田端修,1997.西表島でコフキオオメトンボを記録.Aeschna 33:29-30.
津田滋,1991.世界のトンボ分布目録.自刊.
成見和総,1978.沖縄・宮古島・八重山群島の蜻蛉I.沖縄本島・西表島のトンボ相.南日本文化 11:175-185.
西田彰,1996.西表島で初のコフキオオメトンボを採集.Tombo 39(1/4):46.
浜田康・井上清,1985.日本産トンボ大図鑑.講談社.
若井康彦,1983.島の未来史.おきなわ文庫,ひるぎ社.
渡辺賢一,1987.石垣島でアオビタイトンボを採集.Tombo 30(1/4):51-52.
渡辺賢一,1989.琉球列島における分布拡大種について.Tombo 32(1/4):54-56.
和田信雄・井上清,1997.コフキオオメトンボを竹富町黒島で採集.Sympetrum Hyogo 4:5-7.
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