兵庫県に分布しないトンボたちを訪ねて/沖永良部島訪問記
沖永良部島
写真1.上空から見た沖永良部島.
私は仕事の関係で,2005年の夏(9月2,3日)と秋(11月12〜15日)に2度沖永良部島へ出張する機会がありました.沖永良部島にはトンボの特産種もなく,飛行機代も高いとあって,わざわざトンボを採りに訪れる人は少ないのではないかと思います.私も仕事でなければ行っていないでしょう.仕事というのは,沖永良部島とはどんな島かということを理科的な視点で調べて,神戸の高校生に遠隔授業をすることです.そんな調査活動の一環としてトンボも調べたということですので,十分な調査をしたわけではありません.ただもう行くこともないだろうと思いますので,記録としてここにまとめておきたいと思います.なお本文中の記載は,基本的に2005年時点での調査(内容は聞き取り調査や現地の説明書きが多く自然に関しては実地調査)によるものになっていますので,ご注意ください.
沖永良部島は奄美大島と沖縄島の間,徳之島と与論島に挟まれた位置にあります.隆起珊瑚礁の島で,土質は赤土.上空から見ると,真っ青な海の中に浮かぶ島に,赤茶けた畑がモザイクのように島の表面にはりついています(写真1).人口約16,000人,周囲約50km.鹿児島県大島郡に属し,知名町と和泊町の2町があります.
写真2.神戸と和泊を結ぶ大島運輸フェリー(現:マルエーフェリー)(左).鹿児島と沖永良部空港を結ぶJACの旅客機(右).
アクセスは,鹿児島から1日3往復,JAC(ジャパン・エア・コミューター)の飛行機が飛んでいます.他に沖縄へ飛ぶチャーター便もあります.さらに,那覇行きのフェリー「琉球エクスプレス」が神戸の六甲アイランドと和泊港を結んでいます.(以上2005年時点).
沖永良部島は,与論島や徳之島,さらに沖縄島や奄美大島という有名観光地に挟まれていて,島のことはあまり知られていないのではないかと思います.沖永良部島は,サトウキビ,花づくりをはじめとした農業で成功した島として全国的に知られているそうです.したがって,観光でなく農業で自立していこうという方針を持っており,それゆえ観光開発にはあまり力を入れていないように見えます.このページでは,そんな,ある意味「未開拓」の沖永良部島の魅力もお伝えします.
写真4.向こうは石灰岩の切り立った崖,手前は砂浜で海浜植物が自生している.海岸は観光資源ではなく,手つかずのまま放置されている.
沖永良部島の自然といえば「海」です.西は東シナ海,東は太平洋に面しています.いずれも外海で,瀬戸内海を見なれている私には荒々しい海と感じられました.北西部の海岸は,石灰岩が風化浸食を受けたとげとげしい岩に東シナ海の波がぶつかっています.ところどころに浸食によってできた大きな穴があって,これはフーチャと呼ばれています.大きなものがいくつもあったらしいのですが,はね上がるしぶきが陸地の深くにまでとどき塩害が生じるということで,ほとんど壊され,今ではそのうち一番小さなものだけが残されています.
写真5.風化・浸食を受け,とげとげしい風貌を見せる石灰岩の海岸.波が海岸段丘地形をつくりあげる.
写真6.フーチャ:浸食で穴の空いた石灰岩盤(左)の中に波が打ち寄せる(右).
沖永良部島の石灰岩は「琉球石灰岩」と呼ばれるもので,山口県の秋吉台などを形成している古生代から中生代(約4〜2億年前)の石灰岩ではなく,100万年前くらいにできた非常に新しい石灰岩です.琉球石灰岩は主に琉球列島に分布しています.そして石灰岩といえば鍾乳洞が思い起こされます.沖永良部島にも数多くの鍾乳洞があります.島南部の最も高い大山(おおやま)を中心に,放射状に広がって発達しています.全国各地から探検隊が訪れ,その全貌はかなり明らかにされているということです.そんな中で昇竜洞はもっとも大きな鍾乳洞で,唯一一般公開されています.
写真7.昇竜洞の入り口と内部の景観.
昇竜洞を入るとすぐ,地下水によって大きく浸食されてできた広大な空間が広がります.天井部には無数のつらら石がぶらさがっています.ザーザーと流れる水の音だけが空間に響き渡っています.しかし少し進むととたんに通路は細くなり,鍾乳洞探検らしくなってきます.ところどころ広い空間が開けており,そういったところの壁面には,奇抜な形をした鍾乳石が姿を現しています.昇竜洞は全長2,700mで,観光用に解放されているのは600mあまりです.この洞内では7世紀ころの人骨が石化して発見されていて,この当時から鍾乳洞が発達していたことがうかがい知れます.
写真8.ハマユウをはじめ,たくさんの海浜植物が咲く海岸.
沖永良部島で植物を見るなら海浜植物を見るべきです.海岸にはさまざまの海浜植物が自然のままで残っています.観光地でもないので立ち入り禁止なんて発想はありません.自由に目の前の植物に手で触れることができます.アダンが荒々しい北部の海岸に海を見ながら生えているかと思えば,波の穏やかな砂浜には,サボテンやハマユウが自生しています.砂浜といったら海水浴場を思い出す私には,こういった植生豊かな海岸の姿は別世界のように感じられました.
写真9.サボテン類やアダンを初めとした,ほとんど見たことがないような海浜植物がたくさん育っている.
兵庫県に分布しないトンボたちを訪ねて/沖永良部島訪問記
トンボの生息場所として見た沖永良部島の水環境
さて,このような自然を有する沖永良部島ですが,トンボの生息場所としてみた場合の水環境について考えてみたいと思います.水といえばまず生活用水,そしてもう一つが農業用水として重要な位置を占めるものになります.この2つの視点とトンボの生息環境との関係について見ていくことにしましょう.
小さな離島に生活する場合,水をいかに得るかということは重要な問題となります.沖永良部島も例にもれず,水の問題は重要です.古くは地下水と溜め池に貯めた天水に頼っていて,農業用水・飲料水などもそれらから供給していました.地下水は,豊かな森林が貯えた水が鍾乳洞の中を流れていました.ですから地下水は石灰岩のカルシウム分が溶け込んでいて,硬水です.この水を鍋で沸かすと,水の蒸発した後に石灰分が析出するというほどらしいです.一方地表を流れる川は,鍾乳洞を流れる地下水が地表に出たもので,その源は地下水です.ちなみに沖永良部島には余多川と奥川の2本の短い川があります.
写真10.沖永良部島の溜め池はよく整備されている.
写真11.沖永良部島で最も大きい川,余多川.トンボの生息環境としては良さそうだ.
写真12.鍾乳洞を流れる地下水.これが地表に出て川となる.
地下水を生活用水に利用しようと思うと,どうしても「地下に」水を汲みに行かなければなりません.ポンプがなかった昔は,人が地下に降りていって水を利用していたそうです.こういう場所を暗川(くらごう)といいます.今はもう暗川は利用されていませんが,島のあちこちに遺跡のように残っています.
写真13.暗川(くらごう).解説掲示(左),そこから地下に降りていって,地下水のほとりで洗濯などをしていた.
沖永良部島の水の問題は,地下水のくみ上げ施設を整えることにより,一時期解決したかに見えました.しかし,農薬や肥料の多投入によって,それが雨水で地下にしみこみ,地下水が汚染されたり富栄養化して深刻な環境問題が生じたそうです.沖永良部島はサトウキビの栽培などが行われていますが,特に花の栽培が盛んで,切り花に農薬を多く使うので,汚染がより加速されたようです.島の人に聞くと「一時期,川のエビを食べる人がいなくなった」と言っておられました.
写真14.花の電照栽培.明暗周期を調節して開花時期をコントロールしている.衛星写真で見ると,沖永良部島のあたりは明るく光っているという.
写真15.電照栽培では菊を育てていた(左).沖永良部島という小さな島なのに,都会的な花屋があった.さすが花の島というところ(右).
和泊町ではこういった問題に対して真正面から取り組み,平成6年に「地域環境保全型農業の推進に関する条例」をつくり,環境保全型の農業に取り組むこととなりました.町民の意識改革も進み,現在この状況は相当に改善されています.詳しくは鹿児島大学の神田嘉延氏の報告書(神田,2001)に記されています.
ただ地下水の富栄養化は今でも感じられます.わき出した地下水を貯めた竿津川起点にある貯水池に,アオミドロがいっぱい繁茂しているのを見ました.
写真16.竿津川の出発点.地下水のわき出している場所.公園になっている(左).貯水池にはアオミドロが繁茂している(右).
以上から分かるように,トンボの暮らす水環境としての地表水は,かなり潤沢に存在することが分かります.富栄養化が問題に思われますが,川に入って幼虫採集のために底をさらった感じとしては,底質の腐敗につながるというよりは,エビなどがたくさん採れ,生産力を上げる方向に作用しているように思われました.ただしため池については,石灰岩質の土壌のためか,コンクリートにゴムシートを貼って漏水を防止しているようで,トンボが好むような植生豊かな池にはならないように思われました.
写真17.ため池の施工状況.
兵庫県に分布しないトンボたちを訪ねて/沖永良部島訪問記
沖永良部島のトンボ
沖永良部島で記録されたトンボは,最新情報として江平(2023)を参照すると,30種となっています.アオイトトンボ科,カワトンボ科,トゲオトンボ科,ミナミカワトンボ科,ハナダカトンボ科,モノサシトンボ科,オニヤンマ科,ミナミヤンマ科,エゾトンボ科が欠けていて,サナエトンボ科はタイワンウチワヤンマ1種,ヤマトンボ科はオオヤマトンボ1種となっています.一方奄美大島または沖縄本島には,沖永良部島に欠けている上記の各科のうち,ミナミカワトンボ科とハナダカトンボ科以外の科すべてに,固有種を含むいくつかの種が存在しています.
そこで,沖永良部島とその近傍の島々のトンボ相を比較してみると,面白いことが分かります.下の表1は,奄美大島,徳之島,沖縄本島(以上グループT),喜界島,沖永良部島,与論島(以上グループU)のトンボ相を比較してみたものです.表は,比較のために,一般的な分類順になっていません.
科名 |
グループT |
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グループU |
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種名 |
奄 |
徳 |
縄 |
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喜 |
永 |
与 |
備考 |
カワトンボ科 |
▲リュウキュウハグロトンボ |
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トゲオトンボ科 |
▲アマミトゲオトンボ |
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▲ヤンバルトゲオトンボ |
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▲オキナワトゲオトンボ |
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モノサシトンボ科 |
▲リュウキュウルリモントンボ |
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ミナミヤンマ科 |
カラスヤンマ |
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▲オキナワミナミヤンマ |
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オニヤンマ科 |
オニヤンマ |
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エゾトンボ科 |
▲リュウキュウトンボ |
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アオイトトンボ科 |
ホソミオツネントンボ |
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単発記録 |
イトトンボ科 |
アカナガイトトンボ |
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沖縄分布北限 |
ホソミイトトンボ |
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単発記録 |
アジアイトトンボ |
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ヒメイトトンボ |
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リュウキュウベニイトトンボ |
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ムスジイトトンボ |
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コフキヒメイトトンボ |
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アオモンイトトンボ |
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サナエトンボ科 |
▲アマミサナエ |
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チビサナエ |
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タイワンウチワヤンマ |
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ヤンマ科 |
マルタンヤンマ |
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奄美分布南限 |
クロスジギンヤンマ |
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奄美分布南限 |
ミルンヤンマ |
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徳之島分布南限 |
▲オキナワサラサヤンマ |
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▲アマミヤンマ |
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ヤブヤンマ |
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トビイロヤンマ |
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カトリヤンマ |
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リュウキュウカトリヤンマ |
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ギンヤンマ |
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リュウキュウギンヤンマ |
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オオギンヤンマ |
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ヤマトンボ科 |
▲オキナワコヤマトンボ |
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オオヤマトンボ |
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トンボ科 |
ナツアカネ |
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奄美飛来南限 |
アキアカネ |
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− |
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奄美飛来南限 |
ハラビロトンボ |
? |
− |
− |
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奄美記録疑問 |
オナガアカネ |
− |
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飛来種 |
タイリクアキアカネ |
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飛来種 |
スナアカネ |
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飛来種 |
テンジクハネビロトンボ |
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飛来種 |
タイワンシオカラトンボ |
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− |
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− |
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奄美分布南限 |
ヒメキトンボ |
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− |
● |
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2017年初記録 |
ウミアカトンボ |
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ハネナガチョウトンボ |
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奄美限定分布 |
オオキイロトンボ |
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ホソミシオカラトンボ |
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喜界島記録疑問 |
ヒメハネビロトンボ |
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南方より飛来 |
コフキトンボ |
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コシブトトンボ |
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オオハラビロトンボ |
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オキナワオオシオカラトンボ |
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オキナワチョウトンボ |
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ハネビロトンボ |
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アオビタイトンボ |
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アメイロトンボ |
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オオメトンボ |
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タイリクショウジョウトンボ |
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ウスバキトンボ |
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ヒメトンボ |
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ベニトンボ |
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ハラボソトンボ |
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シオカラトンボ |
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表1.奄美大島(奄),徳之島(徳),沖縄本島(縄)(以上グループT),喜界島(喜),沖永良部島(永),与論島(与)(以上グループU)のトンボ相.沖縄本島の記録は尾園ら(2007)および興善(2018),それ以外は江平(2023)をもとに作成した.種名の前の▲は奄美または沖縄およびその周辺の島の固有種を示す.江平(2023)の分布表のうち,記号〇(非定着種),◎(定着不明種)で示されたものはすべて●で,△(疑問種)で示されたものは?で,それぞれ表記した.同一グループ内のどれかの島に記録がある場合,記録のない島々は−で示した.これら6つの島の間に分布(飛来・記録)境界がある種,および海外からの飛来種と考えられるものは灰色文字で示した.アマミトゲオトンボとトクノシマトゲオトンボ,リュウキュウルリモントンボとアマミルリモントンボ,カラスヤンマとミナミヤンマ,アマミサナエとオキナワサナエ,チビサナエとオキナワオジロサナエ,オオシオカラトンボとオキナワオオシオカラトンボ,ミルンヤンマトヒメミルンヤンマ,ヒメハネビロトンボとナンヨウヒメハネビロトンボおよびコモンヒメハネビロトンボ,これらは亜種関係にあるが同一種として同じ欄に掲げた.
表1のグループTとグループUを比較してみると,いくつか気づくことがあります.まず最初に,一般的に見て,グループTの方がグループUより生息しているトンボの種数が多いということが分かります.グループTの島々の方がグループUの島々より面積が大きいことはご存知かと思います.これは,教科書にも載るほどによく知られた事実で「同じ地域に存在する島々では,面積が大きいほど種多様性が高くなる」というものです.これは面積が大きいほど,生息環境の多様性が高まるからだと考えられています.
ためしに,それぞれの島の面積とそこに分布する種数の散布図を作って,実際に確かめてみました.ただし種数については,どの島にも出現し定着しうる種についてだけを問題にする必要があります.分布境界がこれらの島々の間にある種,遠方より偶然飛来したと考えられる種,単発記録は省く必要があります.すなわち表1の黒字の種だけを数えることになります.そうすると,見事に島々の面積と記録されたトンボの種数に正の相関関係が見られました.
表2とグラフ1.6島の面積と種数の関係.各島の面積は国土地理院(2024)による.種数は表1の黒字の種数.( )内の数字は常用対数変換値.
もう一つ見えてくることは,二,三の例外を除いて,グループUのどれかの島に登場する種は必ずグループTの島すべてに出現しているということです.さらにグループUに登場する種には,長距離の移動性が知られている種,分布拡大の注目種,さらにそういった知見がなくても広域に分布する種が,ほとんどを占めていることが分かります.これらの種は,移動性が既知がどうかに関わりなく,移動力がある種と考えて差し支えないでしょう.一方で,グループTだけに出現している種には,地域の固有種(▲印)や流水性種が多く含まれていることが分かります.
これを説明することは簡単ではないと思いますが,一つの可能性として,ハブの分布で唱えられている説があります.南西諸島にはハブ類の分布する島としない島があります.一般にハブの分布しない島は最高峰の標高が低く,過去に生じた海面上昇によって島が海面下に水没し,ハブが絶滅したというものです.これには竹富島のような例外もあるのですが,だいたい一致しています.ここで問題にしている6島では,グループTの島にはすべてハブがいて,グループUの島にはハブがいません.
そこで沖永良部島を例にして,斎藤ら(2009)の記述をもとに,この可能性を探ってみたいと思います.沖永良部島の最高峰は大山で,標高240mです.新生代第四紀に入ったころは,琉球弧は沈降が続いていました.琉球弧とは奄美大島から台湾に弧状に並ぶ島々のことを指し,沖永良部島は琉球弧の一つの島です.この沈降は更新世中期まで続き,その後隆起に転じ現在に至ります.この沈降していた時代に沖永良部島周辺に堆積した地層が「琉球層群」で,主に周辺の浅海に発達した珊瑚礁がもとになった石灰岩と,陸から流されてきた砂礫等による堆積岩からできています.現在この琉球層群は沖永良部島の標高200-210m以下の地域に広く分布しています.
ある場所の海面上昇や低下には,単に温暖化や寒冷化による海面の上下動だけでなく,土地の隆起や沈降も関係してくるので簡単に論じることはできませんが,地層は水面下にある時に形成されるものなので,少なくとも不整合のない地層が形成されているときは,連続して水面下にあったことが確実です.沖永良部島の琉球層群には不整合面が一つある(斎藤ら,2009)ようで,一時期海面の下降が起きて,一部の地層が水面上に出た可能性があります.
いずれにせよ,標高200-210m以下の場所に琉球層群が発達しているということは,ある時期に標高200-210m以下の場所が水面下にあったことを示しています.ではこの時期沖永良部島の姿はどのようなものだったのでしょうか.今の地図の標高200mの等高線をたどって図示したのが,右の図です.もちろん,当時と今では地形が異なるのでこの通りではありませんが,海面上の面積が非常に小さくなっていたことは間違いないでしょう.
こんなに小さな面積では,上で述べた面積と種数の関係性から考えても,生息環境の多様性が失われて,ほとんどの種は消滅したと思われます.生き残った種がいたとしても,干ばつ,台風などの影響で死滅したりして,長くは生き残れないと思われます.したがって,絶滅しては渡海飛来によって復活,といったようなことが繰り返されていき,隆起によって島の面積が増大するにつれ,定着できる種数が増えていったという推論が成り立ちます.ちなみにハブは最上位の捕食者ですから,たとえ水没しなかったとしても,こんな小さな生産力の乏しい島では,生きていくことはできないでしょうね.
同様のことは,グループUの他の島々でも起きたと考えられ,他から飛来可能な移動性の高い種が多いのだと言えるでしょう.またこれらの島々には周辺に分布する固有種が見られませんが,これら固有種は,移動性が乏しいか,定着できる環境がグループUの島々に存在しないからなのでしょう.海面上昇と面積・種数の関係性が,沖永良部島のトンボ相を特徴付けていると思われます.
現在の沖永良部島の標高200m以下の部分を水色で塗りつぶしたもの.白い部分が水没しない部分
兵庫県に分布しないトンボたちを訪ねて/沖永良部島訪問記
私の訪問によって記録されたトンボたち
写真18.ベニトンボのオスとメス(余多川).ベニトンボは止水でも流水でも生活する.幼虫もたくさん採れた.
写真19.タイワンウチワヤンマ(左)とオキナワチョウトンボ(右)竿津川起点の公園.
写真20.オキナワオオシオカラトンボ(左)とハネビロトンボ(右).沖永良部島産.
今回は,仕事の関係で調べた川の生態系調査と水の調査のときに撮影した写真しかありませんので,多くのトンボを現地の写真で紹介することはできません.そこで,記録したトンボを,他で撮影した写真等を使って紹介しておくことにします.なお,写真18,19,20の5種と写真21のコフキヒメイトトンボは現地写真または現地標本です.
写真21.現地で確認したトンボ種.
現地では11月に余多川で絨毯爆撃的に幼虫もすくってみました.ギンヤンマ,タイワンウチワヤンマ,ハラボソトンボ,タイリクショウジョウトンボ,ベニトンボが確認できました.すべてが止水性のトンボばかりです.南の方へ行くと止水性のトンボが流水環境に見つかることは割合普通ですが,この調査では完全に流水性のトンボが欠落していることが分かります.河川環境のニッチが完全に空いているという実感がありました.
こういった状況は,兵庫県に住んでいる私には非常に奇異に感じられます.兵庫県では川で幼虫を調査すれば,基本的に流水性の種しか入りません.沖縄本島などでも幼虫を採集した経験はありますが,止水性の種も混じるものの,流水性の種が多く網に入ります.表1からも,沖永良部島など,グループUの島々には流水性の種がいないことが分かります.これは単に現在の流水環境が貧弱だからというだけでは説明が困難なように思えます.やはりこれらの島々の歴史と大きく関係しているのではないでしょうか.
参考文献
青木典司,2006.トンボを通してみた沖永良部島.Pterobosca 12A:12-15.
江平憲治,2023.鹿児島県のトンボ 資料編.南方新社,鹿児島市.pp417.
尾園 暁・渡部賢一・焼田理一郎・小浜継雄,2007.沖縄のトンボ図鑑.いかだ社,東京都.pp199.
神田嘉延,2001.沖永良部島和泊町の環境問題と地域の自立的発展.鹿児島大学教育学部教育実践研究紀要,鹿児島大学教育学部附属教育実践総合センター 編 11:33-45.
興善昌弘,2018.沖縄本島でヒメキトンボを採集.Tombo 60(1/4):129.
国土地理院,2024.令和6年 全国都道府県市区町村面積調(1月1日時点).国土地理院技術資料 E2-No.83.
斎藤 眞・尾崎正紀・中野 俊・小林哲夫・駒澤正夫,2009.20万分の1地質図幅「徳之島」.独立行政法人産業技術総合研究所 地質調査総合センター.