これら新翅類・旧翅類のもっとも古い化石は,ヨーロッパや北アメリカの石炭紀上部の地層から発見されており,旧翅類には,ムカシアミバネムシ目(古網翅目),ムカシカゲロウ目,原トンボ目 Protodonata,原カゲロウ目が,新翅類には原ゴキブリ目,原直翅目,そして現在も生き延びているゴキブリ目などが含まれている.この時代にはまだ今の形態のトンボは出現していないから,ゴキブリがいかに古い昆虫であるかが分かる.
古代のトンボといえば,翅を広げた長さが70cmにも達するというメガネウラ Meganeura monyi という石炭紀のトンボが有名であり,ご存じの方も多いであろう.多くの研究者はこれを原トンボ目に分類しているが,Fraser (1957) は真正トンボ目(現生のトンボ類が属する目)の一つの亜目として分類している.メガネウラの議論はさておき,真正トンボ目は二畳紀下部の地層から化石が発見されていて,均翅亜目 Zygoptera の祖先とされる原均翅亜目 Protozygoptera に属するものであった.
化石の研究によると,不均翅亜目は中生代ジュラ紀,あるいはそれ以前に出現したとされるが,均翅亜目はもっと古く古生代二畳紀に出現したともいわれている.Fraser (1957) は,これら化石資料やそれまでの議論を整理し,また翅脈を中心とした分類基準の彼独自の再検討を行って,図3のような系統樹を提案した.
化石のトンボは主に翅が残っているので,翅脈の脈相を中心に分類体系を構築するのは,いわば必然であった.日本の昆虫発生学者,安藤裕(Ando, 1962)は,トンボの胚発生を研究し,発生学的観点から日本のトンボの系統樹を発表している.「個体発生は系統発生を繰り返す」というヘッケルの有名な言葉があるが,これはまさにそういった観点で提案された系統樹である(図4).
ところで最近は,トンボ界でも,DNAを使った系統樹作成の研究が多く発表されるようになってきた.二橋(2011)は,海外の論文を参考に,トンボの科の系統樹を作成している.これを日本産のトンボだけを使って書き換えたのが以下の系統樹である. 現生のトンボ目 Order Odonata は,かなり長い間,均翅亜目 Suborder Zygoptera,ムカシトンボ亜目 Suborder Anisozygoptera,不均翅亜目 Suborder Anisoptera の3亜目からなるとされてきたが,最近の系統分類では,ムカシトンボ亜目を認めず,ムカシトンボ科を不均翅亜目に入れる分類体系が目立つようになってきた.二橋(2011)は,DNAを使った系統分類の総説において,「ムカシトンボ科を不均翅亜目に含める理由の一つとして,Bybee et al.(2008)や Dumont et al.(2010)は,アオイトトンボのなかま(アオイトトンボ科を含むいくつかの科)が均翅亜目の中で非常に古く分岐したことを挙げ,ムカシトンボ科を独立の亜目にする場合には,これらの仲間も亜目として扱った方が妥当である」という論を紹介している(図4).
しかしその後,再びムカシトンボ亜目を認めるという方向に進み,尾園ら(2021)においては,ムカシトンボ亜目を認めるという記述に変更された.そのあたりの詳しい経緯については情報が収集され次第報告することとして,本サイトではムカシトンボ亜目を認める方向に再改訂することとした.
さて,トンボ目の進化についてはこれぐらいにして,日本産現生トンボ目の2亜目それぞれの違いについて記載しておきたい(図6参照).
■■よく間違えられる脈翅目のツノトンボ■■
最後に一つ,電子メールでよくいただく質問に,トンボのようにみえる不思議な昆虫を捕まえたというのがあるので,それについてここでふれておきたい.その特徴は次のようなものである.
ツノトンボがトンボのなかまでないことはいくつかの点で明らかにできる.
古代のトンボといえば,翅を広げた長さが70cmにも達するというメガネウラ Meganeura monyi という石炭紀のトンボが有名であり,ご存じの方も多いであろう.多くの研究者はこれを原トンボ目に分類しているが,Fraser (1957) は真正トンボ目(現生のトンボ類が属する目)の一つの亜目として分類している.メガネウラの議論はさておき,真正トンボ目は二畳紀下部の地層から化石が発見されていて,均翅亜目 Zygoptera の祖先とされる原均翅亜目 Protozygoptera に属するものであった.
化石の研究によると,不均翅亜目は中生代ジュラ紀,あるいはそれ以前に出現したとされるが,均翅亜目はもっと古く古生代二畳紀に出現したともいわれている.Fraser (1957) は,これら化石資料やそれまでの議論を整理し,また翅脈を中心とした分類基準の彼独自の再検討を行って,図3のような系統樹を提案した.
化石のトンボは主に翅が残っているので,翅脈の脈相を中心に分類体系を構築するのは,いわば必然であった.日本の昆虫発生学者,安藤裕(Ando, 1962)は,トンボの胚発生を研究し,発生学的観点から日本のトンボの系統樹を発表している.「個体発生は系統発生を繰り返す」というヘッケルの有名な言葉があるが,これはまさにそういった観点で提案された系統樹である(図4).
ところで最近は,トンボ界でも,DNAを使った系統樹作成の研究が多く発表されるようになってきた.二橋(2011)は,海外の論文を参考に,トンボの科の系統樹を作成している.これを日本産のトンボだけを使って書き換えたのが以下の系統樹である. 現生のトンボ目 Order Odonata は,かなり長い間,均翅亜目 Suborder Zygoptera,ムカシトンボ亜目 Suborder Anisozygoptera,不均翅亜目 Suborder Anisoptera の3亜目からなるとされてきたが,最近の系統分類では,ムカシトンボ亜目を認めず,ムカシトンボ科を不均翅亜目に入れる分類体系が目立つようになってきた.二橋(2011)は,DNAを使った系統分類の総説において,「ムカシトンボ科を不均翅亜目に含める理由の一つとして,Bybee et al.(2008)や Dumont et al.(2010)は,アオイトトンボのなかま(アオイトトンボ科を含むいくつかの科)が均翅亜目の中で非常に古く分岐したことを挙げ,ムカシトンボ科を独立の亜目にする場合には,これらの仲間も亜目として扱った方が妥当である」という論を紹介している(図4).
しかしその後,再びムカシトンボ亜目を認めるという方向に進み,尾園ら(2021)においては,ムカシトンボ亜目を認めるという記述に変更された.そのあたりの詳しい経緯については情報が収集され次第報告することとして,本サイトではムカシトンボ亜目を認める方向に再改訂することとした.
さて,トンボ目の進化についてはこれぐらいにして,日本産現生トンボ目の2亜目それぞれの違いについて記載しておきたい(図6参照).
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前後翅に四角室がある.腹部は細く,全体にわたって一様な太さである.♂の尾部下付属器は2個で1対になっている・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・均翅亜目
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前後翅に四角室がある.腹部は太い.♂の尾部下付属器は1個である・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ムカシトンボ亜目 - 前後翅に三角室がある.腹部は太い.♂の尾部下付属器は1個である・・・不均翅亜目
■■よく間違えられる脈翅目のツノトンボ■■
最後に一つ,電子メールでよくいただく質問に,トンボのようにみえる不思議な昆虫を捕まえたというのがあるので,それについてここでふれておきたい.その特徴は次のようなものである.
- 1. 触角の形態:
- 触角はチョウのように長い.
- 2. 翅の色・形と止まり方:
- 翅はトンボと同じように透き通っていて,止まるときに背中の(正しくは腹の)上に折りたたむようにする.
ツノトンボがトンボのなかまでないことはいくつかの点で明らかにできる.
- 1. ツノトンボの翅には結節がない.
- 現生のトンボが他の昆虫とはっきり区別される形態的特徴は,翅に結節があることである.ツノトンボ以外にもウスバカゲロウ,ヘビトンボなど,トンボに似た昆虫はいるが,これらの翅には結節がない.
- 2. ツノトンボは翅を屋根型にたたんで止まることができる.
- 翅を屋根型にたたむというのは,少し正確に言うと,翅の基部の構造が翅を後方へ曲げて腹部の上で重ねることができるようになっているということで,新翅類と呼ばれる昆虫の特徴である.チョウ,セミ,ハチ,バッタ......等,ほとんどの昆虫がこれに入る.対してトンボは上で述べたように旧翅類である.
- 3. ツノトンボにはさなぎの時期がある.
- トンボは,卵,幼虫,成虫と3段階で成虫となる,不完全変態をする昆虫である.それに対してツノトンボは,卵,幼虫,さなぎ,成虫4段階で成虫になる,完全変態をする昆虫である.
Ando, H., 1962. The Comparative Embryology of Odonata with Special Reference to a Relic Dragonfly Epiophlebia superstes Selys. The Japanese Society for the Promotion of Science. Tokyo.
Fraser, F. C., 1957. A Reclassification of the Order Odonata. Royal Zoological Society of New South Wales.
二橋亮,2011.DNA解析から見た日本のトンボの再検討(1).Tombo, 53:67-74.
浜田康・井上清,1985.日本産トンボ大図鑑.講談社.