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さて,台湾のトンボたちの最終回は,シオカラトンボ属を除く不均翅亜目です.今回の台湾旅行では,サナエトンボ科のすがたを見ることがほとんどなく,私が見たのは,5mぐらいの高さの樹木の葉の上に止まった正体不明のサナエトンボ1頭だけでした.同行した友人はカレンサナエ Asiagomphus pacificus を1頭確認しました.彼によると,もうちょっとたくさん見られるはずだと言っていましたが,今年は春先の天候がちょっと異常だったので,それが原因しているかもしれないとも言っていました.
サナエトンボ科 Gomphidae 以外にも,ヤマトンボ科 Macromiidae はタイワンコヤマトンボ数頭,ミナミヤンマ科 Chlorogomphidae は上空を飛ぶ個体を5頭ほど,オニヤンマ科 Cordulegastridae とエゾトンボ科 Corduliidae はゼロ,ヤンマ科 Aeshnidae はリュウキュウギンヤンマと友人が見たタイワンヤンマ Planaeschna taiwana と私が目撃したカトリヤンマ属 Gynacantha sp. の1頭だけで,トンボ科 Libellulidae 以外の不均翅亜目にはあまり出会うことができませんでした.
ということで,今日は主にトンボ科,そしてそれ以外に出会った一部のトンボたちを紹介します.ただこれらのトンボたちは十分に観察が出来ず,ほとんど止まっていたり飛んでいたりした個体を撮影したものです.
本論に入る前にひとつだけふれておきましょう.私には,時々メール交換をしている,台湾在住のトンボ研究者の知人がいます.彼に,台湾名の構造について教えてもらいました.台湾のトンボの種名は漢字4文字に統一されていて,そして最初の2文字が種名,後半の2文字が科名になっているそうです.種名は,学名の種小名から取ったもの,そのトンボの特徴から取ったものなど,特に決まりはありません.
例えば,アオナガイトトンボの台湾名「痩面細蟌」は,「細蟌」が科名のイトトンボ科(細蟌科)を示し,種名の「痩面」は小さな頭という意味です.これは学名の Pseudagrion microcephalum の種小名 microcephalum の意味するもの,つまり「micro=小さな,cephal=頭(接頭辞)」から名付けられているそうです.またタイワンハグロトンボの台湾名「白痣珈蟌」は,「珈蟌」がカワトンボ科(珈蟌科)を示し,種名の「白痣」は白い縁紋というメスの特徴からつけられているということです.
◆ Nannophyopsis clara 台湾名:漆黑蜻蜓
台湾名は「真っ黒のトンボ」という意味です.
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▲ Nannophyopsis clara ハッチョウトンボほどの大きさだ(D),2023.5.18. ▲
日本名はアサケトンボと言います.日本には分布していません.ハッチョウトンボの親戚みたいな小さなトンボですが,とても面白いトンボです.日本のハッチョウトンボのメスを初めて見たときに私が強く感じたことは,これはハチの擬態ではないかということでした.体が小さく黒と白と黄色の縞模様で,飛んでいる姿がハチが飛ぶ姿にそっくりだからです.台湾で撮影したものではありませんが,一枚だけ紹介しておきましょう.
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▲日本のハッチョウトンボのメス.ハチのような色彩・サイズである.▲
アサケトンボの方は,オスがハチ(ジガバチ類)にそっくりに見えます.メスには出会っていないのでそちらの様子は分かりません.とにかくその写真を見てください.
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▲私にはジガバチを連想させるアサケトンボの形態と行動(D),2023.5.18. ▲
このトンボ,写真のように腹部先端が膨らんでおり,そしてそれを下の方に曲げる姿勢を取ることが非常に多いのです.そしてその先端についている尾部付属器で,止まっている草の葉の表面を突くような動作をします.まるでハチが刺しているようです.
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▲普通に止まっているときもあるが,何かのきっかけで….(D),2023.5.18. ▲
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▲ハチが刺すような動作を見せるアサケトンボのオス(D),2023.5.18. ▲
下の写真は別の日に撮影したジガバチの写真です.腹部先端の形がそっくりなことが分かるでしょう.やはり小さいトンボは,他のトンボや捕食者にねらわれやすいからでしょうか,こういった擬態を進化させてきたのかもしれません.
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▲ジガバチの一種.腹部先端の膨らみ方がアサケトンボの腹部先端とそっくりだ.▲
アサケトンボについては,メスそのものや,産卵活動などを観察することができず,非常に残念でした.あと何枚か写真を掲載しておくことにします.
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▲アサケトンボ Nannophyopsis clara のオス(D),2023.5.18. ▲
この場所へはこのトンボを見ることが目的でしたので,うまく出会えてよかったです.
◆アカスジベッコウトンボ Neurothemis ramburii 台湾名:善變蜻蜓
台湾名は「気まぐれなトンボ」という意味みたいです.
台湾名に関して友人が「おそらくその赤みがかった色に多種多様の変異が見られるので,『変化が得意・一貫性がない=気まぐれな』というような意味なのだろうと教えてくれました.またここでは「台湾的蜻蛉」の掲載の学名 N. ramburii を用いていますが,多くの出版物では N. taiwanensis を使っているとも教えてくれました.
アカスジベッコウトンボは,日本では2006年に与那国島で見つかって以来,西表島にも入り込み,現在は我がもの顔でそれらの島々で飛んでいるとのことです.それ以外に同属のよく似たトンボが飛来しており,これらのトンボの総称としては,ベッコウトンボというのが別にいるために,わたしは学名のネウロテミスというのを使っています.おそらくアカスジベッコウトンボは台湾から飛来したのでしょうね.台湾ではもっとも数の多いネウロテミスですから.
このトンボは,今回見たいトンボの一つでした.国内に飛来しておそらく定着して以来,南方へトンボを見に行ったことがないので,まだお目にかかったことがないからです.幸い,オスたちが集まっている場面や,産卵に訪れたメスを見ることができました.
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▲アカスジベッコウトンボのオスたち(A),2023.5.17. ▲
木々に囲まれたちょっと薄暗い水たまりに,4頭ほどのアカスジベッコウトンボが飛んだり止まったりしていました.追飛行動も盛んに行われていました.メスの方は,上記のオスと違って,小川に産卵に来た個体でした.産卵方式は普通の連続打水産卵です.藻の間をねらって打水していました.
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▲連続打水産卵するアカスジベッコウトンボのメス(B),2023.5.17. ▲
ここでは種名をアカスジベッコウトンボとしていますが,この仲間は翅脈で見分けるそうです.特にメスの方がブレてしまっていますが,一応拡大してみました.
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▲今回撮影した Neurothemis の前翅三角室の拡大.左がオス右翅と右がメス左翅.▲
三角室にたくさんの翅室があり,いずれもアカスジベッコウトンボ Neurothemis ramburii として矛盾はないようです.
◆コシアキトンボ Pseudothemis zonata 黄紉蜻蜓
台湾名は黄色でくくられたというような意味になるそうです.腹部の黄色い帯から来ているのでしょうね.
日本では,北海道を除いて,ある意味どこにでもいるトンボ,コシアキトンボ.台湾にもいました.5頭ほどが日本と同じように池岸を行ったり来たりしていました.まあ,コシアキトンボとはあまり長居することなく,さっさとお別れしたことは言うまでもありません.
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▲コシアキトンボ(D),2023.5.18. ▲
ただ一つ注目しておくべきことは,コシアキトンボの分布です.トカラ列島から奄美大島を経て沖縄本島(飛来記録はある)まで分布の空白地帯があります.八重山には分布しているので,こちらは台湾とのつながりが深い個体群でしょう.こういう日本と台湾との共通種で,南西諸島あたりに分布の空白地帯があるトンボはいくつかあります.トンボの地史を考えるに当たっては面白いテーマです.
◆オオメトンボ Zyxomma petiolatum 台湾名:纖腰蜻蜓
台湾名は「細い腰のトンボ」という意味です.
オオメトンボは,観察地Aにある小さな水たまりに集まっていました.初日時間があったので,台湾到着の夕方トンボを見に行ったのですが,空は曇っており薄暗かったのがよかったのでしょう.オオメトンボが数頭飛び交っており,交尾態で飛んでいる個体もいました.写真はすべてだめでした.オスが交尾を解いた後,メスはすぐに産卵を始めました.
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▲オオメトンボ Zyxomma petiolatum のメスが産卵している(A),2023.5.16. ▲
とにかく暗いところを黒っぽいトンボがすばしこく飛び回っているので,もう完全に勘のみに頼って撮影しました.たった1枚だけ見られそうな写真が上のものです.
オオメトンボは水面に浮かんでいる浮遊物や,水面から突き出た枯れ木の枝などに卵を貼り付けます.最初は打水産卵しているように見えましたが,同じところを往復しながら産卵するので,よく見ると藻のような浮遊物がありました.
次の日,また夕方に行く機会があり,撮影に挑戦しましたが,やはりうまくいかず,1枚だけなんとかという写真が撮れました.
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▲オオメトンボ Zyxomma petiolatum の産卵.(A),2023.5.17. ▲
不規則に敏捷に飛ぶトンボは記録が難しいです.なお,日本では南西諸島を中心に分布しており,台湾と分布がつながっているようです.
◆コシブトトンボ Acisoma panorpoides panorpoides 台湾名:粗腰蜻蜓
台湾名は「太い腰のトンボ」という意味です.日本名と同じですね.
コシブトトンボは南西諸島の奄美諸島以南に分布し,分布域は台湾とつながっているように見えます.台湾では極めて普通種と書かれています.確かに観察地Dでは,たくさん見られました.小さくてすばしこく草の間を飛び回っていました.
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▲コシブトトンボ Acisoma p. panorpoides のオス(D),2023.5.18. ▲
▲コシブトトンボ Acisoma p. panorpoides のメス(D),2023.5.18. ▲
あまりにたくさんいたので,例によって,写真はあまり多くありません.オス・メスが同じ草むらで生活していますが,とくにオスがメスを追いかけるといった行動も目にしませんでした.
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▲コシブトトンボのまだ未熟なオス.胸部は褐色で複眼も輝いていない(D).▲
◆アオビタイトンボ Brachydiplax chalybea flavovittata 台湾名:橙斑蜻蜓
台湾名は「橙色の斑紋があるトンボ」の意味
アオビタイトンボは神戸で偶産記録があるトンボです.最近日本では北上傾向が叫ばれており,台湾,そして南西諸島から,九州,山口県へと分布が北へ広がっています.
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▲アオビタイトンボのオス.Brachydiplax chalybea flavovittata (D),2023.5.18. ▲
台湾名の橙色の斑というのが何を指すのか分かりませんが,翅の基部がきれいなオレンジ色で,よく目立ちます.メスを見ることがありませんでしたが,私が隣の池に移動している間に,警護産卵が行われていたようです.メスは池周辺の樹林にいると書かれています.メスは黒と黄色の色彩です.
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▲半成熟個体は正面から見るとまた別の美しさがある(D),2023.5.18. ▲
◆ Rhyothemis triangularis 台湾名:三角蜻蜓
台湾名は「三角のトンボ」という意味で,学名から来ているのでしょう.
台湾で見たいトンボの一つに,ハネナガチョウトンボ Rhyothemis severini severini がいました.友人は見られるだろうと言っていましたが,残念ながら我々が訪れた日には飛んでいませんでした.代わりにハネナガチョウトンボよりずっと小さい,日本名ヒメチョウトンボ Rhyothemis triangularis が5,6頭いました.こちらは日本には分布しません.いわゆるチョウトンボのように飛びます.飛んでいるところの写真は失敗でした.
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▲ Rhyothemis triangulare のオス(D),2023.5.18. ▲
あと,台湾には,最近与那国島に飛来したサイジョウチョウトンボ Rhyothemis rigia rigia が記録されていますが,台湾でも飛来種だそうです.
◆オオキイロトンボ Hydrobasileus croceus 台湾名:硃紅蜻蜓
台湾名は「朱色のトンボ」という意味です.
日本では沖縄本島より南部に分布しており,台湾へと続きます.種小名の croceus というのは,確か黄色の意味だったと思います.台湾名では「朱色の」となっています.ですから,学名から取ったのでもないようです.
今回は,近くを飛んだことはあったと聞きましたが,私は間近で見る機会に恵まれませんでした. 上空を飛行する個体を2頭見ただけです.
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▲オオキイロトンボ Hydrobasileus croceusのメス(F),2023.5.17. ▲
◆ハネビロトンボ Tramea virginia 台湾名:大華蜻蜓
台湾名は「大きな花のトンボ」という意味です.
遭遇したのは,摂食飛翔していたのが遠くで止まった個体と,目の前を通り過ぎた個体の合計2個体だけでした.
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▲ハネビロトンボ Tramea virginia のメス(E),2023.5.17. ▲
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▲ハネビロトンボ Tramea virginia のオス(D),2023.5.18. ▲
ハネビロトンボにはもっと出会えるかと思っていましたが,案外少なかったです.まだ出始めだったのかもしれません.下の写真を見ていると,台湾名の「大きな花」というのがイメージできます.
◆ Zygonx takasago 台湾名:高砂蜻蜓
台湾名は「高砂トンボ」の意味で,学名から取ったものだと思われます.
日本名もそのまま,タカサゴトンボです.これは観察地Cでタンデムになって飛び回っているのを2回見ました.ただとても写真にはなりませんでした.写真に撮れたのは観察地Fで,上空を集団で摂食飛翔する個体でした.
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▲摂食飛翔する Zygonx takasago(F),2023.5.17. ▲
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▲集団で摂食飛翔する Zygonx takasago(F),2023.5.17. ▲
下の写真は非常に小さな点として,タカサゴトンボが7頭写っています.分かるでしょうか? トンボ科でありながら,ヤマトンボ科のように体に金緑色の光沢があります.
◆ Trithemis festiva 台湾名:樂仙蜻蜓
台湾名の意味は,おそらくその学名(種小名)から来ていて,festiva (祭り)が喜びを与えるので,台湾語の「幸せな人」を意味する「樂暢仙」から来ているのではないかと,友人が教えてくれました.
日本名はセボシトンボと言います.木を切った先に止まっていました.空を背にした逆光でよく分からなかったので,採集して名前を確認しました.採集個体を撮影し忘れました.川に多いトンボだそうです.
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▲ Trithemis festiva のメス.(F),2023.5.17. ▲
だんだんと写真の質が落ちてきました.こういう短期の旅行では,じっくりとねらうことができず,通りすがりにパチリということも多くなります.もうほとんど居た証拠だけというばかりの状態ですが,あと少しお付き合いください.
トンボ科は以上です.次はトンボ科以外に出会った不均翅亜目になります.
◆リュウキュウギンヤンマ Anax panybeus 台湾名:麻斑晏蜓
台湾名は,麻のような紋があるヤンマという意味です.「麻」は中国繁体字では少し描き方が異なるそうですが同じ意味です.
リュウキュウギンヤンマは,唯一池沼を調査対象とした観察地Dで,畑の上空を飛ぶ個体を見かけました.また産卵にも降りてきましたが,非常に敏感で,私が一歩動いただけで飛び去ってしまいました.今回は採集して確認した個体を撮影するのを忘れませんでした.
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▲畑の上空を低く飛ぶリュウキュウギンヤンマ Anax panybeus(D),2023.5.18. ▲
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▲産卵に降りてきたリュウキュウギンヤンマ Anax panybeus (D),2023.5.18. ▲
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▲採集して確認した一番上の写真の個体.Anax panybeus(D),2023.5.18. ▲
観察地Dで遭遇したヤンマ科はこの1種だけでした.次はミナミヤンマ科です.
◆Chlorogomphus risi 台湾名:褐翼勾蜓
台湾名の「褐」の字は当て字で,「ヒ」でなく「ム」です.褐色の翅のミナミヤンマという意味ですしょう.
ミナミヤンマ科のトンボは,南方へ行ったなら是非見たいトンボの一つです.今回その姿を間近で…と思っていましたが,残念ながら,高空を飛ぶ個体を見ただけでした.それでも,のべ5頭ぐらいは見たと思います.ただ一過性の飛び方で,写真には撮りにくい相手でした.日本名では,タイワンミナミヤンマです.
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▲タイワンミナミヤンマのオス Chlorogomphus risi(F),2023.5.17. ▲
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▲タイワンミナミヤンマのメス Chlorogomphus risi(A),2023.5.18. ▲
最後は,ヤマトンボ科です.
◆タイワンコヤマトンボ Macromia clio 台湾名:海神弓蜓
台湾名は「海の神のヤマトンボ」という意味です.clioはギリシャ神話の神の名.
日本では西表島の奥深く入っていかないと見ることができないとされていたトンボです.現在ではかなりあちこちの川にいることが知られています.私も幼虫を奥深くない川で採集しています.
台湾では数回飛ぶ姿を見ました.ただ,非常に早く不規則に飛ぶので,写真撮影については全く手が出ませんでした.1回だけ目の前で産卵しましたが,前後に往復飛翔するので,全くピントが来ませんでした.左右に往復飛翔してくれれば撮れたのですが.ということで,種名確認のため採集した個体を撮影しました.日本のコヤマトンボに似ていますが,腹部の黄斑が上下で断ち切れています.
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▲タイワンコヤマトンボ Macromia clio のオス (C),2023.5.18. ▲
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▲タイワンコヤマトンボ Macromia clio のメス(B),2023.5.18. ▲
以上で台湾のトンボたちの紹介は終わりです.全部で33種を写真に収めることができました.あと,カトリヤンマ属の1種,タイワンウチワヤンマ,オオヤマトンボ,ヒメキトンボを見かけていますので,出会ったトンボは37種です.実質2日+アルファでの観察ですから,まあまあというところ.今回の目的種がサナエトンボであったことから,止水域へは1カ所だけで,後すべて河川でしたから.トンボ科が少なくなっているのでしょう.
記述に間違いがあればご教示いただければ幸いです.それでは.