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No.768. アオモンイトトンボ属のメスの多型 2020.12.3.

トンボに興味がある皆さんは,アオモンイトトンボはご存じのことと思います.このメスはオスとは色彩の異なる異色型 heteromorphic とオスとよく似た色彩の同色型 andromorphic という色彩多型が存在します.これについて,最新号の Odonatologica(トンボ学専門の科学雑誌)に,このアオモンイトトンボ属の色彩多型の進化と,繁殖戦略の関係を扱った論文が載りました.なかなか興味深い内容ですが,この話は少し長くなるので今日は触れません.

▲アオモンイトトンボの色彩多型.左が同色型メス,右が異色型メス.未熟な橙色メスは右に含まれる.

この論文の中で,アオモンイトトンボ属のメスの色彩多型が,単純なメンデル遺伝をしているという Johnson (1964) の論文が引用されていました.この話はトンボに興味がある皆さんにとっても面白い話だと思いますので,紹介しようと思います.中学校や高校で学んだメンデルの法則を思い出しながら読んでみてください.

Johnson は,Ischnura damula を材料に使いました.これは北アメリカ大陸に分布するアオモンイトトンボ属の一種で,彼はニューメキシコ州の個体群を使って研究をしました.この個体群のメスにはオス同色型と,異色型の2つのタイプがあります.オスは単一の色彩しかありません.これを使って交雑実験を行いました.メンデルの実験では,親世代として,選択によって得られた純系どうしを使って交雑実験が行われましたが,Johnson は野外の個体群を使いましたので,その交雑実験においては親世代が純系であるとは限りません.さらにまた,メスの色彩多型が一組の対立遺伝子によってのみ支配されているかどうかということも分かりません.ですから彼はいろいろな組み合わせで交雑を行い,その結果から遺伝のしかたを推察する方法をとりました.

トンボのメスは,一般に,異なるオスと複数回交尾を行い,それらの交尾オスの精子を,交尾のうや受精のうという袋に貯めています.そして産卵時に受精が行われるので,野外を飛んでいるメス捕らえて実験に使うと,交雑させたオス以外の精子と受精してしまう可能性があって,実験をコントロールすることができません.そこで彼は,飼育によってまだ交尾をしていない処女メスを使いました.オスにはこの問題は生じません.

これらを個体識別ができるようにして,ケージに入れて交尾を観察します.メスは交尾したら取り除かれ,産卵させて卵を羽化まで飼育して,表現型がどうなるかを調べます.オスは交尾してもそのまま別のメスと交尾してもよいようにしておきます.結果として交尾(=交雑)は次のような組み合わせで行われ,その結果次の世代の表現型の比率は次のようになりました.実験結果の実数にはばらつきがあるので,Johnson の簡約化した比率で示します.

<表1.異色型メスとの交雑と次世代の表現型比率>
 交雑01.オスNo.01x異色型メス  異色型:同色型=3:1
 交雑02.オスNo.01x異色型メス  異色型:同色型=1:0
 交雑03.オスNo.03x異色型メス  異色型:同色型=3:1
 交雑04.オスNo.04x異色型メス  異色型:同色型=3:1
 交雑05.オスNo.05x異色型メス  異色型:同色型=3:1
 交雑06.オスNo.06x異色型メス  異色型:同色型=1:0
 交雑07.オスNo.07x異色型メス  異色型:同色型=3:1
 交雑08.オスNo.08x異色型メス  異色型:同色型=1:0
 交雑09.オスNo.10x異色型メス  異色型:同色型=1:1

<表2.同色型メスとの交雑と次世代の表現型比率>
 交雑11.オスNo.01x同色型メス  異色型:同色型=1:1
 交雑12.オスNo.02x同色型メス  異色型:同色型=1:1
 交雑13.オスNo.07x同色型メス  異色型:同色型=1:1
 交雑14.オスNo.08x同色型メス  異色型:同色型=1:0
 交雑15.オスNo.09x同色型メス  異色型:同色型=0:1

さて,この数字を見て,メンデル遺伝の勉強をしたことのある人なら,見慣れた数字がたくさん出てきているのに気づくと思います.どうやらこれは一組の対立遺伝子によるメンデル遺伝であることを強く示唆しています.ただし,オスはすべて「オス色」をしていますので,異色型遺伝子の働きが抑制されるしくみがあると仮定することが必要です.(ということで,今あなたが遺伝を勉強中の中学・高校生や受験生の皆さんであれば,下を読む前に,上の交雑実験で使われたオスやメスの遺伝子型を決めてみてください.いい練習問題ですね.)

それでは考え方を説明してみましょう.まずメンデル遺伝の基本から.優性遺伝子をA,劣性遺伝子をaと表す一組の対立遺伝子を考えます.この場合,交雑結果は一般に次のようになります.

<表3.交雑結果と次世代の表現型分離比の理論値>
 1.AAxAA  優性形質:劣性形質=1:0
 2.AAxAa  優性形質:劣性形質=1:0
 3.AAxaa  優性形質:劣性形質=1:0
 4.AaxAa  優性形質:劣性改質=3:1
 5.Aaxaa  優性形質:劣性形質=1:1
 6.aaxaa  優性形質:劣性形質=0:1

ここで注目すべきは,3:1 の比率になる場合,3 に該当するのは優性形質です.この色彩多型の遺伝が一組の対立遺伝子によって支配されていると仮定した場合,Johnson の交雑実験結果から見ると,異色型の遺伝子がどうやら優性のようです.つまり異色型は遺伝子型ではAAまたはAa,そして同色型の遺伝子型はaaになります(ただしオスはAの遺伝子の働きが抑制されすべてaの形質になると仮定します).

以上から,同色型メスとの交雑(交雑11から交雑15)の結果から,これに関与したオスの遺伝子型が判明します(専門的にいえば検定交雑です).すなわち,No.01,02,07はすべてAa,No.08はAA,No.09はaaです.また比率が 3:1 になるのはオス・メスがともにAaの場合なので,オスNo.03,04,05,07,およびその交雑相手のメスの遺伝子型はすべてAaです.また交雑09から異色型(優性)のメス(AAまたはAa)との交雑結果が 1:1 になるのは,オスの遺伝子型がaaでメスの遺伝子型がAaの場合だけですから,オスNo.10の遺伝子型はaaになります.オスNo.06だけはAAかAaかを決められません.残りの異色型メスそれぞれの遺伝子型については,みなさんにお任せすることにしましょう.

このように,I. damula のメスの色彩多型が一組の対立遺伝子によって支配される単純なメンデル遺伝をすると考えると,この実験結果をうまく説明できます.厳密に言えば,この実験結果だけでは,I. damula メスの色彩多型が1組の対立遺伝子によるメンデル遺伝をしているとは言い切れませんが,その可能性はかなりあるといえそうです.

では日本のアオモンイトトンボではどうでしょう? さらにまた,アジアイトトンボではメスの多型現象が知られていませんが,これはどうなっているのでしょう? そしてなぜ多型が個体群の中に残っているのか,また同色型と異色型の比率が地域の個体群によってなぜ違うのか,といったことについては,繁殖戦略との関連性から研究がなされた,最初の Odonatologica の論文を読めは何か示唆的なことが見るかるかも知れません.

<引用文献>
JOHNSON, C., 1964. The Inheritance of female dimorphism in the damselfly, Ischnura damula. Genetics, 49:513-519.

No.723. ネオニコチノイド系農薬の脅威.2019.11.18.

昨日,日本トンボ学会の一般講演で,衝撃的な話を聞きました.アキアカネの減少の一つの原因と考えられているネオニコチノイド系殺虫剤の影響が,トンボといった極めて一部の昆虫群の減少にとどまらず,広く水生節足動物減少に影響を及ぼし,さらに食物連鎖を通して漁獲高の減少を引き起こしているという話でした.さらに陸上生態系にも影響が及び,ミツバチの体内や蜂蜜に残留していて,ミツバチの減少を引き起こしている原因ではないかという話もありました.演者は千葉工業大学の亀田豊准教授をはじめ,トンボ学会からの二名でした. なお,ヒトに影響を及ぼす濃度ではないということも述べられていましたが,ヨーロッパの多くの国ではこの殺虫剤は使用禁止になっているそうです.

ここで,「農薬」と書かずにより広い意味での「殺虫剤」と書いたのには理由があります.ミツバチの体内に残留しているネオニコチノイド系薬剤の生態系内での移動経路を解析研究した話の中で,「シロアリ駆除のための薬剤」が地中に浸透し,植物がそれを吸収し体内に取り込んで花粉や蜜にそれが含まれ,ミツバチが運搬して蜂蜜に含有されることや,地下を通って湧水となってわき出ている水をミツバチが飲んで体内に蓄積されている,といった話があったからです.つまり農業利用以外に広く利用されているネオニコチノイド系薬剤の影響という視点での話だったのです.

ネオニコチノイド系薬剤は,浸透性薬剤で動植物体内に取り込まれ,昆虫の神経系を撹乱する薬剤だそうです.ミツバチの場合, 働き蜂が巣から突然いなくなる症状,”蜂群崩壊症候群(CCD)”を引き起こす原因ではないかと考えられています.あくまで想像ですが,ひょっとしたら,神経系をやられて太陽コンパスが使えなくなり,帰巣できなくなってしまうのかもしれませんね.

ミツバチに対するネオニコチノイド系薬剤の影響に関する記事は,インターネットを検索するとたくさん出てきますので,興味のある方は, ネオニコチノイド(neonicotinoids) や ミツバチ,蜜(honey),CCDなどをキーワードにして,検索してみてください.色々な考え方や意見が表明されています.

さて,亀田氏の講演の後,トンボ学会の二名からは,アキアカネやノシメトンボの減少を詳細なデータから,ネオニコチノイド系薬剤の使用を示唆したものや,マダラナニワトンボやベッコウトンボなどの絶滅危惧種の突然の減少に,やはりネオニコチノイド系薬剤が影響していることを示唆する話でした.基本的には,使用時期と減少時期の一致性,薬剤の生息地における残留濃度と消滅の有無などの関係性から論じた内容でした.詳細はまだ研究中ですので,また公表されれば,本Webサイトでも取り上げたいと思っています.

私は,日々の野外観察や,そのまとめとしていくつかのトンボの減少についてこのサイトで議論していますが,よく使うフレーズに「生息地の見た目には何の変化もないのに,突然特定のトンボが減少したり消滅したりする」というのがあります.今まで薬剤の影響を強く感じていました.しかし今回の講演を聴いて,ますます確信が持てたという感じでした.