トンボ歳時記総集編 9月中旬−10月

水田に棲む秋のヤンマ
写真1.稲刈りが終わり,ひこばえが生えている谷筋の水田に,雨水がたまっている..

 カトリヤンマは,一年の最後を飾るヤンマです.主に水田の生活者で,同じく水田の生活者であるアキアカネと同様,この20年ほどで激減しました.県外のある生息地では,今でも,多数のナツアカネ,ホソミオツネントンボに混じって,カトリヤンマの幼虫がうじゃうじゃ採れる所があります.ここは私有地内の水田で,まったく薬剤を使っていません.やはりカトリヤンマの減少に,薬剤の影響を疑わずにはいられません.
 水田の縁で産卵をし,幼虫は水が入った水田の縁に生える草や泥の中にもぐりこんでいます.稲に着いた羽化殻を観察したこともあります.水田以外では,水をほとんど落として底にひび割れができるようなため池に,秋に集まって産卵をしていることがあります.これは,ふつうのため池でときどき幼虫が採れることからも,うかがい知ることができます.
 カトリヤンマは,かつては盛夏の黄昏時に地面すれすれのところを無数の個体が飛び,立っていると足に当たるくらいでした.黄昏飛翔にヤンマを採集に行ったトンボ屋も,カトリヤンマは無視して,マルタンヤンマやヤブヤンマばかり採っているといった感じで,あまりに当たり前にいたトンボでした.次のような観察記録があります.


1990.9.11.「田圃の広がっている谷筋にため池が3つ続いていて,その横の雑木林の中に水路がある.この薄ぐらい水路に沿って多数のカトリヤンマが潜んでいた.歩くとあちこちから飛び出した.」

 しかし,これほどたくさんいたカトリヤンマは,知らぬ間にほとんど姿を消してしまいました.今では,生息地に何日も出かけて,やっと出会えるといった程度になっています.トンボ歳時記を始めてからの出合いはわずかしかありません.

 カトリヤンマは,6月の記録もありますが,多くは7月に羽化します.神戸市内での採集例では,6月下旬の終齢幼虫はまだ翅芽がうすっぺらく,すぐに羽化するようには見えません.また自宅羽化の記録はすべて7月に入ってからでした.羽化した成虫は樹林にもぐり込んで,うす暗いところで未熟な期間を過ごします.この時期には,夕方の摂食飛翔が盛んで,他の黄昏ヤンマより遅くまで活動しています.
 カトリヤンマの消長図を見ると,秋に現れるアカネ属やアオイトトンボ属のそれと大きく違って,未熟な時期である7,8月にも非常に多くの発見例があります.これは,樹林にもぐり込んでいるカトリヤンマが割合多く発見されることや,夏の黄昏時に飛ぶ個体を多く見ることができるからだと思われます.

写真2.左:7月4日,右:7月20日.7月2日採集のオス幼虫が7月4日に自宅羽化した(左).野外で発見された未熟メス(右).樹林の中にもぐりこんでいる.

 生息地近くの樹林内や山道,ハイキングロードなどを歩いていると,突然カトリヤンマが飛び出すことがあります.少し飛ぶと,木の枝の下にもぐり込んで止まります.なかなか出会うのも難しいですが,根気強く通うときっと出会えるでしょう.8月になると,かなり色がはっきりとしてきます.また,この時期のメスの尾毛はまだ長いです.これは,産卵期になると,どういうわけかちぎれています.

写真3.左:8月17日,右:8月3日.ハイキングロードを歩いていたときに飛び出して,少し先に止まったカトリヤンマのオス.
写真4.8月4日.樹林内の木の枝にぶら下がって休んでいるカトリヤンマのメス.
写真5.8月18日.うす暗い林の中の細流のある場所に止まるメス.いずれも尾毛が長い点に注目.腹部の半天が左は黄緑色で,右は水色である.

 9月の下旬になって秋風が吹き始めると,午前中など,林から出てきて林縁の少し高いところを飛翔する個体を見ることがあります.次のような私の観察記録があります.


1991.9.27.「10:30頃多数の個体が飛翔を行っていた.場所は林縁の田圃の上で,開けたところにも出てきており,飛行高度もやや高い.10:50に交尾している個体も観察した.その他農道の上などを活発に飛翔していた.」

 この観察の意味が分かるような報告があります.同じような時間帯に,オスが林のまわりを飛んで暗部をのぞき込み,中のメスを探して交尾をするという報告です(栗林,1965).つまり,これは探雌飛翔で繁殖活動だということです.私の上記の観察もおそらくこれと同じものでしょう.

写真6.9月26日.午前中飛んでいるカトリヤンマを見つけた.そのとき少しの期間林内の木の枝に止まったオス.

 産卵活動は,午後に行われるようです.夕方といってよいような時間帯にも行われています.10月中旬にもなると結構涼しいというか,寒いくらいになる時期ですが,16時を過ぎたころに産卵をしているのです.この点オオアオイトトンボとよく似ています.

写真7.10月10日 16:30頃.大きく陽が西に傾いたころ,産卵にやって来たカトリヤンマのメス(左)と,稲刈り後の水田に降りて産卵するメス(右).
写真8.10月10日 16:36.水田の縁の土手に止まって産卵するメス.草の間にもぐり込んでいる.
写真9.10月27日 15:21.水田の土手で産卵するカトリヤンマ.
写真10.10月27日 15:46.水田の土手で産卵するカトリヤンマ.
写真11.10月27日.あちこち移動して産卵する.割合に敏感で人を避ける.水田の際に水がたまっている(右下).

 カトリヤンマは,おそらく11月上旬まで産卵を続けていると思われます.私は11月に一度目撃したことがあるだけです.トンボ歳時記を始めてからの一番遅い記録は10月31日です.日差しが暖かい昼下がりの水田でした.用水路のコンクリート壁にとまって産卵行動をしていました.これはおそらく産卵そのものはできていないでしょうね.その後,少し移動して,素掘りの用水路の壁や水田の縁の土手で産卵をしました.

写真12.10月31日 13:32.昼下がりの水田.稲刈りは終わっている.水田横の用水路のコンクリート壁で産卵行動をするメスを見つけた.
写真13.10月31日.用水路のコンクリートのひび割れの中に腹部を差しこんで産卵行動を行っている.
写真14.10月31日.移動して水田横の素掘りの用水路で産卵するメス.
写真15.10月31日.水田の縁の土手で産卵をするメス.生えている草に身体をもぐり込ませて産卵.
写真16.10月31日.腹部を大きく曲げて産卵管を突き立てるメス.しばしばこういう姿勢をとる.

 オスは,メスが産卵する水田を広く飛んだり,用水路に沿って飛んだりすることがあります.ときどきホバリングをします.しかし,メスとの出会い場所は,上で述べたように,産卵が行われる前の午前,メスが休んでいる樹林の中で行われているようです.
 こうやって10月遅くから11月まで繁殖活動を見せた後,12月を迎える前に,姿を消します.本当に数が少なくなったカトリヤンマの復活を望みたいものです.