トンボ歳時記総集編 9月

ブルーの斑紋が美しいヤンマたち
写真1.樹林に囲まれ,浮葉植物が繁茂する山の中の池.

 私が子供のころ,オオルリボシヤンマを初めて見たときに,オニヤンマなどの黄色い斑紋とと違って,ルリ色の斑紋がなんと美しいヤンマだろうと憧れたものでした.オオルリボシヤンマは低山地から高い山の上まで,かなり広い標高範囲に生息しています.1971年に,六甲山地の麓にある堰堤でせき止められた池で行った,オオルリボシヤンマの観察記録があります.

図1.1971年8月20日のオオルリボシヤンマの観察記録.
  池の中の一点鎖線(オス2頭の場合),点線(オス1頭の場合)がオオルリボシヤンマの周回コース.
  川の上はオニヤンマ,砂地から堰堤に抜けているのはギンヤンマの飛行コース.

 オオルリボシヤンマが1頭の場合と2頭の場合で,飛翔のコースが異なっています.この池には2頭まで同時に飛翔できる広さがあったようです.小さな池の場合,オオルリボシヤンマのオスが1頭だけしか縄張りを持てないときがあります.この場合,少し高いところを別のオスが飛んでいるときがあって,縄張りオスを捕らえて除去すると,そのオスが池に降りてきて縄張りを形成する場合があります.オオルリボシヤンマは,このように池の上を飛んで,縄張りを形成し,メスを待っているようです.
 さて,オオルリボシヤンマの越冬中の幼虫は亜終齢かそれ以下であることが多く,春に終齢になるようです.飼育環境下では5月に羽化したりすることもありますが,野外では6月下旬から羽化が始まるようです.7月2日に採ってきた終齢幼虫を自宅羽化させた記録では,7月12日でした.

写真2.左:7月2日,右:7月12日.7月2日に採集した終齢幼虫はまだ翅芽がまだ膨らんでいないが,10日後の7月12日には羽化した.成長速度がとても速い.

 羽化した未熟成虫は,涼しい林内で過ごしているようです.一度だけ,ヤブヤンマを探しに入った林の中で,オオルリボシヤンマを見つけたことがあります.木の幹に,ムカシヤンマのように止まっていました.羽化してしばらくの間は腹部のルリ色は白っぽく,成熟に従って,徐々にルリ色が出てきます.上の羽化の写真ではほとんど真っ白ですが,下の林内の写真ではかなり色が出てきています.

写真3.7月26日.低山地に生息する個体.未熟なオオルリボシヤンマのメスが林内で過ごしている.ムカシヤンマのように幹にペタッと止まっている.

 高い山の上で生活するオオルリボシヤンマは,低山地の個体群より少し早い目に繁殖活動を始めるようです.8月の上旬には池をパトロールするオスが見られます.8月の下旬になりますと,オスが産卵に来たメスを追いかけ回す姿なども,ごくふつうに見られるようになります.

写真4.8月5日.標高700mほどの山地にある施設の池で,8月上旬に縄張り飛翔をしているオオルリボシヤンマのオス.右下は8月23日,同じ場所のメス.
写真5.8月23日.高標高地の池で活動するオオルリボシヤンマのオスとメス.産卵に来たメスをオスが追いかけ回している.

 8月下旬になりますと,各地で産卵をはじめとした繁殖活動が見られるようになります.オスは,繁殖活動が行われる池を午前中から飛んでいますが,産卵はお昼頃から見られ始めます.産卵基質は,抽水植物,浮葉植物,朽ち木,土中などで,卵を置く位置は,水面,水面下,水面より上など,さまざまです.8月下旬から9月上旬の産卵は,まだまだ夏の盛りも弱まっていない時期で,セミ時雨の音をバックに,黙々と産卵を続けています.9月中旬になると,ツクツクボウシがときどき鳴く程度になります.

写真6.9月5日.浮葉植物の生きた植物組織内に産卵しているメス.左は水面下の位置に,右は水面上の位置に,それぞれ産卵している
写真7.9月9日.陸上に転がっている朽ち木に産卵するメス.
写真8.9月9日.左は土中に産卵するメス,右は水面上の生きた植物体に産卵するメス.
写真9.9月2日.水面より高い位置の植物体に産卵するメス.右は葉の表面に産卵している.
写真10.左:9月2日,右:9月9日.緑色型メスの産卵.左と右の個体では微妙に緑色の色彩が異なる.左の方は薄緑色っぽく,右の方は黄緑っぽい.

 メスが産卵しているところには,たいていの場合オスが飛んでいます.オスはメスを見つけると近づいていきますが,ほとんどの場合タンデム形成に至りません.一度だけ,県外の産地でタンデムになって上空へ飛び去ったのを見たことがありますが,これはむしろ例外的な感じです.オスは結構しつこくメスを追うのですが...

写真11.9月2日.メスが産卵にやって来る場所には必ずと言ってよいほどオスが飛んでいる.
写真12.左:9月9日,右:9月19日.産卵しているメスにつかみかかろうとしているオス(左).メスの後をしつこく追いかけ回しているオス.
写真13.9月9日.メスが高く上がると,オスも一定の距離をとって上昇していく(左).産卵中のメスを上から眺めているオス(右).

 オスの関心事はメスの動向ですが,オス同士が縄張り活動をしているときに,多分一方のオスが他方のオスをメスと勘違いしたのでしょうか,水面にたたき落としてタンデムになろうとすることがあります.

写真14.10月1日.オス同士が出会った(1),タンデムになろうとして水面に落ち(2),いったん飛び立つ(3).その後水面に落ち放した(4)-(6).

 オオルリボシヤンマは,8月頃には,夕方に他のヤンマに混じって飛ぶ,いわゆる黄昏飛翔を行うことがあります.しかしその飛び方はいろいろで,低い位置を群れて飛ぶようなこともあります.そして9月に盛んな繁殖活動を見せた後,10月中には姿を消していきます.

写真15.左:9月19日,右:9月18日.産卵途中飛び立って木の幹にペタッと止まるメス(左).場所を移動するために飛び上がって停止飛翔をするメス(右).
写真16.左:9月18日,右:9月19日.産卵中羽ばたいているので,水面が細かく波立っている(左).池の杭に産卵しているメス(右).

 では次はルリボシヤンマにいきましょう.ルリボシヤンマはオオルリボシヤンマに比べると,やや地味な色彩をしています.メスは緑色の斑紋がふつうで,ルリボシヤンマという名称にはちょっと合わない感じがします.兵庫県外ではルリ色の美しいメスがときどき見られます.
 ルリボシヤンマは寒冷地のヤンマで,日本でも北の方に広く分布しています.兵庫県では主に標高の高い山地に分布しています.ルリボシヤンマは,本来は湿原のトンボで,大規模な高層湿原ではその姿が多く観察できます.兵庫県にはそういった場所があまりなく,小さな湿地や湿原など,限られた場所でしか生息していません.しかも最近は数が減ってきており,従来の産地へ見に出かけても出会えないことが多くなりました.

写真17.9月19日.県外の産地で見られた淡色部がルリ色をしているメス.
写真18.左:7月10日,右:7月16日.県外の産地で採集された羽化直前の幼虫(左)と,それを自宅羽化させたメス(右).やはり淡色部が青色に見える.

 ルリボシヤンマの幼虫の状況については次のような記録があります.3月19日,標高470mにある生息地で幼虫を2頭すくったところ,いずれも亜終齢でした.また5月14日,標高260mの地点で幼虫をたくさんすくったことがありますが(写真19左),そのときの幼虫も亜終齢でした.これは5月19日に終齢へと脱皮しました.そして5月27日に標高800mで採れた幼虫はすべて終齢になっていました.さらに8月13日には,標高750mの生息地では羽化間近な終齢幼虫が採れました.ところが,別の標高880mの地点で採集した幼虫はすべて亜終齢以下でした.ここではこの日産卵を目撃していますので,ここの個体群はそれよりずっと以前に羽化していたものと思われます.
 上記で採集された幼虫を自宅羽化させた記録は,以下のようになっています.まず3月19日採集の2頭の亜終齢幼虫は,6月11日と6月20日に羽化しました.次に5月27日の終齢幼虫のうち2頭は,6月28日と7月15日に羽化しました.また8月13日の終齢幼虫は,8月21日に羽化しました.
 一方兵庫県において,野外で羽化を観察したのは2回だけです.一つは7月25日,標高370mの地点で,湿地のすぐ横にある,北向き斜面の樹木に囲まれた小さな水たまりでした(写真19右).そこに幼虫が残っていないか徹底的に確かめましたが,これ1頭だけでした.もう一つは8月13日,上記の羽化間近な終齢幼虫が採れた標高750mの地点で,湿地にある日当たりのよい水たまりでした.
 以上のことから考えると,場所,特に標高の違いによって微妙に生活史が異なっていることが考えられるものの,兵庫県の野外では,亜終齢幼虫で羽化前最後の冬を過ごし,晩春に終齢になって,7月から8月にかけて羽化していると推察されます.

写真19.左:5月14日,右:7月25日.ムカシトンボの観察地の近くにあった水たまりとそこですくった亜終齢幼虫(左).野外で観察された羽化(右).

 さて,兵庫県における,羽化した後のルリボシヤンマの生態については,観察例がほとんどありません.消長図でも8月下旬の観察例が少なくなっています.8月3日に標高880mの池に姿を現し,同所に8月13日には産卵にやって来たメスの目撃記録がある程度です.私の主な観察は9月に入ってからです.9月には産卵している姿を割合ふつうに見ることができます.

写真20.9月25日.湿原の小さな水たまりで産卵するメス(左)と,そこをパトロールするオス(右).御洲浜だあまり水色に色づいていない.
写真21.9月25日.産卵している緑色型のメスの拡大.

 10月に入ってもルリボシヤンマは高層湿原を飛んでいます.高い山の上では10月にはかなり気温が下がります.高原に残るアキアカネに混じって,ルリボシヤンマが活動しているのが観察できたりします.

写真22.10月14日.湿原の水たまりの上を停止飛翔を交えて飛ぶルリボシヤンマのオス.
写真23.10月14日.湿原の上を旋回しながら飛んでいる.
写真24.10月14日.腹部の斑紋の水色が出ている,成熟したルリボシヤンマのオス.しかしオオルリボシヤンマに比べると地味な色彩である.

 成虫は10月中に姿を消すようです.私の記録としては,10月20日がもっとも遅い記録です.アキアカネの高地個体群が盛んに産卵活動をしているとき,メスが湿地の水たまりに訪れ,産卵行動をとって飛び去りました.

写真25.10月20日.標高760m.アキアカネの高地残留個体群が繁殖活動をしている場所に現れたメスの産卵行動.