トンボ歳時記総集編 5月−6月上旬

ちょっと変わったムカシヤンマ
写真1.ゼンマイ.芽が出たゼンマイと開きつつあるゼンマイ.4月29日.

 ムカシヤンマの生活場所は,ほかのトンボと少し違っています.池,川,湿地と,トンボの生活場所を大きく分けたとき,そのどれにも属さないのです.それでも強いていえば湿地になるでしょうか.ムカシヤンマの幼虫は,半陸生と言ってもよいような生活スタイルを持っています.斜面に水がわき出しているような場所に穴を掘り,その穴の中で暮らしているのです.そして餌を採るときなど,必要に応じて穴から顔を出します.穴の奥の方にはおそらく水がたまっていて,普段はそれに浸かっているものと思われます.それは顔を出したときの幼虫の体が水に濡れていることから分かります.

写真2.左上:10月1日,左下・右:4月29日.水がしたたる斜面に穴をほって,その中で生活するムカシヤンマの幼虫.右は穴から顔を出したところ.

 ムカシヤンマの羽化は,4月の下旬に始まるようです.水がしたたる斜面には,たいがいいろいろな草本が生えているので,それにつかまって羽化します.羽化殻の付いている場所から見ると,結構目立つ場所で羽化していることが分かります.羽化は直立型で,後半はぶら下がるようにして翅や腹部を伸ばしますが,翅の伸び方は,基部から順次展開していくようなサナエトンボと同じ方式です.

写真3.左:4月29日,右:5月13日.ムカシヤンマの羽化と羽化殻.

 羽化したムカシヤンマは,周辺の樹林に広がって過ごしています.少し飛ぶ力がついてくると,日当たりのよい場所に現れます.木の幹や大きな葉の上など,いろいろなものに体をくっつけるようにしてペタッと止まるのが特徴です.地面にもよく止まります.未熟な個体は動きがもっさりとしていて,ときどき農道を走る車に轢かれているのを見かけます.

写真4.5月13日.未熟なムカシヤンマが農道の地面に止まっている.右下は轢死体.
写真5.左:5月25日,右:5月26日.成熟したオスが,木の幹にペタッと止まる.

 5月の下旬になると,成熟したオスたちが,幼虫の生活場所に集まってきます.複数のオスがいるときには,完全に追い払うまで追飛行動が見られ,縄張りを形成していると考えられます.ときどき産卵しそうな場所を見つめるような飛び方をし,止まり場所を変えます.
 幼虫が生活する斜面に水がしたたるような場所は,わき出す水の量に年変動があるようで,毎年同じところに成虫が来るとは限らないようです.幼虫が生活できるようなところを探し回って,周辺をあちこち移動しているように見えます.ですから,こういった場所がある範囲に点在していることが重要なようです.それによって乾燥の危険分散が可能になります.個体数が非常に多い場所は,水のわき出しが多く安定していて,しかもその範囲が広い所です.なかなかそういった場所はないので,ムカシヤンマの個体群密度は一般にどこでも小さくなっているように思います.

写真6.6月12日.水がわき出す斜面に生える草に止まって,メスを待つオス.
写真7.左:6月12日,右:6月8日.大きな葉にペタッと止まるオス(左)と,流れる水の斜面に止まるオス(右).
写真8.6月4日.いろいろなところに移動しながら止まり,メスを待つオス.

 メスが産卵にやって来るのはお昼頃です.気に入らない場所だと,あちこち移動して産卵動作をしますが,やがて飛び去ってしまいます.何を基準にして産卵場所を判断しているのか,見ているだけではなかなか分かりません.幼虫が掘れるほどのやわらかい基質であるかどうか,水の量はどうであるかなどを,腹端を接することによって調べているのではないかと思われます.

写真9.6月4日.いろいろなところで産卵動作をするが,落ち着きがなくすぐに移動.やがて,産卵を継続することなく飛び去った.

 気に入った産卵場所では,かなり長時間の産卵を行います.コケやその間の湿土,軟らかい土の中が卵を置く場所のようです.時には複数のメスが産卵に来ることもあります.近くにオスがいても,あまりオスはメスにちょっかいをかけようとしないようです.一度,メスが他のメスに乗りかかるのを見たことがありますが,これにはどういう意味があるのかよく分かりません.

写真10.5月27日.枯れ葉の間に腹部を差しこんで,おそらくコケに産卵しているメス.
写真11.5月27日.上とは異なる個体.ここでは,2頭がやって来て産卵を続けた.
写真12.5月27日.左はコケに産卵する個体,右は地面に産卵する個体.
写真13.5月27日.さまざまな姿勢で産卵するメスと,メスにメスが襲いかかって上に乗ったところ.

 繁殖活動をしていないときのメスは,周辺で飛んだり止まったりして過ごしています.オスは15:00を過ぎると,日当たりのよい場所で摂食などをしながら過ごします.こんな生活を送りながら,だいたい7月に入る前には姿を消します.

写真14.6月10日.15:00を過ぎたころ,オスは日向でゆっくりと過ごす.右下は16:32,日が傾いている.
写真15.左:6月14日,右:6月18日.水田の横でのんびりと過ごすメス(左)と,老熟したメスが車にひかれてぺちゃんこになった(右).