トンボ歳時記総集編 6月−8月

夏の池を彩るトンボたち(1)
写真1.樹林や水田に囲まれた植生豊かな池.

 夏の植生豊かな池には,熱帯魚のように派手な色彩のトンボたちがたくさん飛んでいます.真っ赤なショウジョウトンボ,黒い翅が青や緑や金色に輝くチョウトンボ,腰の部分だけ白くあとは真っ黒なコシアキトンボ,真っ黄色のキイトトンボ,青いオオシオカラトンボ等々です.熱帯魚の泳ぐ珊瑚礁から飛び出してきたような色彩です.ここではこれらのうち,ショウジョウトンボ,チョウトンボ,コシアキトンボを紹介しましょう.
 まずはショウジョウトンボからです.ショウジョウトンボの成虫が池で見られ始めるのは意外と早く5月からです.5月頃はまだ個体数そのものが少なく,あまり未熟な個体が群れているような場面には出会いませんが,成熟した個体が,一頭だけ池を飛び回っているといっや風景に出会うことがよくあります.

写真2.左:5月5日,右:5月17日.春早々に街中のビオトープ池に現れたショウジョウトンボ(左)だが,すでに翅が汚れている.5月の中旬の産卵(右).
写真3.5月30日.5月の下旬,もう十分成熟しているオス(右)とメス(左).

 6月に入りますと,もうふつうに池で見られるようになります.繁殖活動も盛んで,その後ずっと観察することができます.交尾は飛びながら短時間だけ行われ,写真に撮るのは至難の業です.産卵は,浮葉植物や沈水植物が繁茂する水面で,打水産卵をします.撮られた写真をよく見ると,水は少し前方に飛んでいますが,ヨツボシトンボほどに絶えず前方に飛ばしているようには見えません.

写真4.上左中:6月13日,上右・下:6月17日.6月に活動するショウジョウトンボ.右上は色彩のよく似たネキトンボ産卵ペアを追うオス.
写真5.6月24日.6月に活動するショウジョウトンボ.池に静止するオス(左)と産卵するメス(右).
写真6.左・右下:7月17日,右上:7月31日.7月に活動するショウジョウトンボ.打水の瞬間わずかに水が前方に飛んでいる.沈水植物のあるところを好む.

 8月に入りますと,ショウジョウトンボのかなり老熟した個体を見ると同時に,羽化して間もないと思われる未熟な個体を見かけるようになります.これらはおそらく二化目の個体だと思われます.ショウジョウトンボの未熟な個体は,特にメスに翅の濃いものがあって,とてもきれいです.よくオオキトンボと間違えてネットに報告されていることがありますので注意が必要です(右図).オスは,未熟なときは黄褐色をしています.成熟するにしたがって,体に網のような赤い模様が現れて,やがて赤化していきます.ちょっと病的な模様なので,見たことがないトンボとして報告されたりします.8月のショウジョウトンボには,様々な成熟段階の個体が見られるのが特徴です.

写真7.左:8月3日,右:8月25日.かなり日齢が進んでいると思われる8月のショウジョウトンボ.
写真8.左:8月13日,右:8月22日.8月頃に現れるショウジョウトンボの未熟な個体.これらはメスで,翅の色が濃く,オオキトンボとよく間違えられる.
写真9.左:8月13日,右:8月22日.未成熟なオスのいろいろ.左はまだ体が黄褐色の色彩.右上はややオレンジ色,右下は網目模様が出たオス.
写真10.左:8月13日,右:8月22日.8月にも,オス(左)・メス(右)ともに,成熟した個体が見られる.

 産卵活動については,私は10月のはじめまで観察しています.マイコアカネやキトンボなどが産卵しているときに,それらに混じって生き残りのメスが産卵をしています.しかし,ショウジョウトンボ全体としては,9月には数が減り,10月中旬には姿を消します.11月の記録は,私にはありません.ご覧のように,5ヶ月以上も成虫の姿を見ることができる,通季種といってよいような存在です.

写真11.左:9月12日,右:9月22日.アオイトトンボやアカトンボが産卵している池で,これらに混じって産卵をしているショウジョウトンボのメス.
写真12.左上:9月23日,左下:9月14日,右上:10月2日,その他:10月9日.10月に入っても産卵活動を行うペアがいる.右上は海岸近くの都市公園.

 次はチョウトンボです.チョウトンボは5月の下旬頃から羽化を始めます.この時期の羽化は一斉に行われる傾向が少し強い感じで,ある池の羽化シーズンに出くわすと,未熟なチョウトンボたちが池周辺の草地に群れている姿を見ることができます.チョウトンボの黒い翅には金属光沢がありますが,これには多型現象が見られます.また,翅の黒い部分の広がり方にもいくつかのパターンがあります.2019年の日本トンボ学会のポスター発表で,この割合を調査した結果が報告されていました.それによると,各生息地でこれらの出現比率が異なっているようです.なお下の6枚の写真では多型のすべてを網羅できていません.メスで後翅の先端部まで透明部分がないタイプがあります.後ほど産卵の写真で紹介しています.みなさんもこれらを観察してまとめてみるのも楽しいかもしれません.

写真13.5月29日.羽化して間もないテネラルなチョウトンボのオス.前翅の先端に黒色斑があり後翅に透明部分がないタイプ.
写真14.5月29日.オスで前翅の先端に黒色小斑があり後翅に透明小斑があるタイプ(左)と,前翅の先端に黒色斑がなく後翅に透明小斑がほとんどないタイプ.
写真15.5月29日.羽化して間もないテネラルなチョウトンボのメス.標準的な紫地に金色の金属光沢があり,前後翅とも先端に透明部があるタイプ.
写真16.5月29日.オスと同じ青緑色の金属光沢のタイプ(左)と,紫地に青緑色の金属光沢があるタイプ(右).いずれも前後翅の先端部は透明タイプ.

 チョウトンボは,池の近くで未熟期間を過ごしています.池周辺の樹木の樹冠部を飛ぶ姿や,草原をヒラヒラ飛ぶ姿がよく見られます.羽化は6月がもっとも盛んで,その後7月ぐらいまで続きます.6月には繁殖活動を始めている個体や羽化直後の個体が入り交じって見られます.

写真17.左下:6月22日,その他:6月27日.6月の未熟な個体と,交尾をしているペア.左上のメスは前後翅先端に黒色部分がある青緑金属光沢の個体.

 繁殖活動が頻繁に見られるようになるのは7,8月です.よく晴れた日の午前中,チョウトンボたちは,まず池周辺の空き地などの狭い範囲を飛んで,摂食飛翔を行います.このとき,すでに繁殖活動を始めている個体もいます.

写真18.左・右下:8月4日,右上:7月7日.よく晴れた午前中,池のそばの空き地の上や,樹冠部で摂食飛翔をして過ごすチョウトンボたち.

 オスたちは,朝から池に出て行き,強い日差しが射す日陰のない池面で,元気に飛び回って繁殖活動を行います.浮葉植物,抽水植物が密に繁茂する池が好きで,ハスの生えている池にも好んで現れます.オスは,色々な物のてっぺんに,風を受けて揺らぐように止まっています.そしてときどき周辺をヒラヒラと飛んでメスを探します.オスどうしが出会うと追飛行動が見られます.通常はゆったりと飛んでいることが多いのですが,争いのときはかなりの速度で飛びます.夏の暑いさなか,止まっているオスたちの腹部挙上姿勢も頻繁に見られます.

写真19.中:7月23日,その他:7月24日.つき立った葉や棒の先とバランスよく止まったり,池の上をヒラヒラ飛んでメスを待つオスたち.
写真20.8月6日.もっとも太陽が高くなる正午前,池の周囲に張ってある縄に止まって腹部挙上姿勢を行うチョウトンボのオス.
写真21.左上:8月6日,その他:8月9日.オニバス(左上)やハス(左下・右)の繁茂する池で,日中日差しの強い中で腹部挙上姿勢するオスたち.
写真22.7月30日.マコモの茂る池の上でパトロール飛翔をしているオス.

 オスがパトロールしているところへメスが産卵にやって来ると,オスはメスを執拗に追いかけます.うまくいけば交尾態になりますが,メスがそれに応じず,そのまま産卵をする場合もあります.

写真23.7月30日.写真20のオスのパトロール中に,メスが産卵に入ってきた(左上).しかしメスはオスにお構いなく産卵を始めた.
写真24.7月30日.キシュウスズメノヒエ,タヌキモ,ヒシ,ウキクサなどが繁茂する水面で,連続打水産卵をするチョウトンボのメス.
写真25.左:7月30日,右:7月1日.同じ池の別の場所でも産卵を行っているメスたちがいた(左).後翅先端に透明部がない青緑色光沢のメスの産卵(右).

 チョウトンボの交尾は飛びながら行われることが多いのですが,ときどき止まることもあります.交尾が終わると,メスは産卵を始めます.写真のメスは,広い開水面の場所で,アオミドロの上をねらって産卵を繰り返しました.この日,池にはもうオスがひしめくように飛んでいましたので,チョウトンボのメスが産卵に来ると,もうそれは大変,メスは数回打水するごとに次々と別のオスに捕らえられ,交尾を強いられていました.でも見ていますと,メスはそんなこと気にせずに,マイペースで産卵を続けているように見えます.別のメスは,次々に接近してくるオスを見事にかわしながら,産卵を続けていました.

写真26.7月1日.産卵に入ってきたメスを捕まえて,交尾態となった.
写真27.7月1日.止まろうとしたが柔らかすぎたのか,また飛び立った.
写真28.7月1日.上の交尾メスが産卵を始めると,また別のオス(前翅先端に小黒斑がある)に捕まり交尾した.そして産卵を繰り返す.

 こんなチョウトンボですが,9月に入りますと急激に個体数が減ってきます.10月に入るまでにはほぼ姿を消します.手元には10月7日という記録があり,10月に入っても生き残りはいるようです.老熟したチョウトンボの翅は,元気だったころの輝きが失せ,いかにも老人といった風情になります.

写真29.左上中:9月14日,右上:9月11日,下:9月23日.産卵に入ってきたメスを捕まえて,交尾態となった.

 最後はコシアキトンボです.コシアキトンボは,5月末から6月にかけて羽化が始まります.そのころにコシアキトンボの生息する池を訪れますと,池周辺の樹林が開けた空間で,摂食飛翔している未熟個体に出会います.地上5mくらいのところを往ったり来たりしながら小さな虫を捕まえています.ときどき,木の葉に止まったりします.

写真30.左:6月12日,右上:5月24日,右下:6月23日.コウホネの葉の裏で羽化するコシアキトンボ(左)と,摂食飛翔(右上),処女飛行後の静止(右下).
写真31.6月1日.樹林の間の開けた空間で摂食飛翔するコシアキトンボのメス(右)と,その樹木の葉に止まるオス(左).
写真32.6月1日.摂食飛翔は,特にオス(右)・メス(左)関係なく入り交じって飛んでいる.

 コシアキトンボは,夏の早朝明るくなってくると,未熟個体が飛ぶようなところで,今度は成熟個体が朝の摂食飛翔を行います.そして日が高くなり始めますと,池に出て,オスは縄張り活動を始めます.メスの産卵基質は,池に浮かぶ朽木片,水生植物の茎や葉,水面から出ている石などです.オスはそういった資源があるところに縄張りを形成します.また日陰を好み,多くは岸辺から池面にオーバーハングするように葉を茂らせている樹木の下に,縄張りを形成しています.オスは,適当な場所に静止し,ときに飛びながら,縄張りを防衛します.うす暗いところでは腰の部分だけが白くよく目立つので,そこだけ電気が点いているように見えるからか,別名デンキトンボと言われます.下の写真は,その感じを出すため,あえてストロボを焚かずに撮影したものを集めました.

写真33.7月23日.日陰の暗いところに縄張りを持ち,そこを周回してパトロールするコシアキトンボ.腰の白い部分が,電気が点いているように見える.
写真34.7月23日.日陰のうす暗いところに止まって縄張りを監視するオスたち.

 コシアキトンボオスの縄張りをめぐる闘争はとても特徴的です.縄張りと縄張りの接するところ,そこは一部が重なっているように思える場所ですが,そこで両縄張りのオスが出会ったり,また新参者のオスが縄張り内に入ってきたときなどに見られます.両者はならぶようにして間合いをとり,徐々に上昇していき,やがて一方が他方を激しく上空へ追いやるといった動きをします.相手の下側にもぐりこんでいる方がどうやら優勢のようです.同じような闘争は,ベッコウトンボでも見られます.

写真35.7月23日.日陰で縄張り闘争を繰り広げるオスたち.
写真36.8月2日.日向で縄張り闘争を繰り広げるオスたち.

 オスの縄張りにメスが入ってくると,オスはそれを捕捉し,交尾します.交尾は短時間,飛びながら行われます.交尾が終われば,メスはすぐに産卵を始めます.産卵方式は植物上産卵です.水面に浮かぶ,あるいは突き出ている,さまざまな産卵基質に卵をはり付けます.特別好みはないようで,その場にあるものを利用しているといった感じです.ただし,卵をはり付ける場所は非常に慎重に選んでいるようで,腹端が接触する部分,つまり卵をはり付ける部分は,ほぼ間違いなく「水面よりやや上で濡れている」場所になっています.

写真37.7月31日.コシアキトンボの産卵.抽水植物の根際の,水面より高い位置に卵をはり付ける植物上産卵.
写真38.7月31日.池の漏水を防ぐためのビニルシートに卵をはり付けて産卵するコシアキトンボのメス.
写真39.7月23日.水面をはう浮葉植物の葉柄に産卵するコシアキトンボ.
写真40.7月23日.水面上に出ている石に産卵するコシアキトンボ.水面より高いところで,かつ濡れているところに卵をはり付けている.
写真41.7月24日.池に倒れた木の枝が水面から顔を出している部分に卵をはり付けているコシアキトンボ.
写真42.7月7日.水面に浮かんでいる朽木の表面に卵をはり付けているコシアキトンボ.
写真43.7月23日.水面から顔を出している石に卵をはり付けているコシアキトンボのメス.

 コシアキトンボは,その後,通常9月末頃まで姿を見ることができます.手元には10月13日という記録があり,ごく一部は10月に入っても生き残るようです.現在,9月が夏のように暑いことを考えると,コシアキトンボは暑さが好きなトンボといえるでしょう.

写真44.左:9月10日,右:9月27日.9月にもコシアキトンボを見かけることはあるが,老熟した感じになっている.産卵メス(左)も腰の部分の黄色味がない.